kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

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4.遭遇

 砂嵐がやんだ時、私たちはハブの門の前に立っていた。

 フォグマンの血でまだ湿った装備。息を吸うたびに、鉄と腐臭の残り香が喉を刺す。

 難民たちはその姿を見て、しばらく言葉を失っていた。

 

 やがて一人が叫んだ。

 

「帰ってきたぞ! フォグマンの巣を潰した連中が帰ってきた!」

 

 その声が夜風に乗り、街中へ広がった。

 焚き火の光が強くなり、通りに人が集まり始める。

 

 誰もが信じられないという顔で、私たちを見つめていた。

 

「本当に戻ってきやがった……!」

「フォグマンどもを皆殺しにしたって話だぞ!」

「リーダーは女らしい! 見ろ、あの剣!」

 

 歓声とざわめき。

 それは、私たちがこの荒れ果てた土地で初めて聞いた“称賛”という音だった。

 

 人々の笑い声が爆ぜる。

 いつの間にか焚き火がいくつも増え、通りには即席の酒場ができていた。

 樽が開けられ、粗末な木皿に焼いた肉が並ぶ。

 

 それに迷わず食いついたのはシャクだ。

 

「おい、飲めよ! 英雄様は黙って飲むもんだ!」

 

 シャクが笑いながら盃を押し付けてくる。

 中身は安酒というより、灯油みたいな味だ。

 それでも喉が焼ける感覚が、なぜか心地よかった。

 

 リフは珍しく口元を緩め、静かに頷く。

 フーミンはすでに数人の男たちに囲まれて、戦の話をしていた。

 普段無表情な彼が、少しだけ誇らしげに見えた。

 

 誰かが歌い出し、それが連鎖した。太鼓を叩く者、机を蹴ってリズムを取る者。夜風の中で乾いた声が揃って響いた。

 

 私は焚き火の端で盃を傾けながら、その光景を眺めていた。

 笑い声の中に、不思議な静けさを感じる。

 

 ――――悪くない気分だった。

 贖罪のために始めた戦いだったが、こうして喜ぶ人々の姿を見るのは、心地良い気持ちになれる。

 

 気づけば、星が高く昇っていた。

 人々はまだ踊り、叫び、飲み続けている。

 街全体が、夢の中にいるようだった。

 

 私は席を立ち、門の外へ出た。

 夜風が頬を冷やす。

 焚き火の光が背に遠ざかり、闇の中に一人きりになる。

 

 ――その時、声がした。

 

「……お前がショウか」

 

 低く、押し殺した声だった。

 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

 粗末な鉄鎧、簡素なズボン。

 その胸には、見覚えのある紋章――オクランの燃える炎。

 

「……ホーリーネーション」

 

 男は頷いた。

 月明かりに照らされたその顔は日に焼け、深い皺に覆われていた。

 しかし瞳だけは冷たい光を宿していた。

 

「俺はスキナーだ」

 

 言葉少なげに男は言った。嫌々話していると言わんばかりの、忌々しい声色で。

 

「用件は?」

 

 スキナーが一歩近づく。

 

「噂は聞いた。女の身で軍を率い、フォグマンを滅ぼしたと」

「そうだね」

 

 彼の口元がわずかに歪んだ。

 

 短い沈黙。

 風が吹き抜け、焚き火の灰が宙を舞う。

 スキナーの声は、低く静かに響いた。

 

「……神は沈黙した。だから人は己を試す。

 だが――女が剣を持つ世界では、もはや誰も救われぬ」

 

 酷く面倒な言い回しだった。しかし言いたいことは分かる。

 

 どうやら、()が成果を出したことが気に食わないようだった。

 

 私は言葉を返さなかった。男は続ける。

 

「ブリスターヒルを狙っていると聞く」

「ええ、奪還する。何か問題でも」

「…………魔女が」

 

 彼はその言葉を繰り返し、暗がりに溶けていった。

 その足音が消えた後も、冷たい余韻だけが残った。

 

 私は空を見上げた。

 焚き火の煙が星の光を遮っている。

 

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。昨日の喧騒が嘘のように、通りには酒瓶と灰の残り香だけが漂っていた。

 

「おはようございます」

「おはよう、リフ」

 

 リフと軽く会話を交わし、次いで昨日会った男について話す。するとリフは、分かりやすく顔を歪めた。

 

「オクラン教徒ですか」

「そうそう、私は無視して構わないと思うんだけど、どう思う?」

「いえ――」

 

 リフは首を振る。どうやら、彼女の方でもひと悶着あったらしい。

 

「我々の方にもオクラン教徒が現れました。お嬢様ほど直接的ではなかったのですが、やはり良くない感情を持っているようです。今はまだその程度ですが、もし我々の正体が露見したら――」

 

 そこで彼女は言葉を切ったが、言わんとしてることは分かる。私たちは世界の破壊者だ。その被害を直接受けた者は、この廃墟にも多い。もしもバレたら、人々の態度は一変。排斥に掛かるだろう。

 

「とはいえ、このまま引き下がるのも不自然だ。何か良い対策ないかな?」

「そうですね。さっと思いつくのはやはり、排除してしまうことでしょうか」

 

 さらりとリフは言った。しかし――

 

「……いや、それは駄目でしょう…………」

「ですよね」

 

 がっくりとリフは肩を落とす。父と同じやり方では意味がないのは、彼女も十分分かっているようだった。

 

「んじゃ、仲間をもっと増やすってのはどうだい?」

「お前は……」

 

 瓦礫の影から現れたのは、いつか出会ったダスターコートの男だった。

 

「盗み聞きしてたのは許すよ。勿論名案があるんだよね?」

「へへ、勿論でさあ」

 

  男は口の端を吊り上げ、辺りを見回した。通りの隅では酔いつぶれた傭兵がまだ寝ている。そんな中、彼は声を潜めて言った。

 

「オクラン教徒どもの間じゃあ、あんたらをどうするかまだ処遇を決めかねている様子でさあ」

 

 それはきっと、昨日の男が言っていた通り、私が女だからだろう。

 歯痒い話だった。もしも私が前世と同じく男なら、こんな苦労もしなかっただろうに。

 

(……まさか今更生やす方法もないし、しょうがないんだけどね)

「でも、オクランの連中がどう動こうが、あんたらの評判はもう広まってる。人を集めるなら今が好機ってことです。追い詰められてる難民、飢えた傭兵、逃げた奴隷――あんたらの名を聞きゃ、黙ってても寄ってくる」

 

 私の諦めにも似た諦念を余所に、男は希望に満ちた言葉を吐いた。

 彼の言葉に、リフが小さく眉を動かした。

 

「つまり、戦力を集めろと?」

「その通り。だが、オクランの息が掛かった連中は避けた方がいい。あいつらは異端者の匂いを嗅ぎつけるのが早い」

「しかしブリスターヒルの奪還を目指す以上、オクラン教徒を避けるのは――」

 

 リフがそこで言葉を止め、ふと顔を上げた。

 

「……ああ、なるほど。まずは別の拠点を確保するのですね」

「ああ……」

 

 私は納得するように頷いた。

 

「ブリスターヒルはオクランの本丸。いきなり攻めれば宗教ごと敵に回すことになる。だったらまず、奴らが手を出しにくい場所を奪う。

 それで()()()()()()が実績を立てれば、連中も無視できなくなるって事?」

 

 リフが頷いた。

 

 そうだ。最終目的はそれとしても、次の目的地がそこである必要はない。要は同じ実績作りだ。オクラン教徒が無視できない程の実績を積めば良い。

 そして私の拠点を持ってしまえば、それはもう父の勢力から外れ、独立していると主張できる。

 

(勿論それにオクラン教徒が従うとは思えないけど)

 

 勢力を率いてしまえば、手を出しづらくなる。そのための拠点には、()()()は丁度良い。なにせ元々、あそこはオクラン教徒から逃れた人々が生み出した街なのだから。

 

 その地とは――

 

「――――モングレル。霧の中にある隠れ街、か」

 

 フォグアイランド、霧の中にぽかりと浮かぶ島のように、その街は存在していた。そこにはオクラン教の弾圧から逃げ伸びた人々が暮らしていた。無論、それは昔の話。父に滅ぼされ、今はフォグマンが巣食う街になり果てているらしい。

 

「へへ、あんたらは本当に運が良い」

 

 男は言った。

 

「かつてモングレルに君臨していた伝説の剣豪――審問官殺しの男が今も生きている」

 

 その情報から、絞れる人物像はただ一つだった。

 私は呟く。

 

「アーク。生きていたんだ」

「へへ、ご明察。あの男なら、モングレルの残党を集められる」

 

 原作キャラクターとの会合が、迫っていた。

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