fate/stay night ~no life king~ 作:おかえり伯爵
闇が、ただ闇だけが支配する夜の世界は月の存在すら容認することなく黒一色に染まっている。その中に一人の少女はかすかに笑みを浮かべて闇を見つめる。一歩また一歩と足を進めるたびに闇は少女を避けるようにだが逃すまいと周りを埋め尽くす。ふと長く黒い艶やかな髪が風によって揺れると立ち止まってやはり微かな笑みを浮かべて靴のつま先で地を叩く。すると波紋が広がるように闇は晴れて行き、空には神々しく輝く月が雲を貫き現れた。月の明かりに照らされた服の上からでも分かる豊かな肢体、誰もが羨む年齢離れした美貌。その貌が僅かに歪み目を細める。視界には満天の月。
「そうですか・・・始まるんですね、やっぱり」
少女の独り言は誰に聞かれるわけでもない。虚へと消えるばかりである。だが、少女は満足気に頷き止めていた足を再び動かして道を歩く。月明かりに照らされるアスファルトに引かれた白線。それに沿って真っ直ぐ帰路を急ぐ。
「--」
「ええ、私も参加しますよーー聖杯戦争に」
鞄を両手に持ち直してくるっと一周回り髪を靡かせる。これから始まる出来事が楽しみで仕方が無いと言わんばかりに。無論依然として少女の会話相手の姿は無い。しかし街燈に彩られた坂を上り始めた頃にそれは徐々に闇より這い出る。紅い帽子、紅いコート、黒いパンツ。サングラスの奥には真紅の瞳。人間ではない本物の化け物ーー吸血鬼アーカードが尖った犬歯を剥き出しにして嗤う。
「貴方にも手伝って頂きますからそのつもりでお願いしますね」
「承認した。だが私は問わねばならない。何故意味も無く闘争の中へ飛び込もうとするのかを」
「解っているのにわざわざ訊く癖を直してくださいね、まったく。もちろんこの手の甲に令呪を授かったからですよ」
「令呪の出現と参加はイコールではないはずだが?」
「ええ、でも許せないんです。あんな物のせいで私も雁夜さんも幸せだった日々を失ったんですから」
「復讐か?」
男のその言葉に少女は口を閉ざす。復讐は10年前に為されたはずだった。理解はしている。だというのに少女の中では未だ消えぬ傷として残っていた。
「それも・・・ありますがそれだけではありません。私はーーこんなくだらない戦いを終わらせたいんです」
「ほう・・・つまり聖杯を破壊すると?」
「はい。聖杯を壊してようやく私は私の復讐を本当の意味で終わらせることができると思います」
聖杯戦争。
数十年に一度ここ冬木市で行われる儀式。ルールは簡単。聖杯を求める七人のマスターと呼ばれる魔術師達が七騎のサーヴァントを呼び出し殺し合う。サーヴァントとは過去未来現在に存在していた、あるいは存在していたかもしれない英霊たちのこと。その彼ら彼女らをそのまま呼び出すことは不可能である為魔術師たちはクラスという枠に嵌めて使い魔として召喚する。クラスは、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンの七つ存在する。これらを使役し最後の一人となった者が聖杯を手にし願いを叶えることができる。
そしてこれらの仕組みを作り上げたのが遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家。少女はその御三家の遠坂で産まれその後マキリ(現在では間桐)に養子として引き取られた。少女の不幸はそこから始まった。養子として引き取られた少女に待っていたのは語るのもおぞましい虐待あるいは調教の日々。女性として人間としての尊厳を踏みにじられ心身共に崩壊を続けた。泣くことも許されない暗闇の世界が終わったのは皮肉にも前回の第4次聖杯戦争が開始されてからだった。当時彼女の養叔父にあたる間桐雁夜は間桐に引き取られた少女を助けるために己を犠牲にサーヴァントを召喚した。その後少女は養叔父から令呪を受け取り闘争の世界へと身を投じた。
あれから10年。再び少女ーー間桐桜は身の丈に合わない願いを求める者たちの欲望によって平穏を失おうとしている。
「でも今回の聖杯戦争はちょっと楽しみなんですよ。だって姉さんが参加するんですから」
「ああ、あのうっかりツインテールか。なるほど確かにあの人間(ヒューマン)は面白い。私を見たときのあのマヌケ面は婦警のようだった」
「ふふふ、そうですね。・・・あ、もう家に着いちゃいましたね、」
桜がそういったときには既にアーカードは傍には居らず、桜も気に留めず玄関のドアを開ける。洋風な造りの内外装のこの邸宅は薄気味悪い雰囲気を出しつつも富裕層の家であることを感じさせる造りになっている。
「ただいま帰りました」
桜が少し大きめな声で言うと奥の部屋から一人の男性がエプロン姿で迎えた。間桐雁夜。自己犠牲の末に髪は白く顔は醜く歪んでしまっていたが10年前に吸血鬼化し姿を取り戻した。吸血鬼にしては珍しく吸血衝動があまり強くないので定期的に桜の血液を貰って衝動を抑えている。忌まわしき吸血蟲を始末した後家の権利を放棄して海外へと逃亡した兄に代わって家を相続し、現在はこの家の主である。
手に御玉を持っているので料理中なのだろう。似合わないピンクのエプロンの中心には赤色のハートマークが描かれハートマークの中に桜と雁夜の名前が刺繍されている。ほうれい線がクッキリと見える顔だが表情は柔らかい。
「お帰り桜。今ご飯作ってるから着替えておいで」
「はい。後で手伝いにいきますね」
「はははっ、大丈夫だよ。結構慣れてきたからねーーうわっ煙が!!」
慌てて部屋の中へ戻っていった雁夜。桜は口元を隠して笑った。先ほどまでとは違う花が開いたような本当の笑顔。
ーーああ、幸せだなぁ。
聖杯戦争の影響か桜と雁夜の二人は互いを意識するようになり10年の同棲の結果晴れて結婚を果たした。とはいえ二人は書類上親族になる為、彼女の先輩の養母に頼んで別の戸籍を用意するなど手間取ったのは言うまでもない。式こそまだだが桜が学校を卒業したその暁には式を挙げることを約束している。結ばれてからそれほど時が経っていないのに初々しさがあまり見られないのは10年間の同棲生活の賜物か。
桜は自室に戻ると制服を脱ぎ全身が写る大きな鏡の前で下着だけの状態で己の全身を見つめる。とある奇跡によって戻った自身の肉体。桜は手を体に這わせて感触を確かめる。手は胸の中心で止まり心臓の鼓動が伝わってくる。
ーー生きてる。
生きているのが辛いと思考をやめたあの頃を思い出すことはもはやない。過去に囚われて今を大切にしない生き方など今の桜には許容できるはずがない。桜は胸の前で手をぎゅっと握り締めてキリッと顔を引き締める。
ーー私は許さない。だから全部終わらせて雁夜さんと一緒に始めるんだ。
普段着に着替えて雁夜の待つ部屋に向かう。桜の背後にはアーカードの姿があった。
「どうしたんですか、アーカード?」
「今、アーチャーのサーヴァントが召喚された。名はヘラクレス。ギリシャの大英雄だ」
「ヘラクレス・・・ですか。アインツベルンも恐ろしいものを呼び出すものですね。解りましたやはりサーヴァントを召喚するしかないみたいですね」
「ヘラクレスは半神半人のギリシャの大英雄。しかも化け物退治の伝説を持つ正真正銘の戦士だ。私と言えどもどうなるかは分からない。それが懸命な判断だ」
「貴方に毎日輸血パックで我慢してもらっているのは申し訳なく思っています」
「勘違いするな皮肉で言ったわけではない。私は時間まで眠る。残り僅かだが普通の生活を楽しむと良い」
「はい」
桜はドアを開けて部屋に入る。テーブルの上には頑張って作ったであろう男料理がずらりと並べられていた。チャーハン、焼きそば、お好み焼き、ナポリタン、野菜炒めなどなど。一品一品は量が少ないがとにかく種類が多い。そしてそのほとんどが炭水化物なのでどれか一つで良かったと桜は内心ため息をつく。不満ではないがこの量をどうやって消費するつもりなのか。
「楽しくてつい作りすぎちゃったよ。残ったら明日の弁当にでもしよう」
照れる雁夜。
ーーああ、やっぱりこの人を選んでよかった。
口を開けば夫の惚気話。桜の所属している弓道部の主将の言葉である。
二人揃って頂きますと手を合わせる。テレビの無いこの部屋では二人の声を遮るものはない。会話を切り出すのはいつも決まって桜からだ。主に学校での話がメインで雁夜は相槌をするだけだが二人の間には確かな絆が垣間見える。桜が一通り話し終え、洗いものを済ませたところで雁夜は意を決して胸のうちを打ち明けた。
「俺はもう桜ちゃんに戦って欲しくない。・・・逃げないか?」
「・・・」
「桜ちゃんだって戦いたくなんてないんだろう?聖杯なんてもの俺たちには必要ないんだ。令呪は監督役に渡して離脱しよう」
「ごめんなさい雁夜さん。私は終わらせなくちゃならないんです。でないと私はーー」
「考え直してはくれないんだね?」
「・・・ごめんなさい」
桜の体は小刻みに震えている。桜とて雁夜の言い分が正しいことくらい理解している。実際そうしようとも考えた。しかし、聖杯が存在している限り桜が巻き込まれないとも限らない。彼女は御三家の一人であり令呪は御三家に優先的に配られてしまうのだから。ここで憂いを経たなければ子孫達が巻き込まれてしまう可能性もある。桜にとってそれは許せない。親の過ちでこどもが不幸になって良いはずがない。
桜の気持ちを知っている雁夜からすれば逃げようというのは苦痛の選択だ。幸せな今を護るために逃げ出し未来に怯えるか、それとも未来を取るために今危険を冒すか。雁夜個人としては桜に幸せになって欲しい、それだけだ。故に逃げ出したい気持ちのほうが勝っている。だが、桜が戦うと決心している。ならば雁夜の行動は唯一つ。
「ふぅ、桜ちゃんの度胸には敵わないな。オーケー、一緒に戦おう。これでも一応吸血鬼になったんだから桜ちゃんの盾くらいにはなれる」
「雁夜おじさん・・・ありがとう」
桜の頬に涙がそっと零れ落ちる。桜が見上げると雁夜の瞳から大粒の涙が止め処なく流れ落ちていた。吸血鬼と訊けば大抵の人が化け物と呼ぶだろう。人類を超越した五感に加えて人を簡単に貫ける腕力。血を吸い命とし一度殺した程度では死なぬ耐久力。蝙蝠に姿を変えさらには液状になることさえ可能な変身能力。どれを取っても人類では到達できない境地だ。だからこそ人はそれを恐れ化け物と呼ぶ。だが桜にとって化け物とは誰よりも純粋で犯しがたいモノである。人でいることに耐え切れなかったあまりに可愛そうで美しいモノ。
長い抱擁が終わり二人は見つめあう。すると時間を知らせる時計の音が鳴り響く。自然と二人の距離は離れていく。
ーー終わってしまった。
「鳴っちゃったか」
「・・・はい」
距離の離れた二人の間にゆらりとアーカードが割り込む。
「時間だ。召喚の儀式を始めるぞ」
「行きましょう雁夜さん」
「ああ」
先ほどまでの甘い空気が一変、張り詰めた空気へ。部屋を出て扉を開け階段を下りていくと大きな空間へとたどり着く。中央には大きな魔方陣。血で描かれたそれは暗い空間の中でも異彩を放っている。桜は魔方陣の前に立つと大きく息を吸う。そして様々な思いと共に吐き出す。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
魔方陣は徐々に光を放ち始める。妖しげに光る魔方陣をアーカードは喜悦の表情で眺める。雁夜は過去の自身を思い浮かべているのか表情は硬い。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
桜は願う。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
二人を引き裂くモノを排除する力をーーと。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。
汝三大の言霊を纏う七天」
あらゆるモノに屈さぬ絶対的な力をーーと。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
視界を埋め尽くす刹那の閃光。奪われた視界を取り戻すとそこには頭(こうべ)を垂れる黒い甲冑の無精ひげを生やした男。腰には身の丈ほどの大剣(クレイモア)を携え、マントが重力に従って地へ落ちる。
「貴方が・・・私の召喚したサーヴァントですか?・・・でもアーカードの気配が貴方からします」
「ふ・・・ふふふっ。フハハハハハハハハッ!!なるほど、よほど聖杯は私のことがお気に入りらしい」
「その声・・・まさか」
「その通りだ桜。サーヴァント、バーサーカー。契約に応じ参上した。問おう、お前が私のマスターか?」
必然と偶然は繰り返す。時を越え世界を越えて主従は2度目の戦争へと身を投じる。
その先にあるのが例え望まぬものであったとしてもーー。
某所。
「始まる・・・始まるぞっ!!」
「何が始まるんです?」
「戦争だよ。戦争が始まるっ!!」
「はぁ・・・どこでですか?最近の各国の動きは把握していますが戦争をするなんて情報はありませんでしたが」
「まぁ観たまえ。・・・シュレディンガー准尉、ずれてるから直して。うんうんそれで良い」
「観たことのない場所ですね。・・・シュレディンガー准尉、そこはどこかね?」
「はぁーい。現在冬木市のとあるビルの上から実況していまーす」
「冬木市?・・・で、ここで戦争が?特に兵器らしき物もなさそうな場所ですが」
「この戦争には参加資格が必要なのだよ。残念ながら人間である私にはその資格がないのだがね」
「化け物たちの戦争というわけですか」
「そう、化け物どもの戦争だよ。そしてモニターの向こうの世界にアイツがーーアーカードがいる」
「えっ!!どうやって!?」
「化け物に理論や理屈は通用しない。ただそこにあるのだ」
「やっぱり、欲しいなアーカード」
「何か言ったかね?」
「いえ」
「世界が変わろうともお前は死を呼ぶのだろう。私はこちらで待っているぞアーカード。例え既に私との戦争を終えていようとも必ず私はお前とやりあう。必ずな」
某所 終了。
諸君、私は伝えにきたぞ
桜ルートが映画化することを
諸君、私と志を同じくする精鋭諸君
私は帰ってきたぞ
この懐かしき戦場に
ならばすることは一つ
愛も憎しみも喜びも哀しみも全てを飲み込む混沌を
一心不乱な桜ルートを!!
さぁ、地獄(二次創作)を創るぞ