kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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3.前哨戦

 男の案内で私たちは廃墟の奥へと進んだ。

 ハブの通りには焚き火を囲んで酒を飲む者、傷だらけの身体を布でぐるぐる巻きにしてうずくまる者――生き延びることに必死な人間たちが散らばっている。

 

 そんな中でも、ひときわ目立つ二人がいた。

 

「おう、客か? それともカモか?」

 

 声を張り上げたのは大柄な男。背中にサーベルである九環刀を背負い、腕には無数の古傷が走っている。鋭い目つきの男、シャク。

 その横には小柄だが落ち着かない動きを見せる男がいた。頬がこけ、眼光がぎらついている。じっとしていられないのか、指を小刻みに動かす男、フーミン。

 

「紹介するぜ。フォグマン退治に乗り気な、偏屈な二人組だ」

 

 男が口を開くと、シャクはふんと鼻を鳴らし、フーミンは眉を寄せた。

 嫌な予感と、同時に胸の奥に湧き上がる高揚感。これからが本当の始まりだ。そう思えた。

 

「俺はシャクだ。剣を振るうことしか能はねぇが、それで飯は食えてる」

「フーミンだよ。足が速いし、隠れるのも得意。あと鍵も開けられる」

 

 二人はあっけらかんと名乗った。拍子抜けするくらいシンプルな自己紹介に、思わず口元が緩む。

 

「随分あっさりしてるね。普通はもっと警戒するものじゃない?」

「はっ、俺たちゃとっくに食い詰めてんだよ。今さら命惜しさに選り好みなんてできるか」

 

 シャクはそう言って豪快に笑い、背中のサーベルをドンと地面に突き立てる。砂埃が舞い上がった。

 一方でフーミンは目を細め、こちらをじろじろと観察してくる。

 

「でもあんたら、ただの難民には見えないねえ。手も顔も綺麗だし、背筋も真っすぐ。……戦えるんだろ?」

「まあ、多少は」

 

 リフが短く返す。無駄な言葉を嫌う彼女らしい。

 

 そのやり取りを聞いて、胸の内が熱くなる。

 ――ここからだ。ようやく物語が動き出す。

 フォグマン討伐。ブリスターヒル奪還。そのための第一歩が、今この瞬間に始まった。

 

「それじゃあ、契約成立だ。フォグマン退治、やってやろうじゃねえか!」

「ははっ、楽しみになってきたな」

 

 シャクとフーミンの声が重なり、気づけば私も頷いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 翌朝、私たちは街を抜け、東の荒野へと足を踏み出した。

 荒れ果てた地平線に奇妙な静けさが広がっている。風の音すら遠く、やけに自分の足音だけが響く。

 

「それで、巣が近くにあるんだったよね?」

「おうよ」

 

 シャクは頷き、鼻を鳴らした。

 

「規模は分かんねえがな。どうせ援軍はねえんだから、やる事は変わんねえさ」

「ふ~ん」

 

 私は少しだけ考える。果たして込み入った話を聞いて良いものか。

 

(まあ良いか)

「こういうの慣れてんの?」

「あ?」

 

 シャクは「ああ」と頷き続けた。

 

「傭兵だからな。危険な仕事なんか慣れっこさ」

「傭兵? 1人で?」

「……今はな」

 

 シャクの顔に影が差した。聞くべきではなかったか。無神経過ぎたかもしれない。

 傭兵なんて所詮は使い捨てだ。生き残っているだけ御の字なのかもしれない。

 

「フーミンは? 君はどうなのさ」

 

 話題を逸らすように、もう一人に話を振る。

 

「俺は、オクラン教徒だ」

「オクラン教徒なの?」

 

 オクラン教徒とは、預言者であるホーリーロード・フェニックスを指導者とする、極端な男尊女卑とレイシズムが特徴である。

 女性と人間以外の種族を邪悪なものとして排斥し、特に機械生命であるスケルトンを最悪の存在として忌み嫌い、問答無用で攻撃を仕掛ける、かつての大国だ。

 多くのプレイヤーの標的となったその国は、父によって完膚なきまでに破壊された。その信仰も破壊されたと思っていたが、存外にしぶといようである。

 

 フーミンは苦笑した。

 

「といっても、名ばかりだけどね。君を認めているのがその証拠だ」

「でたよ男尊女卑。でもま、君が緩くて助かったってとこかな」

「そうだね。オクラン教は色々あった。でも、人の助けになりたいのは信仰故だよ」

「それが残ったのなら御の字だね」

 

 オクラン教がどのような変遷を経たかは知らないが、この世界では珍しく、良い方向に流れたのかもしれない。

 フーミンは静かに頷いた。しかしその目は険しく、どこか遠くを見ている。

 

 風が吹いた。乾いた砂を巻き上げ、視界を霞ませる。

 その向こうに、黒い影がいくつも蠢いていた。

 

「……おい、もう出てきやがったぞ」

 

 シャクが唸る。彼の言葉に、各々が自らの得物に手を付けた。

 

 シャクはサーベルを。フーミンは刀を。リフは鈍器を。そして私は大剣を。

 

 目前に現れたのは、やせ細った青白い肌を持つ亜人。ハイブと呼ばれる虫人間の一種であるフォグマンだ。

 亜人とは言うものの、彼らに確かな知性はない。言葉も通じず、ただ儀式のようにカニバリズムを繰り返す、醜悪な化け物である。

 

 影の数は十。率直に言って、私一人でも勝てる数だ。しかしシャクとフーミンの実力が見たい。

 

(でも任せるのは不味いかな)

 

 実力を見たいのは、二人も同様な筈。

 

「一人当たり二体。端数は余裕がある奴が対処かな?」

「ああ、それで良いぜ」

 

 シャクが前に出る。私も負けじと前に出た。こちらに気がついたフォグマンが手にした棒を振り上げる。私は大剣を振り上げ、息を殺し敵の到着を待つ。

 

「ギャ――」

 

 甲高い、悲鳴のような声を上げ、フォグマンが跳躍した。腕に力を込める。爆発の瞬間をただただ待つ。

 

 その時が――――

 

「――――――ハッ!!!!!」

 

 その瞬間が来た。地面を蹴り大剣を振るう。袈裟に放たれた斬撃はフォグマンの皮を、肉を、骨を断ち空気を震わせる。血飛沫が舞った。それに飛び込むように、二の太刀を振るう。狙いはたたらを踏む、もう一体のフォグマン。

 

「ギ――――」

 

 目前の暴威に怯むだけの知性があったのは、フォグマンにとっては不幸だっただろう。体が硬直し、動きを取れない。尤も、動けたところで結果は変わらなかっただろうが。

 

「――――フッ」

 

 更なる鮮血が舞う。振り上げた大剣を肩に担ぐように引き戻し、大地を大きく踏みしめ体勢を整えた。足元で砂がジャリジャリと鳴る。

 

(さて、と)

 

 軽く息を吐き周囲に視線を配る。

 

 シャクは油断なくサーベルを構え、たった今フォグマンの腕を切り飛ばした。フーミンは鍔迫り合いをしている。リフは既に二体のフォグマンを撲殺し終えていたようだ。彼女と視線が合う。

 

(シャクは強いけど、私たちほどじゃない。フーミンはフォグマンと同じくらいだな、あれ)

 

 ……まあ、最初の試運転にしては上出来だ。 

 リフとアイコンタクトをし、私はシャク、リフはフーミンに加勢した。

 間もなくフォグマンは殲滅された。

 

 

 

 *

 

 

 

(思ったよか、ずっと強いじゃねえか)

 

 シャクは内心で歯噛みした。

 

 シェク族を思わせる膂力。ハイブのごとき俊敏さ。

 

 腕が立つとは思っていた。しかしそれはあくまで自分が上。『俺に比べれば弱いが』という冠詞の付いた強さだ。

 だから自身を圧倒する強さを見せた二人に、シャクは憤慨したのだ。

 

 ()()()()()

 その事実は彼を強く傷つけたのである。

 

 だが彼も傭兵として十年以上の修羅場をくぐってきた男だ。自分より強い女など、これまでにも何人か見てきた。だからこそ、噛み締める悔しさも、飲み下す術も知っている。

 

(まあいい。腕が立つなら、それでいいさ)

 

 歯の裏に残る鉄の味を舐め取りながら、シャクはゆっくりとサーベルを背負い直した。

 

「あそこがフォグマンの巣?」

 

 ショウの言葉に一瞬反応が遅れながらも、シャクは「ああ」と返事を返した。

 

 崖下に広がるのは、無数の骨と、朽ちかけた鎧の破片。そして――無数に蠢くフォグマン達。

 

「……ここがフォグマンの巣か」

 

 リフが呟いた。小さく、しかし底冷えするような声だった。

 

 シャクは崖の端に膝をつき、目を細めた。

 細い影がいくつも蠢いている。人間ほどの背丈のものもいれば、倍はありそうな異形もいる。

 

「数は……ざっと二十、いや三十ってとこか」

「あのデカいのがボスかな? 強そうだ」

「おいおい、笑って言うなよ」

 

 シャクが苦笑を漏らすと、ショウは肩をすくめて見せた。

 どこか楽しげなその表情に、彼はもう一度、舌の裏に残った鉄の味を噛み締める。

 

(強いだけじゃねえ。肝も据わってやがる)

 

 シャクは短く息を吐き、立ち上がった。

 

「……よし。派手にやるか」

「待ちなさい。不意を打つべきです」

 

 リフの声が冷たく響いた。

 その声音に、場の空気が一瞬で張り詰める。

 

「数ではこちらが劣勢です。正面から突っ込めば、確実に囲まれます」

「身を隠す場所がない。奇襲は難しいぞ」

「難しいからといって、無謀に突っ込むのは愚策です」

 

 シャクが舌打ちする。だがリフの言葉はもっともだった。ショウは崖下を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「なら、囮役がいるね」

「……俺たちで行くか? お前たちが後ろから叩けばいい」

 

 それがベストだと、シャクは考えた。シャクとフーミンで敵をおびき寄せ、ショウとリフが背後から攻撃する。手柄を譲るようだが、それは仕方がない事だ。口内に再び血の味が広がる。

 

「私たちはそれで良いけど、君らはそれで良いの?」

「俺はそれで良いよ。君達が強いのは分かってるからね」

「……勿論俺も構わない。発案者だからな」

 

 シャクは鼻を鳴らし、背中の九環刀を抜いた。そしてショウとリフが配置に着くのを待ち、大きく息をついて――

 

「派手にいくぜ!!!」

 

 内に巣食うモヤを掻き消すように、シャクは盛大に吼えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 私とリフは敵の背後にぐるりと周ると、シャクとフーミンの攻撃を待った。フォグマンの群れは落ち着きなく蠢き、湿った呼吸音をあげている。腐敗した血と鉄の臭いが鼻を突いた。

 

「リフ、準備は?」

「問題ありません。合図があればすぐに」

 

 息を殺し、二人の様子を窺う。

 

「派手にいくぜ!!!」

 

 怒声と共に、二人が砂埃を舞わせながら崖を下っていく。フォグマン達がそちらに顔を向け、「ギィ」という金切り声を上げた。そして殺到していく。だがその流れに従わない者たちが居た。平たい顔のフォグマン重戦士三体、プリンスと呼ばれる統率個体一体――そして一際大きな重戦士一体。

 

「よし、デカブツは私がやる」

「承知しました。それ以外は私が処理します」

 

 リフが静かに頷き、狼牙棒を手に駆け出す。一番最初に動いたのは巨体のフォグマンだ。私はフォーリング・サンを振り上げ、一気に駆け出す。そして力の限りに振り下ろした。骨の棍棒と大剣が激突する。

 

「ッ!!!」

「ギャ!」

 

 その化け物は――私の気のせいでなければ――驚いていたように思われた。それもそうだろう。あの巨体と、人間としては平均的な私が互角の剣戟を演じたのだから。

 

「フッ」

 

 息を吐く。パワーが互角ならば、テクニックはどうだ。

 

 フォグマンの腕をいなすように横へ流し、すかさず刃を返す。

 鉄を裂く音が響き、甲殻めいた皮膚が裂けた。灰色の体液が飛び散り、乾いた荒地に染み込む。

 

「ギィ……!」

 

 フォグマンは怒号を上げ、棍棒を大上段に構えた。

 その動きは鈍重でありながら、一本一本の筋肉が異様に膨張していくのが見える。血管のような黒い筋が皮膚の下を走る。

 

(来る……!)

 

 次の瞬間、爆ぜるような風圧が襲った。

 棍棒が地面を叩き割る。砂が爆発し、破片が頬をかすめた。

 

「ッ、速い!?」

 

 リフの警告が飛ぶ。どこか遠くから聞こえたかのように錯覚されたそれは、よく聞こえない。

 先ほどまでの鈍重さはどこへ消えたのか。巨体のくせに、信じられない加速だ。

 

 もう一撃――と思った瞬間には、私はもう防御の姿勢に入っていた。

 棍棒と大剣がぶつかる。火花が散り、骨が軋むような音が響いた。

 

「ぐっ……!」

 

 腕に重みがのしかかる。まるで山に押されているようだ。パワーが互角だというのは、私の勘違いだったみたいだ。

 だが、押し負けるわけにはいかない。歯を食いしばり、腰をひねって受け流す。

 

「お嬢様、左側です!」

「ッ! 了解!」

 

 言われたままに、左側に退避する。

 

 リフが一歩踏み込み、横合いから狼牙棒を叩きつけた。それに重ねるように、大剣を叩きこむ。

 鈍い音が鳴り、フォグマンの左腕がぐにゃりと折れる。だが、それでも止まらない。

 痛覚がないのか、頭部をこちらにねじ向け、再び棍棒を振り上げる。

 

「くそ、タフだな!」

 

 私が跳び退くと、そこへ強烈な一撃が叩き込まれる。

 横目でリフを見る。彼女は重戦士の相手をしていた。先ほどの援護はかなり無理して行ったのだろう。もう援護は期待できない。

 

(元々私の担当だ。これ以上不甲斐ない姿は見せられないね)

 

 左腕は確かに折れている。だが、それでも巨体は止まらなかった。棍棒を右手一本で振り回し、地面を砕きながら突進してくる。

 

 私は敵の到着を待ち、剣を強く握りしめる。そして――――

 

「――――――跳んだ!?」

 

 その巨体は、信じられない事に、大きく跳躍していた。目に入るのは、青空と――大きな太陽。

 

(不味い……!)

 

 太陽を背に取られた。これでは正確にタイミングを測れない。

 

「ギ、ギャアアアアァァァアアアアアアア!!!!!!」

 

 敵が吼える。攻撃が来る。視界が焼ける。何も見えない。

 それでも、来るのは分かる。

 

 喉の奥が熱くなり、無意識に笑っていた。

 

 

 ――なら、勘で合わせるだけだ。

 

 

 叫びと共に剣を振り上げた。

 目を閉じ、音と風と殺気だけを頼りに。

 

 刃がぶつかる。火花が散る。そして、手応え。

 

 

 見えないまま、私はフォグマンの棍棒を受け止めていた。

 

 

「ッ! ア、アアアアアアアァァアアアアアア!!!!!!」

 

 痺れる腕を強引に動かし、私は剣を振りかぶった。敵が崩れる。棍棒が、零れ落ちた。鮮血が舞う――。

 

「ハッ、ハァハァハァ」

 

 ぼとりと、敵の右腕が落ちる。両の手を失い、敵は既に戦闘能力を失っていた。

 

「――――――」

 

 肩で息をする私と対照的に、敵は――巨体のフォグマンは静かに佇んでいた。その目はどこか、満足げで。誇りに満ちていた。風が吹く。砂が流れる。戦いの熱だけが、そこに残った。

 

「――」

 

 言葉はない。それは言葉が通じないからではなく、この場において、必要が無かったからだ。私は剣を振り上げる。

 

「――」

 

 振りかぶる。鮮血が舞う。首が――静かに落ちた。

 

 

 

 二つの戦士がぶつかり合い、勝負の幕が下りたのだ。

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