心を探し求める水瓶座 作:リコレクションでも嬉しい
シオナside
リブラの襲撃から数日が経った。ここ数日は電波ウイルスによる細々とした事件が起きるくらいで比較的平穏無事なものだった。スバルもすっかり学校に馴染んだ様子で、劇的なコミュはないけれど委員長達と仲睦まじく友達をやれている。
かく言う私も科学教室クライシス以来、委員長達との交流が増えている。放課後のお誘いもちょくちょくあった。基本、お断りさせてもらっているけど。参加するのはスバルも一緒に誘われている時くらいかなぁ。
スバルは順調に委員長達との絆を深めている。実に良い流れだ。ゲームのシナリオがインビジブルしてしまってもはや使い物にならなくなっていることと、未だハープ・ノートの中身ことミソラと殆ど接点がないことを除けば、何も問題はない……いや、そこが大問題なんだけどね。
私がミソラのお友達の座を貰ってしまったせいか、スバルは未だにハープ・ノートの正体がミソラであることを知らない。何となく察しているような気配はするけど、確信には至っていない様子だ。
これは不味いよねぇ……ミソラはスバルにとって大切なブラザーで、様々な成長の切っ掛けや勇気を与える存在なのだ。このままろくな交流もないとスバルの成長や覚悟に多大な影響を及ぼしそうで怖い。
何処かのタイミングでミソラと引き合わせる? でもそれは互いの正体を明かし合うということで、中々にハードルが高い。私も身バレは出来ることなら避けたい。私とアクエリアスの願いを叶えるまでは──
とはいえ、そろそろジェミニの暗躍も始まる……かもしれない。もうゲームのシナリオが当てにできないから自信はないけど、順番的にも残りの面子的にもジェミニとオヒュカスが動き出すはずだ。それまでにはある程度、スバルとミソラ、あるいはロックマンとハープ・ノートの関係性を深めておかなければならないだろう……。
どうやって二人の仲を取り持つか私が悩んでいると、トランサーの中からアクエリアスが笑う気配がした。
『ふふっ、そんなに難しいお顔をして。また幼馴染君のことでも考えているのですか?』
「ん……スバルとミソラを、引き合わせたい」
『あぁ、確かお二人は初めてのブラザー同士という話でしたね……ですが、そこまで気に病むことでしょうか?』
「でも、二人は……」
『シオナの知っている
アクエリアスの言う通り、ゲームのシナリオは崩壊しているだとか行方不明だとか以前の問題で、そもそも存在していないと考えた方が筋が通る。それは私も重々承知している。
それでも簡単には納得できないし、可能性を捨て切ることもできない。理屈で理解はしていても、感情が納得し切れないのだ。
もしかしたら、シナリオ通りにいかないのは私という
『急に割り切ることは難しいでしょうから、今はこれくらいで。兎にも角にも、もう少し肩の力を抜いて気楽に構えましょう。ずっと眉間に皺を寄せていては、幼馴染君に心配されてしまいますよ?』
「……分かった」
スバルに余計な心配を掛けてしまうのは本意ではない。考え込んだ所で望んだ答えが貰える訳でもないし、今はこの悩みには蓋をしておこう。
悩みに一区切りを付けたところで、ふと廊下に蹲る三つの影に気付く。私の所属する五年A組の丁度出入り口辺りで、もはや見慣れた三人組である委員長達が何故か廊下で這いつくばっていた。
「委員長……どうかした?」
私が声を掛けると三人はぱっと顔を上げる。その顔には三人揃って何がおかしいのか面白くて堪らないと言わんばかりの笑みが貼り付いていた。
「そ、それがですねぇ、委員長がコンタクトを落としてしまったらしくて、探しているところなんですよ……ぷくくっ」
「ちょっと、笑ってないでもっと真剣に探しなさいよ! ……くふふっ」
「全然見つからねぇんだ。海鳴も手伝えよ! ……うははっ」
「……笑ってる?」
言動がまるで吊り合っていない三人の様子に首を傾げる。コンタクトを落として困っているのか怒っているのか助けてほしいのか、あるいは笑っているのか。いやそもそも、呆れるならまだしも笑う要素なんて何処にあるのだろう。
肩を震わせ、時折噴き出すように笑いながらコンタクトを探す三人を不気味に思っていると、トランサー内のアクエリアスがパカパカと蓋を開いて主張する。
『シオナ。これはFM星人による一種の攻撃です。その証拠に周囲を見てください』
アクエリアスに言われるがまま周囲を見回すと、廊下の彼方此方に居る生徒や先生が揃いも揃って腹を抱えて笑っている。コミカルを通り越していっそホラーな状況だ。
『特殊な超音波によって生物の感情を操っているのです。この手口は間違いなく──ジェミニ』
「……そう」
遂に来たかジェミニ。登場の順番的には間違っていない。いないけど、本格的に騒動を巻き起こすのはオヒュカスの後だったはずなんだけどなぁ……いや、細かい差異は気にするだけ時間の無駄だ。優先するべきは騒動の収束である。
なんて、内心で意気込んでも私は影から見守るのが基本。例によっていつものようにロックマンの活躍を見届けつつ、危なそうならさりげなくフォローするとしよう。
みんなのヒーローロックマンことスバルを探そうと踵を返したところで、廊下を慌ただしく走る音が聞こえてくる。振り返れば、この異常事態でも平然としているスバルが慌てた様子でこっちに向かってきていた。
どうやらスバルも事の異常性を把握しているみたいだ。でもなんで私の元に向かって──やばい、このまま接触すると私がジェミニの影響を受けていないのがバレる! 何の耐性もないはずの私が平然としていたら、絶対に怪しまれる! 何なら事件の黒幕扱いされかねない……!
ど、ど、どうしよう……? 今からでも委員長達よろしく廊下で笑い転げる? でも常時無表情で感情表現に乏しいこのマイボディがそんなことできるぅ? 無理でしょ、どう考えても……。
詰んだ、と内心で絶望している間にスバルが目の前に来てしまう。我が幼馴染は酷く焦った様子で、勢いそのままに私の両肩に手を置いた。
「シオナ! 何処か身体がおかしかったりしない? 学校のみんながおかしくなってて、シオナの身にも何かあったんじゃ、ないか……って……」
私の顔を真正面から見たスバルがその表情を驚愕に変えていく。生徒も先生もジェミニの影響で可笑しくなっている中、一人平然としていたら驚きもするよね。勘の良いウォーロック辺りは私がジェミニの宿主じゃないかと疑い始めているかもしれない。
あぁ、終わった。今日までの苦労が全部水の泡だよ、アクア・レディだけに。こんな詰まらない冗談を吐いてないとやっていけないくらいにはやさぐれていた。
……仕方ない。スバルに誤解されるのも嫌だし、アクエリアスには悪いけど正体を明かすとしよう。まあ、そろそろ影から手助けするのも無理があった頃だから、丁度良かったということで納得してほしい。
トランサー内で静観しているアクエリアスに内心で謝りつつ、私は自らの正体を明かそうとする。だがそれよりも先に、愕然とした顔のスバルが何の脈絡もなく私の頬を両手で挟み込んだ。
「んぇ……スバル?」
「た、大変だ……シオナの口角が、普段より五ミリも上がってる……!?」
「……え?」
「一大事だよ。すぐにこの異変を解決しないと……! 待っててね、シオナ。すぐに元通りにしてあげるから!」
今までにないくらいに気合いを入れて、スバルは私を廊下に置いてけぼりにして何処かへと走り去っていく。きっとこの異変を引き起こしたジェミニを倒しに行ったのだろう。それは、いい。
それより……え、なに? 私の口角が五ミリ上がってるって? そんなに驚くことなの?
『……確かに上がっていますね、五ミリ。一応、シオナもジェミニの影響は受けていたようですね』
トランサーから出てきたアクエリアスがまじまじと私の顔を覗き込んでそんなことを言う。私の無表情フェイスを貫くジェミニの影響力に驚くべきか、たった五ミリの表情の変化を大袈裟に騒ぐスバルに怒るべきか……いや、怒っていいよね?
『あらあらまぁ、いつになくムッとして。でも幼馴染君はいの一番にシオナを心配して駆け付けてくれたのですから、いいじゃないですか?』
「……むぅ」
それはまあ、嬉しいっちゃ嬉しいけど……釈然としない。
スバルの態度に内心でちょっぴり腹を立てつつも、私はスバルとウォーロックの後を追い始めるのだった。
♒︎
ジェミニが引き起こした騒動の規模は今までの事件と比べ物にならないものだった。
街のあちこちで巻き起こるパニックと暴動。市民が笑い合いながら殴り合っていたり、突発的に怒り始めては周囲を巻き込んで被害を生んでいる。感情の制御ができなくなっているのだ。
加えて電波ウイルスも活性化しているらしく、至る所で電波障害や事故が多発している。それらを解決するサテラポリスもジェミニの影響で機能不全に陥っており、被害は拡大する一方だ。
『これは拙いですね……』
「うん……」
このままだと洒落にならない被害が出てしまう。一刻も早く元凶たるジェミニを止めなければならない。
騒動を引き起こしている元凶たるジェミニの姿を探していると、少し離れた所で青い電波体と白い電波体が激突しているのが見えた。ロックマンとジェミニ・スパークだ。
ジェミニ・スパーク。私の記憶にある姿と同じということは、やっぱり電波変換の相手は双葉ツカサに間違いない。覚悟はしていたけど、でもどうして? ヒカルという凶暴な二重人格がいないのであれば、ジェミニに付け込まれる余地なんてないはずなのに……。
それに、ロックマンと戦う白いジェミニの様子も妙だ。ゲーム通りなら白いジェミニはツカサの人格で、戦闘なんて望んでいない、もっとアンニュイな態度だったはずなのに、ロックマンに襲い掛かる表情は好戦的なそれ。
次から次へと疑問が湧き上がるが、今は目の前の戦いに集中しよう。脳裏を過ぎる疑念を振り払い、私はロックマンとジェミニ・スパークの戦いに意識を集中させる。
ロックマンとジェミニ・スパークは互いにソードで激しく斬り結んでいて、ほぼ互角……いや、若干ロックマンが押され気味だ。ジェミニ・スパークが私の想定よりも強い気がする。
『どうやらジェミニは宿主と完全同調しているか、あるいは宿主の意識を完全に塗り潰してしまっているようですね。電波変換の力をほぼ完全に引き出せています』
成程、だからロックマンを相手にしても善戦できているのか。地球へ来訪したFM星人の中でも別格みたいな扱いでもあったし、いざ戦うことになったら相当苦戦することになりそうだ。
でも、この流れは良くないな……白いジェミニ、ホワイトとでも呼ぶとして。ホワイト一人にここまで苦戦してしまうと、もう一人が加勢したら勝ち目がなくなってしまう。
そんな心配をした直後、ホワイトと斬り結んでいたロックマンの頭上から稲妻が落ちた。ロックマンは間一髪で回避したけど、ホワイトの隣に並んだもう一人のジェミニに言葉を失う。
そう、ふたご座のFM星人であるジェミニは電波変換すると白と黒の電波体に分離して二人になる。ゲームでは白がツカサ、黒がヒカルの人格を宿していたが、この世界ではいったいどうなっているのか……。
ホワイトとブラック……なんだろう、途端にニチアサに出てきそうな感じになってしまった。まあ、いいや。ジェミニ・スパークは好戦的な笑みを浮かべロックマンを見下ろしている。負ける気なんて毛頭なさそうだ。
対するロックマンの顔色は悪い。ホワイト一人でも苦戦していたというのに、もう一人追加されたら勝ち目なんてなくなってしまう。どうする、ロックマン?
危機的状況にロックマンはどうするべきか迷っていたが、左手のウォーロックが何かしら叫ぶと一転して逃走の姿勢に入った。恐らくはウォーロックが逃げるように指示したのだろう。スバルも勝ち目がないと悟り、その指示に従ったみたい。
賢明な判断だと思う。この場で玉砕覚悟で戦うよりは、撤退して一度態勢を整えるのが最善だ。問題があるとすれば、ジェミニ・スパークが逃走を許してくれるかどうかだけど、そこは私がフォローしよう。
「バトルカード──ガトリング3……」
逃走するロックマンを追撃しようとするジェミニ・スパークの横っ面にガトリングを撃ち込む。かなり遠距離からの攻撃だったから直撃は殆どないけど、ロックマンから注意を逸らすことはできた。
突然の横槍に憤ったジェミニ・スパークが即座に方向転換してこっちに向かってくる。おぉ、怖い。くわばらくわばら。私もさっさと退散しよう。
挑発だけして私も尻尾を巻いて逃げる。ジェミニ・スパークが追いかけてくるけど、元々の距離に加えてロックマンとの戦闘の消耗があるジェミニ・スパークに捕捉されるつもりはない。悠々と振り切らせてもらった。
その後、街中を騒がせた騒動は一時的に収束した。ジェミニ・スパークも一度撤退して態勢を整える算段なのだろう。遠からず、また事件を引き起こすはずだ。
ジェミニ・スパークが再び姿を現した時、スバルとウォーロックは果たしてどうするのか。疑問と心配を抱きつつ私も学校へと戻った。
◆
ジェミニ・スパークから何とか逃走したスバルは学校に戻るや否や盛大な溜め息を零す。ロックマンとして戦うようになってから初めての敗走に、精神的なダメージを受けていた。
「どうしよう、今のままじゃジェミニ・スパークに勝てないよ」
『崖の上で修行でもするか? 昨日のテレビでそんなことしてたろ』
「それで強くなれるの?」
『無理だろうな。元々、ジェミニはFM王の右腕と呼ばれるくらいの実力者だ。それが電波変換で二人に増えるとなると、一筋縄じゃいかねぇだろうよ』
「そんなぁ……」
いつもは好戦的なウォーロックにしては珍しい消極的な態度に、スバルもジェミニの強大さを知り弱気になってしまう。元来が心優しい少年で戦いには向かない性質なのだ。強大な敵に恐れて腰が引けてしまうのも無理はない。
それでも、いざ困っている人がいたり、大切なものを守るためなら立ち上がれてしまうのがスバルなのだが。
「……そう言えば、また助けてくれたよね。誰なのかは分からないけど」
『あぁ……そうだな』
ウォーロックの指示で逃走することになった時、追撃を仕掛けてきたジェミニ・スパークを横から銃撃した人物がいた。モノレールの事件からずっと、陰からスバルを助け続けてくれている人物に違いないだろう。
「いったい誰なんだろう。ねえ、ウォーロックは心当たりとかないの? 仲の良かったFM星人とかさ」
『……………………ねぇよ』
「今すんごい間があったんだけど、実は心当たりがあるでしょ?」
『ねぇもんはねぇよ! いいからお前はあの幼馴染と仲良しこよししとけ!』
「あ、ちょっと……!」
乱暴に話を断ち切るとウォーロックはトランサー内部に引っ込んでしまい、うんともすんとも言わなくなってしまう。これ以上は問い詰めようがない。
仕方ないと思いつつ、スバルは教室に残した荷物を取りに戻る。
ジェミニによる影響が一先ず落ち着いたのか、廊下を行き交う生徒や先生は正常に戻っている。廊下で笑い転げたり、腹を抱えて笑っているような人もいない。
平穏な光景に安堵していると教室の前に立つ小柄な人影を見つける。いつもの眠たげな無表情で長い青髪を揺らす、スバルの幼馴染であるシオナだ。
「あ、シオナ。今から帰るところ?」
「…………」
いつものようにスバルが声を掛けるがシオナは無反応。ただジト目でスバルを見た後、ぷいっと不貞腐れたように顔を背ける。分かりやすい不機嫌アピールだ。
「シオナ? もしかして、怒ってる?」
「……べつに」
「でも、怒ってるよね?」
「……怒ってない」
「いや、でも……」
「……帰る」
「あ、ちょっと待っ──」
止めようとするもシオナはすたすたと廊下を歩き去っていく。何がシオナを怒らせてしまったのか分からないスバルはその場に呆然と立ち尽くした。
廊下に置いてけぼりを食らったスバルはしばらくショックで石像になっていたが、やがて再起動すると荷物を回収して肩を落としながら帰路に就く。帰り道、シオナを怒らせてしまった原因をつらつらと考えながら。