大体レベル70くらいの新米冒険者!   作:松脂松明

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見習い勇者の覚悟

 僕……アランという人物の幼少期は幸福だったといえるだろう。

 貧しくもない村で生まれ、平穏無事に育った。両親は元は腕利きの冒険者だったらしく、母が僕を身ごもったことを契機に現役を引退したらしい。

 両親には充分な蓄えがあり、飢えや病気とも無縁だった。何より世界を回ってきた父と母は、周囲にも頼られる存在で子供としても誇らしく思っていた。家も周囲よりは大きかったことを考えれば、他の村民からは羨ましがられていたかもしれない。

 自分でも不思議なことに武術や魔術を積極的に学ぼうとすることはなく、両親も教えようとはしなかった。いや今思えば、むしろ学ぼうとしないことを喜んでいた節があった。

 

 自然と村の子どもたちからはリーダー的な役割をされるようになった。中々上手くいっていたと思う。

 特別なことは幼馴染のミュゼとの関係だった。彼女は偏屈な魔術師の養い子であり、いつもボロボロの服装をしていた。何もかもが対照的だったが、不思議と馬が合い。よく一緒にいた。

 

 

「アランはさ。他の子みたいに大きいこと言わないよね」

「そうかな?」

 

 

 言った後から考えてみれば、確かに言っていないかもしれない。同世代の子どもたちは未熟さから来る、無鉄砲さを持っていた。高名な冒険者になりたい、騎士になりたい、大金持ちになりたいなどだ。

 実現不可能だとしてもそういった考えを弄ぶのは当然なのだ。子どもは良くも悪くもどうなるかわからない。だから、そう……夢を持つことこそ普通。この時点で異常さが表れていた。

 

 

「なりたいものがないだけだね。冒険者が良いものじゃないことは父さんや母さんを見てれば分かるし、騎士になるには身分が足りない。お金持ちは運が良ければなれるかもね。商売とかは悪くないかも」

「変なの。私は魔法使いになるしかないから、自由な夢を見た方がいいと思うのに」

 

 

 道が決まっているミューは寂しそうにそう語る。けれどもミューが自由じゃないかと言えば違うだろう。将来、独り立ちしたときに方向転換してしまえばいいだけ。

 ミューの義父を見ている限り、魔法使いも中々に世知辛いものなのだろう。思うにミューはそれに絶望しているだけ。きっといつか道を見つけ出す。そう思えるほどの意志の強さを彼女が持っていることは知っているから。

 

 

「ミューだってどういう魔法使いになるかは決まっていないじゃないか。案外、上手くいって大金持ちになれるかも」

「んー、そういう未来は見えないのよね」

 

 

 そう言うとミューは遊び場に立てられた的目がけて炎の矢を放った。なんでも一日一回しか使えないらしく、僕と話し終わった後に一発練習するのが習慣になっていた。

 

 そうして僕らは自然と大人でも子供でもない時期に突入した。

 壮大な夢を語っていた友人たちは家業の手伝いに駆り出されるようになった。遊ぶ時間は極端に減り、それぞれが夢の終わりを感じ取っていた。農夫の子は家の畑を引き継いだ方が楽だと思い知り、商店の子は少しの優越感を覚えた。

 リーダー格だった僕はどうかというと、それがそのまま将来に繋がりそうだった。裕福な家だから、読み書きを覚えることができたし、本も手に入る。村長からも気に入られ、次のまとめ役を期待されるようになった。村長は自分の子には村を治める才能がないと早々に見切っていた。

 それでひと悶着あったりもしたけれど、これまで蓄えてきた知識によって村の皆が納得するようになった。

 

 まさに順風満帆の人生。特別大きな喜びもないけれど、同様に不幸もない。そんな穏やかな時間は永遠に続くように思われたが。それは突然に崩れ去る。

 

 予兆なんて無かった。ましてや先ぶれなんてありやしない。

 気が付けば村は火に包まれていた。あまりの現実感の無さ。急変についていけない頭は冷静さを装って、単なる火事だと判断していたほど。後になれば分かる。村の入り口が両箇所同時に焼け落ちた不自然さに。

 

 

「アラン! 逃げるんだ!」

「でも父さん、家の中にはまだ……」

 

 

 父の声でようやく自分の家が燃え始めていたことに気付いた。賞賛された冷静さなんて上辺だけのものだった。この期に及んで家の中の貴重品を気にする愚かさ。それを止めたのは肩に置かれた母の手。

 

 

「大事なのは命だけよ。ミュゼちゃんの家に行けば、まだ間に合うかもしれないわ。でももう、他の人を気にする暇はないわ。さぁ……」

 

 

 そこで初めて気付いた。父は見たこともない大剣を背負うように構え、母は無骨な鉄槌を握りしめていた。二人とも僕を心配しながら、目は一点に集中していた。

 釣られて目線をやれば人にも似た、けれど決定的に何かが違う影があった。呆けた頭にもこいつこそが原因だと頭に刷り込まれた。圧倒的な存在感。それは蛾を誘う火のようで。

 

 

「さぁ、行って!」

 

 

 その叱咤は命令だった。反射的に体は指示された通りに動く。後から考えてもあの穏やかな母の声とは思えないほど有無を言わせない声音は、新兵を導くベテランのそれだ。

 勝手に動いた足は信じられない速度で、ミューの家に向かう。入れ替わりに父母が影に向かって駆け出すのを最後に見た。

 

 

「小僧! こっちだ!」

「ミュー! おじさん!」

 

 

 ミューと養い親が住む家だけは不自然に、周囲の炎から隔離されていた。僕が粗末な家に転がり込んだ瞬間に、何かの紋章がミューの家を飲み込んだ。それは最後の仕上げだということだけは僕にも理解できた。

 

 

「おじさん! 他の皆は!?」

「ダメだ。もう間に合わん。お前の両親に賭けるしかあるまい。チクショウ! なんだってあんなものがこんな田舎にまで……!」

「義父さんは、この火事が何なのか分かっているの!?」

「ああ……魔族だ。それも上級魔族。連中の使う火は普通の水では消せん。小僧、ミュゼ、我々はあんな怪物どもと戦う日々から抜け出すために、この村にまで越してきたのだよ」

 

 

 浮浪者のような初老の老魔術師は震える両手を見つめながら、嘆息した。

 

 

「だが、ここにいる我らだけは大丈夫だ。この術はそういうものだからな。小僧。お前の両親のおかげでこれを展開する時間が作られた。その代わりやつが去るまでここから動くことはできん」

 

 

 確かに答えを求めていた。だが、次々に明かされる事実に頭は追いつかない。ただミューと手をつないでいくのが精一杯だ。

 魔族。人間の戦争相手は遠く離れている場所の出来事のはずだった。火の中の影が、目を閉じても浮かんでくる。ああ、あんな存在を相手に戦うなんて、どうやればいいというのだ。だが、両親はそれを前に確かに立ち向かっていった。

 

 

「大丈夫よ。アラン。きっと大丈夫。明日になればおじさんもおばさんも、きっと何もなかったように……」

「ミュー……」

 

 

 きっとそんな日は永遠に来ないのだ。心はへし折れた。体は力が入らない。何よりも、とうに諦めている自分がひたすらに惨めだった。

 ミューの師匠が術を解いたのは二日後のことだ。

 

 何も残っていなかった。聞いていた通り、普通の火では無かったのだろう。燃えカスすら残らず……消滅しているといった方が正解だろう。自分の家のあった場所にも面影すらない。

 ただ少し離れた場所に灰の塊があった。二人分の人型の灰。近づくとそれは穏やかに消え去った。

 吸った息の中にそれが含まれていたのだろうか。分かってしまった。両親の死。そして二人が最後まで諦めなかったことを。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 四つん這いになり、目から液体を流れるままに出す。自分の中にこんな強い感情があったのかと思うほど、思いが溢れて止まらない。生きていて欲しかった。父と母だけではない。反りの合わなかった村長の息子に至るまで、何も変わらずあって欲しかった。

 いつまでそうしていたのか。ミューが肩に手を置いたときにはもう世界は暗闇だった。

 

 

「ふざけるなよ……!」

 

 

 次に溢れたのは怒り。それは魔族と、自分自身に向いていた。頭脳は猛回転を始め、心の臓は力強く脈打つ。

 理解した。あの魔族は最初から両親を狙ってやってきたのだ。巻き込まれた村人への謝罪と、何も出来なかった自分の不甲斐なさが反転して、心を燃やした。

 心が折れた? 自分が弱かった? だからどうした。ならば繋ぎなおし、奴を超える力を身に着ける。冷静に自分を薪として火にくべろ。穏やかな時さえこの日を忘れないように……這って進むことを選択した。

 

 それから命を救ってくれた老魔術師に礼を述べて。旅に出る覚悟をした。笑っているときにも、穏やかな時にも、泣いてる時ですら自分への怒りを失わないよう。それでいて冷静に人格を活かして堅実に。

 

 鉄を鍛えるように生きていくことを誓ったのだ。




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