死霊術師が死を騙る~生者が前を向くために、私は嘘を吐く~ 作:抹茶があり抹茶
エミリー・ワトソンは第一級の悪魔祓いだ。
人にとっての害悪である悪魔を祓うことが、彼女にとっての職務だ。
悪魔祓いは限られた人にしか就くことの許されない重大な役職だ。
エミリーも例外ではなく、その身には大きな才能があった。
それを知った大人たちによってエミリーは幼い頃に親元から引き離され、教会に預けられることとなった。
当初エミリーは寂しい気持ちに駆られ、何度も教会を出て両親に会いに行こうとした。
シスターや司祭、教官に何度もお願いをしたがどれだけお願いしても困ったような笑いを浮かべるだけで首を縦には振ってくれなかった。
何度も、何度も、何度も、何度も。
夜に枕を濡らし、嗚咽が漏れた。
『家に帰りたい』
記憶に残っている風景。
町はずれにある赤い屋根の我が家。
自然豊かな緑が道を彩って、歩くだけで楽しかった。
玄関の傍にはブランコがあって、エミリーは父に押してもらっていた。
中に入れば木の良い匂いがエミリーを迎え、母の作るシチューの香りが鼻腔を刺激する。
『会いたい、お母さん、お父さん』
けれど、会うことは叶わなかった。
後から知ったことだったが、エミリーの両親はすでに死んでいたのだ。
教会に引き取られて、僅か一日後の事だった。
悪魔に殺されたらしい。
悪魔祓いの才能を持つ子供は悪魔に狙われやすく、その一番近くにいる両親も同様なのだという。
力を付ける前に早めに潰しておかなくては、という認識が彼らにあるのだ。
『会いたいよぉ……!』
すでに両親が死んでいること、そして死についても対して理解していなかった幼いエミリーは、何度も泣いた。
同室の子供もエミリーの泣き声から泣き出し、それが他の部屋にも伝わって皆が泣き出したのは、少しの思い出である。
教会での訓練は、辛いものであった。
両親のこともあり、毎日エミリーは泣いていた。
『泣き虫エミリー』という仇名がついていたくらいに泣いた。
それでも、訓練をボイコットすることはせずにこなし続けていた。
エミリーには大きな才能があった。
すぐに同期の子供たちよりも実力をつけ、やがては高学年の訓練に混ざるようになった。
訓練はより厳しさを増し、エミリーの顔は毎日涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
そこで、出会ったのだ。
『おい、どうしたんだそんな所で泣いて』
その声は、色褪せることなく記憶に残っている。
その顔は、色褪せることなく記憶に焼き付いている。
変声期特有の微妙に高い声。
まだ子供だったころの可愛らしい顔立ち。
そして、暖かく包まれるような安心する雰囲気。
しゃがんで俯いているエミリーに彼は同じ高さまでしゃがんで、ハンカチでエミリーの涙を拭いてくれた。
『アシュフォード・ライバックだ』
その瞬間、エミリーは恋をした。
顔は熱が出たときのように熱く真っ赤に染まり、心臓が破けてしまいそうなほどにバクバクと鼓動を速めた。
喉につっかえたままのお礼を言うこともできずに、脱兎のごとくエミリーはアシュフォードから逃げ出した。
思い返せば、エミリーにとって初めて訓練を投げ出した日だった。
宿舎に帰っても、心臓のバクバクは収まらず、顔も真っ赤だった。
頭の中ではアシュフォードの顔がずっと映っている。
風邪かと思った同室の友人に連れられて、司祭の元へと行った。
突然の来訪に驚きつつも、エミリーを見た司祭はいつもより深い笑顔で言った。
『それは風邪ではありません。それは、恋です』
恋、というものは当時の彼女たちの辞書にはない言葉だった。
ただ風邪ではないということで、安堵のため息をついてそのまま睡眠を取った。
いつもなら訓練の疲れもあって寝られるというのに、エミリーが寝付くのには時間がかかってしまった。
後日、エミリーは昨日のお礼を言いにアシュフォードを探した。
しかし、言えなかった。
喉の奥に言葉がつっかえてしまって、まるで自分の体が自分じゃないかのよう。
訓練でも気づけばアシュフォードの姿を追ってしまって、怪我をしてしまった。
何もかもが上手くいかない。
エミリーが医務室で落ち込んでいると、アシュフォードが入って来た。
声にならない叫びをどうにか我慢するエミリーをよそに、アシュフォードはエミリーに言う。
『司祭さまに言われてきたんだが、大丈夫か?』
言わなくては、言わなくては。
エミリーはなんとか、言葉をひねり出す。
『私はエミリーっ!』
なんて事のない自己紹介の言葉。
礼でもなく、返答でもなかった。
失敗したと自戒するエミリーだったが、想像とは違いアシュフォードは愉快に笑っていた。
面白いな、と。
一言でも言えたのならば、それからは比較的簡単だった。
真っ赤な顔でお礼を言って、少しのお喋りをして。
これを機にエミリーとアシュフォードは仲を深めていった。
訓練の合間に喋るようになった。
一緒にご飯を食べるようになった。
休暇に一緒に出掛けるようになった。
時にゆっくり、時に忙しなく深まっていく関係が、エミリーには心地が良かった。
喧嘩をして、仲直りをして、また笑い合う。
『好きだって伝えないの?』
訓練ももうすぐ終わり、悪魔祓いになろうとしていた頃。
同室の友人が放った一言だ。
エミリーに電流が走った。
アシュフォードとエミリーの関係は、未だ友人のまま。
友人のまま終わりたくはない。
この頃にはもう、恋というのが何かを知っていた。
恋をした者が何をするのかを知っていた。
だからそれに倣って、エミリーもアシュフォードを呼び出した。
教会の一室を司祭から借りて、一世一代の告白をすることに決めたのだ。
『どうした?』
しかし、できなかった。
好き、その一言を伝えるだけなのに。
体が石で固められたように、動かなくなってしまった。
あと一歩のところで伝える勇気が出なかったのだ。
もし断られたら、恋人になるどころか友人のままでもいられない。
そんな思考が脳裏によぎってしまいエミリーは止まってしまった。
まだチャンスはあるからまだ大丈夫だと。
結局エミリーは選択をすることを拒んだ。
この時に好きだと言えていたら、どれだけよかっただろうか。
「ごめんなさい」
二人は、そのまま悪魔祓いとなった。
悪魔祓いは二人一組で動く。
しかし当然、新人とベテランで組まされるわけで。
エミリーとアシュフォードは別行動となって、しばらくの間共にいることができなくなってしまった。
悪魔祓いは各地にその足で赴く。
エミリーとアシュフォードはせめてということで、文通を始めた。
互いの近況。
戦ったのはどういう悪魔だったとか、どれだけの活躍をできたとか。
それ以外にもこの食べ物がおいしいだとか、他愛無いことまで書き交わした。
文を交わすごとに、エミリーは熱に浮かされたように思う。
思いは募っていった。
『会いたい』
その言葉を送るには、恥ずかしくて無理だった。
書いては消して、書いては消して、結局送れなかった。
――会いたい、会いたい、会いたい。
会いたい、会いたい、会いたい。
その顔を見たい。
その声を聞きたい。
いつ会えるだろうか。
怪我はしていないだろうか。
病気はしていないだろうか。
寂しくないだろうか。
私はとても寂しい。
はやく、会いに来て笑いかけて欲しい。
『新たな相棒になる、アシュフォード・ライバックだ。よろしく、泣き虫なお嬢さん?』
その顔を見たとき、エミリーは駆けだした。
淑女の体裁も、臆病な恋も、かなぐり捨てて。
抱き着いたエミリーに、アシュフォードは驚きつつも頭を撫でた。
泣き虫なのは変わっていないと、いつもの笑顔と声色で言ってくれた。
「ごめんなさい」
二人は一緒に悪魔祓いをすることになった。
二人の息は、少しの年月が過ぎたと言えど完璧だった。
偶に怪我をすることこそあったが、大きな事故もなく失敗も無く、悪魔祓いとして破格の成果を上げることができた。
休日には二人で良いレストランに行ったり、気になっていた劇を見に言ったりした。
悲しいことも、辛いことも、嬉しいことも、楽しいことも、全部二人で分かち合った。
全部含めて、幸せだった。
それでも、いつになっても。
『好き』は伝えられなかった。
「ごめんなさい」
結局、『好き』を伝えることができたときには、もう遅かった。
『ごめんなさい』
二人はその日も、悪魔祓いとして働いていた。
コールトンで悪魔が出没したという。
コールトンは山に囲まれた自然が豊かな街だ。
いつか、二人で行きたいと話をしていた。
それがこうした形で機会がくるとは、とエミリーは笑みを隠せないでいた。
悪魔祓いの仕事が終わったら少し遊びに行こうとアシュフォードを誘いながら、エミリーは馬車でコールトンに向かった。
「ごめんなさい」
『ごめんなさい』
前情報では、強力な悪魔ではなかった。
「ごめんなさい」
エミリーは、アシュフォードを失った。
「ごめんなさい」
『好き』はアシュフォードにはもう届かない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
ある墓石の前で、エミリーはずっと謝っていた。
書かれた名前は、アシュフォード・ライバック。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ふと、エミリーの背後から足音が聞こえた。
「——貴方、いつも来ますね」
黒で塗りつぶされたような服装、腰にはカンテラ。
年若い少女の声。
「酷い顔」
少女はエミリーを見て一言、顔を顰めながらそう言った。
いきなりなんだ、と言い返してやりたい気持ちも少しはあったが、あいにくとそんな気力は湧かなかった。
「君、は……?」
「私ですか?一応葬式の際に挨拶を交わしたのですが……まあ、その様子では無理もないことでしたか」
少女はきょとん、とした顔で固まる。
「私はこのホワイトオール墓地の管理人兼墓守」
少女は軽くお辞儀をしてから言う。
「リズ・ホワイトオールです」
リズと名乗った墓守は、単刀直入にエミリーに問う。
「もし死者ともう一度会えるのならば、どうしますか?」