kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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1.冒険へ

 私の父はこの大陸を征服した。

 宗教国家ホーリーネーション。戦士の国シェク王国。侍が護る第三帝国都市連合。その他大小様々な勢力を滅ぼし、制圧したのである。

 

 今は当時の暴れっぷりが嘘のように、父と仲間たちは、植物のごとく静かに暮らしている。

 他の者はその姿を不思議に思っているようだが、私だけは知っている。父は――放棄されたのだ。

 

 

 より正確に言えば、この世界が。

 

 

 ――この世界はkenshiと呼ばれる、オープンワールドRPGである。

 

 文明が滅び去って以来長い歳月を経た何処かの惑星が舞台である。プレイヤーは極めて無力な存在として放り出され、戦士、盗賊、商人、奴隷など多様な生き方を自由に選択できる。特定のストーリーは存在せず、生存と成長、そして時に喪失の体験そのものが物語となる。

 

 そして父――プレイヤーは完全にこのゲームをやり込んでおり、多くのプレイヤーがそうするように、()()()()()()()満足してしまった。そしておそらく、別の世界かゲームに旅立ってしまったのだろう。

 

 ここは放棄されたサンドボックス。私は正真正銘、終わった世界に転生した。

 

 とはいえやり込みデータの娘として生まれたのだ。生活に不便はなく、何不自由ない暮らしを続けていた。

 

「フッ、フッ、フッ――――」

「そこまで」

 

 私は訓練用の錆びた大剣を壁に立てかけた。あがった息を整え、井戸水を頭から被る。火照った体が急速に冷めていく。

 

「ショウお嬢様、はしたないですよ」

「別にいいでしょ、このくらい」

 

 私は転生者であるが、前世は男である。そのため普通の女に比べればお転婆と言えるだろうが、この終わった世界でならそのくらいが丁度良いだろう。

 改めて周囲を見渡す。

 

 豊かなオクランブライトの大地には、石造りの建物が整然と並び、遠目にはまるで中世の城塞都市のように見える。しかし一歩中へ入れば、その外観とは裏腹に高性能な義肢すら製造可能な精密機器が並び、近未来的な光景が広がっていた。

 

 だから本当に不自由しないのだ。生活水準はもしかすると前世よりも上かもしれない。

 

 おかげで私はすくすくと成長した。

 スコーチランダーの血が混じっているのか銀色の髪はきめ細かく、揺れるたびに光を散らす。透き通るような肌はグリーンランダー特有の白さで、シミ一つなく陶器のように滑らかだった。

 

「ショウお嬢様」

「今度は何」

 

 背後へと振り返る。そこに居るのはお付きの侍女、リフだ。

 彼女はスコーチランダーで、私と同じく銀色の髪を持ち、しかし対照的に黒人のような黒い肌をしていた。

 彼女は錆びた鉄棒を肩に掛け溜息をついた。

 

「戦闘訓練はこのくらいで良いでしょう。そろそろロボット工学にも手を付け始めては?」

「やだよ、縁起でもない。義肢が必要になってから訓練することだね、それは」

 

 義肢に換装すればそりゃあ強くなるだろうが、そこまでストイックにはなれない。そもそもどうやって今の手足を外すのか。やはり皮剥ぎ機か?

 

「そうではありません。というか戦闘技能はもう十分だと言っているでしょう」

「そうかもしれないけどさ。やっぱり不安でしょう――カニバルとフォグマンは」

 

 カニバル、フォグマン。共に人食いの怪物だが、特に脅威ではない。少なくとも、この街に居る限りは。

 だからだろう。侍女リフは再び溜息をついた。

 

「――――やはり私は反対です。旅に出るなど」

 

 私は旅に出たい。

 そりゃあこの街は安全で快適だ。しかしそれだけではつまらないではないか。

 

 だから私は旅に出る。

 この世界を巡り、kenshiという世界を楽しみ尽くすのだ。

 

「もう決めたことだって。だからこうして年単位で訓練しているんでしょ?」

「それはそうですが、ショウ様は知らないのです。外がどれほど危険なのか」

「まあね。でもリフも付いてくるんでしょ?」

「それは、そうなのですが…………」

 

 リフは言い淀んだ。

 言い辛い事があるのだろうが、大方内容には予測がつく。

 

 世界を巡る過程で、恨みを買う機会も多かった筈だ。それを指して危険と言っているのだろう。言い辛い筈だ。

 

「……まあ、最初は近場の探索に留めるからさ。それで良いでしょ」

「近場なら、まあ……」

 

 そういう訳で、私たちはまずブリスターヒル跡地へと向かう事になった。日帰りの旅になるため、荷物は最小限に。ただし武装だけはきっちりと。

 

 それにはまず武器を新調するべきだろう。今の錆びた武器では流石に不安だ。

 

「ショウお嬢様、こちらです」

「………………わーお」

 

 今まで立ちきりを禁止されていたストームハウスへと足を踏み入れる。中は埃一つなく、常に手入れされているのが、素人目にも見て分かった。

 棚の一つに飾られた脇差を手に取る。輝く刀身に思わず見惚れてしまう。

 

「これが、メイトウ?」

「はい。ご主人様が世界中を巡り収集した、朽ちる事無きクロスの傑作品」

 

 世界中に散らばるそれを収集するのは、多くのプレイヤーにとっても目標となっていただろう。だが、そのために多くの血が流れたことは想像に難くない。

 

 私は脇差を戻し、順に視線を走らせる。

 パラディンクロス、異国のサーベル。何でもあった。だが、私が振るうのはそれではない。私はとある武器に手を伸ばす。

 

「……大剣を扱うなら、その武器になるでしょうね」

 

 リフが目を細める。

 私が手にしたのは、フォーリング・サン。ずっしりとした片刃の大剣は、かつてラスボス相当のキャットロンが所持していたメイトウだ。

 南東死の灰地帯、アッシュランドが父達の旅の終わりだったと云う。そしてキャットロンはそこの主だ。彼女自身は旅のメンバーでは無かったようだが、感慨深いものがあるのだろう。

 

「それにしても重いね。ちょっと試しに振ってみて良い?」

「勿論です。その武器はもう貴女の物ですから」

 

 フォーリング・サンを肩に担ぎ外に向かう。扱い辛いようなら、より軽いエッジ等級の武器に変える必要があるだろうが――

 

 ――しかしその心配も杞憂だった。特段問題なく剣は振るえ、私たちの旅の準備は終わったのである。

 

 

 

 *

 

 

 

「ショウお嬢様、準備は出来ましたね?」

「勿論」

 

 ブロック型栄養食と応急処置キットを鞄に詰め込んだ。寝袋は要らない。今日は日帰りの予定だ。

 

 私たちは予定通り、ブリスターヒル跡地に向かう。今あそこはフォグマンの巣になっているという危険な地だ。

 といっても、それは一般人にとっての話。修練を終えた私なら問題なく対処できる、とはリフの談だ。

 

 当のリフは狼牙棒を腰に下げている。それが彼女の得物だ。彼女は私よりも経験豊富なので、心配はいらないだろう。

 

「いってきまーす!」

 

「いってらっしゃい」と各々から返答が返ってくる。街のほとんどの人とは知り合いだ。日帰りだというのに、みんな時間を作って来てくれた。

 しかしそこに父の姿はない。彼はやはりもう、機能を停止しているのだ。

 

 門を出れば見慣れた街並みはすぐに小さくなり、代わりにどこまでも続く荒野が広がっていた。陽の光は眩しく、風は乾いて心地よい。

 私は胸が少しだけ高鳴るのを感じた。

 

「ピクニックみたいで楽しいね」

「……あまり期待し過ぎるのもどうかと思いますが」

 

 リフは渋い顔をするが、私は笑ってごまかす。遠くにブリスターヒルの瓦礫が見え始め、光の加減で何かが揺らめくように思えた。だが気にしない。――まだ、未知はただの冒険だった。

 

 しかし風が運ぶ空気の感触に、わずかな違和感があった。湿った匂い、乾いた荒野には不釣り合いな血の匂い。小さな音、ガサリ、と瓦礫の陰で何かが動いた気配。私は息を止め、目を凝らす。

 

 瓦礫の陰で、青白い影が膝を折り、群れとなって蠢いている。――祈っているのだ。声にならない呻きが風に乗り、耳の奥にまとわりつく。

 

 その中心で、フォグマンプリンスが動いた。

 バキバキ、ぐちゃぐちゃと。骨をかみ砕く音、湿った咀嚼音が響き、血の匂いが一気に鼻腔を刺した。

 

「……う」

「ショウお嬢様」

 

 込み上げてきた吐き気を抑える。リフが静かに手を背中に当て、擦ってくれている。その細やかな気遣いに、お礼をする余裕はなかった。

 

 分かっていた事だ。

 フォグマンは人喰いの化け物で、残忍な生物だと。それがブリスターヒル跡地に巣食っていると。

 

  それでも私は、どこかで“ただの設定”としてしか捉えていなかった。――ゲームの延長だと、錯覚していた。

 

 分かっていた、分かっていた筈なのに。

 私はタダの知識としてしかそれを認知しておらず。どこまでも、どこまでもゲーム気分だったのだと痛感した。

 

 そして最悪なのは、この惨劇は父の罪ではなく、私自身が幾度も選択してきたものだということ。

 画面越しに笑いながら命を弄んでいた――その行為の果てが、今まさに目の前に広がっているのだ。

 

 私は大剣の柄を握った。

 冷静な自分が囁く。――やめろ。無意味だ。あの生贄はもう助からない。

 

 分かっている。

 分かっているのに。

 

 胸の奥が灼けるように熱く、喉の奥から声が勝手にこみ上げる。

 理性は押し潰され、残ったのは怒りだけだった。

 

「……う」

 

 吐き気と嗚咽が混じった声が漏れる。

 次の瞬間、叫びに変わった。

 

「う、ああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 踏み出す。

 地面を蹴る音。

 風を裂く轟音。

 血と臓腑の臭いが顔を叩く。

 

 フォーリング・サンが弧を描き、青白い化け物の群れを裂いた。

 肉が裂け、骨が砕け、断末魔が荒野に散る。

 

 止まらない。

 止められない。

 もう誰にも。

 

 私はただ、激情のままに――化け物たちを斬り刻んでいた。

 

 

 

 *

 

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 フォグマンは倒れた。散らばった四肢、潰れた頭蓋。青白い肉片が瓦礫に張り付いている。私は大剣を引きずり、肩で荒く息をした。喉が焼けるように乾き、視界が揺れる。

 

 繰り返すが、フォグマンは大した相手ではない。今の私なら、一切苦戦せずに蹂躙できた筈だ。それでも私は肩で息をしていて、今にも倒れそうだった。

 

「う、お、おええええ……」

 

 私は周囲に散った臓腑の臭いに耐え切れず、胃の中身を吐き出した。吐瀉物が砂に染み込み、そこに血の臭いが混じり合う。喉が焼けて涙が止まらない

 

「ショウお嬢様。帰りましょう」

 

 リフが語りかけてくる。その言葉は言葉通りの意味ではない。あの楽園に戻り、今日あった事は忘れ、昨日までのように、鳥かごの中で楽しく暮らそうと、そう言っているのだ。

 

 だが――――

 

「……………………私は、荒野に向かうよ」

 

 まだ口内に残った吐瀉物を飲み込んで、私はその気遣いを否定する。

 

「ショウお嬢様」

「リフ。私は父の――虐殺の責任を取らないといけない」

 

 これは逃げではなく、誓いだ。

 父が残した血の果てで、ただ楽しく暮らすなんて間違っている。

 

「世界征服のその後で、世界が滅んでいるなんておかしい。

 だから私は、世界を再生してみせる」

 

 再生だなんて、綺麗事かもしれない。父と同じ破壊者になる未来が頭をよぎった。それでも言葉は止まらなかった

 だから。フォグマンを、カニバルを滅ぼして。せめてあるべき世界を取り戻す。それこそが私の使命なのだ。生まれてきた意味なのだ。

 

 遠くで、まだフォグマンの祈りの声が響いていた。吐き気は収まらない。それでも私は歩みを止めない。

 

 罪の果てに荒野を往く――それが、私に残された唯一の道だった。

 

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