kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

12 / 14
12.とある夜

 最初に気づいたのは、門の見張りだった。

 

 夜明け前。

 風は止み、荒野は静まり返っていた。

 

 静かすぎる、と彼は思った。

 

 松明の火は揺れない。遠くの砂嵐も、獣の鳴き声もない。闇だけがそこにあった。

 

「……なあ」

 

 小声で隣の男に声をかける。

 

「何だ」

「さっきから、音がしない」

「夜なんてそんなもんだろ」

 

 それ以上は言わなかった。

 言えなかった。

 

 もし勘違いだったら。また疑われる。

 また、誰かが――

 

 見張りは目を逸らし、闇を睨みつけた。

 その時だった。

 

 影が動いた。

 

 最初は一つ。

 次に二つ。

 獣ではない動きに見えた。

 

 地を這うように、滑るように、門に向かって近づいてくる。

 

「……影だよな?」

 

 返事はなかった。

 

 影が増える。

 距離が縮まる。

 輪郭が、形を持つ。

 

 骨。青白い腕。歪な姿勢。

 

「……フォグ、マン……?」

 

 名前を口にした瞬間、全身が粟立った。

 

「合図を――」

 

 言葉が詰まる。

 

 笛を吹けば、街が動く。

 だが、もし違ったら?

 また誤報だったら?

 

 迷った一瞬。

 

 その一瞬で、フォグマンは走り出した。

 

「来るぞ!!」

 

 叫びと同時に、笛が鳴った。

 遅すぎた合図だった。

 

 門の外で、何かが砕ける音がした。

 見張りの悲鳴。

 矢が放たれ、闇に吸い込まれる。

 

 松明が上がる。

 だが、整列はしない。

 誰が指揮を執るのか、誰も分からない。

 

「数は!?」

「見えねえ!」

「門を閉じろ!」

 

 叫びが交錯する。

 

 門は半分閉じかけたところで止まった。

 外で何かが挟まり、動かなくなったのだ。

 

 青白い腕。骨ばった指。

 それが無理やり、こじ開けようとしている。

 

「押せ! 押せええ!!」

 

 人が集まる。

 門に体重をかける。

 だが、外からの力が強すぎた。

 

 次の瞬間、門の脇で悲鳴が上がる。

 

 城壁をよじ登ったフォグマンが、一人。いや、二人。三人。

 

 剣が振られる。

 当たる。

 だが、止まらない。

 

「斬ってるのに……!」

「首だ! 首を――!」

 

 言葉が終わる前に、組み付かれる。

 

 血が飛ぶ。

 叫びが途切れる。

 

 街の中で鐘が鳴り始めた。誰かが鳴らした。

 誰かが、やっと決断したのだ。

 

 人々が武器を持って飛び出す。

 だが、向かう先はばらばらだ。

 

 門へ走る者。

 家族の元へ戻る者。

 逃げ場を探す者。

 

 統制はない。

 

「フォグマンだ! 本当に来た!」

「北だ、北から――!」

 

 恐怖が、ようやく現実になる。

 

 広場で、私は剣を握りしめていた。

 アークは門の方向を見つめている。

 

「……まさか」

 

 声は低く、あからさまに動揺していた。まさか本当に来るとは。

 

「合図が遅れた」

「分かっている」

 

 悲鳴が、街の奥から聞こえた。

 一つではない。

 

「どこが破られてる!?」

「分からん! あちこちだ!」

 

 フォグマンは分散し、裂け目を探す。

 

 この街は、裂け目だらけだった。

 

 昨日まで疑い合っていた人々が、

 今は互いの背中を守れずにいる。

 

「……まずいな」

 

 アークが呟く。

 

「思ったより、脆い」

 

 皮肉でも自嘲でもない。

 事実確認だった。

 

 広場の端で、誰かが倒れる。

 助けに行こうとした男が、立ち止まる。

 

 ――また間違えたら?

 

 その一瞬の迷いが、命を奪った。

 

「行け!!」

 

 私は叫び、走った。

 剣を振る。当たる。倒れる。

 

 だが、数が減らない。

 

 門の方で、ついに大きな音がした。

 

 ――門が、落ちた。

 

 白い影が雪崩れ込む。

 悲鳴が重なり、夜が裂ける。

 

 誰かが泣きながら叫ぶ。

 

「もう無理だ!」

「逃げろ!!」

 

 逃げ場はない。

 門が落ちた。それだけで街の形が変わった。

 壁に囲まれた都市は、防壁を失った瞬間、檻になる。

 

「回れ! 挟め!」

 

 誰かが叫んだ。

 声は震えていたが、内容は正しかった。

 

 数人が動く。

 私も走った。

 

 斬る。叩く。殴る。

 青白い身体が崩れる。

 

「いける……!」

 

 誰かが言った。

 私も、ほんの一瞬そう思った。

 

 通りを封鎖すればいい。

 数を分断すれば、勝てる。

 

「ここを抑えろ!」

「松明を――!」

 

 松明が集まる。

 影が消え、動きが見える。

 

 人が並ぶ。

 背中を預け合う。

 

 昨日まで疑っていた相手だ。

 だが今は、剣を向ける先が同じだった。

 

 ――守れる。

 

 その考えが、頭をよぎった瞬間。

 

「待て!」

 

 後方から、叫びが飛んだ。

 

「それ、本当にフォグマンか!?」

「誘い込まれてるんじゃないのか!?」

 

 一瞬、手が止まる。

 

 松明を掲げた男が、半歩下がる。

 

「……数が、少なすぎないか?」

 

 沈黙。

 

 確かに。

 確かに、群れにしては――

 

 フォグマンが跳ねた。

 

 松明を持った男に、一直線に。

 

 組み付く。叫び声が上がる。火が落ちる。

 

 闇が戻った。

 

「戻れ!」

「いや、突っ込め!」

 

 命令が割れる。

 誰が決めるのか、決まらない。

 

 人が下がる。

 一人、また一人。

 

 空いた隙間に、白い影が滑り込む。

 

「くそ……!」

 

 私は斬る。倒す。

 だが、背後で悲鳴が上がる。

 

 守れない。

 誰も、誰の背中も。

 

「退け! 一旦――」

 

 その声は、最後まで届かなかった。

 

 路地の奥から、新たな影が現れる。

 屋根の上。

 塀の向こう。

 

 気がつけば包囲されていた。

 

「……駄目だ」

 

 誰かが、絞り出すように言った。

 

「ハブはもう、持たない」

 

 崩れる。

 

 誰かが走り出す。

 誰かがそれを見て、さらに走る。

 

 逃げが、逃げを呼ぶ。

 

 広場に戻った時、そこも既に混乱していた。

 

「門は!?」

「北にもいる!」

 

 叫び声は多い。

 答えはない。

 

 アークが、私の横に立っていた。

 

「……立て直せるか?」

 

 問いではなかった。

 確認だった。

 

「……無理っぽい」

 

 私は答えた。

 

 嘘はつけなかった。

 

 人はいる。

 武器もある。

 

 だが――

 決める者がいない。

 

 誰も、次の一手を選ばない。

 

 鐘が鳴る。

 だが、それは合図にならない。

 

 誰が従うのか。

 どこへ向かうのか。

 

 分からない。

 

「……終わりだ」

 

 誰かが言った。

 

 否定する声は、上がらなかった。

 

 その時だった。

 

 遠くで――

 金属が砕ける音がした。

 

 悲鳴ではない。

 衝突音でもない。

 

 重く、乱暴で、楽しげな音。

 

 フォグマンの一体が、突然吹き飛んだ。

 

 誰がやったのかは見えない。

 だが、その一撃で、場の空気が変わった。

 

「……?」

 

 別のフォグマンが振り向く。

 次の瞬間、首がねじ切れる。

 

 闇の向こうで、何かが動いている。

 

 人ではない。

 フォグマンでもない。

 

 もっと、荒々しい何か。

 だが、姿はまだ見えない。

 ただ、低い笑い声だけが、夜を震わせていた。

 

 ――まだだ。

 

 これは、救いではない。

 まだ、地獄の途中だ。

 

 夜は、終わらない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。