それから現在、桃矢は殺せんせーこと殺田と向かい合いながら座っていた。
「アイスコーヒーとハニートーストを♪」
「かしこまりました!」
ウキウキな顔で店員さんに注文を終えると、改めて殺田は桃矢へと顔を向ける。
「すみませんね。帰る間際に呼び止めてしまって。あ、何食べます?」
「…ではカレーを」
殺田の構えの良さに桃矢は断りきれず、お言葉に甘える形で注文する。
「あの、なぜE組の担任が私の所に?」
「お姉さんからお話を聞きましてね」
「…!!」
それを聞いた途端、桃矢の笑みが崩れて真っ黒に染まった瞳が現れる。
「私の『また従兄弟』が何か…?」
「えぇ。家族関係について相談を受けました。いきなり当事者2人は気まずいと思ったので、先程はお姉さんに、今度は貴方に、お話を伺おうと思いまして」
「…そうですか。お手数おかけしました」
「とんでもない。生徒の悩みを聞くのが先生の勤めですからねぇ。あ、来ました来ました♪」
それから頼んだ料理が到着すると、殺田は目を輝かせながら頬張っていき、その様子に桃矢は引き気味になりながらもカレーを頬張りながら尋ねる
「桃花さんからはどんなお話を…?」
「それはですね」
殺田は昼間、桃花から聞いた話をそのまま桃矢へと誇張も何もする事なく全て話した。
・桃矢が未だに責任を感じ続けていること
・まるで居候のような他人行儀な態度と言葉遣い
・日に日に悪くなっていく顔色
それら全てを余す事なく伝えた。
「___と、以上になります。こちらについて、桃矢くん自身は思い当たる節などありますか?」
「……」
話を聞いた桃矢は食べ終えたスプーンを置き、ティッシュで口周りのルーを拭き取りながら答える。
「全て事実です。ですが、なぜ相談したのかサッパリですね」
「にゅ?」
「私の所為でE組に落ちたのならば、私が責任を果たすのは当然です。E組から本校舎へ復帰させるまでは。
それに私は「また従兄弟」であって、桃花さんとの血の繋がりはほぼ皆無です。寧ろ今まで我が物顔で過ごしていた自分がおかしいくらいです…」
「…ほぅ?」
淡々と出されたその言葉に殺田は食べる手を止めて尋ねる。
「貴方としてはお姉さん、いえ、桃花さんはどう見えますか?」
「ただ無理をして過ごしているように見えます。急に変わった環境に加えて、多数の人から蔑まれる差別的な扱い…登校するだけでも相当な負担を抱えていると思います」
「今日の集会で見かけたとき、そのように見えましたか?」
「…」
その質問に桃矢は頷くことも首を横に振ることも出来なかった。今日の集会で、彼や他の教師が何かしでかした際に、E組の皆は他のクラスをさておき笑っていた。それは桃花も例外ではない。
「確かに、集会の後半からは、笑っていました。ですが…その時だけです。いつも笑ってるとは限りません」
それについて桃矢は同意する。だが、それでも考えを改めることはなかった。
「だから、私は桃花さんを本校舎に戻さないといけないんです」
「なるほど。君の考えはよく分かりました。
「えぇ」
「因みに、桃花さん自身はどう思っているでしょう?」
「……へ?」
殺田のその問い掛けに桃矢の動きが止まり、殺田は改めて尋ねる。
「桃花さん自身が今の貴方をどう思っているのかです。君のその追い詰められ、疲労に満たされた表情と他人行儀な振る舞い、それを桃花さんが良しとしますでしょうか?君をテストを投げ捨ててまで看病した桃花さんが、それほどまでに疲弊している君を見て、良い気持ちになるのでしょうか?」
「……それは…」
それに対して、桃矢は考えた事も無かったのか、返す言葉を失ってしまう。そんな彼に殺田は、昼間に桃花から聞いた答えを桃矢へと伝える。
「彼女の担任である私は良いとは思わないと考えます。それに、桃花さんは貴方にそこまで引き摺らず、いつものように戻って欲しいと言っておりました。だから桃矢くん。君がもしも、桃花さんと話したいと少しでも思っていたら、改めて話してみては____」
「…やめてください」
最後まで言い終えようとした時、先程よりも一層低い桃矢の声が響き、手に持つ水の器を強く握り締めた。
「貴方に何が分かる…!?大切な人が自分のせいでE組に落ちた時の罪悪感がどれほど辛いか…!」
この時、桃矢は初めて自分以外に、その怒りと焦りと迷いに満ちた表情を見せ、自身の心情を吐露する。
「彼女がどんな気持ちであれ…あの日に体調管理を怠った私の原因なんです。たとえ桃花さんが望んでも…私は責任を果たし終えるまで、彼女にはあまり接する事はできません…」
「なるほど」
ようやく吐き出された桃矢の心情を聞いた殺田は満足したのか、頷く。
「勿論です。桃花さんの気持ちも大事ですが、君のそのケジメに対する気持ちも大事です。身を呈すほど責任を感じるその意思は大変素晴らしいものでもあります」
「あ…ありがとうございます…」
殺田からの称賛の言葉に、予想していなかったのか、桃矢は驚きながらも頭を下げる。
すると、殺田は指の触手を向ける。
「ただ1つだけ」
「え?」
「責任を果たすとなれば、まずはお姉さんとの会話から始めて考えていきましょう」
「……」
その言葉に桃矢は再び言葉を失い、黙り込んでしまうが、殺田は続ける。
「勿論、話せないとなれば無理にとは言いません。ですが、その会話から別の解決の方法が見つかると考えています。このまま見守りながら1人で解決するのか、それとも寄り添い、ゆっくり仲直りしながら別の解決口を見つけるか、君の判断にお任せします」
「………はぁ」
殺田からの提案に桃矢は答えを出す事なく、ただ頷いた。
「分かりました…自信はありませんが、少し考えてみます」
「ヌルフフフ!良かった良かった!」
ーーーーーー
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その後、食事を済ませて2人は喫茶店を出た。
「今日はごちそうさまです」
「いえいえ♪それよりも君の答えも聞けて、せんせーとても嬉しいです♪」
そう言う殺田の顔は満足そうに柔らかな笑みに包まれていた。それを見た桃矢は何かを思い出したのか、息を吐きながら口にする。
「この事について相談したのは貴方で2人目です」
「2人目?」
「えぇ」
殺田が首を傾げながら尋ねると、桃矢は頷きながら思い出す。無関係な自身にも、親身に寄り添い、相談に乗ってくれた1人の教師を。
「1人目は今までE組の担任をしてた人です。確か『雪村先生』でしたっけ。少し考えを改めるキッカケにもなった人物です…」
「…!」
その名を耳にした瞬間 殺せんせーが硬直する。その様子を不思議に思った桃矢は尋ねる。
「どうしました?」
「いえ…なんでもありません。それにしても、桃矢くんの本音を短時間で聞き出すとは、“彼女”は私以上に教師の腕が優れていたのですねぇ」
「えぇそうですね。あの人には何故か話しても良いと思ってました」
それから桃矢は殺田と別れたのであった。
「さようなら殺田先生。機会があればまた相談させていただきます」
「ヌルフフ!いつでもE組校舎にきてくださいね♪」
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殺田が去った後、桃矢は考えていた。それは今までの自身の態度とそれに対する桃花の気持ちについてだ。
「(思えば…少し距離を置いてから桃花さんの笑顔を見た事がない…)」
思い出すのは、毎朝、苦笑いを浮かべる彼女の顔、困惑する彼女の顔、泣いて訴える彼女の顔だった。
「(少し…話してみた方が___)」
そう思った直後、
___ダメだ
ある意識がその答えを遮る。それは募りに募った巨大な『罪悪感』と自身への『憎悪』だった。
___ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。私は彼女をE組に落として、酷い仕打ちを仕向けられるようにしてしまったんだぞ!?たとえ何があっても、彼女が本校舎へ戻る目的を果たさない限り、話す事など言語道断だ!!
だが、そうなってしまっては、彼女を本校舎へ戻す事ができない。
__。
「くそ…くそ…くそ…!!!」
次々と湧き上がる思考に桃矢は頭を掻きむしりながら考える。
「どうすれば…!!!」
そんな中であった。ある考えが頭をよぎる。
「……」
そうだ。じゃあ“新しい自分”を作ろう。今の自分と違い、テスト期間の間だけ、桃花さんに優しく教えられる“もう1人の自分”を。