Shadows Run Side-by-Side   作:白藤さん

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砂の向こうに 距離という勇気

校舎の外。砂の照り返しが白く、影の輪郭を砂糖菓子のように溶かす。私(シロコ)は高台からその光景を軍用望遠鏡で見ていた。胸の中の膜が、朝よりも薄く柔らかくなっている。四つ吸って、二つ留めて、六つ吐く。息の出入りに合わせて、部室の中の声が遠く模様のように揺れる。

 

風が通過し、アビドス高等学校校旗がはためいた。

校舎から出たホシノ先輩達の手で写真二枚が撮られる。

 

夕方に業者が訪れた。

ホシノ先輩は写真を二枚取るり、検収チェックにホシノの先輩の二つのサインが添えられる

こちらの世界シロコはその場に居合わせながら、視線を空のほうへ持っていく。たぶん、風の動きを見ている。砂を読む目だ。

 

校門に新しい掲示がひとつ貼られる。手書きの細い字。時間と区域だけが記されている。

多額の返済を強いられている廃校対策委員会に保守用の積み立てなどできるはずがない。

 

対策委員会面々が日陰布を抱えて通学路へ歩みだす。

 

救済。この世界では、それが正面から機能しはじめた。

安堵、という言葉は舌の上に乗せるとすぐに溶ける。甘さはわずか。

同時に自戒が混ざる。距離を保つ。救済が働くなら私はなおさら近づかない勇気を選ばなければならない。私が名を持って何かを差し出すことは短期的な利益にしかならない。

制度に帰属し、制度は人より長く続く。だから、私は制度の外に立つ。息は一緒でも、名は別のままで。

匿名であることが、私にはちょうどいい。誰かの善意に近寄ることはできない。私の善意にも誰も近寄らなくていい。ただ残るのは改善。

 

 

部室の窓辺。こちらの世界の私が、顎をほんの少し引いた笑みを人に向ける。照れがまだ残る笑い方。私はその癖を知っている。見ないふりをして、四つ吸って、二つ留めて、六つ吐く。胸の膜が音もなく伸び、薄い痛みが生音に戻る。

 

ふと、机の上の返済予定表の上に、黄色い付箋が貼られる光景が双眼鏡越しに見えた。倍率を上げると“当月分:様式外・触れない”と、細く短く書いてある。制度の器は返済に触れない。触れられない。けれど、その外側で水と灯りと衛生の配分を少しずつ変えることはできる。大きな数字は揺れず、小さな生活が動く。それでいい。今はそれでいい。波は遠くの三大高で高く立てばよく、ここには砕けない岩が要る。屋根と蛇口と消毒と陰。教室の空気が等圧になるための、最低限の小さな石。

 

紙の送り主は、ここにはいない。垂れ目の印象も、ミディアムの波打つ髪も、MLBBのリップが紡ぐ言葉も、今日は現れない。けれど、入口の設え方を知る誰かが、閾値の硬さを知る誰かが、どこかで回覧不要の付箋をもう一枚、そっと貼っているのだろう。署名の代わりに仕組みを、顔の代わりに記入例を。

 

私は立ち上がる。高台の砂が膝から落ちる。靴の中の微細な粒が、今日の終わりを知らせるかすかな合図を送ってくる。ここと私は、まだ別々でいられる。息だけが、遠くから重なっている。

 

明日も、紙はどこからともなく届くのだろう。

数字は居座り続けるけれど、日常のほうが少しだけ動きやすくなる。私はその動きに干渉しない。見守るだけ。追わない正義。近づかない勇気。

 

旗鎖が、短く二度、風に鳴った。

撤収のサインに似た音。私は四つ吸い、二つ留め、六つ吐いた。

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