大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
陽が落ちると辺りは完全に闇となった。一般的な水準である村の住人たちはロウソクなどの使用を、できるだけ控えようとするためだ。そうした面では俺にとってはあまり馴染みがない。【師匠】の家は結構豪華で魔法灯という、光の魔法が封入されたランタンが各部屋にあった。寝るのに使っていた納屋に、余った魔法灯を持ち込んで本などを読んでいたものだ。
だからといって俺が夜闇に慣れていないわけではない。引き取られて最初の頃は修行として夜の森に置いていかれたものだ。数日前までいた場所がもう懐かしい。
「松明は使えないな。警戒する時間が長すぎるよ」
「村のために全滅させる気が無いなら、羊小屋の近くで野営すれば良いけどな。動物としての本能に加えて、頭が良い狼は近づいてこない。ミュゼは〈ライト〉の魔法は使えないのか?」
「似たようなのは使えるわよ。でも一晩中なんてとてもやってられないわ。松明の代用程度よ。というか一日中光る魔法なんて、大賢者とかそういう人が使うのよ」
〈パーマネントライト〉か。ネスタルさんが平気で使っていたから、案外簡単な魔法なのかと思っていた。それに光源を作ってしまうという意味では狼を警戒させるという点では変わらない。
というわけど三人一組になって柵の周りをうろちょろとしている。ミュゼはアランの袖を掴んでいるようだ。仲の良いことで。
「昼の内に作った罠に引っかかってくれるといいけど」
「鳴子は古典的だが効果はあるからな。黒い糸で作ったからそう簡単には見破れない。アランはミュゼの心配をしていた方が良い。魔法には疎いが、遠距離攻撃を食らってくれるほど可愛げないからな、狼は」
さて、俺がいるだけで狼は何かを感じ取るかもしれない。実際にタムル山の熊は俺から逃げ出していた。ここらで別行動をとったほうが良いだろう。
「俺はここで身を潜める。二人はそのまま行動を続けてくれ。狼と出くわしたら無理に勝とうとしなくて良い」
「その時はミューの〈ファイヤーアロー〉で場所を知らせるよ。イサオも気をつけて」
「……おう」
人に心配されるありがたさよ。それはタムル山には無いものだった。ただ、冒険者が全員こうではあるまい。アランの人柄によるもので、現にミュゼはなにも言ってこない。
そんなことを考えながら俺はむき出しの地面に腹ばいになる。革鎧に使われているワックスは上質なもので、革の素材が放つ臭いをほとんど消し去っている。
そうして一時間ほど経っただろうか。今日は外れかもしれないなと思っていたところに、火の矢が空に一本打ち上がった。鳴子に引っかかるのが先だと思っていたが、運がいいなアラン!
全力で火の矢が発射された位置に行くと、戦闘は既に始まっていた。灰色の狼たちを相手にアランは剣で防御に回っている。ミュゼを背にしているので攻撃にはとても出れない様子だ。代わりにミュゼが時折、炎を飛ばしているが狼は巧みに飛び退く。
ふっと呼気を漏らして、俺は鉄鎖を曲線状に投げ放つ。鉄の柄がついた鎖はアランにたかっていた狼の脳天を二匹まとめてぶち抜いた。
「気を抜くな! 俺が片付けるまで防御に意識をまわせ!」
声と同時に鎖を引き戻す。この鎖は俺の指先だ。そのように扱うのではなく、実際にそうなのだ。それが【師匠】の教えだ……剣や槍なら手足の延長。感じ方は何でも良いが、とにかく一体化した感覚を身につけるよう教わった。鎖の音が夜闇の敵を教えてくれる。総数十二体。
戻った鎖を再び投擲するが、まさに指先と化したそれは奇っ怪な軌道を描く。微細な持ち手の動きで円を六つ形作りそれを狼の首輪よろしくかけて行く。そして、思いっきり引っ張り上げると狼たちの首がごきりごきりと、回転に耐えられず折れていった。残り六。
狼たちは距離をとって逃げないという奇妙な動きに出た。賢い彼らは俺の方が強いと感じ取ったはず。なのに逃げようとしない。これは……
二人のもとに駆けつけた俺は最前列に出て、鎖を手元で回しながら言った。
「ミュゼ。あっちの暗がりあたりに〈ファイヤーアロー〉を撃ってみてくれ。大体で良い」
「言っておくけど、撃てるのはあと三回ぐらいよ」
「ミュー。ここはイサオの言う通りにした方が良い。狼相手の経験は彼のほうがずっと上だ」
アランの言葉を受けて、不承不承ミュゼが炎の矢を杖先から放つ。それは暗がりを意味もなく飛んでいったように、ミュゼには見えただろう。だが俺にはそれだけで充分だった。
「予想通り、そこだ!」
暗がりと同化していた影が一瞬見えた。ならば、それだけで鎖伝いに
投げた鎖が相手を完全に拘束した感触が伝わり、コチラがわへと引き戻す。それと同時に残っていた狼たちは散り散りに逃げてしまった。村のために全滅させるという副なる目的は失敗してしまったが……まぁ依頼には入ってないのだから良いだろう。
「ソレより、なんだコイツ」
【師匠】から譲り受けた鎖の頑丈さは、そこらのものとは比べ物にならない。アランが松明に火を灯して、拘束から逃れようともがく獲物を照らすと、その異様な風体が明らかになった。
黒い毛で覆われた全体的なシルエットは狼を大きくしたようなものだが、頭にはヤギのように角が生えて足先は鉤爪になっている。思わず、というようにミュゼが呟いた。
「バーゲスト……!」
「これが? 絵本の中に出てくるあの?」
バーゲストは不幸を呼ぶ妖精と言われ、狼の姿を取る事が多い……と、子どもを怖がらせるためにあるような本に書いてあった。鎖を引きずっているともされるが、そいつが鎖に捕まっているというのも皮肉なことだ。
「伝承に出てくるのと同じかどうかは定かじゃないけど、これが見た目そっくりな魔物だからそう呼ばれているわね」
「うーむ。このあたりの狼のボスでもしてたのか。懐きそうにもないし……アラン、せっかくだから狼を斬る練習を兼ねてとどめを刺してくれ」
「良いのかい? 捕まえたのは君なのに」
「動かないようにしてるのも手間なんだ。遠慮なくやっちまえ」
じゃあ、とアランは剣を真下に突き下ろした。俺は魔物を見たのは初めてだが、皮と獣脂で斬るのが難しいのは変わらないだろう。突きで正解だと思う。
喉元に剣を突き立てられたバーゲストはさらに暴れたが、三度の刺突を受けてとうとう動かなくなった。
アランははぁ、と気持ちを落ち着かせるように息を大きく吐いた。
「これで今日の襲撃はもう無いかな?」
「多分としか言えねぇや」
「じゃあ交代で一人ずつ休んで朝を待とう。狼たちの死骸の処理も明日になってからだ」
「念の為、バーゲストには鎖を巻いたままにして置く。俺はナイフでもそこそこ戦えるからな」
アランがそのリーダーシップを発揮して、方針を定めていく。逃げ去った狼たちが敵討ちに来ることもなく、俺達は日の出を迎えることができた。
それからの期間。俺たちは狼の毛皮を剥ぎ、残りは埋葬する作業を行った。バーゲストは高額で取引されるので、内臓を除いた角や爪まで持ち帰ることになった。バーゲストの角などはともかく、期間が空いてしまう狼の毛皮は大した値で売れないだろう。それでも無いよりはマシだった。
感心したのはミュゼで、慣れない者には汚いであろう作業を顔をしかめながらも手伝った。俺には当たりがキツイだけで根は善人の証拠だった。
その間、夜間も一応警備していたが、何かの襲撃は無く無事に依頼期間を満了したのだった。
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