kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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13.モングレル奪還戦(2)

 剣を振るう腕が重い。

 息を吸うたび、血の匂いが喉に張り付く。

 

「……くそ」

 

 目の前で、また一人が倒れる。

 助けに行こうとして、足が止まる。

 

(間に合わない)

 

 その判断が、頭をよぎった瞬間。

 

 音がした。

 

 鈍く、重く、金属が叩き潰されるような音。

 フォグマンの骨が砕ける音とは違う。

 もっと乱暴で、もっと雑で、笑っているような音。

 

 次の瞬間、白い影が宙を舞った。

 

 フォグマンがまるで瓦礫のように投げ飛ばされたのだ。

 

「……?」

 

 一拍遅れて、笑い声が聞こえた。

 

「ははっ! 脆いな!!」

 

 闇の向こうから、笑い声が響いた。

 

 次の瞬間別のフォグマンが斧に叩き潰される。刃ではない。鉄の塊で、力任せに殴っただけだ。

 

 ――シェク族の戦士、バーサーカー。

 

 角を持つ男たちが、街路を塞ぐように並んでいた。雑多な衣服に鎧は血と泥にまみれ、顔は笑っている。

 

「まだいるか!?」

「向こうにまだいるぞ!」

 

 楽しげな声。

 恐怖も、迷いもない。

 

 フォグマンが、後ずさった。

 白い影が、街の外へと逃げ始める。

 

 それを見て、誰かが息を吸った。

 

「……逃げてる」

 

 信じられない、という声だった。

 

 もう一体、フォグマンが倒れる。

 次の瞬間、街路は静かになった。

 

(……終わった?)

 

 誰もすぐには動けなかった。

 

 やがて、誰かが叫ぶ。

 

「……助かった!」

「生きてる……!」

 

 その声に、次々と膝が落ちる。

 剣を手放す者、泣き出す者、抱き合う者。

 

 夜が、確かに終わろうとしていた。

 

 東の空が、わずかに白む。

 

「朝か……」

 

 誰かが呟いた。

 

 バーサーカーの一人が、大剣を肩に担いだまま辺りを見回す。

 

「つまらないな。もう終わりか?」

「十分だろう」

「まだ前哨戦だと聞いたぞ?」

 

 その言葉に、周囲がざわめいた。

 

 私は、剣を握ったまま息を吐いた。

 

(……助かった)

 

 そう思ってしまった自分を、否定はしなかった。

 実際、助かったのだ。

 

 アークが、私の横で静かに言う。

 

「……生き延びたな」

「うん」

 

 それだけで、今は十分だった。

 

 街は壊れている。

 疑念は残っている。

 だが――

 

 夜は終わった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ゴースト!」

「ショウか。良いタイミングで到着できたようだな」

 

 援軍として現れてきたのは、当然というか何というゴーストの軍だった。

 

「で、次はどうする?」

「想定通り、と言いたかったけどね」

 

 私はハブであった事を焚火の前でゴーストに話した。この街であった、疑いと緊張の日々。

 そして、守りきったが故に残った、重たい空気。

 

 フォグマンの死体は片付けられ、血は砂に吸われている。

 人々は生きている。だが、どこか現実感が薄い。

 

 結果として街は守られた。しかし、果たして再起できるだろうか。

 

「その事だが」

 

 アークが口を開いた。

 

「忍者達の結束は、不本意ながら強まっている。鬱憤も貯まっている。攻め戦ならあるいは……」

 

 最後は言葉を濁した。本当に散々な結果故なのだから当然だろう。

 

「攻めなくば潰れる状況、か」

 

 立ち上がる。

 焚き火の火の粉が舞い、影が大きく揺れた。

 

「この街には、もう余裕がない」

 

 一拍。

 

「ならば選択肢は一つだ」

 

 ゴーストは立ち上がる。

 焚き火の火の粉が舞った。

 

「行くぞ、モングレルだ」

「ここで腐るより、よっぽど建設的だね」

 

 誰も反論しなかった。

 

 それが正しいかどうかは、誰にも分からない。

 今の私たちにはそれで十分だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 道中。

 夜明け前の荒野を、私たちは歩いていた。

 

 モングレルまでは半日ほど。

 距離としては近いが、心理的には遠い。あそこは死地だ。二度と帰りたくない場所だ。

 

 ――だった、はずなのに。

 

「それで、モングレルは今どうなっているのだ?」

 

 先頭を歩くバーサーカーの一人が、気楽に聞いた。

 

「半壊」

「半壊か!」

「喜ぶところじゃないと思うけど」

 

 そう言うと、男は笑った。

 

「いや、丁度いいだろう。壊す手間が省ける」

 

 後ろでも似たような笑いが起きる。

 緊張感はある。だが、張り詰めてはいない。

 

「フォグマンは残っているか?」

「たくさん」

「じゃあ仕事はあるな」

「何の?」

「戦いだ、決まっている」

 

 バーサーカー達は、あくまで行くだけの前提で話していた。

 取り返せるかどうか、ではない。

 どう取り返すか、でもない。

 

 行ったら、戦いが起きる。それだけで十分らしい。

 

「……あんた達は疑わないの?」

 

 ふと、私は聞いていた。

 

「何を?」

「内通者とか。裏切りとか」

 

 一瞬、足音だけが続く。

 

「さあな」

 

 ゴーストが肩をすくめた。

 

「いるかもしれんし、いないかもしれん」

「気にしないの?」

「勿論」

 

 振り返って、笑う。

 

「妙な真似をしたら殺す! それで十分だろう」

 

 あまりにも雑な結論だった。

 バーサーカー達がどっと笑った。

 私も、少しだけ口元が緩む。

 

「見えたな」

「モングレルだ」

 

 誰かが言う。

 恐怖はない。

 代わりに、奇妙な高揚があった。

 

「……取り返せる気がしてきた」

 

 私が呟くと、ゴーストが鼻で笑った。

 

「気がするじゃ困る」

「?」

「やるのだ。そうだろう?」

 

 その一言で、十分だった。

 

 不安は消えていない。

 だが、背中を預けられる人間がいる。

 

 それだけで、

 前に進む理由にはなった。

 

 私たちは、歩調を少しだけ早めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 最初の衝突は、拍子抜けするほどあっさりだった。

 

 モングレル外縁。

 崩れた門の前に、フォグマンが群れていた。

 

「多いな」

「しかし弱い」

 

 ゴーストが一歩、前に出る。

 

「――突撃」

 

 合図はそれだけだった。

 

 バーサーカー達が一斉に走る。

 叫び声もなく、ただ砂を蹴る音だけが荒野に響いた。

 

 剣が振り下ろされる。

 鈍い手応え。

 フォグマンが弾かれ、地面を転がる。

 

 止まらない。

 

 首を狙わず、叩き潰す。

 斬るのではなく、砕く。

 

 フォグマンが組み付こうとした瞬間、逆に抱え上げられ、地面に叩きつけられる。

 骨の折れる音が、はっきりと聞こえた。

 

「ははっ、軽いな!」

「もっと来い!」

 

 バーサーカー達は、笑っていた。

 恐怖がないのではない。

 恐怖を、力で押し潰している。

 

 私は横から斬り込む。

 剣が肩口に食い込み、青白い体が崩れた。

 

 ――減っている。

 

 数が、確実に。

 

「押し込め!」

 

 ゴーストの声が響く。

 

 前線が一歩、前に出る。

 フォグマンは後退する。

 逃げるのではない。押されている。

 

 崩れた門を越え、市街へ。

 

 通りの両側から、バーサーカーが突入する。

 フォグマンの群れが裂ける。

 

 孤立した個体が、次々と倒れていく。

 

 屋根の上から跳びかかる影。

 だが、着地する前に叩き落とされる。

 

 恐れて立ち止まる者が、誰もいない。

 

「後ろを取らせるな!」

「了解!」

 

 声が飛び、即座に応じる。

 迷いがない。

 

 勝てる。そう確信した瞬間。やはり奴らは現れた。

 

 鋭い雄叫びと共に、黒く、巨大な魔物が現れる。

 

 フォグマンの変異種、伝説に語られる怪物、ミストグールが現れたのだ。

 

「ハッハァ!」

 

 その怪物の異様さを見ても、なおもバーサーカーは嗤った。

 

 だが、次の瞬間。

 

 ミストグールが一歩踏み出しただけで、空気が変わった。

 

 砂が舞い、視界が歪む。

 

「来るぞ!」

 

 警告は、半拍遅れた。

 

 ミストグールの腕が振るわれる。

 ただそれだけで、前列のバーサーカーが三人、まとめて吹き飛ばされた。

 

 重い。

 

 フォグマンとはまるで違う。

 斬った感触がない。叩いた手応えも薄い。

 

「効いてないぞ!」

「くそ……!」

 

 剣が弾かれる。

 槌が止まる。

 

 ミストグールは、笑っていた。

 歪んだ口を裂き、楽しげに。

 

「下がるな! 固まれ!」

 

 ゴーストの声が響く。

 だが、声の届く範囲が狭い。

 

 ミストグールが突っ込んでくる。

 壁のような質量。

 

 一人が受け止め、吹き飛ばされる。

 二人目が踏みとどまり、叩きつけられる。

 

 地面に転がる身体。

 すぐには立ち上がれない。

 

「……まずい」

 

 私は歯を食いしばる。

 

 これは違う。

 今までのような、押せば勝てる戦いじゃない。

 

「散るな! 囲め!」

 

 ゴーストが叫ぶ。

 

「ミストグールは一体だ! 数で押せ!」

 

 バーサーカー達が、笑いながら応じた。

 

「言われなくてもな!」

「一体なら、余裕で倒せる!」

 

 一体なら、余裕で倒せる。

 

 その言葉が、呪いのように耳に残った。

 

 霧が揺れる。

 

 ミストグールの背後、瓦礫の隙間、崩れた建物の影。

 闇の中から、別の影がゆっくりと立ち上がった。

 

 一つではない。

 

 二つ。

 三つ。

 

 音の方向が、違う。

 

「……おい」

 

 誰かが、息を呑む。

 

 屋根の上。

 通りの奥。

 門の残骸の向こう。

 

 黒く、巨大な影が、三体。

 

 そして、少し遅れて、霧のさらに奥で――

 もう一つが、動いた。

 

「……四体、だ」

 

 誰も、すぐには声を出せなかった。

 

 フォグマンの群れが、再び動きを変える。

 攻めてこない。

 散らばりもしない。

 

 ミストグールの周囲に、輪を作るように下がった。

 

 守っている。

 

「まずいぞ……」

 

 バーサーカーの一人が、低く呟いた。

 

 その瞬間、正面のミストグールが踏み込む。

 

 地面が揺れた。

 砂が跳ね、霧が巻き上がる。

 

「受けろ!!」

 

 二人が前に出る。

 剣と槌が、同時に振り下ろされる。

 

 ――手応えが、ない。

 

 叩きつけたはずの武器が、弾かれる。

 次の瞬間、反撃。

 

 腕が振るわれ、二人まとめて吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。

 

「……くそっ!」

 

 私は横から斬り込む。

 肩口を裂く。

 だが、刃は浅い。

 

 ミストグールが振り向く。

 霧の向こうから、歪んだ顔が覗く。

 

 腕が来る。

 

 咄嗟に跳ぶ。

 風圧が身体を打つ。

 

 着地した地面が、次の瞬間、抉れていた。

 

「下がれ!!」

 

 ゴーストの声。

 

「散るな! 固まれ!」

 

 だが、側面から二体目が突っ込んでくる。

 背後では、三体目が屋根を伝って動いている。

 

 四体目は、霧の中。

 姿が見えない。

 

「……囲まれる!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 その直後、背後から衝撃。

 私は転がり、辛うじて避ける。

 

 起き上がった瞬間、視界の端で誰かが吹き飛ばされた。

 地面を転がり、動かない。

 

 一瞬、足が止まる。

 その隙を、ミストグールは逃さない。

 

 正面から突っ込み、押し潰すように踏み込む。

 壁のような質量。

 

 一人が受け止め、吹き飛ばされる。

 二人目が踏みとどまり、叩きつけられる。

 

 骨の折れる音。

 呻き声。

 

 霧が濃くなる。

 視界が、急速に狭まる。

 

「位置が……分からん!」

 

 声が、近いのか遠いのかも分からない。

 

 時間が、伸びる。

 

 何分戦っているのか、分からない。

 腕が重い。

 息が焼ける。

 

 剣を振るたび、鈍い痺れが走る。

 

 ミストグールは、倒れない。

 削れているのは、こちらだ。

 

「……このままじゃ、削り殺される」

 

 誰かが言った。

 否定する声は、出なかった。

 

 その時、左側で轟音。

 

 瓦礫の山が崩れ、ミストグールの一体が足を取られた。

 完全に転倒はしない。

 だが、体勢が、僅かに崩れた。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、確かに。

 

「……今だ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 それは合意ではなかった。

 命令でもなかった。

 

 選択だった。

 

「一体に集中しろ!!」

 

 ゴーストの声が、霧を裂いた。

 

「他は捨てろ! 今、これを落とす!」

「囲まれるぞ!」

「背後が――!」

 

 反論はあった。

 だが、動く者の方が多かった。

 

 誰もが理解していた。

 

 今、何も倒せなければ、終わる。

 

 全員が、一体へ向かう。

 背中を晒す。

 倒れている仲間を置いて。

 

 剣が突き立つ。

 槌が叩き込まれる。

 

 ミストグールが吼える。

 怒りではない。

 焦りだ。

 

 背後で悲鳴。

 衝撃音。

 

 だが、振り向かない。

 

 脚が砕ける。

 体勢が崩れる。

 

「首だ!!」

 

 私は踏み込み、刃を突き立てる。

 骨の隙間。

 今までで、一番深く入った。

 

 次の瞬間、槌が叩き落とされる。

 

 鈍く、重い音。

 

 巨体が、崩れ落ちた。

 

 霧が、一瞬だけ薄くなる。

 

「……倒した!」

 

 誰かが叫ぶ。

 だが、息をつく暇はない。

 

 二体目が迫る。

 三体目が跳ぶ。

 

 だが、何かが違う。

 

 フォグマンの群れが、乱れている。

 動きが、揃っていない。

 

 一体倒しただけで、空気が変わった。

 

 だが、まだ三体。

 

 楽にはならない。

 

 二体目が突っ込む。

 今度は、足を狙う。

 

 止める。

 叩く。

 削る。

 

 三体目が屋根から跳ぶ。

 着地の瞬間、集中攻撃。

 

 それでも、倒れない。

 

 一人、また一人、地面に伏す。

 立ち上がらない。

 

 息が、限界に近い。

 腕が、上がらない。

 

 それでも――

 

 誰も、逃げなかった。

 

 四体目が、霧の中から現れる。

 最後の一体。

 

 だが、その動きは鈍い。

 群れを失い、判断を失っている。

 

「……終わらせるぞ」

 

 ゴーストの声は、掠れていた。

 

 全員で、前に出る。

 

 叩き潰す。

 斬り伏せる。

 止める。

 

 最後の一撃。

 

 巨体が、地面に倒れ伏す。

 

 霧が、ゆっくりと晴れていく。

 

 沈黙。

 

 荒い息。

 血と砂。

 倒れた仲間。

 

 しばらく、誰も動けなかった。

 

「……生きてるな」

 

 誰かが、呟いた。

 

 私は剣を下ろす。

 手が、震えている。

 

 恐怖じゃない。

 疲労だ。

 

 軽い勝利じゃない。

 綺麗な勝利でもない。

 

 だが、確かに――

 

 モングレルは取り戻された。

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