Shadows Run Side-by-Side   作:白藤さん

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青の覆面ライダー:「2」の下で

風向きは北東。旗の鎖が、低く一度、長く鳴る。

四つ吸う。二つ留める。六つ吐く。――今日は速度を上げない。決めて出た朝に限って、予定のほうが風で削れていく。

 

手の中には、薄い布。青い覆面。額のあたりに白い「2」。

これは、こっちの世界のシロコが、私に手渡してくれたもの。

どうして?と問う私に

「ん……それがいい気がした」と言葉を返してきた。

覆面水着団――あの、半ば勢いで決められ、半ば本気で駆け抜けてしまった名前の青い記号

 

 

## Ⅰ:砂縁の交差点

 

 

午前。倉庫街のはずれ、舗装と砂の境目がT字で継がれた地点。昨夜の吹き溜まりが路肩に浅い段差を作り、片輪を取られた現金輸送車が空転の細い泣き声を上げている。側面のペイントは砂で半分消え、後扉の取っ手には、焦りの汗で滑る三つの手。運転席の影が身じろぎし、助手席では誰かが座席と自分を小さく抱き合わせている。近くの建材パレットが、見物人の好奇心を並べるための壇に化ける前に終わらせる必要がある。

 

私は市街地仕様の車体で砂の縁を滑り、路肩の陰にひっそりと停める。

呼気の温度を測り、額へ指先。青い覆面を鼻梁まで上げ、頬骨に沿って馴染ませ、顎の縁で固定する。ゴーグルのベルトを一目盛りだけ締める。視界の縁が狭くなり、世界が半歩遠くなる。顔は要らない。ここに出すのは速度と角度だけ

 

180秒ルール開始。

 

一秒目。路肩の粉砂を足の内側で払う。薄い弧が風に乗って視界の前縁をくぐり、状況の輪郭だけが柔らかく滲む。彼らが「誰か来た」を見る前に、「何か起きた」を先に見てもらうための気配の前置き。

 

八秒目。私は後方から半身で寄り、掌に隠れる小型の展開網を地面へ落とす。空気を掴んで扇のように開く薄網は、ふくらはぎではなく足裏と足首の自由だけを奪う。倒れない。転ばせない。歩幅の「当たり前」を少し減らすだけ。環境が助ける。

 

二十秒目。輸送車の後輪脇でしゃがみ、陽射しに白くくすむ路面に薄い粘着フォームを短い線で置く。乾けば数ミリの柔らかい膨らみ。そこを踏むと、人は一回“踏み直す”それだけで勢いは薄まる。

 

三十五秒目。誰かが棒状のものを振り上げる。私は肩の線で力の軌道を外し、手首の回外だけを否定する。落ちた棒はフォームの縁に触れて自分の居場所を失い、拾いづらいものへと変わる。奪わない、折らない、ただ機能を薄める。

 

五十秒目。助手席のガラス越しに、怯えを押し込んだ瞳が揺れる。「大丈夫か」を喉で止め、私は意味のない円弧を指先で窓に描く。言葉ではないが、「見ている」「状況は動いている」を伝える視覚のノック。

 

六十五秒目。横から一人が回り込む。私は振り返らず、後輪の影を彼の靴に重ね、半身で押し戻す。影は擬似的な壁の感覚を与え、一歩分の遅れを生む。

 

八十五秒目。路面に伏せた携帯サイレンを二拍だけ鳴らす。方向を持たない短音。観客を呼ばないが、今ここに規律の想像を持ち込むには十分。

 

百秒目。網をほどこうとしゃがんだ一人の足元へ、蛍光粉をつまむ程度だけ散らす。靴裏が自分を見始める。人は足元を気にする時、攻撃から一瞬離れる。

 

百二十秒目。運転席側、扉の縁に指先を当て、支点の感触だけ読む。私は開けない。開けるのは彼ら自身。関係を作らない

 

百四十秒目。砂の先に諦めの肩が二つ。背中は正義を誘う。追わない。私はそれに乗らない。追わない正義が距離を守る。

 

百六十秒目。運転席の影が、微かに頷く。私は何も返さない。

 

百七十八秒目。撤収。

泡は日向でほどけ、網は収縮素材で自然に縮む。私は影へ戻る。

四つ吸う。二つ留める。六つ吐く。胸の膜が、生音へ落ち着く。

――改善だけが残ればいい。名前は要らない。白い「2」は砂の色に溶け、ただの記号に戻る。

 

 

 

## Ⅱ:ブラックマーケット、四十の影と二つの白

 

午後のD.U.。香辛料の粗さと油の甘さ、安酒の尖りが空気の層を作る。縫い継ぎだらけのタープがちらつき、床にはコードとゴミと砂が混線している。笑い声は軽いが、視線は価格を量る角度だ。ここは「無法」ではない。「別法」ルールの速度が違う。

 

視線の川をさかのぼる二つの白。トリニティのエンブレムが陽を拾い、襟は正しく折れている。

ヒフミとアズサは両手で大事そうに箱を抱えている。アズサは肩で人混みを割る角度を選びながら、視線で出口を探している。

箱の形状からして、希少なモモフレンズ関連。価値の匂いは、狩りの合図に近い。

 

その周りに、厚底と短スカートの四十の影。笑いは外側へ向けて貼ったもの。スケバンたちは、制服と箱、つまり記号を札に変えるのが速い。包囲はまだ言葉になっていないが近い未来を予告している。

 

私は屋台の陰で自転車を止め、深く一度、呼吸を畳む。

ポケットから青い覆面を引き出す。白い「2」が、タープ越しの光で短く瞬く。

額、鼻梁、頬、顎へと布を滑らせる。縁を指腹で馴染ませ、ゴーグルを一目盛り落とす。耳の後ろで呼吸が近くなり、世界が半歩遠のく。顔は要らない。風と角度で足りる。

――覆面水着団。あの夜の合言葉を、私は胸の内側だけで反芻する。「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く」。だが、いま必要なのは、無慈悲ではなく無劇場。でも、孤高我が道の部分は、距離を守る技術としてそのままでいい。

 

タープの端が短く二度揺れる。

180秒開始。

 

一秒目。私は包囲の背面へ回り、狭い抜け道の入り口近くに、掌サイズの非殺傷性対人地雷を一つ、低い放物線で放り置く。着地と同時に底面が自動で噛み、砂に沈む。

内部のセンサーが近接を拾うと、本体から二本の小さな投射体がシュッと飛ぶ——先端には電極。当たった部位に局所的な激痛と短時間の筋肉麻痺を与え、最大二人までをその場で座らせるだけの仕様。致死性はない。私は角度を計算しておいた。飛ぶべきは群れの先導役の足と後ろから焚き付ける腕。

 

十五秒目。風の層を見計らい、私は屋台の影から発煙手榴弾を対角の抜け道側へ低く滑らせる。落下音は最小。白い煙が呼吸のように吐き出され、視界の奥行きだけを曖昧にする。狙いは遮断ではない。「距離の自覚」を群衆に思い出させる。

 

二十五秒目。私は自転車で斜めに飛び出す。正面突破ではない。包囲の縁に、楔の角度で入る。前輪の先にあるのは人ではなく、空気の隙間。隙間を広げるために、わずかなハンドルの切り返しでタープの影を縫い、木箱の角を膝で回避し、速度の線だけを見せる。ヒフミとアズサの視界に“動ける方向”を生ませること——指示はしない。

 

三十五秒目。包囲の一角から腕が伸びる。私は身体を畳んだまま肩の面で受け、手の軌道を下へ流す。殴らない。倒さない。接触は否定のためだけに短い。足元に薄い砂紋を一筆描く。靴がそこを踏めば、歩幅が半歩“短くなる”。テンポの乱れは怒りの太さを自動的に削ぐ。

 

四十五秒目。私は閃光手榴弾を一つ、空の色に合わせた軌道で放る。落下点は、二十の視線が最も集まる場所から半身ずらした位置。顔を背け、視線を地面へ。轟音と白閃

 

光は短く、音は太いが劇場にならない時間。目的は「彼女ら」から「自分」へ、注意を一瞬だけ取り戻させること。その瞬間、包囲は包囲ではなくなる

 

五十五秒目。抜け道の入口で、投げ置いた非殺傷性地雷のセンサーが二つの影を認識。本体から飛んだ二本の矢が、先導役のふくらはぎと、煽り役の前腕に吸い込まれるように刺さる。

瞬時に局所電流が流れ、二人の筋肉が意志から切り離される。叫びは短い。致死ではない。ただ、「動ける気の強さ」だけを剥ぐ。

 

六十秒目。ヒフミが箱を胸に抱き直し、アズサが出口の影を視線で捉える。私は二人の歩幅のテンポに合わせペダルを漕ぎ真横には並ばない伴走をする。斜め前/斜め後ろ/斜め前。行けとは言わない。

 

七十五秒目。追手の数人が閃光の残響で顔をしかめ、足音のテンポが揃わない。私は屋台のタープの二番目の節だけを緩め、半歩分垂らす。垂れ布が視線を区切り、合図を遅らせる。遅延は怒りの方向を鈍らせる。

煙は色を持たないまま層を作り、背後に薄い壁を足す。

 

九十秒目。横から厚底の靴が割って入る。私は前輪の影で彼女の足元の木片を爪先で払う。倒さない。転ばせない。歩幅をもう半歩削るだけ。怒鳴り声は、そこで自動的に細くなる。

 

百五秒目。私はベルを一度だけ鳴らす。短く、軽く。呼び込まない長さ。音は「いるかもしれない味方」の示唆として空気に残り、過剰な追跡心だけを冷ます。

 

百二十秒目。二人の足が溝道に乗り、体の軸が自然に安全側へ傾く。私は背中を見ない。前を向く。伴走の最後に、屋台の冷水タンクの蛇口を半分だけひねり、路面へ細い水線を作る。追う靴がそれを踏めば、足音が変わる。足音が変わると、人は一回、自分を見る。勢いはそこで削れる。

 

百四十秒目。包囲の半数が、煙の外側に逃げる。二本の矢に座り込んだ二人は、腕や脚をさすりながら状況を飲み込み始める。麻痺は短い。怒りの大きさは、身体の正直さに調律される。

 

百六十秒目。ヒフミとアズサは、振り返らない。良い選択だ。私は追わない。追わない正義が、距離を守る。

白い「2」、覆面水着団という噂のほうへ、わざと半歩だけ情報を偏らせる。真実は要らない。改善だけが残ればいい

 

百七十九秒目。タープの端が短く二度揺れる。撤収。

私は屋台と屋台の間をすり抜け、風と砂の層に溶ける。背後で「誰だ」という声。誰でもない。ここにいたのは、風と砂と短い光と薄い煙、そして二本の矢が作った静けさだけ。

 

 

## Ⅲ:夜 ――噂と速度の帳簿

 

暮れ。露店の灯が砂に滲み、影の色が均されてゆく。私は遠巻きに、今日の匿名の楔がどこまで残ったかを目で点検する。

T字の段差は跡形もなく均され、輸送車の痕は風に解かれつつある。ブラックマーケットの路地には昼に引いた水線が細く乾き、包囲の足跡はすでに読み取れない。

 

噂が先に立つ。「砂から青い覆面が現れて、白煙を吐かせ、閃光と轟音で四十人を散らした」「地面が針を飛ばして二人を座らせた」。合っていて、間違っている

光は長くなく、音は太くなく、煙は色を持たず、矢は二人だけに短く触れただけ。劇場に変換される前に、すべてを距離へ戻した。

 

家路。屋根の貯水タンクが夜の温度で小さく鳴り、屋外の発電機は止める。室内に一灯。壁に三つの影——遠く、深く、速く。今日は「速く」が多かった。

椅子の背に青い覆面を掛ける。白い「2」が、灯りの輪の外で淡く光る。

ノートを開く。

 

 

今日の介入:二件(上限)

使用:発煙一、閃光一、非殺傷性地雷一(二名制止)

原則:非致死制圧・非劇場・追わない。

例外処理:必要が先に来た——記録して許す。

自己点検:発煙は背後の抜け道から。閃光は対角の遠側。地雷は“先導”と“煽り”にだけ。ベルは二回まで。

 

覆面の布の縁に微かな砂の手触りが残っている。

四つ吸う。二つ留める。六つ吐く。

胸の膜が静まり、今日の音が畳まれる。

目を閉じる。明日も影は並走する。

ただそれだけを、今夜の約束にして、灯りを落とした。

 

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