kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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2.ハブ

 ゲームの中ではフォグマンやカニバルは無限湧きだった。滅ぼすことは不可能。

 ――だが現実は違う。無限なんてない。だから、やりようによっては殲滅も可能だ。

 

 しかしここで問題が残る。この街に、戦える戦力というのが、それほど多くないのだ。

 

 父や旅をしていたメンバー――ゲームのプレイヤー達は、植物のように動かない。仮に動かせたとしても、老いている今、長旅は危険だろう。殲滅戦に耐えられるとは思えなかった。

 

 そして今いる戦力を連れ出すというのも問題だ。

 何せ彼らはこの街の守護者である。私の我儘で連れ出すわけにはいかなかった。この世界同様、街の人々もまた、生きているのだから。

 

「…………私は反対ですよ」

「しつこいなあ」

 

 ブロック型栄養食と応急処置キット、そして今度こそ寝袋を詰め込んで私たちは街を出発した。一週間程度の旅順を想定している。当初の目的では、第一回目は毛皮商の通り道を南下し、シェムからヴェンジのレーザーを観光する予定だった。

 

 しかし目的が明確となった今は違う。

 

 まずは仲間を集めなければならない。二人でも戦いそのものはできるが、どうしたって手が回り切らない。人手が必要なのだ。

 

「いいですか、これだけは約束してください」

 

 リフが道をふさぐように立ち塞がる。そして険しい顔をしながら言った。

 

「我々の正体は絶対に隠すこと! 良いですね!?」

「分かってるよ」

 

 私たち自身も襲われないに越したことは無い。それだけ恨まれ、恐れられているのだ。さもありなん、世界の破壊者が怖くない筈がない。

 

 効率は随分落ちるだろうが、こればかりは仕方がない。街の人達を危険に晒すのだけは避けなくてはならないのだ。それくらいの分別はあるつもりだ。

 

 リフはため息をついた。

 

「それで、どこに向かうのでしょうか?」

「そうだね」

 

 世界は滅んだが、全ての人間が息絶えた訳ではない。細々とだが、人類の営みは続いているのだ。

 

「ハブに向かうよ。あそこならまだ人は居るんでしょ?」

 

 ハブにはメイトウはなく、どの勢力の拠点にもならない。攻める理由がない街なのだ。いや、元街の廃墟か。そこには戦乱から逃れた難民が集まっているという。今もそれは変わっていないのではないだろうか。

 放浪者にとってのスタート地点。そこが私の物語の開始地点になるというのも、何とも運命的ではないか。

 

「さあ、出発だ」

 

 私たちは振り返ることなく、一歩踏み出した。

 

 

 

 *

 

 

 

  この世界自体が廃墟みたいなものだと、そう言ったのは誰だったか。

 嘗ての栄華など見る影がなく、瓦礫と壊れた品々が散開し、どうしようもなく乾いている。

 

 ここはハブ。人間種族ホーリーネーションと、亜人種族シェクのシェク王国の戦争の最前線である。街は倒壊し機能を失い、難民たちがまばらに廃墟に身を寄せていた。

 

 ……それも昔の話。今は父の暴虐によって齎された破壊から、種族を問わず逃げてきた難民たちで溢れていた。

 変わらず廃墟ではあるが、そこには活気があった。

 

 世界は父に滅ぼされた。しかして人は強く。地面を這いつくばりながらも生きながらえていたのだ。

 

「うお、これ何の肉?」

「ラプターでしょうか。食用ではない筈ですが」

 

 市場には見たこともない食べ物が並んでいた。ゲームでは価値のない臭い肉も食用にしているあたり、人類の逞しさを感じられる。

 

 私は興味本位で購入し、その黄色い肉を口に含んだ。臭みが口いっぱいに広がり、思わず顔をしかめる。不味い、本当に吐きそうだ。舌先にまとわりつく脂の臭いが喉の奥までじわじわと広がっていく。

 

「味の改良をしてるわけじゃないっぽい。うえ」

「吐き出すなら人目のない場所へ行きましょう」

「…………うん」

 

 私は一つ頷き、リフの先導に従って歩いた。

 

「うええ、ぺっぺっ!」

「水を含んでください。少し楽になりますよ」

 

 そして一目のつかない路地で吐き出した。口に残った腐臭にも近い嫌な臭いを水でゆすぎ落とす。しばらく唾を吐き出していると、影が動いたのに気がついた。リフの背中から緊張感が伝わる。何があったのだろうか。

 

「リフ?」

「…………」

 

 リフは手で私を制する。下がっていろという意味だろうか。彼女の肩越しに、私たちの許にやってきた男を見る。

 

 真っ黒なダスターコートを纏ったその男は難民には見えなかった。

 短髪の黒髪と、切れ長の細目。グリーンランダーのその男は油断ならない口調で言った。

 

「へへ、そう警戒なさいでくださいな」

「ならその態度を改めることだな」

 

 リフのこんな突き放すような声は初めてだった。思わず背筋がぞくりとする。

 

「あんたら、あれでしょ? 所謂《未所属》」

「…………!」

 

 未所属というと、あれだ。プレイヤー勢力を示すスラングである。私たちの世界でも、やはり私たちの事を指している。何故なら父は一切の勢力名を名乗らずに侵略したからだ。だから無所属などと呼ばれているのだ。

 

 私たちは一応身分を隠してこの場に居る。服も難民に混じるため襤褸を纏っているし、肌も適度に汚している。一体何を見て私たちをそうだと判断したのだろうか?

 

「手ですよ」

「手?」

 

 私の内心を読んだのか、男は言った。男の視線が私の手に刺さる。

 

「難民にしちゃあ、手が綺麗過ぎる。もっと荒れていないと」

「…………なるほど、忠告に感謝しよう。それで?」

 

 リフの突き放すような口調は変わらない。酷く警戒しているようだが、多少金を握らせれば済む話のように思えるが。だから私は彼女の背を叩き、会話を代わるよう提案する。

 

「リフ」

「……お嬢様、ここは私にお任せください」

 

 私はため息をついた。リフは頑固で融通が利かない所がある。上手く交渉事を行えるか不安だったが、任せるしかないだろう。

 

「単刀直入に聞こう。我々に何の用だ」

「おいおい。随分警戒するじゃないか。この通り敵意はないぜ?」

 

 そう言って、男は手を挙げる。男の得物は腰の脇差だけだ。勿論素手という可能性もあるが、そもそも。私たち二人相手に勝てるような男とも思えない。私はかなり鍛えているのだ。

 リフも話だけは聞く気になったのか。警戒レベルを一段落とした。

 

「よしよし。じゃあ商談――と言いてえ所だが、あんたらが欲しい物が分からねえ。この世の全てを手に入れた勢力が、一体この廃墟に何を求めに来たんだ?」

「……」

 

 これは私から言うべきだろう。リフを押しのけ、口を開く。

 

「まずこれは未所属の総意じゃない事は理解してほしい。あくまで私個人の願いだ」

「へえ」

 

 男は口角を上げ、笑みを浮かべた。嘲笑っている様子はない。純粋な好奇心を向けられているように思われた。それにまず一安心し、言葉を続ける。

 

「戦える者を集めている。前述の理由から物資の配給は出来無いが、キャットは用意している」

 

 キャットとはお金のことだ。この世界なら本当は物資を提供するのが一番だろうが、嵩張る物は持ち歩けない。ひとまず貨幣経済が生きていることに感謝しよう。

 

「……戦力ねえ。伝手が無いわけじゃねえが、どうしてまた? もうあんたらに敵なんていないだろう?」

「だから勢力とは関係ないって」

「へえ、ならどうして?」

「そうだね」

 

 さて、目的はフォグマンとカニバルの殲滅だが、それはちょっと壮大過ぎるか。目標設定は共感できる分かりやすい理由が必要だ。ならそうだな――

 

「――ブリスターヒルの奪還を目指す。父の罪を償うんだ」

 

 ホーリーネーションの首都奪還。それが目標として適当だろう。

 

 男は私の宣言に絶句したかのように口をあんぐりと開ける。そして人目をはばからず大声で笑いだした。

 

「はははははは! そりゃあ良い! 贖罪か! ははははは……!」

「笑いたくなる理由はわかるけどね。殺すぞ」

「はは……。悪い悪い、想定外過ぎてな」

 

 ひっひと笑いをこらえながら男は続けて言った。

 

「しかし、本気か? いや、本気なんだろうな、お嬢様」

「育ちの良さは否定しないよ。それで、お前はどうする?」

 

 男は完全に笑いを収め、顎に手を当てた。

 

「ま、正体は隠して伝えるとして……集まるのは精々二人だな」

「それだけ? …………いや、信用が無いのか」

 

 ブリスターヒルの奪還など夢のような話だ。乗ってくれる人間なんて、そりゃあ居ないだろう。たとえ金銭を払うとしても。

 夢を追うにしても、それを担保してくれる何かが必要なのだ。

 

「その点あんたは幸運だ」

「幸運? どういう事?」

「つまりだ。実力を示す機会に恵まれているってことさ」

 

 なるほど。確かに腕っぷしを示すのが一番だ。そしてこういう世界なら、そんな機会は掃いて捨てるほどあるだろう。

 

「最近、フォグマンがハブ近郊にも現れ始めた。どうも近くに巣が出来たらしくてな。討伐隊を編成中なんだが、中々集まらない」

 

 リフは白い目をしながら会話に入った。

 

「なるほど。そして絶好のタイミングで我々が現れたと」

「そう言うなよ。ウィンウィンだろ?」

「リフ、こいつの言う通りだよ。私にも都合が良い」

 

 リフにとっては、あまり面白い話じゃないだろう。無駄に危険を冒すだけだ。でも私は敢えて彼女の心情を無視して進める。

 

「その討伐隊に参加してくれそうなのがさっき言った二人の事?」

「察しが良いな。その通りだ」

 

 討伐隊に参加するのだ、その二人は最低限フォグマンに対抗できるという事だろう。つまりは私たちを合わせて四人。問題は敵の数か。

 

「敵の数は?」

「それがわかりゃあ苦労はねえよ」

「偵察からって事だ」

 

 何にせよ、その二人とは一度顔を合わせるべきだろう。

 

「良し、案内してよ。まずはその二人に会いたい」

「OKOK。こっちだ」

 

 薄笑いを残す男の後を、私たちは無言で追った。

 これが最初の戦いになる。私は胸の奥で、熱く高鳴る鼓動を抑えられなかった。

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