大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
出発前はいつも通り準備である。鍛冶街ザリオンは王都の東に位置しており、“鉄の道”を通ってそこまで行くには長い時間がかかる……らしい。俺たち“
この行列には多数の護衛が付き、むしろ行軍と言っていい。鉄や銅も貴重だが、銀は特に重要であり“お銀様”と呼ばれて絶対に奪われてはならない物とされている。銀に手を付けた兵士も、奪いに来た賊も漏れなく死罪になってきた。冒険者組合も兵士たちもこの日のために、使用する西街道を徹底的に
「人より銀が偉いのか。なんともまぁ安く見られたものだ」
「銀は下手をすると金よりも、貴族に愛されているからね。銀食器や銀細工……調度品には絶対必要なわけだ。ウィッカは鉄の街だから気ままに見えるけど、銀が運ばれてくる日は絶対秘密にされているというよ」
「教会でも聖具は銀製がほとんどですわね」
「その行列に同行するんだから、少しは信頼されているんでしょうね。でも、最悪食料は自分たちの分を持った方がいいわ。兵士は冒険者と仲が良くないから嫌がらせの可能性だってある。食事を抜かされたりしたら、うっかり燃やしてしまいそうだから」
珍しく四人揃ってぞろぞろと歩く。これから別の街へと行くのだ。できるだけ鉱山街ウィッカを見ておこうという気持ちを共有していた。皆これからどうするか、なんとなく分かっているのだ。
「アラン。ザリオンに行ったら……」
「うん。合同任務の成否がどうあれ、僕はウィッカには戻らない。少しでも戦争の前線に近づいていく。預けてある財産に関しても、手数料を払って送る算段もつけてある」
「まぁ予想はしていましたけれども……こういう時こそ話し合いの場を設けた方が良かったのではなくて?」
「あくまで僕一人の決断のつもりだったからね。向こうに着いてから話すつもりだったんだよ」
見くびられたものだ。俺は怒るよりも呆れてしまう。確かに既に基盤ができているウィッカの方が、ただ生きていくには都合が良いだろう。だが、ここまで人を巻き込んでおいて、降りたらどうだは無い。魔族との因縁ならとっくにできてしまっている。
そう思っているとパァンと音がした。ミュゼがアランを平手打ちしたのだ。多分、アランより俺の方が驚いている。
「馬鹿アランッ! 最後まで付いていくに決まってるでしょ! あんたが言う言葉は“お願いだから来て欲しい”じゃないの!?」
「ミュー……」
張られた頬を抑えながら、アランがぼうっとしているので後ろから背中を叩いてやった。
「そういうわけだ。どうせ俺は戦う事しかできんから、目的があるやつに乗っかってた方が良い。勇者アランの物語ができた日には端にでも書いてて貰わなきゃな」
「わたくしの言うことがなくなってしまいましたが……こちらもただ生きていくよりは気高く生きたいと思ってますのよ」
「ごめん皆……付いてきてくれるかな?」
頼みに対して三人とも頷く。欲を言えばリーダーなのだから、ついて来いぐらいで良かった。そうなるとやることは山積みだ。宿屋の引き払いに、世話になった人への挨拶。必然的にウィッカ全体を回ることになる。この際だ。足を運ばなかったところまで行ってみよう。
まずは街の中央にある、いやでも目に付く鉄鉱床。ぐるぐると円を描きどこまでも螺旋で降りていくように感じられる。人を殴り殺せそうな筋肉をした男たちが黙々と働いている。意外にも怒号のような声を聞くことは無い。そんな暇があるなら石を運べといった感じだ。
「人足の仕事はしなくて済んだな。いざという時に最後の仕事があるのは、この街の良いところだろうな」
「どうりで下級冒険者が少ないわけだとも思ったわね。ここも命の危険はあるけど、冒険者なんて死んで当然みたいなところがあるから、皆こっちを選ぶわ」
「社会的な信用も下級冒険者の方が低いしね……さすがに最近は馬鹿にされなくなってきたけど」
冒険者になるだけなら、自分の名前さえ分かれば成れる。その分、十級や九級はほとんどならず者扱いだった。実際、なにかしらで武装した者なので間違っていない。俺はバザーの元締め婆さんと最初に知り合えたので、取引お断りとはならなくて助かった。普通の下級冒険者はそれこそ貧民街の店を利用するしかない。
アランとミュゼは俺と出会うまで、貧民街で準備を整えていた。まぁ実際に安かったので最初は俺も利用した。なにせ真っ当な飯は高いのだ。下級冒険者の報酬と表通りの店では足がでるほどだ。
「冒険者組合の飯も結構高かった。どの支部も揃って同じメニュー、同じ値段らしいが本当かね?」
「普通に考えれば作る人で差が出ると思いますけれど……」
駄弁りながら歩いて貧民街の堅パン屋やガラクタ屋に挨拶して回る。貧しいがゆえに人の出入りが激しい住人たちは、そうなのか程度の反応しか示さなかった。わざわざ言いに来る方が珍しいのだろう。
次は正反対の表通りの区画へと足を運んだ。貴族街などはウィッカに無い。下級貴族がいるにはいるが、この中流以上の通りの奥に居を構えている。俺たちとしてもここにはあまり来た覚えがない。気が向いたら行くという程度だ。
「ああ、でもマルグリットとデートする時はここだったな」
「あんたたち、そんな関係だったの!?」
「ち、ち、違いますわ! あくまで一緒にお茶をしたりした程度です!」
「イサオはその辺、言葉飾らないから……デートのつもりだったんだろうね。まぁでもお似合いだと思うよ。二人とも実力も近くて、僕らを引っ張り上げてくれたし」
赤面するマルグリットが可愛い。本人の見た目はきっちりとしているのだが、こういう時は初心なのが構い甲斐がある。いや実際どういう関係なんだろうね俺たち。
そういう面で見ればアランとミュゼも恋人なのかはっきりしない。これは多分、二人の過去から同志めいた面が強いのだろう。
「ここって鍛冶屋とか魔法の道具とか扱ってないし、個人的には思い入れがないのよね」
「そういえば、ミュゼはローブとか新しくしてるけど、普段着とかは買わなかったのか?」
「いちいち着替えるのが面倒だから、全部同じローブよ。あんたたちもいちいち私の服装なんて興味ないでしょうが、私自身もないわ」
ほほう。だが俺は気付いてる。確かにローブは毎度同じものだが、魔術師帽に付いている飾りが毎回違うことを。そういった細かいところにだけこだわるのがミュゼ流のお洒落なのだ。ただ肝心のアランがそれを褒めているところを見たことが無い。良いのだろうか?
そんなことを考えながら、最もお世話になった場所。西の門近くのバザーへとやってきた。ここには何でもあるが、その分目的の物をはっきりさせておかないと毟られるだけだ。数少ない建物にも武器屋などが軒を連ね、鎖の修理などでこの区画にはよく通っていた。
ここで挨拶をしておかないといけない人物と言えばまず、この人だろう。
「布屋の婆ちゃん! 久々!」
「ああ……あんたたちかい。話は聞いているよ。この街を出るんだってね。全くこのご時世に律儀に会いにくるんだから、騙されないか心配だよ」
えぇ……どんだけ地獄耳なの。確かに只者ではないと知っていたが、畑違いの冒険者組合のことまで承知しているらしい。俺の考えを呼んだように老婆は皺くちゃの顔を笑みで歪めた。
「噂話に耳を傾けること。小さな情報を整理すること。その情報の真偽を確かめること。それだけで世の中のことは大概分かるもんさ。これを持って行きな。ただ、あんたの分だけだ。一行全員を信頼できるほど、他の子とは関わらなかったからね」
「なにこれ? 封書?」
「開けるんじゃないよ。開けたらその時点でそれは価値を失うからね」
バザーの元締めが渡してきたのは、実にしっかりとした手紙だった。封蝋まで押してあり、しわ一つ無い。
「ザリオンの商業組合への紹介状さ。なんでも叶うってわけじゃないが……まぁ詐欺まがいに引っかからなくなる程度の力はあるさね。あんたのように放っておけない子は久しぶりだったよ。とても素直で危なっかしい。あんたたちもこの子を良く見張っていておくれ」
「婆ちゃん……」
「ははっ。元締めにかかればイサオも手のかかる子どもか。大丈夫です。僕たちは仲間ですから……力を合わせていくことができると信じています」
祖母がいたならこんな感じなのだろうか。アランの言葉に一つ頷いた後、老婆は仕事に戻った。おそらく、この紹介状を渡すことが俺にしてやれる唯一のことだったのだろう。これ以上は不公平過ぎると考えたのかもしれない。
俺たちはバザーで食料を買い込み、出発の日を待った。
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