赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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日独戦争
青島陥落


 一九二三年九月、大日本帝国によるドイツ帝国への宣戦布告と同時に発動された膠州湾(青島)への奇襲上陸は、軍内部で「青号作戦」と呼称されていた。この作戦の先陣を切ったのは、艦砲射撃の援護下で海岸堡を確保する任務を帯びた「海軍佐世保第二特別陸戦隊」と、青島要塞の制圧を担う「陸軍第十二師団」を基幹とする青島派遣軍であった。

 

 当時、ドイツ海軍は膠州湾に軽巡洋艦を中心とする警備艦隊しか配備しておらず、さらにその部隊が哨戒任務に出撃していた隙を突いた日本軍の初動は、見事な成功を収めた。急遽反転してきたドイツ警備艦隊に対し、日本海軍は赤日艦隊のほぼ総戦力を展開して上陸部隊を援護したため、ドイツ側は手出しができず、佐世保第二特別陸戦隊および第十二師団はほぼ無抵抗で青島の大地へ足を踏み入れたのである。

 

 その後、包囲されたドイツ軍守備隊は本国からの絶望的な距離と補給の途絶に苦しみながらも約二ヶ月間にわたって抵抗を試みたが、一九二三年十一月十六日、ついにドイツ領青島は完全に陥落した。

 

 しかし、この陸上における輝かしい勝利の陰で、海上作戦を担った赤日艦隊の内部には重苦しい不満と焦燥感が渦巻いていた。青島奇襲の際、圧倒的な戦力差があったにもかかわらず、赤日艦隊はドイツ海軍の青島警備艦隊(軽巡洋艦部隊)相手に自軍に損害を出した上で、敵を取り逃がすという戦術的失態を演じていたのである。新鋭艦を擁する赤日艦隊が格下の軽巡洋艦部隊の逃走を許したことは海軍首脳部にとって耐え難い屈辱であり、この汚名返上と確固たる戦功を求める現場の強烈な渇望が、その後の太平洋作戦を急がせる最大の原動力となった。

 

 青島が陥落し、東アジアにおけるドイツの足場が崩壊したというニュースは、遠く欧州の勢力均衡にも連鎖的な影響を及ぼした。青島陥落からわずか八日後の一九二三年十一月二十四日、オーストリア・ハンガリー帝国が突如としてドイツ帝国に対して宣戦を布告したのである。

 

 この両国の開戦の背景には、かねてより中欧およびバルカン半島を巡る熾烈な覇権争いがあった。ドイツは近年、「冒険主義的」と非難されるような強硬な外交・膨張政策をとっており、これが自国の勢力圏を脅かすとしてオーストリアの強い警戒を招いていた。さらに、日本との開戦によってドイツが最新鋭戦艦を含む大規模な艦隊と陸軍の増援部隊を極東へ派遣する決定を下したことで、オーストリア軍部は「ドイツ本国の防衛力が手薄になるこの瞬間こそが、ドイツの長年の経済的・政治的優位を打ち破る千載一遇の好機である」と判断したのである。

 

 宣戦布告と同時に、オーストリア政府は直ちに日本政府へ外交使節を派遣し、共通の敵であるドイツを挟撃するための「対独同盟」の締結を正式に提案してきた。しかし、大日本帝国政府はこの提案に対して極めて冷徹な対応をとった。日本にとって日独戦争の目的はあくまで東アジアおよび西太平洋の覇権確立であり、ヨーロッパの複雑な領土問題や民族対立に巻き込まれることは無用な国力の消耗を招くのみであった。そのため日本政府は、「ヨーロッパ情勢に巻き込まれたくない」という明確な方針に基づき、オーストリアからの同盟締結の提案をにべもなく拒否したのである。

 

 外交の舞台で欧州との間に明確な一線を引いた日本海軍は、青島で軽巡洋艦部隊を取り逃がした失態を雪ぐため、太平洋へと矛先を向けた。標的となったのはドイツ領南洋諸島であったが、海軍は一挙に全域を制圧するのではなく、まずは本土や青島から比較的近く、戦略的要衝である「北マリアナ諸島」に限定した攻略作戦を立案した。カロリン諸島やマーシャル諸島といった他の南洋諸島への上陸は、この段階ではまだ見送られていたのである。

 

 この北マリアナ諸島攻略作戦は「南一号作戦」と命名され、上陸部隊として陸軍第十一師団から抽出された「歩兵第四十三連隊」と、海軍の「呉第一特別陸戦隊」からなる混成部隊「南洋派遣支隊」が急遽編成された。

 

 一九二三年十一月二十七日、赤日艦隊はこの上陸部隊を護衛し、ドイツ領南洋諸島(北マリアナ諸島)を攻略するための「南洋艦隊」を編成・派遣した。その陣容は以下の通りである。

 

主力艦:戦艦三隻(「石見」「鹿島」「香取」)、巡洋戦艦二隻(「胆振」「白馬」)

補助艦艇:軽巡洋艦三隻、駆逐艦十六隻

 

 

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 この過剰とも言える圧倒的な火力を集中させた南洋艦隊の編成は、島嶼の守備隊制圧よりも、軍内部の不満を解消するための「戦功の演出」という側面が強かった。強大な戦力に守られた南洋艦隊は太平洋を南下し、一九二三年十二月九日、南洋派遣支隊はドイツ領マリアナ諸島(北マリアナ諸島)への上陸を敢行した。

 

 北マリアナ諸島への進出により、日本は西太平洋の防衛線を大きく南へ押し下げることに成功した。しかし、日本の南洋艦隊が北マリアナの海に錨を下ろしていたその頃、皇帝ヴィルヘルム二世の激怒を帯びたドイツの大艦隊が、最新鋭戦艦を伴って東アジアへと接近しつつあった。一九二三年末の北マリアナ諸島上陸は、翌年に待ち受ける巨大な艦隊決戦への静かなるカウントダウンの始まりに過ぎなかったのである。

 

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