kenshi 世界征服のその後で   作:PSコン

8 / 14
8.燻る意思

 振りかぶったフォーリング・サンはゴーストが手に持った錆びた大剣――フラグメントアックスで受け流された。見惚れるほどの剣技。しかし感嘆する余裕など今はなかった。

 

(つい戦いの空気になっちゃったから攻撃しちゃったけど、理由くらい確認すべきだったかな)

 

 と思ったのもつかの間。思考は戦意で塗りつぶされた。

 

 ゴーストが素早く斬りかかる。金属同士がぶつかり合い火花が舞った。軽い、大剣とは思えない軽さだ。しかし次の一撃も十分受けに成功する。軽く、速度もそれほどではない。にも関わらず、私は防戦一方だった。

 

「チ…………」

 

 私は軽く舌打ちして、大きく後退する。強さはミストグールに遠く及ばない。しかし攻め手が見つからないのだ。不気味だった。リフが加勢するまで防御した方が良いと判断。大剣を短く構え、防御態勢を取った。

 

「恐れているのか」

「…………は?」

 

 ゴーストの声色は静かだった。挑発でも怒号でもない。ただ、ただ事実を告げるような乾いた響き。

 

「剣を見れば分かる。お前の刃は、怯えている」

「怯え……?」

 

 動きを止める。あくまで、奇妙な動きを見せる相手の観察に努めるためだ。ゴーストは顔を歪めて笑った。

 

「そら見ろ。剣が止まったぞ。理由を付けて、戦いを止めようとしている」

「…………」

 

 確かに、捉えように見れば、そう見えるかもしれない。だがこの選択が正解の筈だ。

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 

「本当にそれが正解か? いや、剣を振り下ろそうと、一度でも思ったか? お前は昔から理性を選んでいたか?」

「………………知ったような口を。お前に私の何が分かる?」

 

 吐き捨てるように言った。内心で、重く言葉が突き刺さったように感じたのを無視して。

 

 彼の言う通り、多分、昔の私なら挑発に乗って斬りかかっていただろう。その選択肢が脳を支配し、墓穴を掘った筈だ。だから今こうして抑えているのは、成長した証ではないのか?

 

 それは正しいか?

 

(……………………抑えている?)

 

 抑えている。怒りを抑えている。その筈だ。私は挑発に乗りやすい。怒っている筈だ。

 

(本当に?)

 

 力が抜けていくようだった。口では何と言うと、内心までは誤魔化せない。けれど、胸の奥に怒りの熱はない。私は攻撃という選択を、無意識で除外していた。私は、多分本当に奴を恐れている――?

 

 

 ――――いいや、かつてミストグールに対して苦汁を舐めた。だから私は、動かずにいようとするのだ。

 

 ゴーストの背後から、音を殺した一撃が迫る。奴は紙一重で受け流し、横に大きく跳んだ。私はリフと対面する。彼女の瞳は何時もと同じ――いいや、何やら焦りを含んでいた。

 

 何やら?

 

(………………何やらって何だよ。そんなの分かってるだろう)

 

 彼女の焦りは、明らかにこちらを向いていた。リフの心配事は昔から、大抵私に関する事柄だ。だからそれだけは誤魔化しようも無く断言できてしまう。

 

 ならば何故焦っている?

 

(……おいおい、まだ誤魔化すつもりか?)

「リフ、手を出さないで」

「お嬢様…………!」

 

 リフが苦虫を嚙み潰したような顔をする。きっと、彼女は私よりも私の内心に詳しい。そして、苦痛を取り除こうとしているのだろう。確実な勝利を、彼女は選ぼうとしているのだ。

 だがしかし、それでは意味がない。無い筈だ。

 混乱する頭では、もはや何が正解かは分からない。しかし、これだけは分かった。

 

 私は向き合いたい。

 だから、ゴーストとは一人で戦わなければならないのだ。

 

 私は唇を嚙み、剣を構えた。口内に鉄臭い味が広がる。

 

 それでも、相手を鋭く見据える。

 

「ほう?」

 

 ゴーストが感心したかのような声を上げた。

 私は剣を振り上げる。

 

「確かに、恐れているのかもね。でも、よく考えたら――――」

 

 一呼吸置いて、自信をたっぷりと高めて宣言する。

 

「――――私の方が強い」

「――――――――言ったな……!!!」

 

 言葉を吐いた瞬間、胸の奥が熱くなった。長く張り詰めていたものがほどけ、息が自然に落ちていく。呼吸が整う。足裏の砂の感触、剣の重み、風の流れ。すべてが鮮明に戻ってきた。

 

 敵を見よ。

 ゴースト。戦場の亡霊。皺の寄った腕は飢餓と老化に襲われ、十分な力は発揮できまい。素早さはあるが、私の全力を受けきるだけの力は出せない。攻め手が無いと感じたのも、目に見えぬ虚力に怯えていただけだ。

 

 今も、別に恐れが無くなった訳じゃない。でも私は今まで十分戦ってきたじゃないか。ミストグールを打倒したではないか。私の力は本物だと、嘗て倒した巨大フォグマンの目が語っていたではないか。

 

 この世で生きた十六年。たったそれだけ。でも今の私にとっては全てをぶつけるように、剣を振るった。

 

 勢い任せの一撃。二の太刀なき斬撃は大地を切りつけ、轟音と揺れを周囲に齎した。砂煙が舞う。私は残心を残し、静かに煙が晴れるのを待った。そして――

 

「………………幽霊の正体見たり枯れ尾花」

「見事。敗北から逃げなかった勇者よ」

 

 ゴーストのフラグメントアックスは半ばから破壊され、さながらショートソードのようになっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「お前の事情は理解したが、それと協力するかは別問題だ」

 

 戦闘が終わり、漸く交渉の席に着いた(椅子も何も無いので地べただが)ゴーストが開口一番にそう言った。リフが眉を寄せる。

 

「しかし我々の方が強い。ならば従うのがシェクの流儀では?」

「それはあくまでシェク内の流儀。相手がフラットスキンでは従う義理もない。そもそも」

 

 ゴーストは自嘲するかのように笑い、こう続けた。

 

「我らバーサーカーは従わなかった。だからこその狂戦士なのだ」

 

 ゴーストは――というかバーサーカー派閥は、シェク王国から離反したシェク達だ。離反したグループは他にもいるが、明確な首領を抱えているそれらと異なり、バーサーカーには主となる人物がいない。

 確たる意思も無く、離反したシェクの総評。それがバーサーカーなのだ。

 

 ゴーストに如何なる事情があったかは知らない。

 だが彼は角を折られ――そして立ち上がらなかった。

 

「……人に散々言っておいて、自分は逃げっぱなしなの?」

 

 彼は立ち上がらなかった。即ち、逃げたのだ。私が敗北に臆したように。彼もまた、責任に臆したのだ。

 

「……」

 

 彼は何も答えなかったが表情が雄弁に語っていた。歯を剥き出しにしつつも、後ろめたいものを隠すように俯いて。

 沈黙が落ちた。焚き火の炎がわずかに揺れる。

 

「……お前に言われる筋合いはない」

 

 ようやく、絞り出すように言葉が返ってきた。

 

「私は女王の命に従い、戦った。だが、敗北した。しかもメイトウを賊に奪われたのだ。

 そうして角を折り、名を捨てた」

「剣を失ったぐらいで?」

 

 問いかける私の声は、思っていたよりも冷たかったように思う。

 

「ぐらい、だと?」

 

 ゴーストの声が低く震えた。彼の顔が苦渋に歪む。

 

「……お前は知らんだろう。シェクの戦士にとって、剣とは血肉と同じだ。

 幼いころから戦うために生まれ、戦うことで生を証明する。

 王に認められ、名剣を授かることは、存在そのものを赦されることだ」

 

 彼は左手を見つめる。枯れ枝のような指が震えていた。

 

「私が授かった剣は、メイトウと呼ばれる至宝の一振りだった」

 

 声が掠れている。

 

「だが、戦場で……賊に奪われた。敵を追うこともできず、味方を守ることもできなかった。

 気づけば、手の中には空っぽの鞘だけが残っていた」

 

 彼の右手が焚き火の光に伸びる。

 

「女王の前に立たされた。剣を失った者に、戦士の資格はない。そう言われ、私は角を折られた。折れた角は女王の足元に捨てられたのだ」

 

 そしてゴーストは嘲笑う。

 

「俺は笑ったよ。痛みよりも、誇りが崩れる方がずっと笑えるのだな」

 

 長い沈黙。

 誰も息を飲む音すら出せなかった。

 

「それで……逃げたの?」

 

 私が問うと、ゴーストは鼻で笑った。だがそれも自嘲の色でしかなかった。

 

「逃げたとも。戦場からも、王からも、仲間からも。

 だがな、何より逃げたのは――己からだ」

「己から?」

 

 私は敢えて繰り返す。その言葉がどのような意味を持つか反芻する。私にとって、それは他人事ではないからだ。

 

「剣と角を失った瞬間、私は恐ろしくなったのだ。

 誇りを失ったシェクが何を信じて剣を振るうのか、分からなくなった」

 

 火が弾け、小さな火の粉が宙を舞う。

 

「だから折った。角と同じように、魂も。

 戦うことも、守ることも、誰かのために生きることも、全部やめた。

 ――それで楽になると思ったが、違った」

 

 彼の目は、どこか遠くを見ていた。

 

「今でも夜になると、あの剣が呼ぶ。

 なぜ俺を置いていったのだ、とな」

 

 焚き火の炎が、わずかに大きくなった気がした。

 私は黙ってそれを見つめた。

 

「……それでも、何かを取り戻したいって思ったから、私を試したんじゃないの?」

 

 少しの沈黙の後、ゴーストは低く笑う。

 

「そうかもしれんな」

 

 そして再度沈黙した後、こう続けた。

 

「分かった。だがバーサーカーをまとめられると思うなよ。

 奴らは私以上に壊れている」

「構わないよ。剣を握れるなら、それで十分だ」

 

 ゴーストがゆっくり立ち上がった。そして焚き火の炎を踏みつぶす。

 風が流れ、煙が去っていった。




ゴーストはMODなしでも仲間に出来るので、連れ出して旅してみるのも楽しそうですね。
グリッチありきの方法ですが。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。