大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
【師匠】の手記をめくり、目的のページを見つけ出す。あった。ジャイアントバットの項目だ。
曰く、ジャイアントバットは単なるデカいコウモリではなく、明確に魔物に分類されるらしい。確かに翼を含めた全長も大きいが、それでも飛べるような身体構造にはなっていない。それを補っているのが魔力だ。ジャイアントバットが巨大とはいえ、明らかにサイズを超えた量の血を吸うのはそれを魔力に変換するためだとか。
肝心の強さだが、魔物としても中堅ほどもある。飛行することで攻撃手段が限られてしまうこと。そして耳障りな音に魔力を載せて放ってくるためだ。
「しかし、あれだな。バーゲストといい、ランクに見合わない大物と縁があるな俺たちは」
「ああ。なにかおかしい気もするが……実際に出くわした以上は仕方がない。イサオ、マルグリット。有効な対策は持っているかい?」
「高さ次第だが、逃げに徹されると俺の鎖では届かないな。弓を持ってくるべきだった」
「夜闇を照らし、邪気を払う〈フラッシュ〉という魔法が使えますわ。接近して来たのならわたくしとイサオ様の連携で、どうにかできるでしょう」
どうだろうな。鉄鎖術は縛ることと、
森の中なら木の枝を足場にして、上手く追いかけられそうだが、今回は人里に降りてくるのを待ち伏せする他はない。となると、必然的に主力が決まる。
「……何よ。皆して私を見て」
「今回の主力はミュゼだな。遠距離攻撃を使用できる唯一の仲間だ。〈ファイヤーアロー〉は何回撃てる? 他に攻撃呪文は無いのか?」
「な、なんで私が……〈ファイヤーアロー〉は無理して十発。〈ファイヤーボール〉にすると三発しか撃てないわ。前置きしていた通り、無理をしてよ。そこまで撃ったら一歩も動けないわ」
……意外と優秀なんじゃないのか? 弓を使っても矢の数に限りがある。その点、ミュゼの回数はさして変わらない。加えて当たれば燃える。上手くジャイアントバットに当たれば、敵の位置は丸見えだ。
「よし。ミュゼが当てやすいように牽制するのが俺の役割だな。アランは石を集めて、〈ストレングス〉で身体強化して投石だ。マルグリットはミュゼの護衛」
「まったく仕方がありませんわね。わたくしが守るんですから、しっかりと当てるんですわよ?」
「はぁ? あんたに言われなくてもやるわよ! 上等じゃない! 精々脇役を務めてなさい!」
ミュゼとマルグリットが似たもの同士に見えてきた。互いに不仲なようで、高め合う関係だ。絶対に認めようとはしないだろうが、姉妹のような雰囲気がある。
相手がジャイアントバットにせよ、何にせよ。敵は夜中に現れる。それまでに準備を整えることになった。俺はアランと一緒に村の向かいにある森に入る。ジャイアントバットもここをねぐらにしているのだろうか?
手ごろなサイズの石を集め、枝も拾ってナイフで先を尖らせていく。投槍器を作れるほど器用ではないのが悔やまれる。
「石打ちかぁ。子どもの頃よくやったなぁ。投石スリングを用意しておくべきだった。これでも結構上手くてね。家族に鳥肉を提供したものさ」
「俺は鳥を相手にしたことはあんまり無いな。手槍の類は使い慣れてるけど、魔物相手に刺さるのかどうか疑問だ」
アランの目は遠くを見ている。失われた故郷を幻視しているのだろう。俺にそんなものはないので、想像するしかない。【師匠】が死ぬところが想像できないのもあるが。まぁアランにとってはあまり触れられたくないかもしれないので、話をずらしながら準備を整えていく。
「バーゲストにジャイアントバット。魔物っていうのは夜活動するのか? こっちが一方的に不利になってばかりだ」
「実際にそういう傾向があるらしいよ。ミューが炎を得意とするように、魔力には種類があるらしいんだ。元が夜行性だった存在は闇の魔力や月の魔力に影響されやすかったとか。まぁ昼活動する魔物がいないわけじゃないから、あくまで目安だけど」
「詳しいんだな」
「魔族と魔物についてはとにかく頭に詰め込んだ。いつの日か役立つと分かっていたからね」
この勇者見習いは光の人物であるのに、復讐鬼なのがアンバランスだ。いや、むしろそれぐらいでいいのか? 俺のように無感動のまま、対象の命を奪っていく方がよほど非人間的かもしれない。まぁそれで一向に構わないだろう。俺はアランのおまけ。日々の糧のために力を奮う脇役であるべきだ。マルグリットはまた別の考えをしているが、期待されても困る。
「そろそろ持てる量の限界だね。戻ろうか」
「了ー解。夜にバレないよう、食事も早めに取らなけりゃだしな」
堅パンと薄い塩味のスープを楽しみにしながら、拠点に戻った。マルグリットがメニューに文句を言ったが、無視されて一人焼き菓子を食っていた。
そして夜。見回りを三番目に交代した時、かすかに羽音が聞こえた。警戒されないように焚き火も消していたので、辺りは完全に闇だ。仕方なく、ハンドサインではなく声に出す。
「やっこさん、おいでなすったぞ」
無言で全員が得物を手にした。奴が牛小屋に到達するその寸前に、マルグリットが立ちふさがる。
「〈フラッシュ〉!」
閃光が辺りを一瞬だけ、爆発的に照らした。と、同時に肉が焦げるような臭いとともに、小動物のような鳴き声を上げて、敵は舞い上がった。今度は大きく羽音が響く。
「逃がすか。と思ったが、逃げる気は無いらしい。これも魔物の習性か?」
「さっきの邪気払いの光で手傷を負って、大分頭に来てるらしいね。習性というより状況か、あるいは……まぁいいや。石投げの時間だ。〈ストレングス〉!」
「夜に目を慣らしておいて正解だったな」
と言っても、輪郭がわずかに見えるだけだ。そこに向かってアランは石を、俺は木槍を投げる。
だが、流石に魔物というべきか……何本かは手応えがあったのに落ちてこない。そしてジャイアントバットは奇怪な鳴き声を発した。驚くべきことにその鳴き声には物理的な衝撃が伴っていた。ミュゼはマルグリットの盾に守られたが、俺とアランは直接食らってしまった。殴られたような感覚で、頑丈な俺は少し揺さぶられた程度だったが、アランは大きく後退してしまう。
最悪なのは積んであった石や木槍がバラバラになってしまったことだ。こうなればいよいよミュゼに頼らざるを得ない。
「ミュゼさん、出番ですわよ! 〈フラッシュ〉!」
「い、行くわよ! 〈ファイヤーボール〉!」
ミュゼは〈ファイヤーアロー〉ではなく、より強力な〈ファイヤーボール〉を選択した。生半な攻撃でジャイアントバットが落ちてこないからであり、正解だ。ただし……試行回数は大きく落ちる。
〈フラッシュ〉と〈ファイヤーボール〉の合せ技。暗闇でも位置を確認して撃てる一撃だったが、ジャイアントバットは悲鳴を上げながら〈ファイヤーボール〉を回避してしまった。意地でも避けたその動きから落とせるだけの威力はあるという確認はできたが、焦燥感はつのる。
続けての第二射も同じだった。最後の一発。そこでミュゼは叫んだ。
「イサオ! 私をあいつのところまで投げなさい!」
「マジかよ。正気……ええい、もう!」
鉄鎖をミュゼに絡ませて、放り投げた。確かにそれはジャイアントバットの方向に向かって飛び、敵も警戒して高度を調節はしたが……
「この距離なら猿でも外さないわよ……! 〈ファイヤーボール〉!」
赤色が炸裂して闇に華を咲かせた。アランと俺はミュゼの下へ、マルグリットはジャイアントバットの下に駆けていた。
「トドメは任されましたわよ!」
「ああ! 分かった! 俺は鎖でミュゼの落下速度を落とす。後は王子様の出番だ!」
射程内に入ると鎖でミュゼを絡め取り、回転の要領で落下速度を横に流してぐるぐると回る。優しい速度になったあたりでアランへと放り投げた。それでも人一人分の重さだが、アランは見事にミュゼを抱きかかえて見せた。
マルグリットも丁度ジャイアントバットを引きずって来るところだった。
「ぷはーっ。依頼完了!」
「何が完了よ……世界が回って見えるわ……後で覚えてなさいよ……」
空へ投げ飛ばすのは自分だったくせに、ミュゼは悪態をついた。この後、マルグリットが回復魔法をミュゼにかけて、目まいを癒やしたことで本当に依頼は完了したのだった。受け止め方で怒られたことは納得がいかない。解せぬ。
どこか遠くで魔物の死を監視していた者がいたことは、この時点では知りようが無かった。
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