心を探し求める水瓶座   作:リコレクションでも嬉しい

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シオナの孤独と絶望の原点。


第33話

 

 ??? side

 

 

 うら寂しい海辺に膝を抱えて泣いている女の子がいた。本来であれば享受することができた親の愛を受けられず、孤独に泣きじゃくる幼い子供が目の前にいる。

 

 私が居なければ、私みたいな転生者(異物)が存在しなければ、幸福な家庭を築いて笑顔に満ち溢れた未来を歩んでいたはずの女の子。私の傲慢によって何もかもを台無しにされた女の子。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。

 

 何度謝ったところで許されない。壊れてしまったものは二度と元には戻らない。もう取り戻すことはできない。

 

 だから私にできるのは未来を奪ってしまった女の子に謝罪を繰り返し、私の傲慢で歪んだ全てを背負って消えることだけ。それが私にできる、私に唯一許された贖罪だから。 

 

 膝を抱えて泣きじゃくる女の子を後ろから抱きしめて、私は終わらない謝罪を繰り返す。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……──

 

 

 いつのまにか、涙を零す女の子と謝罪を繰り返す影は一つに重なっていた。その姿は鏡に映る()()()()()そのもので、止まることのない涙を流し続け謝罪の言葉を一人孤独に延々と繰り返す。

 

 やがて海辺は流るる涙によって水底に沈み、シオナは星の光も誰の手も届かない深い海の底へと沈んでいく。

 

 大切な友人達の声も、水面へ誘おうとする水の流れも、必死に伸ばされた幼馴染の手も届かない。宇宙の果ての闇のような海の底で、シオナは延々と涙を流し謝罪の言葉を繰り返し続ける。

 

 そんな哀れな少女を、孤独の具現たる災厄の兵器が更なる深淵へと引き摺り込む。この果てしない銀河の中で見つけた、同じ孤独の波長を持つ存在を手放しはしないと、全てを拒絶するように巨大な掌で幼い少女の心を包み込んだ──

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

「星河君がロックマン様で、ロックマン様が星河君? いったいぜんたいどうなってるのよぉ!?」

 

 受け入れ難い現実に頭を振り乱して絶叫するルナ。恋する乙女が受けた衝撃は筆舌に尽くし難いものだろう。そのあんまりな取り乱しように、同じく驚いていたはずのゴン太とキザマロが一周回って落ち着いてしまっていた。

 

「……待って、待ちなさい。つまり、なに? 今まで海鳴さんと戦っていたロックマン様は星河君だったってことで、星河君をここまで追い詰めたのは──」

 

 受け入れ難い現実から目を背けたいのを必死に堪え、ルナは辛うじて残っていた頭の冷静な部分で状況を整理する。

 

 ロックマンがスバル、アクア・レディがシオナ。であるのならば、二人は幼馴染同士で争っていたということになる。そして今、電波変換が強制的に解除されてしまうほどにロックマンを追い詰めたのは誰なのか。考えるまでもない。

 

 巨大な翼を携えた影がゆらりと舞い降りる。アンドロメダに取り込まれてからずっと変わらない無機質で空虚な瞳で、怪物は少年少女を睥睨した。

 

「海鳴さん、なの……?」

 

「シオナ……!」

 

 変わり果てた姿のシオナにルナは愕然と声を洩らし、ハープ・ノートはルナ達を庇うように対峙する。

 

 友人達を目の前にしても怪物は言葉も発さなければ反応もしない。ただただ邪魔な障害物を消去(デリート)するため、巨大な翼で全て纏めて叩き潰そうとする。

 

「目を覚まして、シオナ! ショックノート!」

 

 怪物の凶行を止めるべくハープ・ノートが音符攻撃を放つ。放たれた音符は掲げられた翼に直撃するが、しかしダメージどころか傷一つ付けられない。

 

 余りにも存在としての次元が違い過ぎる。目の前の怪物を相手取るには、ハープ・ノートは実力が到底足りていなかった。

 

「だったら──」

 

 バトルカードなら通用するかもしれない。そんな甘い考えを実行に移そうとするが、それよりも先に怪物が動いた。

 

 振り翳した翼がハープ・ノート目掛けて振り下ろされる。ハープ・ノートは咄嗟にバリアを展開して防ぐが、怪物は障壁ごとハープ・ノートを巨大な掌で包みこむ。

 

「やばっ──あぐっ!?」

 

 継続的に圧力を掛けられてバリアが硝子のように砕け散る。そうなればバリアの内側に居たハープ・ノートに逃れる術はない。巨大な掌状の翼に鷲掴みにされてしまう。

 

 障害の一つであるハープ・ノートを捕らえた怪物は言葉を投げることもなく、その巨大な翼に力を込める。何の感慨もなく、ぞっとするほどに淡々と捕らえたハープ・ノートを潰しにかかった。

 

「いっ、あああああああああっ!?」

 

『いけない、このままじゃミソラが……!』

 

 みしりと身体が軋み、潰される激痛にハープ・ノートが絶叫する。拘束から逃れようと必死にもがくが、腕ごと鷲掴みされているためろくな抵抗もできない。ただ痛みに苦悶し、叫ぶことしかできなかった。

 

 このままではハープ・ノートが文字通り握り潰されてしまう。そう危惧したルナが、スバルをゴン太とキザマロに任せて立ち上がった。

 

「やめなさい、海鳴さん! それ以上はその子が本当に潰れちゃうわ!?」

 

「だ、め……逃げて……!」

 

 勇気を振り絞って声を上げたルナにハープ・ノートは息も絶え絶えに逃げるよう促す。電波変換した状態でも手も足も出なかったのだ。生身の女の子に過ぎないルナに怪物の暴力が向けられようものなら命の保証はない。

 

 しかしルナは引かない。恐怖に足が震え涙が溢れそうになっていても、委員長たる白金ルナは目の前で苦しんでいるクラスメイトを、友人を見捨てたりはしない。

 

「私の声が聞こえてる? 聞こえてるならなんでもいいから返事をしなさい!」

 

 声を張り上げて呼び掛けるも怪物は一瞥すらしない。視界には映っているはずなのに、その意識は捕らえたハープ・ノートにだけ注がれている。その意識も道端の小石を除ける程度の認識でしかないが。

 

 シオナを助けようとしたロックマンとハープ・ノートも、勇気を奮い立たせて立ち上がったルナでさえも。怪物にとっては路傍の石、眼中にすら入っていないのだ。

 

 無関心を通り越して失礼極まりない怪物の態度に、ルナは命の危険を自覚しながらもこめかみに青筋を浮かべた。

 

 必死にシオナを助けようとしているロックマンとハープ・ノートを気にも留めず、友人たる自分の呼び掛けは完全無視。ルナのボルテージが上がるのも無理からぬものだ。

 

「いい加減にしなさいよ、このねぼすけ! いつまで寝惚けてるつもりなの!?」

 

「「い、委員長!?」」

 

 怪物と化したシオナを相手に怒るという命知らずな真似をするルナに、ゴン太とキザマロが目を見開いて仰天する。ロックマンですら敵わない相手に啖呵を切って、その敵意が向けられたらどうするつもりなのか。

 

 案の定、ゴン太とキザマロの心配は物の見事に的中する。翼に捕らえたハープ・ノートを見上げていた怪物の瞳がルナへと向けられた。

 

 普段の眠たげな眼差しとは違う、無機質でありながら背筋が凍りそうな圧力を伴った眼光に射貫かれてルナは思わず泣きそうになる。それでも視線は逸らさず、孤独と絶望が渦巻く虚な瞳を真っ直ぐ見つめた。

 

「散々心配させておいて、帰らないだとか訳の分からない我儘言ってるんじゃないの! 何があったかなんて知らないけど、さっさと正気に戻って帰ってきなさい! あなたの帰る場所は、ちゃんとここにあるんだから!!」

 

『────』

 

 怪物──シオナの無機質な瞳が微かに揺れ動いた。

 

 シオナを取り巻く事情を知らないからこそ、ルナはそれを我儘だと叱り付けた。良くも悪くも聞き分けがよくて、他人から叱られることなんて滅多になかったシオナにとって、ルナの言葉は衝撃を伴って心に響いた。

 

 だが、それだけだ。怪物の動揺はほんの一瞬だけ。即座に再起動するとハープ・ノートを捕らえている翼とは反対の翼をルナに差し向ける。

 

「ひっ……」

 

 恐怖を煽るように殊更ゆっくりと迫る翼にルナは引き攣った声を上げる。どれほどの勇気を振り絞ったとしても、やはり怖いものは怖いのだ。なまじ目の前でその翼によって痛め付けられるハープ・ノートを目にしている分、湧き上がる恐怖は一入だった。

 

 ゴン太とキザマロが、やめてくれと懇願する。ルナを守ろうと必死にハープ・ノートが足掻く。しかし怪物は止まらない。自らの掌中に収めた少女の心を揺さぶりかねない邪魔者を排除するため、その暴威を震えるルナへと向けた。

 

「目を、覚ましてよぉ……!」

 

 眼前に迫る翼から目を背けるように瞼を固く閉ざし、ルナは涙混じりの震える声で呟いた。

 

 訪れるだろう最悪の結末を予期して誰もが絶望する中、スバルの胸元に下げられたペンダントが淡い輝きを放っていたことに気付いたものは一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 ──スバル。起きるんだ、スバル。

 

 

 怪物が放った破滅の奔流に押し負け意識を失ったスバルは、懐かしい声に呼ばれて目を覚ました。

 

「……父さん?」

 

 瞼を開くと広がるのは眩い星々が無数に散りばめられた宇宙空間。そして目と鼻の先には、宇宙ステーションの事故で帰らぬ人となっていた父親である星河大吾がいた。

 

「やっと目を覚ましたな、スバル。少し見ないうちに大きくなったな」

 

「父さん……? 父さん! やっぱり生きてたんだ! ウォーロックが言ってたことは本当だったんだね!」

 

 二度と叶わないかもしれないと心の片隅で思っていた大吾との再会。それがどういう理屈か叶った。現実とは到底思えない光景や状況に疑問を抱くこともなく、喜びに舞い上がってしまうのも無理はない。

 

 念願の大吾との再会に興奮冷めやらないスバル。しかしそんな息子に水を差したのは他ならない大吾だった。

 

「お互いに色々と話したいことはあるだろうが、今は時間がない。急がないとシオナちゃんの命が危険なんだ」

 

「──どういう、こと?」

 

 父親との再会を無邪気に喜んでいたところに突如として告げられる幼馴染の命の危機。再会に喜んでいた心は一瞬で沈静化し、同時に自らが置かれていた状況を思い出す。

 

「そうだ、ボクはシオナを止めようと戦って、それで……」

 

 手も足も出ずに負けてしまった。

 

 止めてみせる、助けてみせると息巻いておきながらこの体たらくだ。無力感と不甲斐なさからスバルは激しく肩を落とし、俯いてしまう。

 

「助けられなかった……ボクが弱かったせいで、シオナは……」

 

 己の無力を苛んでスバルはぽろぽろと涙を溢す。幼馴染を助けようと張り詰めていた気が、父親との再会によって途切れてしまったのだ。

 

 忘れてしまいそうになるが、スバルもミソラもルナ達も、そしてシオナも。彼ら彼女らは大人には程遠い中学生にも満たない子供なのだ。成り行きで地球の命運を背負って戦うことになっていたが、その心身に伸し掛かる重圧に弱音や涙を零したとしても誰が責められようか。

 

「ボクが、伸ばした手を躊躇わなかったら……ボクが、もっと早くにシオナの孤独に気付いてあげられていたら。こんなことにはならなかったのに……!」

 

 大吾を見殺しにしたなどという言葉に躊躇わなければ、シオナがアンドロメダに取り込まれることはなかったかもしれない。シオナが抱えていた孤独にもっと早くに気付いていたのならば、全てを背負って消えようなんて思いもしなかったかもしれない。

 

 全てはたらればの仮定の話だ。しかし持てる力の全てを振り絞った上で敗北したスバルの心は、ほんの僅かなボタンの掛け違いですら気に病まずにはいられなかった。

 

 その場に座り込んで泣き崩れるスバル。無力感に苛まれて涙する息子の肩に大吾はそっと大きな掌を載せた。

 

「スバルのせいじゃない。シオナちゃんをあそこまで追い詰めたのは、父さんなんだ」

 

「……え?」

 

 突然の告白にスバルは驚いて顔を上げる。見上げた大吾の顔には深い後悔の色が滲んでいた。

 

 大吾は遠い過去を振り返るように瞼を閉じる。そして己の罪を明かすように、滔々と語り始めた。

 

「あの日、あかねとスバルに見送られて家を出た俺を、シオナちゃんは玄関先で待っていたんだ」

 

 当時のシオナは大吾にとって息子と仲良くしてくれる幼馴染で、お隣さんの娘さん。物静かではあるが大人も顔負けなくらいに自立した女の子という認識だった。

 

 だからこそ、青い顔で震えながら行手を阻むように目の前に立ったシオナの姿に、大吾は目を丸くした。だが本当に驚かされたのはその後のシオナの言動だった。

 

「宇宙に旅立つ俺に、シオナちゃんはこう言ったんだ。『宇宙ステーションで事故が起こる。行かないで』ってな」

 

「シオナが、そんなことを。いったいどうして……?」

 

 地球から一度だって出たことのないシオナが、何故未来の宇宙で起こる事故について知っていたのか。未来予知という安直な可能性が脳裏を過るが、明確な答えは浮かばない。

 

 大吾も詳しい事情は知らないのか首を横に振る。

 

「分からない。ただ、シオナちゃんは精一杯の勇気を振り絞って俺を止めようとした。だが俺は止まらなかった。彼女の言葉を信じなかった訳じゃない。俺にしかできないことがあるから、どうしても行かなきゃならなかったんだ」

 

「……父さんらしいね」

 

 父親の変わらない考え方にスバルは思わず苦笑する。その考え方が息子である自分にもしっかりと受け継がれていることには気付かずに。

 

 息子の苦笑に大吾は気恥ずかしそうな笑みを零し、しかしすぐに後悔と苦悩を顔に滲ませた。

 

「だがそのせいで俺は最愛の家族に辛い思いをさせ、勇気ある女の子の心に消えない傷を残してしまった。父親として、一人の男として情けないばかりだ」

 

 家族の心配とシオナの懇願を振り切り、その果てに大吾は宇宙ステーションの事故──もとい、FM星人の襲撃によって虜囚の身となり、紆余曲折あって今は広く果てしない宇宙を彷徨う身の上だ。

 

「だから、頼むスバル。情けない父さんの代わりにあの子を助けてやってくれ」

 

「……ボクにできるのかな」

 

「俺とあかねの息子なんだ、できるさ。それに、スバルは一人じゃない。友達ができて、頼れる相棒もいるんだろう?」

 

「うん……あのね、父さんが居なくなってから色んなことがあったんだ。話したいことが、沢山あるんだよ」

 

 脳裏を過るのは大吾が居なくなってからの日々の数々。辛くて苦しくて塞ぎ込むこともあったけれど、今は胸を張って幸せだと言える。

 

 だからこそ、スバルは立ち上がった。零れそうになる涙を拭い、スバルにとっての憧れである大吾を真っ直ぐ見つめ返す。

 

「だから──今度こそシオナを助けてくるよ」

 

「ああ、スバルならできる。信じているよ」

 

「父さんも、いつまでも宇宙で迷子になってるようなら迎えに行くから。それで、シオナにちゃんと謝ってよね」

 

 精一杯作ったむっとした表情で怒るスバルに、大吾は目を点にして固まる。そしてすぐに破顔すると大きく頷きを返した。

 

「スバルの言う通りだな。あまり時間を掛けすぎないよう、頑張って地球に戻るよ」

 

 未だに宇宙で帰るあてもなく彷徨っている身の上であるのに、大吾はそう言い切った。折れることも諦めることもない。帰りを待ってくれている、信じてくれている家族がいるから。意図せずして傷付けてしまった女の子に、ちゃんと謝らなければならないから。星河大吾は自慢の息子に改めて誓った。

 

 心なしか逞しい顔付きになったスバルを誇らしく思いながら、大吾はスバルの傍に目を向けた。

 

「そう言う訳だ。俺が戻るまでスバルをよろしく頼むぞ、ウォーロック」

 

「え?」

 

 大吾の視線の先を追って隣を見れば、そこには見慣れた電波生命体であるウォーロックが腕を組んで佇んでいた。

 

 いつから隣に居たのかは知れないが、ウォーロックは何処となく不機嫌そうな表情でそっぽを向いている。何か気に食わないことでもあったのかと尋ねようとして、大吾が続けた台詞に驚いて声を上げる。

 

「──それから、アクエリアス。君もだ」

 

「えええ!? アクエリアス!?」

 

 ウォーロックとは反対側に、水瓶を肩に担いだ電波生命体が佇んでいた。その表情はウォーロックとは打って変わり、何処となく気不味そうな居心地の悪そうなものだった。

 

 忙しなく左右を交互に見やるスバルに大吾は事情を説明する。

 

「ペンダントの通信機能を介して俺とスバルを繋げてくれたのが、ウォーロックとアクエリアスなんだ。運良く俺からの電波が届いたのもあるが、二人がペンダントに干渉してくれなきゃこうやってスバルと話すこともできなかったんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 宇宙の何処かを彷徨う大吾と話す機会を作ってくれた。たとえこの一時だけの奇跡であったとしても、スバルは惜しみない感謝の念を二人に向ける。

 

『ケッ、別にこの女の助けなんざなくたってこれくらいオレ一人で十分できたぜ』

 

『……そうですね』

 

 ウォーロックの憎まれ口に対して返すアクエリアスの言葉は覇気がない。復讐と憎悪に取り憑かれて気焔を吐いていた姿がまるで嘘のように、今のアクエリアスは雰囲気からして萎れていた。

 

 あんまりな変わりようにウォーロックは面喰らい、スバルは何となくアクエリアスの心情を察して言葉を投げかける。

 

「アクエリアス。君はどうしてボクと父さんを再会させてくれたの?」

 

『それは……一種の報酬の前払いとでも言いましょうか。恥を忍んでお願いします。シオナを、助けてください』

 

 水瓶を担いだ女性のシルエットがスバルとウォーロックに頭を下げる。そこに悪意や他意は感じられず、ただシオナを助けてほしいという切実な願いが滲んでいた。

 

「……ボクの勘違いかもしれないけど、アクエリアスはシオナを孤独から救い出そうとしてくれていた。違う?」

 

 スバルがそう感じたのは、シオナがロックマンとハープ・ノート相手に追い詰められた時に、アクエリアスが一向に助けに戻ってこなかったからだ。

 

 ジェミニ・スパークを相手にしていたとはいえ、シオナが敗北してしまえばアクエリアスの目論見は潰える。にも拘らず、アクエリアスがシオナのフォローに駆け付けることはなかった。それがスバルには、アクエリアスがシオナの敗北を望んでいるように見えたのだ。

 

 スバルの問い掛けにアクエリアスは懊悩するように黙り込む。躊躇いと逡巡を繰り返し、ややあってからアクエリアスはポツポツと心の内を明かし始める。

 

『シオナはこの世界の誰にも理解されることのない前世(孤独)を抱えています。その孤独は復讐に燃える私にとっては都合が良く、最初は利用するだけ利用してこの関係性を終わらせようと思っていたのです……』

 

 星河大吾との繋がりを辿ってスバルの元へ訪れるだろうウォーロックを先回りしたアクエリアスは、スバルの側にいたシオナに目を付けた。孤独の周波数を好むFM星人ですら理解が及ばないだろう心の闇を抱えたシオナに付け込み、その前世知識や情報を利用して己が復讐を完遂しようと目論んでいたのだ。

 

『ですが、シオナの孤独をより深く知るうちに、あの子が私に向けてくれる無垢な親愛に触れるにつれて、どうしようもなく絆されてしまったのです……私も、ウォーロックのことをとやかく言えませんね』

 

 自嘲するように力なく笑うアクエリアス。星河大吾と絆を結んだことで復讐の道を捨てたウォーロックと同様に、アクエリアスもまたシオナとの交流を経て己の中で優先順位が変わっていったのだ。

 

 故郷を滅ぼした怨敵への復讐よりも、自分を本当の親のように慕ってくれる愛に飢えた少女の幸福を願うようになってしまっていた。

 

『クラスメイトである白金ルナ、親友ともいえる響ミソラ、そして幼馴染である星河スバル。貴方達ならばシオナの孤独に寄り添えると考え、敢えて敗北するように立ち回っていました。ですが、私もシオナも予想だにしなかったイレギュラーが起きてしまった』

 

「アンドロメダのことだよね?」

 

『ええ。アンドロメダの正体は孤独の権化、決して埋めることのできない心の隙間を埋めようとあらゆる電波体を飲み込み続けた災厄の電波兵器です。その孤独の周波数と、シオナが発する孤独の周波数が重なってしまった』

 

 数多の星を滅ぼし飲み込んでなお満ち足りることのない孤独。

 

 転生者で原作知識持ちという誰にも理解されることのない孤独。

 

 この果てしない宇宙の中で、ただ一つ(一人)。決して癒すことのできない、理解者が現れようもない孤独を抱えたもの。その絶対にして揺るぎない共通点が、アンドロメダを強く惹きつけ結び付いてしまった。

 

『シオナの心は孤独と絶望に支配され、今この時もアンドロメダの侵蝕に曝されています。一刻も早くアンドロメダの支配からシオナを取り戻さなければ手遅れになってしまう』

 

「どうすればシオナを助けられる? 具体的には何をすればいいの?」

 

 アクエリアスのシオナに対する想いを聞き届けたスバルに、もはや彼女を疑う心はなかった。そんなことよりも幼馴染に迫る命の危機を排除する方が大事だ。

 

 ウォーロック相手にスバルの成長振りを誇らしげに語る大吾を横目に、アクエリアスはシオナを救う手段を説明する。

 

『シオナの心はアンドロメダによって深い闇の底に囚われている。ですが、白金ルナの呼び掛けによって僅かな綻びが生まれた。後は物理的にダメージを与えさえすれば、私が鍵を利用してアンドロメダを引き剥がし、強制的に送還できます』

 

「ダメージを与える、か……」

 

『倒せとは言いません。アンドロメダは今、翼という形で顕現し、シオナの心を捕らえている。つまり、あの大仰な翼にダメージを与えることができれば十分です』

 

「うん、それなら何とかしてみせるよ」

 

 アンドロメダに操られたシオナを打倒しろと言われたら心情的に躊躇っていたところだが、アンドロメダ本体である翼への攻撃ならば遠慮は要らない。幼馴染を奪おうとするアンドロメダへの怒りも込めて、全力で戦う所存だった。

 

『オイオイ、そんな安請け合いしちまっていいのかスバル? オレはまだ、コイツを完全に信用したわけじゃねぇんだぞ』

 

「ちょっと、ウォーロック……」

 

 折角話が纏まりかけたところに水を差すウォーロックにスバルは非難の目を向ける。しかしそんな視線を向けられてもウォーロックは引かず、アクエリアスに対して警戒の眼差しを向けた。

 

『コイツが抱いていた憎悪は本物だった。大吾と出会う前のオレ以上に、お前はFM星を憎んでいたはずだ。それがそう簡単に綺麗さっぱりなくなるとは到底思えねぇんだよ』

 

 同じ境遇であり、同志として気が滅入るほど執着されてきたからこその確信があった。アクエリアスは完全に復讐の道を捨て切れていない。憎悪の炎は何かの拍子にまた燃え上がる可能性を秘めていると。

 

『ふふっ、おっしゃる通りですね。私の胸の内に未だ憎悪の炎が燻っているのは否定しません。優先順位が変わっただけで機会が目の前にあれば自制できるかどうか、私自身にも分かりません……』

 

 シオナと接することで優先順位こそ変わったが、アクエリアスが抱えてきた復讐心までは消えていない。故郷を滅ぼされ、大切な家族を奪われた怒りと憎しみはそう簡単に拭い去れるものではないのだ。

 

『ウォーロック、貴方の懸念も尤もです。ですので、今ここで誓いましょう。シオナを救い終えた後、私は金輪際皆さんの前に姿を現さず地球から去ります。いかがでしょう?』

 

『そいつは──』

 

「──それだけはダメだよ、アクエリアス」

 

 ウォーロックを遮って否を突き付けたのはスバルだった。

 

「アクエリアスがシオナを大切に想っているように、シオナもアクエリアスを大切に想っているんだよ。そうでもなきゃ、どんなに投げやりになっていたとしても星を滅ぼす復讐に手を貸そうとなんてしないよ」

 

『そう、ですね……あの子は優しいですから』

 

 どれほど孤独と絶望に苛まれていたとしても、海鳴シオナの根底には他人を思いやる優しさがある。化け物だと罵倒した母親に怒りや憎しみを向けず、友人や幼馴染を傷付けられ時には激しく憤る。そんな優しい心根の持ち主なのだ。

 

「アクエリアスが居なくなったりなんかしたらシオナはすごく傷付くことになる。シオナにとってアクエリアスは、きっと家族のような存在になっていると思うんだ」

 

『…………』

 

「アクエリアスもシオナを家族のように想っているんじゃないかな? 自分のことは二の次にシオナを助けてほしいって、そう簡単に言えることじゃないよ」

 

『……はい。私にとってシオナは第二の家族、娘のような存在になっていました』

 

 実の親からの愛を受けられず、孤独と絶望に苛まれながら幼馴染や友人達のために奔走するシオナ。その上で自分の復讐にも最大限協力しようとする健気な在り方をアクエリアスはどうしようもなく愛おしく思っていた。

 

「だったらシオナとアクエリアスは一緒にいるべきだよ。家族は一緒に居られるならそれが一番だと思うからさ」

 

「……本当にごめんな」

 

 ちらっと横目に息子からのジト目を受けて、大吾は心から申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。現在進行形で愛する妻と息子に寂しい思いをさせている大吾にとっても、今の言葉は大変深く突き刺さるものだった。

 

 微笑ましい親子のやり取りに場が和む中、尚もアクエリアスは暗い面持ちで口を開く。

 

『ですが、私は……』

 

「復讐のことに関しては、全部終わってからシオナと改めて話してみようよ。優先順位が変わったみたいに復讐したいって想いもまた変わるかもしれないでしょ?」

 

 まだ言い募ろうとするアクエリアスにスバルはやや楽観的ともとれる意見を述べる。アクエリアスの胸の内で燻る復讐心の大きさを理解し切れていないのもあるが、それ以上に大切に思い合っている二人ならば乗り越えられると確信しているからこその言葉だ。

 

 ウォーロックとの間に生まれた誤解を乗り越え、強い絆で結ばれたスバルだからこそ説得力があった。

 

「それでも不安なら、ボク達も助けになるし協力するよ。ウォーロックも、そんなに信用できないならすぐそばで見張っていればいいんじゃないかな?」

 

『オレがッ!? コイツをッ!?』

 

 予想だにしないキラーパスに目をひん剥いて驚愕するウォーロック。何が楽しくて行動を読んで地球まで先回りするようなストーカーの監視をしなければならないのか。本末転倒にも程があった。

 

 やいのやいのと文句を言い合うスバルとウォーロックを前にぽかんとしてしまうアクエリアス。しかしややあって堪え切れないとばかりにくすりと笑みを零した。

 

『ウォーロックが監視者であるのなら、安心できますね。望むのなら、私の全てを一から十までお見せしましょう』

 

『するかっ!』

 

『そんな遠慮なさらず。二十四時間三百六十五日、片時たりとも目を離さず見張っていてくれていいんですよ。私ならそうします』

 

『恐ろしいこと言ってんじゃねえよ!? もういいからヤメロォ!』

 

 ウォーロック渾身の叫びによって監視云々の話は流れた。監視される側のアクエリアスが残念そうにして、疑念を提起した側のウォーロックが酷く疲れ果てた様子なのはご愛嬌というところだろう。

 

 一応は話が纏まったと見て大吾が口を開く。

 

「そろそろ時間だ。スバル、後のことは頼んだぞ」

 

「任せて。父さんの分まで頑張ってくるから」

 

 力強く宣言し、スバルは大吾に背を向ける。本音はもっと話していたいし、叶うならば現実で会いたい。だが今はシオナを助けるのが何よりも優先すべきこと。別れることに迷いはなかった。

 

「いくよ、ウォーロック」

 

『おう。今度は負けねぇぞ!』

 

 戦意を漲らせるウォーロックにスバルも頷く。

 

 孤独に囚われた幼馴染を救うため、存亡の危機に立たされた地球を守るため、主人公(ヒーロー)は立ち上がる。

 

「電波変換! 星河スバル、オン・エア──!」

 

 眩い緑の閃光に包まれて、スバルとウォーロック──ロックマンは現実世界へと飛び立った。

 

 




やっぱりヒーローはこうでなくっちゃ。
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