心を探し求める水瓶座   作:リコレクションでも嬉しい

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第18話

 シオナside

 

 

 夕日も落ちてすっかり辺りが暗くなった時間帯。良い子は家で大人しくしているだろう時間に、私は全くもって気乗りしない夜の外出をしていた。

 

 外出の目的は学校で課されたグループ研究だ。委員長達とスバルのグループに私は入れてもらえたのだが、そのグループ研究のテーマが問題だった。

 

 何でもお化けだとか幽霊が出没すると最近噂になっている廃業した遊園地でお宝探しをするのだとか、しかも夜に。一人の欠員もなくオールメンバーで。

 

 小学生が親もなしに夜間外出はどうなのかとか、研究に宝探しはおかしくないかとか。ツッコミどころ満載だったけど、ノリノリな委員長達を止めることはできなかったよ。

 

 まあ、私も夜にみんなで宝探しというイベントにはちょっと好奇心を擽られたから、無理に止めはしなかったし参加もしたんだけど。楽しそうだしね。

 

 唯一にして最大の懸念点を挙げるなら、廃遊園地で宝探しというテーマを提供したのが双葉ツカサということ。罠以外の何ものでもないね、絶対。しかも教室で聞き耳を立てていた私まで名指しで誘ってきたし、ロックマンに対する人質と囮は多い方が良いとか考えてそう。絶対に許さない。

 

「うん? どうかしたのかい、海鳴さん?」

 

「……べつに」

 

 ダメだ、溢れ出る双葉ツカサへの不信感と敵意が抑えられそうにない。もはや二重人格云々は疑っていないけど、双葉ツカサが穏やかな好青年であるかもしれないという可能性は完全に消去(デリート)した。身動きできない尾上とその恋人を故意に狙った時点で、優しい心なんて残っているはずがない。

 

 どうにかしてこの人畜無害そうな顔の下の本性を暴いてやりたいけど、強引に仕掛けたら漏れなく私の正体もバレそうなんだよね。スバルに身バレするのは、遅いか早いかの話だから仕方ないけど、ジェミニ・スパークに正体を知られるのは身の危険に直結するから避けたい。

 

 そもそも、何でこの人は当たり前のような顔で私の隣を歩いているのだろうか。ここ最近、学校でも矢鱈と私にちょっかいを掛けてくるようになったし、鬱陶しいことこの上ない。スバルに接触しようとする度に妨害してきた事への意趣返しかな?

 

「おい、どうしたんだよ、スバル。なんか顔が怖いぞ?」

 

「え……そんなことないよ?」

 

「いやいや、凄い顔してましたよ? ねぇ、委員長?」

 

「星河君って案外嫉妬深いのね」

 

「別にそういうんじゃ……」

 

 前で固まって歩いている四人が何やら楽しそうにお喋りしている。スバルとゴン太はいつの間にか名前で呼び合っているし、向こうの方がよっぽど楽しそうだ。

 

 それに引き換えこっちはこの人畜無害風鬼畜少年が話し掛けてきて向こうに参加できない。何が楽しくて敵対している相手と互いの腹の内を隠しながらお喋りしないといけないのか。喋っているのは双葉ツカサだけで、私は雑に相槌を打っているだけだが。

 

 こんな腹の探り合いみたいな会話をするくらいなら、スバルの科学談義を聞いている方が余程タメになるし楽しいのに……。

 

 私が内心で不満を零しながら双葉ツカサの相手をしていると、目的地である廃遊園地に到着した。

 

 遊園地は海を埋め立てた土地に建設されていた。かつては子供達の笑顔と賑やかな声に包まれていたのだろうけど、閉鎖されてからはずっと放置されていたようだ。荒れ放題で、夜なのも相まっておどろおどろしい雰囲気が漂っている。

 

「うぅ、流石に雰囲気があるわね……ゴン太、一番最初に入る栄誉をあげるわ」

 

「うぇえ!? 委員長が一番に行ってくれよぉ?」

 

「言い出しっぺの法則というやつです。ささ、ずずいっとどうぞ」

 

「怖いならやめておけばいいのに……」

 

 スバルの言う通りだと思う。でも宝探しに心惹かれてしまう気持ちも分からなくはない。宝があるかどうかは怪しいところだけど。

 

「海鳴さんはお化けとか怖くないのかい?」

 

「べつに……」

 

 誰が一番に踏み込むかでやいのやいの騒ぐ委員長達を眺めていると、隣から不意に話を振られた。我ながら雑で塩過ぎる返しだけど、虚勢ではなく本気で怖くないと思っているから答えようがない。

 

「海鳴さんは、お化けも幽霊もいないと思っているタイプ?」

 

「……居ても居なくても、変わらない」

 

 お化けや幽霊の存在を否定するつもりはない。むしろどちらかと言えば、私は居ると思っている派だ。だってゲームでも実際に存在したし、何ならお化けを模した電波ウイルスも登場した。

 

 だからといって怖がるかと言えば、そんなことは全くもってない。だって身近に電波生命体なる存在がいるしね。普通の人には見えないという点を鑑みれば、お化けも宇宙人も大差ないよ。

 

 スバルが大して怖がってないのも同じ理由だと思う。身近に宇宙人で電波生命体なる隣人がいたら、お化けも幽霊も大して怖くないよね。

 

「へぇ、そうなんだ。てっきりボクは、幽霊にあったことでもあるのかと思ったよ」

 

「……ないよ」

 

 もしかして私を探っている……? 私の身の回りに電波生命体──アクエリアスがいると勘繰っているの?

 

 じっと双葉ツカサの瞳を見つめる。優し気なたれ目に灯る光は一見すると穏やかな色をしているが、その色の下に残虐で酷薄な色が滲んでいるように見えた気がした。流石に穿った見方が過ぎるだろうか?

 

「ちょ、押すなよスバル!? まだ心の準備がよ!?」

 

「ほ、星河君!? どうしてボクまで一緒に押すんですか!?」

 

「面倒くさいなぁ。いつまでも立ち止まってないで早く行こうよ。時間の無駄」

 

「情緒不安定になっているわね、星河君。まあすぐ後ろでいちゃつかれたら仕方ないかもしれないけど……」

 

 私が双葉ツカサの真意を探っていると、委員長達の決心が着いたのか遊園地に踏み込み始めた。心なしかスバルがゴン太とキザマロの背中を無理やり押しているようにも見えるけど、何かあったのかな?

 

 疑問に思ってスバルの背中を眺めていると、ふっと何処か小馬鹿にするような笑い声が聞こえた。

 

「じゃあ、もしかしたら今日、本物の幽霊を見ることができるかもしれないね」

 

 そう言って双葉ツカサは委員長達の後を追うように遊園地のゲートを潜っていく。意味深どころか確信が滲む言葉だけ残して、私を試しているのか嘲笑っているのか。どちらにせよ、私も後に続くしか道はない。

 

 小さく溜め息を零しつつ、もしもの時はお願いという意味を込めてトランサーを撫でる。かたっ、と一瞬だけトランサーが震えたのはきっと了承の意味だろう。

 

 アクエリアスの了承を得た私は腹を括ってみんなの後を追って遊園地内に踏み込んだ。

 

 遊園地内は電気が通っていないために暗く、風雨に晒された影響で酷く劣化していた。アトラクションの人形やメリーゴーランドの馬が見るも無残な有様で放置されており、それがまた一層不気味さに拍車を掛けている。ホラーが苦手な人間ならこの時点でギブアップだろう。

 

 言い出しっぺである委員長達もおどろおどろしい雰囲気に呑まれてがっつり腰が引けているが、そんなの知ったこっちゃねえとばかりにスバルに引っ張られて奥へと突き進んでいく。本当にどうしたんだろう、スバル……?

 

 ずんずんと遊園地奥に歩みを進めていると、不意にスバルが歩みを止めた。

 

「あれって……」

 

 ぽつりと呟いたスバルの視線が暗がりの奥へと向けられている。何事かと全員がその視線を辿ると、闇夜に青白い炎のような人魂らしきものがぼんやりと浮かんでいた。

 

 予想外の光景にその場にいる全員が動きを止め、声もなくその人魂を見つめる。人魂はゆらゆら揺れながら真っ直ぐ近付いてくると、驚いて声も上げられない委員長の目の前で止まった。よく見るとその人魂は小さな髑髏で、私にとっては大変見覚えのある存在だった。

 

 あの髑髏はゲームでとあるボスが従えていた三種類のゴーストの一つだ。つまり、この遊園地で起こっている幽霊騒ぎの元凶は──クラウン・サンダー。

 

 クラウン・サンダーは流星シリーズの一作目で登場したボスだ。立ち位置的にはキャンサー、ウルフと同じでろくに地球侵略をしていないというか、そもそも登場するのがシナリオ終わってからである。まさかの裏ボスみたいな扱いだ。本当の裏ボスはちゃんと別にいるけど。

 

 強さは、シナリオ後に登場するだけにそれなりに強い……けど、個人的にはウルフ・フォレストの方がきつかった。クラウン・サンダーはキャンサーと同じく、ベストコンボ作りのために只管ボコった記憶しかないんだよね……。

 

「で、出たあああああ!?」

 

 私が幽霊騒ぎの犯人を確信した一方、委員長達は本物の幽霊と遭遇した衝撃から今更ながら悲鳴を上げた。するとそれが合図だったかのように遊園地内の照明が灯り、止まっていたはずのアトラクションが動き始めた。

 

「遊園地が動き出した……危ない!」

 

 スバルが叫んだ直後、人魂が操るゴーカートが私達に向かって突っ込んでくる。心理的ホラーではなく物理的ホラーに私達は蜘蛛の子を散らすように逃げ回るしかない。

 

 ゴーカートは制限速度なんて存在しないと言わんばかりの速度で園内を爆走し、逃げ惑う私達を脅かすように迫ってくる。特に三人で固まっている委員長達が執拗に追い回されていて、中でも女の子で体力に劣る委員長がいの一番に限界に達してしまった。

 

「きゃあ!?」

 

「「委員長!?」」

 

 足が縺れて委員長が躓き、ゴン太とキザマロが悲鳴を上げた。それを嘲笑うようにゴーカートがドリフトを決め、弱った獲物を狙う獣のように真っ直ぐ委員長へと走り出す。

 

 不味い、あんなものに轢かれたら怪我だけじゃ済まない……! ゴーカートを止めるか、委員長を守らないと!

 

 ゴーカートを止めるのは不可能だ。電波変換しているならまだしも、生身では使えるバトルカードに制限があって止めようがない。必然的に取れる選択肢は限られた。

 

「バトルカード──バリア……!」

 

 一度だけダメージから身を守る障壁を張り、委員長とゴーカートの間に割り込む。私の無茶に驚くような声が聞こえるが、これが一番確実に委員長を守り抜くことができる方法だから仕方ない。

 

 ゴーカートが猛スピードでバリアに激突する。バリアはダメージに関係なく、一度だけダメージを防いでくれるバトルカード……だったはずだけど、何だかちょっと嫌な予感がしてきた。

 

 バリアによってその場に押し留められたゴーカートは、しかし止まる事なくバリアを打ち破ろうと走り続ける。一度しかダメージを防ぐことができないバリアに継続的なダメージを与えられたらどうなるかは明白で、私の身を守る障壁に亀裂が入った。

 

「ダメだ! 逃げてシオナ!?」

 

 スバルが絶叫しているけど、もう遅い。バリィン! とガラスが割れるような音と同時、ゴーカートを押し留めていた障壁が破れ、勢いそのままに突っ込んでくる。バリアを過信していた私に避ける手立ては残されていなかった。

 

 あー、これは……痛いじゃ済まなさそうだなぁ。

 

 なんてぼんやりと考えていたら横から伸びてきた手に力尽くで引き寄せられ、間一髪で私はゴーカートに撥ね飛ばされることを回避した。後ろに庇っていた委員長もゴン太とキザマロが救出してくれたようで、顔面蒼白になりながらも無事な様子だ。

 

 それよりも、私を助けてくれた相手が問題だ。

 

「無茶をするね、君も」

 

 私の腕を引いて危機から救ったのはスバルではなく、この状況を作り出したであろう推定犯人の双葉ツカサだった。

 

 呆れ混じりに私を見下ろしてくる瞳に全力で文句を言ってやりたい気分だったが、今はそれどころではない。ゴーカートは未だに走り続けていて、私達を虎視眈々と狙っている。一刻も早く、この遊園地から脱出しなければならない。

 

「みんな、真っ直ぐゲートの方に走るんだ!」

 

 スバルがそう叫べば委員長達は素直に従って、我先にと走り出す。当のスバルは逃げるどころかみんなとは逆方向に走り出しているけど、恐らくは騒動を引き起こしているクラウン・サンダーを倒すつもりなのだろう。

 

 私も電波変換して影からその様子を見守りたいところだが……。

 

「ボク達も逃げようか」

 

 双葉ツカサに腕を掴まれていて逃げるどころか別行動すらできない。それに逃げると口にしながら、双葉ツカサは遊園地の奥へと足を向けている。いったい私を何処に連れて行こうとしているんだ?

 

 抵抗しようとするも男女の差と体格差で踏ん張れず、ぐいぐいと遊園地の奥地へと引き摺り込まれる。助けを求める相手は何処にも居ない。仕方ない、と私は戦闘になる可能性を覚悟して腕を引かれるがまま双葉ツカサについていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「此処なら、しばらくは安全かな」

 

 かつては遊園地のシンボルマークであっただろう西洋風の城を象った建物の一室。朽ちて壊れた円卓が置かれた部屋にツカサとシオナは逃げ込んだ。厳密には、ツカサが嫌がるシオナを無視して連れてきたのだが。

 

 無理やり連れて来られたシオナは普段の眠たげな無表情を険しく歪め、いつでも逃げられるように扉に貼り付いてツカサから距離を取っていた。

 

 全力で警戒するハリネズミみたいな状態のシオナにツカサは愉快そうに微笑を零し、壊れた円卓に腰を掛ける。

 

「そんなに警戒しなくても、別に取って食べたりしないよ」

 

「……どうして」

 

「ん?」

 

「……どうして、助けたの?」

 

 シオナには理解できなかった。まず間違いなくロックマンを罠に陥れるために暗躍していただろうツカサが、一般人だろうが構わず囮にするようなジェミニ・スパークが、シオナの危機を救った理由が。

 

「あぁ、さっきのこと……友達を助けるのに、理由がいるのかい?」

 

「…………」

 

「凄いね。無表情なのに何を考えているのか手に取るように分かるよ」

 

 大して変化のない表情の中で唯一目だけが如実に物語っている。うさんくせぇ、嘘吐くな、と。

 

 微塵も信じる気のないシオナにツカサは苦笑し──笑みを冷たく酷薄なものへと切り替えた。

 

「じゃあ逆に訊くけど、海鳴さんはどうして委員長を助けようとしたの? 友達とはいえ、所詮は赤の他人じゃないか」

 

「それは……」

 

「あの時、ボクが助けなければ君は轢かれていた。あの速度で撥ねられたら、命を落としていてもおかしくなかったよ。委員長は君にとって、命を懸ける程の価値がある人間なのかな?」

 

「…………」

 

 ツカサの問いにシオナは答えない。答えられない訳ではない。ただ、ツカサの質問の意図が読めないため、様子を窺っているのだ。

 

 質問の意図を探ろうとツカサを注視するシオナ。対するツカサは疑いの視線も微風のように受け流し、話を続ける。

 

「あの時もそうだった。君は赤の他人同然の人達のために自分自身を犠牲にした。そうだよね?」

 

「……あの時って、いつのこと?」

 

 微かに表情を強張らせてシオナは問い返す。ツカサが言う()()()がウルフ・フォレストの時を指しているのであれば、この質問は海鳴シオナではなくアクア・レディに向けたものになる。迂闊に答えてしまえば正体を曝すことになるだろう。

 

「科学教室の時のことだよ。育田先生に成りすました化け物に啖呵を切って、教室に参加していた子供達を逃していたじゃないか」

 

「科学、教室……」

 

 言われてはたと思い出す。確かにシオナは科学教室の時、リブラに操られた育田を挑発して立ち向かった。育田の今後の教師人生と子供達の安全を守るために。

 

 あの教室にはツカサも参加していたので、話の流れとしては何も不自然なことはない。むしろこの話の流れですぐに思い出せなかったシオナの方が不自然だった。

 

「忘れちゃったのかい? それとも──他に思い当たる節でもあったのかな?」

 

「────っ」

 

 息を呑むシオナ。一手一手詰められているような、逃げ場のない壁際に追い詰められているようなそんな息苦しさを感じていた。

 

 シオナは手探りで扉のドアノブを掴む。これ以上、ツカサと二人きりでいると確信を突かれかねない。何よりも、シオナはこの部屋に踏み込んでからひしひしと身に迫る危険を感じていたのだ。逃げるなら今しかない。

 

 ドアノブを握ったシオナはそのまま扉を押し開こうとして──ピクリとも動かない扉に愕然と目を見開いた。

 

「その扉、かなり旧いけど電子錠が取り付けられているみたいだね。何かの拍子に機能が復旧したのかな?」

 

 すぐ側で聞こえたツカサの声にシオナは反射的に振り返る。扉を開こうとした隙にツカサは立ち上がり、シオナの目前にまで迫ってきていた。

 

「それより、酷いじゃないか。まだ話の途中なのに逃げようとして。海鳴さんに嫌われるようなこと、何かしたかな?」

 

「……無理やり、引っ張られた」

 

「それはごめんね。ボクも気が動転していたんだ。少しでも安全な場所に隠れないと、って思ってね」

 

 白々しい物言いに白けた目を送りつつ、シオナはツカサから距離を取ろうとする。出入り口は一つだけしかない以上、力尽くで突破する以外に現状を打破する手段はない。しかし生身の状態ではもやしで非力なシオナに、ツカサを押し退けて施錠された扉を開くことは不可能だった。

 

 今は様子を見て、脱出する機会を待つ他ない。その機会が訪れるかどうかは定かではないが。

 

 ツカサの動きを警戒しながら壁に沿って逃げていくシオナに、ツカサは笑みを深めながら徐に足を進める。まるで逃げる小動物を追い詰める捕食者のようだ。

 

「海鳴さんは赤の他人のためにも命を懸けられる優しい人なのか、それとも手を伸ばす相手を選んでいるのか。教えてほしいな」

 

「…………」

 

「答えたくない? そうだね……じゃあ、例え話をしようか」

 

 迂闊に話して口を滑らせたくないシオナに対して、ツカサは構わず話を続ける。その間も、シオナを壁際に追い詰めながら。

 

「海鳴さんの目の前で交通事故が起きたとしよう。炎上して横転した車の下には助けを求めている人がいる。炎上している車はいつ燃料に火が移って爆発してもおかしくない状況だ。君なら、どうするかな?」

 

「……何が、言いたいの?」

 

 唐突な例え話にシオナは困惑する。ツカサが何を聞き出したいのかが、その意図が全くもって読めなかった。

 

「分かりづらかったかな? じゃあ、車の下敷きになっているのがスバル君だったらどうする?」

 

「……助ける」

 

「委員長達なら?」

 

「……助ける」

 

 胸中で疑問符を浮かべながら答えていたシオナは部屋の隅に追い詰められてしまったことに気付く。ツカサの質問に気を取られて自分の位置の把握が疎かになってしまっていたのだ。

 

 焦るシオナを逃さないようにツカサが腕を伸ばす。ツカサの腕が逃げ道を塞ぎ、シオナは壁際に完全に追い詰められてしまった。

 

 敵意と警戒と不安に揺れるシオナの瞳を見つめ、ツカサは最も尋ねたかった問いを投げ掛ける。

 

「じゃあ──ボクだったら?」

 

 その問い掛けの意味がシオナには最初、理解できなかった。何故、例え話の被害者に自分自身を引き合いに出したのか、全くもって分からない。

 

 しかし続く言葉にシオナの顔色は徐々に変わっていくことになる。

 

「自力で車の下から抜け出ることができない状況。燃え盛る車の熱に魘され、零れ落ちた燃料が音もなくアスファルトに拡がっていく。助けを呼んでも、誰も手を伸ばしてくれない絶望……」

 

「……まさか、あなたは」

 

 眠たげな無表情が驚愕に変わっていく。余りにも真に迫るツカサの言葉が、想像の産物ではないと気付いてしまったのだ。

 

「今にも爆発しそうな車の下で助けを求めるボクを、君は助けてくれるかな──海鳴さん?」

 

 愕然と見開かれたシオナの瞳を至近距離で覗き込みながらツカサは問い詰める。答えを濁すことも、逃げることも許さないと憎悪に支配された双眸が物語っていた。

 

 シオナは答えられない。答えたくとも叩き付けられた情報量に混乱していて答えることができないのだ。まさかツカサが抱える事情が二重人格ではなく、命の危機に瀕した時に見捨てられた憎悪だったなどと考えもしなかったからだ。

 

 だがいつまでも黙っている訳にはいかない。何かしら答えなければ状況は進まないし、何よりもツカサが大人しく答えを待ち続けてくれるはずもない。いずれは痺れを切らして答えを迫ってくるだろう。

 

 互いの息遣いが聞こえそうな程の距離にある瞳をじっと見上げ、シオナは意を決して口を開こうとして──

 

「──きゃああああああ!?」

 

 ──建物の外から聞こえてきた甲高い悲鳴に、シオナもツカサも意識を奪われた。

 

「委員長……!?」

 

「ん? わざわざ戻ってきたのかな? 命知らずだね……おっと?」

 

「邪魔……!」

 

 委員長の悲鳴を聞いて居ても立っても居られなくなったシオナが有らん限りの力でツカサを押し退け、脇目も振らずに扉へと駆け寄る。しかし扉は電子錠によって施錠されており、ドアノブをいくら上下しても開かない。

 

「開けて、早く……!」

 

 もはやツカサが扉を閉めたと疑わない発言に、当のツカサは呆れ混じりに笑いながら指を鳴らす。すると扉から小さな電子音が鳴り、施錠が解除された。

 

 がちゃり、と音を立てて今度こそ扉が開かれる。やっと外に出られるようになったシオナはほっと一息吐く暇も惜しいのか、そのまま部屋を飛び出そうとする。だがその寸前、足を止めると部屋の隅に佇むツカサを振り返った。

 

「……助けてほしいなら、ちゃんと言って」

 

「────」

 

 一方的に言い残して今度こそシオナは部屋を飛び出していった。

 

 部屋に残ったツカサはシオナの最後の言葉に驚いて目を見開き固まっていた。しかしそれも傍らにジェミニが姿を現したことで動き出す。

 

『今更だな。お前は同じ地球人どもに見捨てられ、俺の力で新しく生まれ変わった。お前を見捨てた愚かな地球人どもを根絶やしに、いずれはFM星をも支配する。そうだろう?』

 

「……そうだね」

 

 シオナが事故現場に居たのならまた違った未来があったかもしれない。そんな下らない夢想を振り払い、ツカサは部屋の窓から外を見やる。するとこの建物から深海のような青い電波体──アクア・レディが飛び出していく姿が丁度目に映った。

 

 アクア・レディは一目散に悲鳴が聞こえた方向へと飛んでいく。余程焦っていたのだろう。ツカサとジェミニが窓から眺めていたことにも気付いていない様子だった。

 

『まさかあの小娘がアクア・レディの正体だったとはな。よく分かったな、ツカサ?』

 

 アクア・レディの正体を暴いたのはジェミニではなくツカサだった。ツカサはここ数日をアクア・レディの正体を暴くために費やしていた。そしてその正体に辿り着いたのだ。

 

「そんなに難しいことでもなかったよ。他のFM星人の話から、アクア・レディがずっと前からロックマンに張り付いていたのは分かっていたからね。そんなことができるのは生身でも常に傍に居る人間、それも傍にいて当人と周囲から怪しまれない人物だ」

 

 いくらアクエリアスがスバルとウォーロックの行動をストーキングしていたとしても、アクア・レディとして現場に駆け付けるには中身の人間も近くに控えていなければならない。スバルの傍に居ても不自然ではなく、なおかつ年齢層がスバルと近いか同じとなれば該当者は自ずと絞れてしまう。

 

「全ての条件を満たす人間は一人──海鳴シオナだけだった。それだけだよ」

 

 遊園地の闇に消えていくアクア・レディの背を見送り、ツカサは一人静かに笑みを零した。

 

「それに、彼女は前々からボクにちょっかいを掛けてきたり、矢鱈とボクを警戒していたからね。最初から疑わしいとは思っていたよ」

 

『そうか。それで、いつ始末する?』

 

「焦りは禁物だよ。折角手に入れたカードなんだ。どうせ切るなら、ロックマンに一番衝撃を与えられるタイミングにしよう」

 

『違いない』

 

 くつくつとジェミニが狡猾に笑った。同調するようにツカサも笑みを深める。

 

 

 

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