心を探し求める水瓶座 作:リコレクションでも嬉しい
『ぐぅ、裏切り者風情に僕が……!』
激闘の末に膝を突いたのはキグナス・ウィングだった。口惜しげに顔を歪めるキグナス・ウィングの前に立つのはソードを構えたアクア・レディ。その切先は迷いなく敵対者へと向けられている。
「これで、終わり……さよなら」
心中から湧き上がる迷いや躊躇いを振り払うように呟き、アクア・レディはソードを振り上げる。間違いなく止めとなる一撃。長くキグナスと同調を続けていた宇田海の命を奪いかねない刃が、今、振り下ろされ──
「──ダメだ、アクア・レディ!」
──間一髪、割り込んだロックマンのソードが凶刃を止めた。
「……っ!?」
決着の一撃を止められたアクア・レディはヴェールの下で愕然と目を見開く。救われた側のキグナス・ウィングも驚きに目を見張っている。
「なんで、邪魔するの……?」
ソードの刃を重ね合わせながらアクア・レディが問う。問い掛ける声は激しくショックを受けたかのように震えていた。
「そんなに、宇田海深佑を死なせたくないの……?」
アクア・レディの目には、ロックマンがキグナスと同調してしまっている宇田海を守ろうとしているようにしか見えない。ロックマンに他人の命を奪う真似をさせないという、アクア・レディの覚悟を蔑ろにしているようにしか感じられなかったのだ。
湧き上がる激情に小柄な体躯を震わせるアクア・レディに対して、ロックマンはヴェールの下に隠された瞳を真っ直ぐ見据えた。
「そうだけど、そうじゃない」
「……?」
今一つ要領を得ない返しにアクア・レディは首を傾げる。誤魔化そうとしているのかと思えば、しかしロックマンの視線は真っ直ぐで後ろめたい感情の気配は感じられなかった。
困惑するアクア・レディにロックマンは真摯に言葉を紡ぐ。
「誰かの命を奪う重荷を、押し付けたくなかった。背負わせたくなかったんだよ。アクア・レディに──大切な幼馴染に」
「────」
衝撃の告白にアクア・レディ──シオナは衝撃のあまり言葉を失い、重ね合わせていた刃を離した。ふらふらと後退り呆然とロックマン──スバルを見る。
「どうして……いつから……」
「最初にジェミニ・スパークに助けてもらった時から、気付いてたよ……黙っててごめん」
ジェミニ・スパークに敗北してアクア・レディとハープ・ノートに助けられたあの時。陰ながら手助けしてくれていた相手がアクア・レディであり、同時に幼馴染である海鳴シオナだとスバルは見抜いていた。見た目や雰囲気、そして落ち込んだ時の励まし方が幼馴染にそっくりだったからだ。
見抜いた上で、スバルは本人が隠したがっているのを察して黙っていた。ウォーロックにさえもだ。故に恐ろしく身近にアクエリアスが潜んでいたことを知ったウォーロックもシオナに負けないくらい驚愕と混乱のあまり言葉を失っている。
隠し通せていると思っていたシオナは、想像以上に早い段階で正体がバレてしまっていたことに放心してしまう。いつかは正体が露見する、あるいは明かすことになると覚悟はしていた。しかしよもや初めて顔を合わせた時点で看破されていたとは思いもよらなかったのだ。
「優しいシオナに、こんな重荷を背負わせたくないんだ。大切な幼馴染に、責任を押し付けて逃げたくないんだ! だから──」
精一杯の覚悟と決意を此処に宣言しようとするスバル。その言葉を呆然と聞いていたシオナは、はっと我に返ると血相を変えた。スバルの背後にゆらりと立ち上がったキグナス・ウィングの影に気付いたからだ。
「スバル──!?」
『避けろ、スバル!!』
「えっ──」
突然の絶叫にスバルは目を丸くし、反射的に振り返る。するとそこには、いつの間にか左腕をソードに変えたキグナス・ウィングが構えていた。構えられたソードの切先はスバルの、ロックマンの胸を真っ直ぐに見据えている。
『もらったよ、ロックマン!』
ソードの切先が僅かな躊躇いもなくロックマンの胸を貫かんと突き進む。迂闊にもキグナス・ウィングに背を向けていたロックマンに回避は不可能。ただ呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。
ロックマンを凶刃が貫く、まさにその時。ロックマンの身体が力づくで突き飛ばされ、無防備にウェーブロードの上を転がった。
予想外の衝撃に目を白黒させながらもロックマンは即座に体勢を整え、キグナス・ウィングの脅威に対抗するために身構える。そして、目の前の光景に目を見開く。
──アクア・レディの身体が、ソードによって貫かれていた。
「……え、あ。シオナ?」
信じ難い光景に頭が真っ白になってしまうロックマン。アクア・レディが自分を庇って代わりにソードに貫かれたということは少し考えれば分かる。それでもロックマンには、目の前の現実をすぐに受け入れることができなかった。
「ぅ……くぁ……」
ソードに胸を貫かれながらもアクア・レディは抵抗しようとする。しかし受けたダメージが大きすぎるのか、伸ばそうとした手は力なく垂れ落ちた。電波変換の維持にまで影響が出ているのか、宙空に縫い留められたアクア・レディの姿に微かなノイズが混じり始める。
『ふっ、馬鹿な小娘だ。このまま地に落ちるといい』
「──っ、やめろ!?」
ロックマンが声を張り上げて制止しようとするもキグナス・ウィングには意にも介さず、アクア・レディを貫いたソードを乱暴に振り払った。その衝撃でアクア・レディの肢体は串刺しから解放され、そのままウェーブロード上から地上へと真っ逆さまに堕ちていく。
「シオナ──!!」
『追いかけろ、スバル! 地上まで電波変換が保たないぞ!?』
「────!!」
ウォーロックに言われるや否やロックマンはウェーブロードの縁を蹴って飛び降りる。電波体だからこそ許される高速移動で自由落下するアクア・レディの下に回り込み、地上に落下するよりも早くその身体を抱き留めた。
「シオナ! しっかりして、シオナ!?」
アクア・レディの身体を抱きかかえながらロックマンはゆっくりと地上に降り立つ。そして一度地上に寝かせ、壊れ物を扱うような手付きで上体を抱き起した。その間、ずっと必死に呼び掛け続けたが返事はない。ヴェールに覆われた瞳は何処か虚ろで、電波の身体である胸にはソードで貫かれた穴がぽっかりと開いていた。
「どうしよう。シオナの胸に、穴が……!?」
『落ち着け、スバル! 電波変換状態の傷は生身に残らねぇ。電波変換を解除すれば、ダメージは残っても傷は消えるはずだ!』
激しく取り乱すロックマンを落ち着かせるべくウォーロックが言い聞かせる。電波変換状態の損壊ダメージは、生身の身体に影響することはない。その分のダメージは受けるし、電波変換の相方であるアクエリアスに相応のダメージは残るものの、命に直結するようなことはないのだ。
──基本的には。
アクア・レディの電波変換が解除される。電波変換が解けて現れたシオナの服に穴はない。その事実を確認したロックマンはほっと安堵に息を吐いたが、しかし──
「……けほっ」
「え……?」
小さく咳き込んだシオナの口元から、赤い液体が零れ落ちた。それは生温かく、シオナを抱えるロックマンの両腕を赤く汚していく。
「血、が。どうして……」
『アクエリアスのやつ、電波変換を維持し切れなかったのか!?』
電波変換状態の損壊ダメージは基本的に生身に残らない。しかしシオナはソードに貫かれている時、ダメージの影響で電波変換が揺らいでしまった。その影響で生身にも少なからず物理的なダメージが残ってしまったのだ。
シオナの身体から力が抜け落ちる。服の胸元がじんわりと赤く染まり始め、瞳からは急激に光が失われていく。今すぐにでも適切な処置と手術を受けなければ、シオナの命はこの場で儚く散ってしまう。シオナの吐血で激しく動転していたロックマンにもそれは理解できた。
「あ、ああ、このままじゃシオナが、ボクのせいで……!」
『スバル! しっかりしやがれ、スバル! このままぼーっとしていたらシオナが死んじまうぞ!?』
「で、でも、どうすれば……」
『オレをシオナの傷口にかざせ! 手遅れになる前に、早くしろ!』
「分かった……!」
今この時だけはウォーロックとの蟠りを呑み込み、言われるがままにシオナの胸元に左腕のウォーロックを翳す。
シオナの胸元に翳されたウォーロックは即座に傷口周りへの電波干渉を始める。ウォーロックの力でシオナの身体に電波干渉し、傷口だけでも電波変換させて命を繋ごうとしているのだ。
『……くそっ、周波数が合わないから完全な電波変換ができねぇ。流血を抑えるだけで手一杯だ!』
本来、電波変換とは周波数の合う者同士でなければ実現できない。ウォーロックはスバル以外の地球人と電波変換できないし、アクエリアスもシオナ以外の地球人と電波変換することはできない。その前提を無視して無理やりに電波変換しようとしても限界がある。
『スバル。この状態のまま、一刻も早くシオナを病院に連れていけ。それから、リカバリー系のカードをありったけ使え。少しはマシになるはずだ』
傷口だけ電波変換させたところで傷が塞がるわけではない。ウォーロックにできるのは流血を抑えてこれ以上の悪化を防ぐことだけだ。それ以上の処置は病院でなければできない。
「分かっ──」
『おやおや、随分と大変そうですね、スバル君?』
ウォーロックの指示に従って動き出そうとしたロックマンの出鼻を挫くように、キグナス・ウィングが地上へと降り立った。
「キグナス・ウィング……!」
『キグナス、てめぇ……!』
もはや一刻の猶予もない状況で立ち塞がったキグナス・ウィングにロックマンは顔色を悪くし、ウォーロックは怒りを露にする。
負傷して身動きの取れないシオナを抱えたロックマンにキグナス・ウィングを相手取ることは不可能だ。ウォーロックが傷口の電波変換に掛かり切りな以上、守るために戦うことすらできないのだ。
『さて、この場で君たちに止めを刺してもいいんですが、僕にも少しは慈悲の心というものが残っていてね。アンドロメダの鍵を渡せ、ウォーロック。そうすれば見逃してあげようじゃないか』
『てめぇ、卑怯だぞ、キグナス!?』
キグナスから持ち掛けられた取引とは名ばかりの脅迫にウォーロックが激昂する。シオナを抱えたまま戦えない以上、もはや応じる以外に選択肢がない。
『ふっ──キグナスフェザー!』
キグナス・ウィングが広げた翼から放たれた羽根がロックマンとシオナを取り囲み、これみよがしに空中で制止した。言葉にするまでもない、応じなければ今すぐにでも攻撃するという警告だ。
「ウォーロック……」
シオナを庇うように抱き抱えたロックマンがウォーロックに縋るような視線を落とした。
視線を向けられたウォーロックは絶体絶命の状況に置かれながら、それでも鍵を渡すという決断ができなかった。何故ならば、鍵を渡してしまえばこの場で見逃されようと結果は同じだからだ。
しばしの逡巡の後、ウォーロックは諦観混じりの溜め息を吐いた。
『……分かった、鍵を渡す。スバル。少しだけシオナからオレを離せ』
「うん……」
言われるがままロックマンは左腕のウォーロックをシオナから退け、キグナス・ウィングの足元あたりへと向けた。
『ケッ……!』
からん、と吐き捨てるようにウォーロックが何かを吐き出す。それは掌サイズの奇妙な形状の物体で、一目見て禍々しいオーラを秘めていることが分かる代物だった。
地面を転がった物体──アンドロメダの鍵を拾い上げたキグナス・ウィングは本物かどうか確かめるように矯めつ眇めつ見て、やがて満足そうに頷いた。
『間違いなく鍵は返してもらったよ』
『だったらとっと失せろよ、くそったれが……』
『そうさせてもらうとしよう』
ロックマンを囲むように展開されていた無数の羽根が跡形もなく消失する。脅威がなくなったと察してロックマンが安堵の息を吐いた。
そんなロックマンをキグナス・ウィングは見下すように笑う。
『それじゃあ僕は先を急がせてもらうよ。地球が滅びるまでの残り短い時間、大切な幼馴染とゆっくり過ごすといい、スバル君』
「え、どういう……」
意味深な言葉を問い質そうとするもキグナス・ウィングは耳を貸さず、用は済んだとばかりにこの場を去ってしまった。
その場に残されたロックマンはしばしキグナス・ウィングの飛び去った方向を見ていたが、ウォーロックの急かすような声に意識を引き戻した。
『スバル、オレを傷口に戻せ。それから、早く病院に連れていけ』
「わ、分かった」
左腕のウォーロックをシオナの胸元に当てつつ、ロックマンはすぐに病院へ向かおうとする。しかし右腕一本だけではシオナを上手く抱えきれず手間取ってしまう。
どうしようかと慌てていると、ロックマンの傍に車が止まった。運転席から降りてきたのは避難していたはずの天地だ。
「スバル君! 大丈夫かい?」
「天地さん! 力を貸して! シオナが、病院に連れて行かないといけないんだ!」
「なんだって……っ!?」
ロックマンの姿をしたスバルに駆け寄った天地は、その腕に抱えられたシオナを見て目を見開く。口元を血で汚し、胸元の服がじんわりと赤く染まっている。一目見て重傷だと分かる有様だ。
天地はスバルの幼馴染でお隣さんであるシオナのことを知っている。スバルが不登校になる前までは、スバルと一緒によく研究所に遊びにきていたからだ。
そのシオナが何故この場にいて、命に関わる怪我をしているかは分からない。だが今は疑問を呑み込み、シオナを病院に連れていくことが最優先だと判断した。
「分かった。僕の車で病院に連れていこう」
「ありがとうございます!」
何も事情を聞かずに助けてくれる天地にロックマンは心からのお礼を告げた。
それから二人はシオナを車に乗せ、近くの大病院へと運び込んだ。病院に運び込まれたシオナは怪我の重傷具合から即座に手術室へと運ばれ、緊急手術となった。
ウォーロックの電波変換という反則的な処置によって出血が最小限に抑えられたこと、創傷部位が幸運にも重要臓器を外れていたことなど、様々な要因が重なった結果、シオナの手術は無事に成功した。
しかし胸部に穴が開いていたという事実に変わりはなく、受けたダメージも深い。意識も一向に戻らないため、シオナはそのまま集中治療室に入ることになった。容体が安定し、意識が回復するまでは入院することになるだろう。
病院の待合室でその報告を天地から聞かされたスバルはほっと安堵し、次いで自分の考えの至らなさがシオナに消えない傷を残してしまったことを心の底から悔いるのだった。
電波変換状態の怪我云々は想像、捏造です。