赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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北マリアナ沖海戦

 一九二四年四月二十五日、太平洋の覇権を賭した日独両海軍の激突は、北マリアナ沖の海上で幕を開けた。ドイツ領マリアナ諸島への増援部隊および物資を載せた輸送船団を護衛するドイツ東洋派遣艦隊と、これを捕捉・撃滅せんと出撃した日本の南洋艦隊による「北マリアナ沖海戦」である。

 

 この決戦において、ドイツ側には重大な戦力の欠落があった。同年一月二日、東南アジアへ進出していた折に、日本の潜水艦「伊21」による雷撃を受け、最新鋭戦艦「ヴィッテルバッハ」が大破し、戦線離脱して本国への帰投を余儀なくされていたのである。この想定外の誤算が、最悪の形で海戦の行方に暗い影を落とすこととなる。

 

 午前九時二十五分、双方の艦隊は互いの艦影を水平線上に確認し、運命の接敵を果たした。

 

 戦闘は、十三インチ砲を擁する戦艦「石見」級三隻を前面に押し出し、輸送船団への接近を図る日本の南洋艦隊の圧力から始まった。対するドイツ艦隊は、十五インチ砲を積む巡洋戦艦「リュッツォウ」を除けば、その大半が十一インチ砲を主体とする初期型木星級巡洋戦艦で構成されていたため、石見級の重厚な火力に抗しきれず後退を余儀なくされた。

 

 

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 輸送船団の危機を救うため、十二インチ砲六門のみを搭載する初期の木星級戦艦「フリードリヒ・デア・グローセ」が決死の単艦突撃を敢行し、南洋艦隊を一時的に後退させる場面もあった。しかし、赤日艦隊は指揮系統と艦隊運動を簡略化するため、戦艦と巡洋戦艦を同一の戦列に組み込む戦術を採用しており、結果として十三インチ砲四十四門、十五インチ砲六門という絶望的なまでの大火力がフリードリヒ・デア・グローセへと集中することになった。

 

 

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 午後十三時頃、無数の直撃弾を一身に浴び続けた戦艦「フリードリヒ・デア・グローセ」は航行不能となり、太平洋の底へと沈没した。一方、日本の駆逐隊も雷撃を試みたが、マリアナ到達までに十六隻中十二隻が脱落して四隻しか残っておらず、突撃は失敗して大損害を出した。しかし、これを回避しようとしたドイツ巡洋戦艦部隊が陣形を崩したことで、戦局はさらに日本側へと傾いた。

 

 

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 午後十三時三十分頃、両艦隊の距離が詰まり、凄惨な近接砲戦状態へと移行した。日本の旗艦「石見」はリュッツォウの十五インチ砲弾を近距離で被弾し、六つの主砲塔のうち三つと火器管制装置を破壊されて大破、旗艦を「鹿島」へ引き継いで戦線離脱した。だが、石見が盾となったことで鹿島と香取は本来の火力を十全に発揮し、二隻合計で九百発近くを発射、四十五発近くを命中させる戦果を挙げた。

 

 この猛射により、ドイツ側の巡洋戦艦「モルトケ」および「メデューサ」が相次いで撃沈され、ドイツ巡洋戦艦部隊は壊滅的な打撃を受けて崩壊した。最後は、日本の新型巡洋戦艦「白馬」が被雷し、艦隊全体の砲弾も尽きたため、南洋艦隊が追撃を断念して北マリアナ沖海戦は終結を迎えた。

 

 

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 この海戦でドイツは主力艦三隻を喪失し、輸送船団も十七隻中六隻が撃沈され、北マリアナ諸島への増援は完全に失。虎の子の巡洋戦艦リュッツォウも沈没は免れたものの大破して戦闘不能となり、本国へ惨めな帰途につくことになる。一方の日本側は駆逐艦「三日月」「望月」の二隻を喪失し、大破した「皐月」が損傷しながらも味方の生存者十二名とドイツ将兵百二十八名を救助するという過酷な代償を払ったが、戦略的目標は見事に完遂された。

 

 北マリアナ沖海戦の結果は、欧州の戦火から遠く離れた列強の首都において、複雑かつ矛盾に満ちた反応を引き起こした。

 

 ロンドン、パリ、ワシントンの各政府首脳にとって、ドイツ帝国海軍の主力艦隊が日本海軍の手によって壊滅させられた事実は、ある種の「安堵」を伴う歓迎すべきニュースであった。ドイツの膨張が極東において頓挫したことは、列強の思惑と一致していたからである。事実、一九二三年十一月二十四日にはオーストリア・ハンガリー帝国がドイツに対して宣戦布告を行っており、ドイツが極東で手痛い敗北を喫したことは、欧州情勢においても対独包囲網の形成を後押しするものとして歓迎された。

 

 しかし、その祝意の裏側には、これまでとは比較にならないほど深い「憂い」と警戒が刻まれていた。

 

 英国海軍省の分析官たちは、日本海軍が戦艦と巡洋戦艦を統合した独自の集中砲火戦術を用い、欧州の伝統的な強大国であるドイツの遠征艦隊を正面決戦で叩き潰した事実に背筋を凍らせた。アジアにおける既存の権力構造が、不可逆的に崩壊したことを告げていたからである。

 

 特にアメリカ合衆国政府は、この二律背反の感情に最も苛まれていた。ドイツの敗北は好ましいが、日本が将来にわたってこの海域を「絶対的な裏庭」として独占する未来は、アメリカにとって新たな悪夢の始まりであった。ワシントンの海軍情報局は、戦いの中で露呈した日本の新型巡洋戦艦「白馬」の防護上の欠陥――すなわち、かつてサンディエゴ事件で日本が入手した古いアメリカの水雷防御設計を流用していたがゆえの時代遅れな弱点――を詳細に精査しながらも、勝利を収めた帝国の武威そのものに対しては、冷ややかな警戒をさらに強めることとなった。

 

 ドイツ艦隊の壊滅は東アジアの勢力均衡を大きく揺らしたが、日本が全アジアを完全に掌握したわけではない。そこにはロシアの影や、香港・フィリピンといった列強の強固な拠点が依然として存在しており、日本の影響力は地理的・政治的なグラデーションを持って浸透した。

 香港、インドシナ、フィリピンに囲まれた南部は、列強の強固な植民地防衛線が引かれており、日本の影響力はもっとも緩やかであった。列強は日本に対して「監視と牽制」を強め、軍事衝突一歩手前の高度な政治的駆け引きが繰り広げられた。

 

 しかし、上海連合に関しては日本の影響力は「経済的・間接的」なものに留まった。上海には英米仏の資本と租界が複雑に絡み合っており、多極的な権力構造が維持された。日本はここを軍事占領するのではなく、通商のハブとして利用する方策を選択し、列強の資本とも協調する経済的調整者としての役割を担った。

 

 一方、華北は一九二三年十一月十六日にドイツ領青島が陥落したことで、軍事的支柱が消滅し、海洋から進出する日本の影響力が最も急激に浸透した地域である。しかし、北京を中心とする華北地方には、陸続きの巨大な陸軍国であるロシア帝国の影響力が依然として色濃く残っていた。華北の勢力は、日本を「新たな圧倒的隣人」として警戒しつつも、背後のロシアの影を利用して巧みに勢力均衡を図ろうと試みた。

 

補足:1920年代の華北

 

 日本の覇権と大陸の覇者ロシアの利害が激しく衝突する断層線となった「北部」――すなわち華北地域は、単なる一地方ではなく、列強の野望と旧帝国の残滓が最も複雑に絡み合う「ユーラシアの火薬庫」として特異な歴史を歩んできた。

 

 一九世紀末から二〇世紀初頭にかけての動乱期、本来ならば革命によって崩壊するはずであった清朝は、完全な滅亡を免れた。南部の諸省が独立を果たし、英米仏の資本と結びついて多極的な経済連合体である「上海連合」を形成して離脱したのに対し、北部の保守派と軍閥たちは北京に踏みとどまり、旧体制を維持したのである。

 

 これが「華北清」の成立である。しかし、この華北清は独立した主権国家とは名ばかりであり、実態は列強(特にロシアとドイツ)の巨大な軍事力と資金援助によって人為的に延命させられた、巨大な緩衝地帯に過ぎなかった。紫禁城に座する「皇帝」は完全に形骸化した傀儡であり、実際の政治と軍事を動かしていたのは、各省に割拠し離合集散を繰り返す軍閥たちであった。

 

 一九二〇年代初頭の華北は、主に三つの強大な外部勢力による凄惨な冷戦の舞台となっていた。

 

 第一に、長大な陸上国境を接するロシア帝国である。彼らにとって華北清は新興の海洋帝国・日本を大陸から遠ざけるための「防波堤」であった。ロシアは華北清の宮廷に大量の軍事顧問を送り込み、親露派の軍閥にコサック騎兵の戦術や兵器を供与して影響力を保持した。

 

 第二に、青島を拠点としていたドイツ帝国である。ドイツは華北を自らの経済圏へ組み込む野望を抱き、山東省から内陸へと鉄道を敷設。最新鋭の野砲や機関銃を現地の新興軍閥に売却し、ロシアの旧態依然とした影響力を切り崩して「親独派軍閥」のネットワークを構築していた。

 

 第三に、大日本帝国である。極東大戦の勝利を経て威海衛をも奪取していた日本は、朝鮮半島、関東州、そして威海衛という要衝を用いて、華北の喉元である渤海を海から完全に包囲し、ロシアとドイツの勢力圏の間に楔を打ち込む機を虎視眈々と狙っていた。

 

 この精緻で危うい華北の勢力均衡は、一九二三年十一月の青島陥落によって完全に崩壊した。華北におけるドイツの軍事的・経済的支柱が突如として消滅したのである。

 

 この「ドイツの喪失」は、華北清に激震をもたらした。資金源と武器の供給元を失った親独派の軍閥たちはパニックに陥り、ある者は急速に北上してきた日本軍に擦り寄り、ある者はロシアの庇護を求めて北方へ逃亡した。ロシアにとって最大のライバルであったドイツが放逐されたことは朗報であるはずだったが、日本軍が青島という巨大な橋頭堡を得て華北の心臓部へ直接軍隊を送り込めるようになったことは、ロシア陸軍にとって最悪の悪夢であった。ロシアは直ちに国境地帯の部隊を増強し、華北の親露派軍閥に対して徹底抗戦を指示した。

 

 北マリアナ沖海戦によって太平洋の覇権が日本に傾く中、華北の大地は、後見人を失い右往左往する軍閥たちと、大陸の覇者ロシア、そして海の覇者日本の利害が直接衝突する、世界で最も危険な地政学的断層線へと変貌を遂げたのである。

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