ロクでなし魔術講師と禁忌教典とサイキッカー   作:ケバブ・スキー

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第1話

アルザーノ帝国─北セルフォード大陸の北西端に位置する帝政国家。

冬は湿潤、夏は乾燥。そんな気候を持つこの国の南部に、フェジテと呼ばれる都市がある。魔術的な素材や物品の交易で栄え、人や物の出入りも絶えない活気ある街だ。

 

その街に、僕の通う学院はある。

 

朝の街路を抜け、石畳を歩く。行き交う大人たちとすれ違いながら、同じ学院へ向かう制服姿の生徒たちが視界に入る。僕もその流れに混じり、いつも通り学院の正門を潜った。

 

重厚な門を抜け、広い中庭を横切り、教室の扉を開ける。

中にはすでに半分ほどの生徒が席についていた。

 

(眠い……もう少し寝たい)

(今日も一日長い……)

(調子悪いから早退しようかな……)

 

当然のように頭に流れ込んでくる憂鬱な声に、僕は小さくため息をつきながら自分の席に腰を下ろす。

授業開始まではまだ時間がある。鞄から小説を取り出し、ページをめくった。

テレパシーが四六時中鳴り響く環境で本に集中するのは難しいのだが、続けているうちにこの騒がしさにも慣れ、今では教室に着いてから授業開始までの読書が日課になっている。

 

(いやいや、学校来たらすぐダチと駄弁るっしょ?)

 

……そういうアオハル全開な君の声が聞こえてきそうだが、残念ながら僕は超能力者であることを隠すため、極力人との関わりを避けている。

学院行事や課題のグループ作業で必要最低限やり取りする程度で、特別親しい人間は存在しない。名前を覚えられているかも怪しいくらいだ。

そうした距離感を望んで過ごしている僕だが──このクラスには、ひとりだけその壁を越えてくる“例外”がいる。

 

しばらく本に目を落としていると、談笑しながら二人の女子生徒が教室へ入ってきた。

 

一人はシスティーナ=フィーベル(以下システィさん)。

由緒あるフィーベル家の令嬢で、純銀の髪と翠玉の瞳を持つ少女だ。

成績は優秀、性格は意地っ張り。家柄と才覚ゆえにクラスでもひときわ目立つ存在で、僕が関わるには遠すぎる存在だ。

 

もう一人はルミア=ティンジェル(以下ルミアさん)。

金髪に澄んだ青玉色の瞳、柔和な物腰。誰とでも打ち解けられる清楚な少女だ。

彼女はクラス中の人気者で、僕に対しても気兼ねなく話しかけてくる。

先に述べた“例外”とは、まさにこのルミアさんのことだ。もっとも特別な感情があるわけではなく、ただ彼女がそういう性格なだけだと思う。

それでも、僕にとっては油断ならない人物であることに変わりはない。

 

この二人は学院でも群を抜いて目立つ存在だ。

だが今のところ、僕の学院生活を脅かす存在にはなっていない。

少なくとも──現時点では。

 


 

やがて授業開始の直前。

本を閉じて顔を上げると、教室には依然として教師の姿がない。

最近、このクラスを担当していた先生が辞職したことで、今日は非常勤講師が来るはずなのだが。

 

「……遅い!」

 

正面の黒板と教壇を、木製の長机が半円状に囲む座席の最前列に座るシスティさんは、苛立ちを隠さず声を上げた。

 

「どういうことなのよ!もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!」

 

「確かにちょっと変だよね……」

 

隣の席のルミアさんが宥めるように答える。

 

一向に現れる気配を見せない講師に、クラス内はざわめきを増していた。

当然なぜ遅刻を知っているか既にわかっているが、理由を知ればその評価は地に落ちるに違いないだろう。

 

「あのアルフォネア教授が推薦する人だから少しは期待したのに……これはダメそうね」

 

「そ、そんな、評価するのはまだ早いんじゃない?何か理由があるのかも……」

 

システィさんをはじめ、生徒たちの苛立ちが限界を迎えようとしていた時─

バン、と教室の扉が開く。

 

「あー悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

「やっと来たわね! ちょっと貴方、一体どういうことなの!?貴方にはこの学院の講師としての自覚は─」

 

到着早々、システィさんが説教を浴びせようとしたが、

その顔を見た瞬間、彼女は言葉を失った。

 

「あ、あ、ああああ貴方は!」

 

現れた非常勤講師は、ずぶ濡れで傷まみれ、追い剥ぎにでもあったかのような有様だった。

だがシスティさんの驚きは、その酷い身なりではなく、現れた人物そのものに向けられていた。

どうやら二人は顔見知りらしい。

以降、講師とシスティさんとのやり取りで、僕は悟る。

この男ほど「ロクでなし」という言葉が似合う人間を、僕は見たことがない。

 

聞くに耐えない遅刻の理由を話した後、反省の色は微塵も見せず、だるそうに男は自己紹介を始めた。

 

「えー、グレン=レーダスです。本日から1ヶ月、生徒諸君の勉学を手助けさせていただくつもりです。短い間ですがよろしく……」

 

「挨拶はいいから、早く授業を始めてくれませんか?」

 

システィさんが冷たく言葉を遮る。

僕が望んでいた平穏な学院ライフは、この一ヶ月間、ボッシュートされるらしい。

 

「あーまあそうか……。かったるいけどはじめるか……。一限目は魔術基礎理論Ⅱだっけ」

 

授業時間が半分過ぎた頃、ようやく授業が始まる。

ここまでの印象ははっきり言って最悪。しかし、それでも生徒たちの授業に対する期待はまだ消えていなかった。

というのも、システィさんが先ほど口にしていたアルフォネア教授─この学院にも勤めている大陸屈指の魔術師が「なかなか優秀」と太鼓判を押した人物だからだ。

その事前情報がある以上、どんな授業をするのかみんなは興味を抑えきれずにいた。

 

そして、グレン先生はチョークを手に取り、黒板に向かって何かを書き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

自習。

 

チョークを横にして書かれた、妙に達筆な字体の「自習」。

眠いし、自習にしよ─という心の声が聞こえてからの自習。

いや、生徒諸君の勉学を手助けはどこへ行った?

 

黒板を見たクラス全員が、思考を停止する。

 

「えー、1限目の授業は自習にします。理由は眠いから……」

 

そう言うと、教卓に突っ伏した。

そして十数秒も経たぬうちに、すやすやと寝息が聞こえてきた。

 

その後、教室中に轟く怒号がシスティさんから発せられたのは、言うまでもないだろう。

 

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