振りかぶったフォーリング・サンはゴーストが手に持った錆びた大剣――フラグメントアックスで受け流された。見惚れるほどの剣技。しかし感嘆する余裕など今はなかった。
(つい戦いの空気になっちゃったから攻撃しちゃったけど、理由くらい確認すべきだったかな)
と思ったのもつかの間。思考は戦意で塗りつぶされた。
ゴーストが素早く斬りかかる。金属同士がぶつかり合い火花が舞った。軽い、大剣とは思えない軽さだ。しかし次の一撃も十分受けに成功する。軽く、速度もそれほどではない。にも関わらず、私は防戦一方だった。
「チ…………」
私は軽く舌打ちして、大きく後退する。強さはミストグールに遠く及ばない。しかし攻め手が見つからないのだ。不気味だった。リフが加勢するまで防御した方が良いと判断。大剣を短く構え、防御態勢を取った。
「恐れているのか」
「…………は?」
ゴーストの声色は静かだった。挑発でも怒号でもない。ただ、ただ事実を告げるような乾いた響き。
「剣を見れば分かる。お前の刃は、怯えている」
「怯え……?」
動きを止める。あくまで、奇妙な動きを見せる相手の観察に努めるためだ。ゴーストは顔を歪めて笑った。
「そら見ろ。剣が止まったぞ。理由を付けて、戦いを止めようとしている」
「…………」
確かに、捉えように見れば、そう見えるかもしれない。だがこの選択が正解の筈だ。
そう、自分に言い聞かせる。
「本当にそれが正解か? いや、剣を振り下ろそうと、一度でも思ったか? お前は昔から理性を選んでいたか?」
「………………知ったような口を。お前に私の何が分かる?」
吐き捨てるように言った。内心で、重く言葉が突き刺さったように感じたのを無視して。
彼の言う通り、多分、昔の私なら挑発に乗って斬りかかっていただろう。その選択肢が脳を支配し、墓穴を掘った筈だ。だから今こうして抑えているのは、成長した証ではないのか?
それは正しいか?
(……………………抑えている?)
抑えている。怒りを抑えている。その筈だ。私は挑発に乗りやすい。怒っている筈だ。
(本当に?)
力が抜けていくようだった。口では何と言うと、内心までは誤魔化せない。けれど、胸の奥に怒りの熱はない。私は攻撃という選択を、無意識で除外していた。私は、多分本当に奴を恐れている――?
――――いいや、かつてミストグールに対して苦汁を舐めた。だから私は、動かずにいようとするのだ。
ゴーストの背後から、音を殺した一撃が迫る。奴は紙一重で受け流し、横に大きく跳んだ。私はリフと対面する。彼女の瞳は何時もと同じ――いいや、何やら焦りを含んでいた。
何やら?
(………………何やらって何だよ。そんなの分かってるだろう)
彼女の焦りは、明らかにこちらを向いていた。リフの心配事は昔から、大抵私に関する事柄だ。だからそれだけは誤魔化しようも無く断言できてしまう。
ならば何故焦っている?
(……おいおい、まだ誤魔化すつもりか?)
「リフ、手を出さないで」
「お嬢様…………!」
リフが苦虫を嚙み潰したような顔をする。きっと、彼女は私よりも私の内心に詳しい。そして、苦痛を取り除こうとしているのだろう。確実な勝利を、彼女は選ぼうとしているのだ。
だがしかし、それでは意味がない。無い筈だ。
混乱する頭では、もはや何が正解かは分からない。しかし、これだけは分かった。
私は向き合いたい。
だから、ゴーストとは一人で戦わなければならないのだ。
私は唇を嚙み、剣を構えた。口内に鉄臭い味が広がる。
それでも、相手を鋭く見据える。
「ほう?」
ゴーストが感心したかのような声を上げた。
私は剣を振り上げる。
「確かに、恐れているのかもね。でも、よく考えたら――――」
一呼吸置いて、自信をたっぷりと高めて宣言する。
「――――私の方が強い」
「――――――――言ったな……!!!」
言葉を吐いた瞬間、胸の奥が熱くなった。長く張り詰めていたものがほどけ、息が自然に落ちていく。呼吸が整う。足裏の砂の感触、剣の重み、風の流れ。すべてが鮮明に戻ってきた。
敵を見よ。
ゴースト。戦場の亡霊。皺の寄った腕は飢餓と老化に襲われ、十分な力は発揮できまい。素早さはあるが、私の全力を受けきるだけの力は出せない。攻め手が無いと感じたのも、目に見えぬ虚力に怯えていただけだ。
今も、別に恐れが無くなった訳じゃない。でも私は今まで十分戦ってきたじゃないか。ミストグールを打倒したではないか。私の力は本物だと、嘗て倒した巨大フォグマンの目が語っていたではないか。
この世で生きた十六年。たったそれだけ。でも今の私にとっては全てをぶつけるように、剣を振るった。
勢い任せの一撃。二の太刀なき斬撃は大地を切りつけ、轟音と揺れを周囲に齎した。砂煙が舞う。私は残心を残し、静かに煙が晴れるのを待った。そして――
「………………幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「見事。敗北から逃げなかった勇者よ」
ゴーストのフラグメントアックスは半ばから破壊され、さながらショートソードのようになっていた。
*
「お前の事情は理解したが、それと協力するかは別問題だ」
戦闘が終わり、漸く交渉の席に着いた(椅子も何も無いので地べただが)ゴーストが開口一番にそう言った。リフが眉を寄せる。
「しかし我々の方が強い。ならば従うのがシェクの流儀では?」
「それはあくまでシェク内の流儀。相手がフラットスキンでは従う義理もない。そもそも」
ゴーストは自嘲するかのように笑い、こう続けた。
「我らバーサーカーは従わなかった。だからこその狂戦士なのだ」
ゴーストは――というかバーサーカー派閥は、シェク王国から離反したシェク達だ。離反したグループは他にもいるが、明確な首領を抱えているそれらと異なり、バーサーカーには主となる人物がいない。
確たる意思も無く、離反したシェクの総評。それがバーサーカーなのだ。
ゴーストに如何なる事情があったかは知らない。
だが彼は角を折られ――そして立ち上がらなかった。
「……人に散々言っておいて、自分は逃げっぱなしなの?」
彼は立ち上がらなかった。即ち、逃げたのだ。私が敗北に臆したように。彼もまた、責任に臆したのだ。
「……」
彼は何も答えなかったが表情が雄弁に語っていた。歯を剥き出しにしつつも、後ろめたいものを隠すように俯いて。
沈黙が落ちた。焚き火の炎がわずかに揺れる。
「……お前に言われる筋合いはない」
ようやく、絞り出すように言葉が返ってきた。
「私は女王の命に従い、戦った。だが、敗北した。しかもメイトウを賊に奪われたのだ。
そうして角を折り、名を捨てた」
「剣を失ったぐらいで?」
問いかける私の声は、思っていたよりも冷たかったように思う。
「ぐらい、だと?」
ゴーストの声が低く震えた。彼の顔が苦渋に歪む。
「……お前は知らんだろう。シェクの戦士にとって、剣とは血肉と同じだ。
幼いころから戦うために生まれ、戦うことで生を証明する。
王に認められ、名剣を授かることは、存在そのものを赦されることだ」
彼は左手を見つめる。枯れ枝のような指が震えていた。
「私が授かった剣は、メイトウと呼ばれる至宝の一振りだった」
声が掠れている。
「だが、戦場で……賊に奪われた。敵を追うこともできず、味方を守ることもできなかった。
気づけば、手の中には空っぽの鞘だけが残っていた」
彼の右手が焚き火の光に伸びる。
「女王の前に立たされた。剣を失った者に、戦士の資格はない。そう言われ、私は角を折られた。折れた角は女王の足元に捨てられたのだ」
そしてゴーストは嘲笑う。
「俺は笑ったよ。痛みよりも、誇りが崩れる方がずっと笑えるのだな」
長い沈黙。
誰も息を飲む音すら出せなかった。
「それで……逃げたの?」
私が問うと、ゴーストは鼻で笑った。だがそれも自嘲の色でしかなかった。
「逃げたとも。戦場からも、王からも、仲間からも。
だがな、何より逃げたのは――己からだ」
「己から?」
私は敢えて繰り返す。その言葉がどのような意味を持つか反芻する。私にとって、それは他人事ではないからだ。
「剣と角を失った瞬間、私は恐ろしくなったのだ。
誇りを失ったシェクが何を信じて剣を振るうのか、分からなくなった」
火が弾け、小さな火の粉が宙を舞う。
「だから折った。角と同じように、魂も。
戦うことも、守ることも、誰かのために生きることも、全部やめた。
――それで楽になると思ったが、違った」
彼の目は、どこか遠くを見ていた。
「今でも夜になると、あの剣が呼ぶ。
なぜ俺を置いていったのだ、とな」
焚き火の炎が、わずかに大きくなった気がした。
私は黙ってそれを見つめた。
「……それでも、何かを取り戻したいって思ったから、私を試したんじゃないの?」
少しの沈黙の後、ゴーストは低く笑う。
「そうかもしれんな」
そして再度沈黙した後、こう続けた。
「分かった。だがバーサーカーをまとめられると思うなよ。
奴らは私以上に壊れている」
「構わないよ。剣を握れるなら、それで十分だ」
ゴーストがゆっくり立ち上がった。そして焚き火の炎を踏みつぶす。
風が流れ、煙が去っていった。
ゴーストはMODなしでも仲間に出来るので、連れ出して旅してみるのも楽しそうですね。
グリッチありきの方法ですが。