kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

7 / 14
7.次の戦い

 敗走は、最悪の気分と言えよう。

 痛みも、屈辱も、後悔も、それぞれは耐えられる。だがそれが一度に押し寄せると、人は簡単に折れてしまう。

 

 私はリフに抱えられ、ただ喘いでいた。生き延びた。それは確かに、喜ぶべきことのはずだった。

 

 だが、どうしてだろう。

 生きているという実感がない。胸の奥で、何かがとっくに死んでしまった気がする。

 

 

 死よりも生々しく、生よりも虚しい。

 

 

 ――――敗走とは、きっとそういうものなのだろう。

 

 

 

 

 

 霧の外に出た時、風の匂いが変わった――ような気がする。湿った臭いから、砂埃の懐かしき香りへ。

 

「リフ、もういい、降ろして」

 

 リフは暫し逡巡した後、「はい」と答えて私を降ろした。

 

「他に生存者は?」

「分かりません。無我夢中でしたから。ただ、アークが殿を務めていたのを覚えています」

「うん、見てた。じゃあ一度、ハブに戻るべきかな」

「そうですね――」

 

 リフはもう一度逡巡していた。そして意を決したかのようにして言った。

 

「――我が家に戻る、という選択肢もあります。貴方は――我々は良くやったと思いますから」

 

 それは甘美な誘い文句だった。もう良い。もう十分頑張ったと、彼女はそう言って、かつての平和な日々に戻る事を提案したのだ。

 

 私は首を振った。

 

「帰らないよ。まだ、何も出来てない」

「………………分かりました」

 

 リフはまだ何か言いたげだったが、言葉を呑み込んだようだった。

 

「しかし、ハブに戻るのは得策とは思えません。あそこで出来る事はもう無いでしょう」

「そうかな?」

 

 そこで一度考える。

 モングレルの奪還に当たって、必要なのは更なる戦力だ。しかしハブには、減ってしまった戦力以上は期待できないだろう。

 ハブに長く滞在する理由は無いかもしれない。

 

「そうかもね。でも、どうしよう?」

「やはり、戦力が必要な以上は――」

 

 リフは言葉を濁した。しかし言わんとしている事は理解できる。

 

 つまりは、やはり一度父の拠点に戻れと言っているのだ。

 風が吹き、砂を巻き上げる。乾いた音が耳に残った。

 

「スクインに行くのが良かろう」

 

 風に交じってそんな声が響いた。

 

「アーク。良かった、生きてたんだね」

「辛うじて、な。古傷のお陰で死に損なったわ」

 

 そう言って、アークはズボンの裾を捲った。金属質な光沢が見える。義足だ。音がしなかった当たり、ステルスレッグだろうか。あれは足音を殺し、速度も上げる事が出来る。

 アークに義足という設定はなかった筈だし、父との戦闘で負った傷だろう。正しく怪我の功名か。

 

「他の皆は?」

「生き残った者はハブに向かわせた。もう一度戦わせるのは、難しかろう。上手く説得して、最初の一割程度であろうな」

「…………そっか。ところでどうしてスクイン?」

 

 スクインはシェク族の街だ。が、例によって例のごとく父に滅ぼされている筈。

 

「スクインはバーサーカー共の棲み処となっておる」

「……彼らは、もう戦士ではありません。今のシェクは理も誇りも失った獣の群れです」

「確かに。獣にも劣る無法者だが――強いぞ」

「それは……」

 

 私は呟いた。

 

「話通じるのかな?」

「通じるかどうかではない。通さねばならんのだ」

 

 アークは断言した。が、彼にも具体的な方策は無いようだ。またしても出たとこ勝負である。不安だった。

 

(気が弱くなってるな)

 

 強くあらねば。どうせ目的地に着くまではそれなりに時間が掛かる。直進するのならヴェインを抜ける事になるが、あそこにもフォグマンがいる筈だ。

 

 ぶるりと体が震えた。いけない。本当に気が弱くなっている。

 

「行こう」

 

 私は言い切った。

 太陽は砂丘を血のように赤く染めていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 太陽が沈み、夜の帳が降りる。風が冷え砂を巻き上げた。

 

「ねえ、リフ」

 

 焚火を囲みながらリフに問いかける。アークは状況把握のため一人ハブへと発っており、二人きりだった。

 私はその中でふと、口を開いたのだ。

 

「シェクを動かすには、どうしたら良いと思う?」

「そうですね…………」

 

 リフは考え込んだ。

 昼までの私は戦いの熱に浮かされ、出たとこ勝負を選んだが、夜の冷風と共に、その熱も冷めてしまった。残るのは不安だけだ。

 

「シェクは強さを重んじます。それは今も変わらないでしょう」

「つまり?」

「私たちも強さを示せば良い、と思います」

 

 最後は自信なさげで歯切れが悪かったが、一理ある。ミストグールの集団相手には敗走してしまったが、一般的には強い部類だろう、私たちは。

 

「でもいちいち大勢は相手していられないよ。バーサーカーに首領はいるのかな?」

「かつてはゴーストと呼ばれるシェクがそうだったようですが、今も存命かどうか……」

「もっとアークに聞いておくべきだったか」

「……いえ、手あたり次第倒していけば首領が出てくるでしょう」

「嘘でしょ? 妬いてんの?」

 

 意外と負けず嫌いな面のある従者の姿に戸惑いながらも、時は一刻と過ぎ、私は気がついたら眠っていた。そうして夜が更ける。

 

 

 

 さて、ここらでゴーストという人物について記しておこう。

 

 ゴーストとはかつてはシェク族の戦士だったが、所持していたメイトウを紛失したために追放処分されている(余談だが、このメイトウはゴリロ盗賊の首領が所持しており、今では私の父の手に、即ち私の拠点にある)。

 その後バーサーカーのリーダーのような立ち位置にいるが、残念ながらバーサーカー所属において彼の重要性は皆無だ。死んだとしても、街に影響はない。

 

 逆説的に、薄っすら見える父の方針からして。生き残っている可能性自体は存在している。

 

「……………………………ねえ、やっぱり無理があったんじゃないかな」

「…………」

 

 スクインの街は、渓谷の合間に出来た街()()()

 過去形なのは、例に漏れずこの街も滅びているからだ。渓谷の合間を流れる川のように、瓦礫が積もっている。そして瓦礫の中、辛うじて床のある場所にやせ細った角ありの戦士たち――シェクが佇んでいた。

 

 そのスクインにて襲ってきたバーサーカーを返り討ちにしていたのだが、一向にリーダーらしき人物は現れなかった。散発的に――いくつかのシェクは名乗りをあげながら――襲い掛かってくるだけである。これならそこらの野盗の方が、よほど統率が取れている。

 

「困ったね。これじゃあ仮にゴーストが生きていたとして、戦力を集めるのは難しそうだ」

「…………」

「リフ? そろそろダンマリ決め込むのやめよーね」

 

「むぅ」リフは唸った。不服らしい。私はリフの機嫌を取るのを放棄し、比較的軽傷のバーサーカーに向け蹴りを入れる。

 

「ぅ、ぐぅ……!」

「起きろ。聞きたいことあるんだけど」

 

 ゲシゲシと蹴りを入れ続けると、バーサーカーは唸り声をあげて目を開けた。

 すぐにこちらを睨みつけるが、首筋に剣を当てると、観念したのか話し出した。

 

「何を、聞きたい」

「ゴーストの所在知ってる? もしくはバーサーカーのリーダー」

「我らに、首領はいない。だがゴーストの所在なら知っている」

「良かった。どこ?」

「南西にある、廃村にいると聞いている」

「南西の廃村……」

 

 おそらく、バーサーカーの村だろう。ゴーストは所在を変えていないようだ。父もメイトウを持たず、ただの廃墟であるあそこには手を出さなかったのだろうか。

 

「うん、じゃあ案内して。君、名前は?」

「クソ、なんで俺が」文句を言おうとした首に剣を喰い込ませる。「分かった! 分かったからやめろ! 俺はダートだ!」

「良し、じゃあ行こうかダート」

 

 そうして、三人になった私たちの旅が始まった。

 道中、廃墟となりながらも営業を続けているウェイステーション。テックハンター達の底力に驚嘆しつつも、三日を掛けてバーサーカーの村に辿りついた。

 

 バーサーカーの村は、予想通りの廃墟だった。

 丘の上から見下ろす廃墟には一件も無事な家屋は無く、中央に座する塔の残骸が、辛うじて一階部分を隠す壁を残すのみだった。

 この世界には有り触れた瓦礫の山。そしてゲームスタートから変わらない見慣れた廃墟がそこにあった。

 

「で、どれがゴースト?」

「ここからは何とも言えねえよ。ただ、角無しだって噂だ」

 

 私の知る限り、敵前逃亡はシェクにとって恥だ。そして恥さらしは角を折られるという。

 ゴーストの場合は少し事情が違うかもしれないが、メイトウ窃盗犯を追わなかったのだから、同じ敗北者という事だろうか。

 

「しょうがない。降りて戦おう。行くよ、リフ、ダート」

「承知しました。お嬢様」

「俺もかよ……」

 

 丘から滑るように下っていく。後ろから何やら文句が聞こえたが無視して進んだ。どうやらダートは押しに弱そうだし、このままフォグマン討伐まで付き合わせよう。

 

「たーのもー! ゴーストはどこだ!」

「何だフラットスキン! 戦おう!!!」

 

 走り込んだ勢いをそのままに、大剣を振り下ろす。フォーリング・サンは相手のナマクラを砕き、盛大な音と砂煙を巻き上げ地面を抉った。爆風が舞う。

 得物を失くした相手の腹を、峰で打ちしえ倒した。

 

「ゴーストは何処だ!」

「ぬぅん!!! 殺せ! フラットスキン!!!!!」

 

 頭部を殴り今度は気絶させると、次の相手へと向かう。ダートは例外で、バーサーカーは割とこんなもんだ。

 

 幾度か同じような戦闘を繰り返すと、辺りは静寂に包まれ始めた。周囲を見渡す。角のないシェクは見当たらない。視界が遮られているのは塔の残骸がある場所だけだ。

 

「リフ、いた?」

「いいえ、見える範囲では。やはり塔の内部でしょうか」

「そうだね。行くよ、ダート!」

「くそ、何でこいつらこんな強いんだ……」

 

 剣を構えたまま塔の内部に侵入する。

 階段は崩れ、二階はない。ぎらついた太陽の光が乾ききった床板を照らす。空の酒瓶、割れた陶器、石材、錆びた鉄板。様々なゴミが転がる中、そのシェクは座っていた。

 

 角のない頭部には赤いバンダナが巻かれ、身に着けるのは他に赤い腰巻のみ。骨のような外骨格が一部を纏い、残る地肌は老齢ゆえ皴がれ、飢餓に侵され細いながらも、目に見えて鍛えこまれていた。

 

「お前がゴースト?」

「フラットスキン、何をしに来た」

 

 決して歓迎している様子ではなかったが、私はそれを肯定と捉えた。少なくとも、他のやつよりは話が通じる。

 

「力を示せば良いのならそうするけど? お爺ちゃん?」

「後ろのシェク。フラットスキンを連れてきたのはお前か?」

 

 ゴーストは私を無視してダートへと話しかけた。剣の握りに力が入る。ダートはおっかなびっくりした様子で答えた。

 

「そ、そうだ」

「ふむ……」

 

 ゴーストは目を細めた。

 

「臆病者のシェクめ。角を折れ」

 

 その言葉が落ちた瞬間、空気が金属のように張り詰めた。他のシェクが反応する。殺意が空間を支配する。私は剣を振り上げる。

 

 

 ――――どうやら、一筋縄ではいかないようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。