大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
マルグリットが先導していくのに、俺たちは従った。フード姿の人物からして教会絡みなのだろうが、マルグリットは無言だ。それでも俺たちが文句を言わないのは彼女が俺たちに害なす存在ではないと知っているからだ。
それにしても歩調は速歩きで、ミュゼが遅れてしまいそうだ。常のマルグリットならしない行為だが、何かに怒っているのだろうか?
「おーい、マルグリット。事情は聞かないけど、速く歩きすぎだ。ミュゼは戦士じゃないんだぞ」
「あ……すみません。失礼しましたわ」
自分が急ぎ過ぎていたことを思い直す理性がマルグリットには残っていた。反省するように大きく息をすると、こちらに向かって頭を下げた。外見に反して、礼儀正しいのはマルグリットのいいところだな。
流石に茶を飲んで落ち着く時間は無いらしく、歩みは止めずに語り始めた。
……あれ? マルグリットの知っている王都の範囲はえらく狭いはず。それが迷わず進めるということは。
「マルグリット、向かっているのって、もしかしてあそこか?」
「良く分かりましたわね。ええ、お師匠様の勝手な指示ですわ」
視線の先に頂上部分だけ視界に覗いた建物。王城に他ならない。
まぁ確かに観光のために行こうとしていた場所ではある。だが、まさか中に入るのか。それは良い経験になるといいのだが、格好がよろしくない。俺たちは基本的に日頃から武装している。俺とアランはともかくマルグリットやミュゼが面倒な男にからまれないようにだ。実は女冒険者にはそういう人は多いとか。ともかくブレストアーマー姿と革鎧が王城に似合う気は流石にしなかった。
「大丈夫ですわ。王城って意外と入れる人は多いのです。例えば村の村長などは陳情のために入ることが許されています。可能な限り公平な王族を演出するためですわね」
「意外ときっついのが最後に来たが、それで神官はそこに入るのか?」
「入れるというか、常駐している方が何名かおられますわね。お師匠様は権力で入ったんでしょうが……根回しの権化みたいな人なので私たちも問題なく入れると思いますわ」
どうやらマルグリットと師匠の関係は一風変わっているようだ。半分本気で殺しにかかってくるうちの【師匠】が標準だとは全く思わないが……厳しいというよりじゃれ合いのある関係だろうか?
これまでのフラーボス枢機卿の人物像を整理すると、野心があり、金にがめつく、根回しが上手い。情報だけでは完全に悪人だ。
ただ、マルグリットの性格ならばそんな人物と親しくしないだろう。裏表ある人物といったところか。【師匠】たちの仲間だったという点を考えても、単なる悪人ではない。
「こうしてみると、自分が田舎者だって分からせられるわねぇ……」
「本当に壮大、いや荘厳かな。さっきの大聖堂も驚かされたけど、ここはまた違うね」
考え事をしている間に王城の外郭である城壁に着いてしまっていた。大門から城の姿が良く分かる。白を基調とした本殿に、左右の棟が付いている。まるで白鳥のような姿は、この地の民であることを思い出させた。清廉潔白を体現しているかのようだ。
しかし、中にいるのは王侯貴族。平民をどうとも思っていない人間の集まりだろう。うっかり殴ったりしないよう注意せねば。
「城の中は基本、黙っていれば問題ないですわ。あと周囲の物に触れないように。色々とうるさいですからね」
この中で唯一王城を良く知るマルグリットは特に感動を見せずに進んでいく。ということはまぁ想像の通り中身はお察しか。衛兵まで鉄の鎧を身に着けていて、色は空のような青だ。片手にスピアを持った彼らだったが、マルグリットにくっついていくと止められることなく通過できた。フラーボス枢機卿が根回しを得意とするのは本当のようだ。
表向き公平を謳っているだけあって装飾の施された扉は開いている。だが流石に入場は記録されているらしい。立ち仕事でイライラとしていそうな文官に署名を求められた。
マルグリット以外は姓を持たないので鼻で笑われたが、まぁ城の住人からすればそんなものだろう。あとは大人しく付いて行く。城の中は豪奢だったが、大聖堂で少しばかり慣れてしまった。というかここの方がギラギラして趣味が悪い。たまに壺などが置いてあるので、マルグリットは触るなと言っていたのであろう。もし高価なものならその辺に飾っている方が神経を疑う。
「ここが神官室ですわ。魔法が使える者は救護に参加したりもしますが、基本は神事に関する準備と大聖堂との連絡役ですわね」
「王宮内でも神事とかするのか。もうどこに行ってもいそうだな」
「ここに配属されるのは聖書を丸暗記してたりするぐらい、出来のいい方たちですから、ちょっと普通とは比べられませんわ。さぁ入りますわよ」
神官室と言ったが、一階の奥に他と変わらない扉があるだけだ。重要ならもっといい立地がありそうなものだが……マルグリットがノックをすると音を立てて扉が開いた。
その先には筋肉がいた。いや動揺して変なことを考えた。神官服が弾き飛びそうなぐらい筋肉が発達した男がいたのだ。禿頭で年齢を示す特徴はどこにもないが、身長が異常だった。一般的な体格のアランを横に考えると頭三つぐらい違う。
「おお、マルグリット! 遅いではないか! 送った連絡員は何をしていたのだ!」
「お師匠様! あんな形で呼び出さないでください! 言われずとも顔ぐらい出しましたわ!」
「それでは、そこの者たちがついてこないであろう! あやつの弟子にも会う必要があったのだ! だが、儂が直接出向くとスズメ共がうるさいのでな!」
なんとこれがフラーボス枢機卿らしい。前情報では陰険そうだったが、とんでもない豪傑にしか見えない。しかし、気配からして強さが伝わってくる。俺より上ではあるが……【師匠】には届かないぐらいか? 体格が違うので、その差次第ではあるが。
「“水蓮”のエディットとも会った! ネスタルは弟子まで華奢よな! ムハハハハ!」
「マルグリット、この人が本当にあの……?」
「ええ、そうですわ。金に目がない野心の塊、根回しの権化。わたくしのお師匠であるフラーボス枢機卿ですわ……」
「ひどい言われようだな。金が欲しい! 信仰が欲しい! 地位が欲しい! 普通の欲望よ! そして欲しいを隠した勇者の姿が貴様の師匠よ!」
堂々と言うので逆に信用できるな、この人。【師匠】のことも悪く言っているつもりはないのだろう。むしろ【師匠】が隠遁者であることを嘆いているような気になる。
確かに【師匠】にその気があれば、どんな地位も思いのままだっただろう。それが世間に評価されていないのは、俺にも思うところはある。
「貴様、名は!?」
「【師匠】がつけてくれた名でイサオですが……」
「なに? イサオと名付けたのか? あやつが? ムハハハハ! なんだ、未練の結晶か!」
そういえばウイッカの組合長も反応していたな。誰かにあやかってつけられた名なのか? あの【師匠】が未練を持つほどの人ということは、まぁ多分仲間だったのだろう。外れている可能性も大いにあるが。
アランとミュゼは呼ばれていない身内話に口を挟む気はないらしい。大人しく壁の石像と化してくれていた。
「それで、お師匠様? わたくしたちを呼んだということは何か伝えることがあるのではなくて?」
「うむ。まぁ大した話ではないが、伝えておかねばならない。儂自身は決戦の前に権力を握ろうと離脱したので聞きかじりになるが、魔族の統率者たる魔王! それはあやつらが倒している!」
「……は?」
「聞こえなかったか? 年長者の話はよく聞くものだぞ!」
「いや、そうですけれど……そうじゃなくって! だったら何で今も戦争が続いているのですか!?」
「知らんゆえ、大した話ではないと言ったのだ。ゆえにネスタルたちはうそつき呼ばわりされたりもしたのだが、同時に本拠地に侵入した王家の騎士団長も確かであったと証言している。つまりだ! いくつか事態は想定できる! 一つ、魔王が単なる指揮官に過ぎないという場合。これならば魔王だけ倒しても次が穴を埋めるだけだからな。一つ、魔王はただ倒しただけでは意味がない場合。封印とかそういったことまでせねばならなかった場合だな。そして最悪な一つ、魔王を倒すことに何の意味もない場合! この場合は……」
「魔族を全て殺すまで止まらない」
アランの冷えた声が横合いから吹き付けた。運命が勇者の背を押した。
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