大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
先手を取られた一行だったが、混乱はそれほど長くは続かない。彼らは未来を嘱望される冒険者のエリートたちだ。巨狼には及ばなくとも、高さだけで人間並みの狼たちを相手に、攻勢には出れずとも防戦に回ることができていた。
初撃で一人か二人失ったチームもあるが、まるで何もなかったかのように切り替えていく。それは俺たちのチームにはできないことだ。恐らくは今までに何度か人員を入れ替えたことがあるのだろう。そこいくところ“
他のチームが防衛戦に移行した瞬間、動きを一瞬止められた魔狼に“水蓮”が襲い掛かる。狼頭に水の玉が出現し、次いでその目を水の槍が穿つ。
「ジェイ!」
「あいよっと!」
それでもまだ足りぬとばかりに大剣で太い首を落とされる。極めて優れた魔法使いであるエディットと、身軽なジェイのコンビは凶悪だった。魔狼が目を潰された程度で戦えなくなるわけがない。今まで魔獣との戦闘経験がなくとも、それを見据えた連携は既に一流の判断だ。
優男風の神官セスは長い金髪を揺らしながら、他のチームの間を駆け回った。仲間から後回しにされた人員を治癒しているのだ。速やかに戦線に復帰させれば、魔狼の功績は無と帰す。
そして少年とも少女ともつかない、アーチャーハットを被ったイーは木の枝の上に立ち、イサオが相手をする巨狼へと弓を放った。
「援護はこちらの方が早かったな」
巨狼にとって通常の矢など大した傷ではないが、それでも煩わしそうに頭を振る。連動して俺も振り回されるが、同時に再びナイフによる一撃を加えた。徐々に血を流し始めた巨狼。分かるぞ。鬱陶しいだろう? 蹴散らしてしまいたいだろう? 口を縛る鎖を引きちぎりたかろう? だが、一体何の金属でできているのか鎖は歪みもしない。
イーの矢が今度は足を狙って放たれる。巨大な相手の弱点は中心、もしくは末端だ。痛みを強く感じる一撃に、巨狼は思わず足元を見てしまう。好機到来……俺は鎖を引っ張って巨狼の鼻面に取りつく。今度は自分も鎖で繋ぎ、完全に固定する。さながら崖に挑む登山家のごとく張り付いてしまう。
「はっ! 今更落とそうとしたところで、遅い」
咆哮が聞こえ、上へと持ち上げられるが俺はナイフを何度も突き立てた。巨狼という鉱山につるはしを何度も繰り出すのように。その間、イーも射撃を止めない。魔獣とて生き物だ血を流し過ぎればどうなるか考えるまでもない。
巨狼は鼻面を自分から大木に叩きつけた。こちらが必殺の機会の時、大抵は相手もそうなのだ。背中に強い痛みを覚えるが一向に構わない。革鎧と巻き付けた鎖が鎧となって、骨を守る。代償に重度の打ち身だろうが、安いものだ。これから最大の好機が訪れる。
「お待たせしましたわー!」
マルグリット来援。援護はこちらが早かったという言葉の真の意味はこれだ。魔狼との戦いが有利になれば、“
「〈ファイヤー・レイ〉! 目くらましよ!」
「イサオ! これを使うんだ!」
ミュゼが放った熱線が巨狼の目の近くを通過する。六つの目を持つ巨狼はそれを最小限の動きで躱すが、攻撃を目で追ってしまった。その隙に俺へと向かって放たれた物を掴む。アランの鉄剣だ。
「これで……おしまいと行こうかぁっ!」
巨狼の頭蓋に鉄剣が叩き込まれる。巨狼が痛みで大きく体をのけ反らせるが……もう遅い。すでに打ち込んであるのだから。軽装とはいえ鎧姿で木を蹴り、マルグリットは俺と同じ高さまで到達していた。
「ええっ! 神の裁きに身を委ねなさい!」
刺さっていた鉄剣の束をマルグリットの鉄槌が打ち据える。押し込まれた鉄剣は脳にまで達した。魔物としての核がどこにあろうがお構いなし。巨狼は考える頭を失い。天に向かって咆哮した後、その姿勢のまま動かなくなった。最後の叫びに何の意味があったのか……きっと律儀に忠誠心を発したのだろうなと思わざるを得ない。見事な敵だった。
「ふぃー、これが魔獣か。なるほど警戒されるわけだ。アラン、ほら剣。ありがとうな」
「ああ、僕とミューはまた他の応援に行くよ。多分、他の狼たちは逃げ出そうとするはずだから」
「リーダー同士の共感か。俺もすぐ追いつく。無理はしないようにな」
戦いの趨勢は決した。しかし、大型の魔獣とはこれほどのものなのか。人間と動物的に比較すれば……比較する気にもならないな。圧倒的格上を相手に勝利を掴む。これが三級以上の、英雄たちの戦いなのだ。
そこいくところ。今回の俺は少し無様だった。真っ当に戦った方が良かったのかもと思う。おかげで予想外に一発貰う始末。
「マルグリット、すまんが治癒を頼む。背中に一撃貰ってしまった」
さっさと革鎧を外して、皮膚を晒す。恐らく背は赤く腫れあがっているのだろう。マルグリットの手が冷たく感じられた。
「全く……殿方が無暗に肌を触らせるものじゃありません。〈
「女の子はもっと駄目だろう。さて、俺たちも後始末に加わるか」
「主治医としては少し休んで欲しいところですけど、まぁ皆さんの被害にはかえられませんね」
といってもやることはほとんど残っていない。残る魔狼は三体だけ。眼前を他のチームに囲まれ、“
ここまでの戦いで未だに生き残っていること、それ自体が魔狼の強さの証明だ。俺とマルグリットも迂回して仲間と合流する。
「おお、エディットたちも無事だな。そっちの弓使いには助けられた」
「イーですか。あの子は独自に判断して動くタイプ。私たちに恩義を感じる必要はない」
「そうか。残っている三体、俺がやろう」
わざわざ危険を冒す必要はない。鎖を地面すれすれに放つ。蛇のようにのたうつ鎖が、最後まで戦い抜いた敵の足をすくい……宙に打ち上げられた。次いで今度は落ちてくる魔狼たちの首に鎖が巻き付く。まるで直角を描く軌道変更と鎖を自由にする早さ。鉄鎖術を学んでいない者には理解不能だろう。
ごきり、と何かが外れるようにして死体となった三体が落ちてくる。最後は呆気なく死戦は終了した。だが、この場にいる誰もが魔獣など大したことがないとは言わないだろう。傷を負ったものや、治療の前に血を失った者たちはその場にへたり込んでしまう。
まぁ俺もそうしたいのはやまやまだが……
「残りがいないか、確認するぞ。とりあえず俺は気配を感じない。マルグリットはどうだ?」
「これは……一羽だけですけれど鳥の羽音が聞こえますわ」
「うーん。〈水鏡〉もそちらを示している」
すかさずミュゼが感知した方角へ炎を放つが、落ちてくるものはなかった。
「してやられたね」
「あえて戦闘能力皆無の魔獣を使った伝令か。魔族って頭良いのな……とりあえずここの魔獣は排除されたと報告へ行くんだろうな」
「……喋れる鳥は案外多い。魔獣にいても不思議じゃない」
知性があって自分たちより基本性能が上の敵か。面白いと思いと冗談じゃないという愚痴で半々といったところか。まぁアランはどんなに差があろうと食らいついていくだろう。俺もそれに付き合って行くと決めている。まだ色んなものを見ていないのだ、そのためにも、魔族滅すべし。
そんなことを考えているとギヨームが拍手しながら現れた。そういえば戦闘中、“夜蝶”のメンバーが放つ気配には気付いていたが、ギヨームとその切り札は感じ取れなかった。【師匠】、世界は化け物だらけです。
「よくやった小僧ども。見張りの鳥は討伐対象じゃないし、仲間が追っているから減点にはならん。死傷者は二名か。神官を上手く使ったな。上出来上出来」
あまりにも軽い態度。恐らく死者が出たチームの誰かが、ギヨームに殴りかかったが、すり抜けるように通過した。何かしらの術を使っているな。しかしこのドライさが三級以上には求められるのだろうか? そのノリはちょっとご勘弁願いたい。
「異論があるやつもいるようだが……これは合同任務だ。この森から魔獣は一掃された。おめでとう。依頼達成だ」
不謹慎なので手を打ち合わせはしなかったが、今になって達成感を覚える。
そう。これで俺たちは四級チームとなったのだ。アランたちの夢まであと一歩のところまでとうとう来たのだ。
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