赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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決戦前夜

 大日本帝国による膠州湾の奇襲と青島陥落、そして北マリアナ諸島への侵攻は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の激しい怒りと復讐心に火をつけていた。東アジアの権益を奪還し、驕り高ぶる新興の超大国・日本に「鉄槌」を下すため、ドイツ本国では総力を挙げた大規模な艦隊の派遣準備が進められていた。

 

 一九二三年十月七日(年表の記録上には一九二四年十月七日と記されているが、その後の交戦記録の時系列から一九二三年秋の出撃である)、ドイツ本国からアジアへ向けて、青島への増援部隊を載せた大規模な輸送船団と、それを護衛するドイツ帝国海軍の「東洋派遣艦隊」が堂々たる出陣を果たした。

 

 この艦隊の編成は、戦艦二隻、巡洋戦艦四隻、軽空母一隻、そして駆逐艦二十三隻という、ヨーロッパから極東へ派遣される遠征部隊としては極めて強大な陣容であった。

 

 その主力艦の顔ぶれは、戦艦「ヴィッテルバッハ」「フリードリヒ・デア・グローセ」、そして巡洋戦艦「リュッツォウ」「モルトケ」「サイドリッツ」「メデューサ」である。

 

 

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 この東洋派遣艦隊の中核であり最大の脅威は、排水量三万五千トン、十五インチ砲八門を搭載する帝国最強の怪物・巡洋戦艦「リュッツォウ」であったが、もう一つの目玉が戦艦「ヴィッテルバッハ」であった。

 

 「ヴィッテルバッハ」は、出撃のわずか一ヶ月前である同年九月五日に就役したばかりの、輝かしい最新鋭戦艦である。主砲の口径こそ十二インチであったものの、これを三連装砲塔四基、計十二門も装備するという圧倒的な投射弾量を誇り、艦隊の火力の中枢を担うはずであった。

 

 しかし、この強大な二隻(リュッツォウとヴィッテルバッハ)を除けば、艦隊の屋台骨には一抹の不安が残されていた。残るフリードリヒ・デア・グローセ、モルトケ、サイドリッツ、メデューサの四隻はいずれも十一インチないし十二インチ砲を搭載する、相対的に旧式な初期の木星級戦艦および巡洋戦艦であったからである。強大に見えるドイツ艦隊であったが、その実態は、飛び抜けた新鋭艦と旧式艦が混在するアンバランスな編成だったのである。

 

 長大な航海を経て、ドイツ東洋派遣艦隊は喜望峰を回り、インド洋の荒波を越えて東南アジア海域へと接近しつつあった。数千海里に及ぶ長旅の疲労と、未知の海域で無敵の赤日艦隊との決戦が近づく重圧が、ドイツ将兵の神経を削っていた。

 

 一方、日本海軍はドイツ艦隊の接近をただ座視していたわけではない。赤日艦隊の水上部隊が北マリアナで作戦を展開する裏で、日本の潜水艦部隊は早くから東南アジア方面の海峡や航路といったチョークポイントへ展開し、通商破壊および敵艦隊の哨戒任務に就いていた。その冷たい海中から、息を潜めて巨大な獲物を待ち構えていた一隻の潜水艦があった。それが「伊21」である。

 

 年が明けた一九二四年一月二日、東南アジア海域を航行していたドイツ艦隊の前に、静かに忍び寄った伊21が雷撃を敢行した。

 

 海中から放たれた魚雷の白い航跡は、護衛の駆逐艦の警戒網をすり抜け、あろうことか艦隊の要であり、就役からわずか四ヶ月の最新鋭戦艦「ヴィッテルバッハ」の巨大な艦体へと無情に突き刺さった。轟音とともに巨大な水柱が上がり、ヴィッテルバッハの強固な装甲が引き裂かれた。同艦は致命的な浸水を起こし、洋上で大破するという致命的な傷を負ったのである。

 

 この予想外の深海からの奇襲攻撃に対し、長旅で神経をすり減らしていたドイツ艦隊は瞬く間にパニックに陥った。見えない敵潜水艦からの連続攻撃を恐れた艦隊の指揮系統は混乱し、前進を諦めて安全なインド洋の海域まで急遽後退することを余儀なくされた。

 

 懸命のダメージコントロールにより、ヴィッテルバッハはかろうじて沈没こそ免れた。しかし、艦体構造への深刻なダメージにより、極東への進撃を継続し艦隊に追従して戦闘を行うことは完全に不可能となった。結果として、この最新鋭にして十二門の主砲を誇る強力な戦艦は戦線を離脱し、修理のために地球を半周してドイツ本国へと惨めな帰投の途につくこととなったのである。

 

 この伊21による一撃は、単なる局地的な戦果にとどまらず、日独戦争における海上作戦の前提を根底から覆す決定的な意味を持っていた。

 

 ドイツ側にとって、最強の盾にして鉾となるはずであった最新鋭戦艦ヴィッテルバッハの戦線離脱という想定外の誤算は、東洋派遣艦隊の戦力バランスを著しく歪める最悪の結果を招いた。残された主力艦は、巨大なリュッツォウを除けば、火力の劣る十一インチ・十二インチ砲搭載の初期型木星級艦艇ばかりとなってしまったのである。

 

 この致命的な火力の低下と戦力構成の綻びが、数ヶ月後に控える太平洋上での日独両海軍の死闘――「北マリアナ沖海戦」において、ドイツ帝国海軍に最悪の形で露呈することになるのである。

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