心を探し求める水瓶座 作:リコレクションでも嬉しい
ウォーロック、宇宙ステーション周りの話はアニメ版ではなくゲーム設定を持ってきます。理由は今後分かるかと……。
消灯時間を過ぎて薄暗い病院の待合室のベンチにスバルは腰掛け、力なく項垂れていた。隣には天地がスバルを気遣うように寄り添い座っている。
シオナの緊急手術は無事に終わった。ウォーロックの反則的な処置と重要臓器が無事だったため、幸いにも命に別状なく今は集中治療室で眠っている。
シオナが一命を取り留めたと天地から聞いた時、スバルは安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになった。しかしすぐに、シオナが生死の境を彷徨った原因が自分にあることを思い出し、激しい自責の念に苛まれることになった。
自分が、シオナの邪魔をしなければこんなことにはならなかった。自分がシオナに庇われるようなことがなければ、シオナが傷付くこともなかったのだ。
無事の報せを受けて心に僅かな余裕ができたからこそ、スバルはシオナを危機に追い込んでしまった自分自身を責め苛んでしまった。
「ボクのせいだ……ボクのせいで、シオナは……」
「スバル君……」
震える声で自分を責めるスバルの肩を天地は慰めるように支えることしかできない。それがただひたすらに不甲斐なくてたまらなかった。
静かな待合室に慌しい足音が響く。天地が顔を上げると、スバルの母親であるあかねが焦燥一色の表情で駆け寄ってくる姿が見えた。
「──スバル!」
「母さん……?」
目を丸くするスバルの前にしゃがみ込み、あかねは大切な息子を力一杯抱き締めた。
「無事でよかった……!」
突然の抱擁に目を白黒させるスバルに、あかねは絞り出すような声音で言った。
天地からスバルを病院に連れていくことになったと聞かされた時、あかねは息子の身にもしものことがあったのではと気が気ではなかった。大吾の不幸をあかねに伝えたのが天地であったことも相まり、スバルまでと思ってしまったのだ。
あかねから伝わってくる震えからスバルは酷く申し訳ない気持ちになる。同時に、激しい自責の念で潰れそうになっていた心がほんの少しだけ和らいだような気がした。
「怪我はない? 痛いところとか、苦しいところとか」
「ボクは大丈夫……でもシオナが、ボクのせいで」
「シオナちゃんが……天地さん、何があったのか事情を教えてもらえますか?」
スバルを抱擁から解放し、あかねは隣に座る天地へと目を向けた。
「ああ、実は──」
天地はあかねに事情の説明を始める。といっても、天地も事情を全て把握できているわけでもない。また、スバルがロックマンとして戦っていたことも話す訳にはいかないだろう。話そうものならあかねが卒倒しかねない。
故に天地が話したのは天地研究所が謎の人物によって襲撃され、そこに偶然居合わせたスバルとシオナが巻き込まれてしまったという事実のみ。スバルとシオナが何者であるかについては言及しなかった。
あかねに事情を説明しながらも気を遣ってくれた天地に、スバルは心の中で感謝した。考えが纏まったら、天地には包み隠さず事情を話そうと心に決める。
母親であるあかねには、今の様子からして話すべきではないと思った。スバルが怪我をした訳でもないのにあの取り乱しようだ。危険なことに首を突っ込んでいると知れば間違いなく反対される。
それは困るのだ。スバルにはまだ、向き合わないといけない問題がある。その問題次第で、FM星人達に再び立ち向かわないといけなくなるかもしれないのだ。
病院に着いてからずっと沈黙を守り続けるトランサーに触れて、スバルは心苦しい思いを抱えながらも決意を固めた。
「事情は分かりました。私の方でシオナちゃんのご両親に連絡しておきますね。手術して入院したとなれば、ご両親も流石に帰ってくると思うので」
「お願いします。ご両親への事情説明が必要であればいつでも呼んでください」
そうこうしているうちにあかねと天地の話は一段落付いたようだ。シオナの両親に連絡をするためにあかねが席を外そうとする。
「スバル、母さんちょっと電話してくるわね」
「うん……」
一言断って通話可能エリアへと向かうあかねの背を見送る。廊下の角にあかねの姿が消えたのを見計らい、スバルは徐にベンチから腰を上げた。
「天地さん。事情はちゃんと説明するから、少しだけ時間をもらってもいいですか?」
「構わないが、大丈夫かい? 焦らなくても、スバル君が落ち着くまで僕は待つけど……」
あかねが駆け付けるまでスバルは酷い顔色だった。とてもではないが事情を聞き出そうと思えない程に。今は多少持ち直したようだが、それでも無理をしているのは目に見えている。
心配する天地にスバルは大丈夫だと首を振った。
「ちゃんと向き合わないといけないことがあるんだ。だから、少しだけ離れます」
「……分かった。あかねさんが戻ってきたら、上手く言っておこう」
「ありがとう、天地さん」
「いいさ、君には二度も助けられてしまったからね。これくらいはお安い御用だ。ただ、あまりあかねさんに心配を掛けてはいけないよ」
大吾を失ってからのあかねをよく知っている天地は、スバルの行動に小さく釘を刺した。スバルも素直に頷いたが、約束はできそうにない。
天地にこの場を任せてスバルは病院の屋上を目指す。消灯時間を過ぎた今ならば、余人を挟まず話すことができる場所だと考えたのだ。
屋上の扉は電子錠で閉じられていたが、そこはウォーロックがスバルの意図を察して何も言わずに解除した。
扉を押し開いて外に出ると冷たい夜風が肌を撫でる。頭上の夜空は厚い雲に覆われ、僅かな隙間から差し込む月明かりが屋上を照らしていた。
スバルはビジライザーを掛けて、左腕のトランサーに目を向けた。
「出てきてよ、ウォーロック。話がしたいんだ」
『……ああ』
スバルの呼び掛けに僅かな間を置いてウォーロックが姿を現す。もう随分と慣れ親しんだ電波宇宙人の姿に内心で少しほっとしつつ、スバルは固い表情で向き合う。
「……聞きたいことが、沢山あるんだ。宇宙ステーションのこと、アンドロメダの鍵のこと、ウォーロックのこと……それから、父さんのこと」
『…………』
「全部、ちゃんと教えて欲しいんだ」
真摯に訴えるスバルをウォーロックはじっと見つめる。その瞳には微かな迷いが滲んでいた。
迷うようにウォーロックは瞑目する。しかし再度、スバルが名を呼んで訴え掛けると、徐に目を開いた。
『分かった。どの道、もうそんなに時間もないだろうからな。聞きたいことがあるなら、今ここで、全部答えてやるよ』
若干投げやり気味にも聞こえるが、それでもウォーロックはスバルの疑問に答えると応じた。
『で、何から聞きたい?』
「……キグナスが言ってた、宇宙ステーションと父さんのこと。あれは、本当なの?」
キグナスが明かした宇宙ステーションの一件。FM王の命令でウォーロックを含めたFM星の戦士が宇宙ステーションを襲撃し、大吾を含めた乗組員を殺害したという話。それは事実なのか。
嘘であってくれと、と懇願するようなスバルの眼差しに対してウォーロックは静かに語り始める。
『宇宙ステーションを襲撃したのは事実だ。だが、誰も殺しちゃいない。ステーションの連中はFM星に侵略を仕掛けた大罪人として捕縛され、裁判に掛けられることになったからな』
「侵略? 父さん達が、FM星に侵略を仕掛けた? そんなこと……」
『いや、大吾達は侵略なんて企んでなかっただろうよ。ブラザーバンドだったか? FM星人と友好関係を結ぼうとしただけだと、裁判で証言していた。まあ、受け入れられなかったがな』
「そんな……」
ブラザーバンドについては天地から概要を聞いたことがある。大吾が主導して研究していた、地球人以外の生命体と友好関係を築くために用いる電波通信の一種だ。大吾の研究を引き継ぎ、いずれは民間にも普及させて親密な者同士でブラザーバンドを結べるようにしたいと天地が口にしていたことを覚えている。
その電波通信がFM星の王に敵対、侵略行為と取られてしまった。結果として大吾含める宇宙ステーションの乗組員はウォーロック達の手で捕縛されてしまったのが事の真相だ。
「父さん達は、どうなったの……?」
『……下された判決は例外なく全員死刑だった』
「嘘だ、そんな……」
受け入れたくない答えにスバルは膝から崩れ落ちそうになる。宇宙の何処かで生きているはずだと信じて、宇宙飛行士になって探しにいくという夢諸共、何もかもが崩れてしまいそうだった。
しかし絶望しそうになったスバルを繋ぎ止めたのは他ならぬウォーロックだった。
『話は最後まで聞け。死刑になったが、刑の執行までは時間があった。その間、オレは大吾達の看守……世話係みてぇなもんになってな。そこで色々と話をして……まあ、なんやかんやあって、あいつらを助けることになった』
「待って、一番大切なところがすごい雑なんだけど!?」
絶望から一転して希望の見える展開にスバルは顔を上げるが、重要なところが驚く程雑に流された。一体全体どんなやり取りがあれば、死刑囚となった大吾達を助ける流れになるのか。
その辺りを詳しく聞きたいのに、しかしウォーロックは面倒くさそうというか、やや気恥ずかしそうな顔で明後日の方向を見た。
『色々あったんだよ、色々。でだ、助けることにはなったが、オレ一人じゃ限界があった。あの時はアンドロメダの鍵パクって騒ぎになっていたからな。余裕もなかったんで、乗組員全員纏めて電波生命体に変換させたとこまではよかったんだが、間の悪いことにキグナスの襲撃を受けちまってな。どうにかやり過ごした時には、大吾も他の乗組員も姿が見えなくなっちまってた』
「じゃあ、父さん達は……」
『生きてはいる、死んじゃいねぇ。それだけは保証する。だが、この馬鹿みてぇに広い宇宙の何処にいるかはオレにも分からん』
電波生命体化したおかげで大吾達は生身の身体ではなくなり、飲食などが必要ない身体になった。空気のない宇宙空間に放り出されても生きてはいるだろう。ただ、キグナスの襲撃によってその居場所は分からなくなってしまったが。
「どうして、今まで黙っていたの? 言ってくれたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに……」
最初から事情を明かしてくれていれば、キグナスの詭弁に翻弄されることもなかった。シオナが傷付くようなこともなかったかもしれない。
やや棘のあるスバルの問いに、ウォーロックは珍しくバツが悪そうな顔で答える。
『再会できる保証もねぇのに、無責任なこと言えるかよ。だいたい、突然現れた宇宙人にそんなこと言われて、お前は信じられたか?』
「うっ、確かに……」
出会った当初のウォーロックに今の話をされたとして、果たして信じることができたどうか。スバルは即答できる自信がなかった。
『まぁ、それは今もかもしれねぇがな……』
「……信じるよ」
ウォーロックの自嘲げな呟きを否定するように、スバルははっきりと答えた。
驚いて目を丸くするウォーロック。スバルは目を逸らすことなく、真っ直ぐとウォーロックを見据えた。
「だってウォーロックは、今までボクと一緒に戦ってくれた。シオナを助けるために力を貸してくれた。そんな君を疑うことなんて、ボクにはできないよ」
ウォーロックがキグナスの言うような残酷な人物であったのなら、あの場でシオナを助けるために力を尽くすはずがない。ましてアンドロメダの鍵を明け渡したりなどしなかっただろう。
スバルの中でウォーロックを疑う心は既に微塵もなくなっていた。
『……ったく、相変わらずお人好しな奴だぜ』
「ウォーロックだって、アンドロメダの鍵をシオナのために手放してくれたじゃないか。大切なものだったんだよね、あれ?」
『あぁ、そうだな……あれに関しても、説明しなくちゃならねぇか』
アンドロメダの鍵が話題に上がり、ウォーロックは表情を深刻なものへと変えた。
『アンドロメダの鍵は、FM星が保有するアンドロメダっつう電波兵器を起動して制御するのに必要な鍵なんだ』
「電波兵器? それって危険なものなの?」
『危険なんてもんじゃねぇ。今まで幾つもの星々を滅ぼしてきた、恐ろしい電波兵器だ。あれが起動されたら、地球はまず間違いなく滅ぼされる』
「そんな……じゃあ、キグナスが言ってた地球が滅びるっていうのは……」
顔色を青褪めさせるスバル。あの状況では他に選択肢がなかったとはいえ、キグナスに地球を滅ぼす兵器の制御キーを渡してしまったのだと、改めて理解してしまったのだ。
「ボクのせいで、地球が……」
『違う、勘違いするんじゃねぇ、スバル。渡したのはオレだし、滅ぼそうとしてんのはキグナス達だ。お前は何にも悪くねぇよ』
きっぱりとウォーロックは否定した。アンドロメダの鍵が何かも知らなかったスバルに責任はない。ましてあの状況では拒否したところで力尽くで奪われておしまいだった。あの場においては大人しく鍵を渡すのが正解だ。
「……うん。でも、ボクにも責任の一端はあるよ。ボクが、ウォーロックをちゃんと信じられていたら、キグナス・ウィングと戦えていたら、こんなことにはならなかったんだから」
たとえスバルに非がなかったとしても、それでも避けられた可能性は十分にあった。それは紛れもない事実だ。
何よりも、もう自分以外の誰かに責任を押し付けて目を背けたくなかった
一度目を閉じて、次に瞼を開いた時、スバルの瞳には揺るぎない覚悟の光が灯っていた。
「ウォーロック。虫の良い話かもしれないけど、もう一度ボクと一緒に戦ってほしい。地球を守るために、今度こそ大切な人達を守るために力を貸してほしいんだ……ダメかな?」
一度疑ってしまった手前、拒絶される可能性もある願いだった。不安に瞳を揺らしながら、スバルはウォーロックを真っ直ぐ見つめて答えを待った。
スバルの願いにウォーロックはしばしの沈黙の後、不安を吹き飛ばすように強気に笑うと口を開く。
『ケッ、頼まれなくたって力くらい貸してやる。オレだってキグナス達にやられっぱなしは趣味じゃねぇんだ。あのスカシ顔に一発ぶちかましてやらねぇと気が済まねぇんだよ』
「ウォーロック……」
『それに、まぁ……なんだ。やっと慣れてきた地球を滅ぼされるのも面白くないしな』
「ありがとう、ウォーロック!」
分かりやすいウォーロックの照れ隠しにスバルは心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべた。
キグナスの策略によって引き裂かれかけたスバルとウォーロックの絆は、より強固に繋がった。種族の垣根をも超えた友情、そして大切なものを今度こそ守り抜くという確固たる覚悟。二人の強い想いが、今この場で重なり合った。
──その瞬間を、ずっと待ち続けていた者達がいた。
「……あれ? いま、ペンダントが光ったような」
首から下げていた大吾の形見のペンダントを見下ろして、スバルは不思議そうに首を傾げる。気のせいでなければ、ペンダントが淡い光を放ったように見えたのだ。
疑問符を浮かべてスバルがペンダントを矯めつ眇めつ見ていると、ウォーロックが異変を察して声を上げた。
『気を付けろ、スバル! 何か来るぞ!?』
「え、いったい何が──」
ウォーロックの警告に身構えたスバルだが、その行動は無意味に終わる。突然の来訪者は視認不可能な速度で頭上から来襲したからだ。
一瞬──夜空から降り注いだ一条の光がスバルとウォーロックを包み込んだ。声を上げる暇も、電波変換する余裕もなく、二人は眩い光に呑まれた。
空から降り注いだ眩い光が治まり、屋上には静寂が戻る。しかしそこにスバルとウォーロックの姿はない。まるで最初から誰もいなかったかのように、二人は忽然と姿を消した。
──夜空を超えた宇宙の彼方、三基のサテライトが静かに地球を見守っていた。
そして時を同じくして、深い眠りから一人の少女が目を覚ます。