kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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11.策の結果

「昨日の話、聞いたか」

 

 低い声が、焚き火の向こうから聞こえてきた。

 

「フォグマンの影だろ」

「ああ。城壁の外に出たって」

 

 断定ではない。噂話だ。

 だが、それを否定する声はなかった。

 

「嘘でもいい」

「備えて損はないからな」

 

 そう言って、男は槍を持ち替えた。

 握りが、必要以上に強い。

 

 別の場所では、こんな声も聞こえた。

 

「見張り、増やすべきだと思うんだ」

「誰に言われた?」

「……誰にも」

 

 短い沈黙。

 そして、誰かが頷いた。

 

 決まりが生まれる瞬間だった。

 

 誰も「やろう」とは言っていない。

 誰も「命令だ」とも言っていない。

 それでも、動かない者の方が目立つようになっていた。

 

 理性的で、しかし理性故の行動ではないそれ。

 私はその様子を、少し離れた場所から見ていた。

 

(……どうやって後始末すればいいんだろう?)

 

 

 不安が募る中、事件が起きる。

 

 

 夜明け前のハブは、妙に明るかった。

 灯りが増えたわけではない。人が増えたのだ。

 

 中央通りから門にかけて、松明を持った影がいくつも動いている。誰かが命じたわけでも、号令があったわけでもない。ただ「見回りをしよう」という声が、いつの間にか当然のように広がっていた。

 

 剣を持つ手は、昨日よりも高い位置にある。

 鞘に納めたままの者は少なく、半分抜いた刃が、松明の光を反射していた。

 

「……悪化してるなあ」

 

 どこまでも緊迫し、まるで戦場にでも立っているような人々。

 

 いや、事実彼らは立っているのだろう。日常を、ハブという都市を守る戦場に。

 

「おい、あんた」

 

 通りの端で、一人の男が呼び止められていた。

 荷袋を背負った、どこにでもいそうな流れ者だ。歩き方が少し遅い。足を引きずっているのかもしれない。

 

「どこから来た?」

 

 問いかけの声は荒くない。だが、距離が近すぎる。

 男は一瞬ためらい、それから答えた。

 

「……北西からだ。ヤギを売りに――」

「北?」

 

 誰かが被せる。

 

「フォグマンの巣があった方角だな」

 

 空気が、わずかに変わった。

 松明の輪が狭まる。男の背中に、逃げ場がなくなる。

 

「いや、俺は――」

 

 言い終える前に、群衆の一人が男のカバンを掴む。それはきっと、荷物を改めるつもりだったのだろう。中身を改めるだけ。危険なものがなければ、それで終わる。しかし、ヤギ飼いの男にはそう映らなかった。

 

「何をする!」

「ちょ――――」

 

 私は腰を上げたが、あまりにも遅かった。荒れた男の声が響く。荷物を奪われまいと群衆の男をヤギ飼いが押し、男が倒れる。背中を打つ鈍い音。それからはもうあっという間の出来事だった。

 

 誰かが刀に手をかける。

 誰かが叫ぶ。

 誰かが「やめろ」と言った気もする。

 

 刀を抜く人々。

 予想外に強いヤギ達。

 骨が砕ける音と、血が飛び出るスプラッタ。それとヤギの悲鳴。

 

 数分後。

 ようやく、刃が下ろされる。

 

 地面には、倒れ伏す人間とヤギ。

 呻き声と、荒い息。

 

 結果として十二名の怪我人。それと、八匹の怪我ヤギ。

 

 怪我人と、怪我を負った家畜を残して、その事件は終わった。

 終わった、ということにされ、闇に葬られようとしていた。

 

 終わりなどではなく、それが始まりだと誰の目にも明らかだったのに。

 

 

 

 *

 

 

 

「アーク、アークどうするのさアーク」

「お嬢様、落ち着いてください。そう詰め寄ってもいい答えは期待できません」

 

 事情を話したリフと共にアークに詰め寄る。

 ちなみに事情を話したのはリフだけだ。バーサーカー兄弟に話しても良くない結果を招くとの判断である。

 

「さて…………」

 

 アークは――

 

「……想定外だ」

 

 ぽつりと、そう返ってきた。

 

「想定外って言った?」

「少し、いえかなり責任感が不足しているのでは?」

「ね、酷いね」

「全くです」

「まあ待て。策はある……ある筈だ」

「ある()ですって」

「無様ですね」

「ねー」

「話を聞いてくれ……」

 

 その後しばらく揶揄って、ようやく本題に入った頃には、焚火が燃えカスとなっていた。燻った煙が部屋に漂う。

 

「……死ななかった。だから、まだ大丈夫。皆、そう思ってる」

 

 アークは焚火を踏む。残り火を完全に消した。

 

「それが一番厄介だ」

 

 アークは低く言った。

 

「越えた線に、気づいておらん。いや……気づかぬふりをしておる」

 

 私は息を吸う。これは真剣な空気だ。気を引き締めなくては。

 

「止められる?」

「……今すぐなら、まだ」

 

 間があった。

 

「だが、強く止めれば反発する。策を引っ込めたと見られれば、余計に疑心を呼ぶ」

 

 つまり、どちらに転んでも火種は残る。

 

「じゃあ、どうするの」

 

 私の問いに、アークは少しだけ目を細めた。

 

「……まずは、落ち着かせる」

「それで済む?」

「済まぬだろうな」

 

 即答だった。

 

「だが、今は後始末だ。壊れかけたものを、これ以上壊さぬようにする」

 

 私は彼の横顔を見る。

 そこにあったのは、策士の余裕ではなかった。

 

「……次は、もっと大きいことが起きる?」

 

 そう聞くと、アークは否定しなかった。

 

「起きる可能性は高い」

「防げる?」

「分からん」

 

 正直すぎる答えだった。

 

「人の恐れは、一度動き出すと――理屈よりも先に、行動を選ぶ」

 

 私は嫌な予感を振り払えなかったが、一応頷いた。

 

「……それでも、止めなきゃ」

「止めるさ」

 

 アークは、そう言ってから付け足す。

 

「壊れきる前にな。

 ただし――」

 

 彼は、こちらを見た。

 

「間に合うとは、限らん」

 

 不安、焦燥。結局その日は結論が出ぬまま、日が落ちていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 最初に聞いたのは噂だった。

 

「内通者がいるらしい」

 

 誰が言い出したのかは分からない。

 ただ、その言葉は不思議な説得力を持って広がった。

 

 フォグマンが近くにいる。

 影を見た者がいる。

 なのに、まだ襲われていない。

 

「おかしいと思わないか?」

 

 そう言われればそう思えてしまう程度には、皆疲れていた。

 

 夜警団が動き出したのは、日が完全に沈んだ後だった。

 正式な組織ではない。

 昨日まで難民だった者、元傭兵、武器を持てるというだけの市民。誰かが腕章を巻き、誰かが命令を出す。

 止める者はいなかった。

 

「怪しいのは、最近入った連中だ」

「北から来たやつら」

「一人で動くやつもな」

 

 基準は曖昧だった。だからこそ、誰にでも当てはまった。

 最初に連れて行かれたのは、老女だった。

 耳が遠く、呼びかけにすぐ応じなかった。

 

「呼んでも出てこなかった」

「怪しいな」

 

 次は、物資倉庫の手伝いをしていた若い男。

 夜中に外に出ていた、という理由だった。

 

 そして三人目。

 鍛冶場の裏。

 人気のない場所に、灯りが集まっていた。

 

「待ってくれ、話を――」

「黙れ」

 

 男は地面に押さえつけられていた。

 抵抗はしていない。

 ただ、必死に周囲を見回していた。

 

「何でだよ……俺が何をしたっていうんだ」

 

 答える者はいなかった。

 

「吐け」

「何を?」

「誰と繋がってる」

 

 拳が振り下ろされる。乾いた音。呻き声。

 それを見て、誰かが言った。

 

「やっぱり黒だ」

「抵抗してる」

 

 違うだろう、とその話を聞いた私は思った。

 だが、その場には既に空気が出来上がっていたのだろう。

 恐怖は、疑念を正義に変える。

 

「やめろ!」

 

 男は、最後まで否定した。

 

「俺は……ただ、ここで生きたかっただけだ……」

 

 次の瞬間、何かが折れる音がした。

 悲鳴は短かった。静寂。

 誰かが、震える声で言った。

 

「……死んだ?」

 

 答えはなかった。

 遅れて、私とアークが駆けつけた時には、もう終わっていた。

 地面に横たわる身体。

 血。

 沈黙。

 

「誰の判断だ」

 

 アークの声は低かった。

 

「皆で……」

「皆で決めた」

 

 誰も名を名乗らなかった。

 誰も逃げなかった。

 ただ、正しかったはずだと信じる顔をしていた。

 

 翌朝。

 調べは簡単に終わった。内通の証拠は、何一つ出なかった。男はただの難民だった。

 フォグマンと接触した形跡も、協力した形跡もない。

 

 当たり前だ。間違いだった。

 だが、それを誰が公表するのか。誰が責任を取るのか。

 

 夜警団は解散した。

 だが、参加者は誰も裁かれなかった。

 必要だったからだ。

 武器を持てる人間を、これ以上失えなかった。

 死体だけが残った。

 

 それがことの顛末だ。

 私たちは、何もできなかった。

 

「いや、そもそもフォグマンに内通とかないでしょ」

 

 私は悔し紛れに呟く。

 

 フォグマンとは謎の多い生物ではあるが、意思の疎通が出来る存在ではない。内通者などあり得ないのだ。

 

 だがこの件を境に、確かに街は変わった。

 

 事件の翌日、ハブは静かだった。

 

 人はいる。

 作業も行われている。

 鍛冶場は火を落としていないし、門の修繕も進んでいる。

 

 それでも、どこかがおかしかった。

 

 誰も目を合わせない。

 

 挨拶は交わされる。

 だが、返事が遅れる。

 一拍、考えてから声を出す。

 

 まるで、言葉を選ぶ前に「これは正しいか?」と確認しているようだった。

 

 夜警団は解散した。

 だが、武器を返す者はいなかった。

 

 剣は腰に残り、槍は壁に立てかけられ、

 クロスボウは張られたままだ。

 

 誰かが命じたわけではない。

 ただ、外す理由が無くなっただけだ。

 

 広場で、小さな揉め事が起きた。

 

「それ、俺の持ち場だろ」

「昨日はお前がいなかった」

 

 以前なら、誰かが割って入っただろう。今は皆が距離を取る。

 

 正しい方に立ちたい。

 間違った側に見られたくない。

 

 結果、誰も動かない。

 

 死んだ男の名前は、口に出されなくなった。

 墓は作られたが、誰も手を合わせなかった。

 

 弔えば、殺したことを認めることになる。

 忘れれば、繰り返せる。

 

 街は、どちらも選ばなかった。

 

 ただ、沈黙を選んだ。

 

 

 

 その夜、風が止んだ。

 

 嫌な静けさだった。

 音が無いのではない。

 音を立てることを、皆が避けていた。

 

 門の上には見張りがいる。人数は多い。だが、誰も声を出さない。

 

 合図は決められていたはずだ。

 

 笛。

 松明。

 手信号。

 

 だが、それを使うかどうかを

 誰が決めるのかが、決まっていなかった。

 

「……なあ」

 

 見張りの一人が、隣に小声で話しかける。

 

「もし、本当に来たらどうする」

「……どうするって」

 

 答えは出ない。

 

 知らせて、誤報だったら?

 また疑われる。また誰かが死ぬ。

 

 だから、待つ。

 

 確信が持てるまで。

 手遅れにならないと、証明できるまで。

 

 荒野の向こうで、何かが動いた。

 

 影かもしれない。風で揺れた岩かもしれない。

 

 誰も、名前を口にしなかった。

 

 松明は上がらない。

 笛も鳴らない。

 

 見張りはただ、歯を食いしばって闇を見つめている。

 

 この街は、もう知ってしまったのだ。

 

 間違えるくらいなら、何もしない方がいいという考え方を。

 それが、最も危険な選択だということを、まだ誰も理解していなかった。

 

 夜は静かに更けていった。

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