オリ主(♀)がメインストーリーに巻き込まれたり別軸で動いたりする二次創作です。
投稿主は漫画しか履修していません。
勢いで書いたため短編にして投稿しますが、続きを書ければ随時更新します。
オリ主(♀)の恋愛要素は無い予定です。
タイトルやタグは更新するかもしれません。

2025/09/18 1話を加筆修正

1 / 1
陸の運び屋(仮)

1

 

 

東南アジアのとある街、入り組んだ路地には廃材の雨の匂いが漂っており、時折銃声も響いている。継ぎ接ぎの目立つドアを数回叩く音がバラックのジャングルに僅かに響く。覗き窓が一瞬開かれ音を発した存在を確認すると、全身黒ずくめの人影が拳銃を片手に顔を覗かせた。その奥には煙草を吹かし時計を目に向ける男が立ち上がるところだった。

 

「予定より早いじゃないか」

 

「別件で。早く、金」

 

肩にかけたくたびれた鞄から、ラップで何重にも巻かれた小包を取り出す。錆だらけのバラックの屋根からはまとまった水が流れ、小包を差し出す腕を叩き地面に落ちていく。

 

「ボスから聞いたぜ。あのロシアの連中にも雑な仕事回されたらしいじゃねえか。あいつらのせいでシマも荒らされて殺される奴も出てきて、俺らも含めて最近ご立腹だ。誰から仕事を受けるか考えとくんだな」

 

包みを開きながら黒ずくめの男がニヤニヤと言葉を投げかけてくる。これだこれだ、とガラス瓶に入った薬を眺めると後ろの男に渡していた。見せびらかすようにナイフを手に取る男に苛立ちを覚える。

 

「何?脅してるの?」

 

「テメエみたいな奴がよくもまあここまで生きてるよなあ。物運んで人殺して……あとは何だ?」

 

「ねえ。金は?」

 

「まあテメエみたいな奴も好む輩もいるか——」

 

男の目からは、この街に流れ着くまでの日々に見た、こちらに憎悪を抱かせる感情が滲み出ていた。このあとに続けて何をほざくか、全て分かった。分かってしまう。

 

眼前のゴミを殴り倒し、喉仏を踵で擦り潰す。後ろで商品を持つ男がジャケットに手を入れるのを見て、その腕もろとも全身に弾丸を浴びせる。足元の男はナイフを私の脚に突き刺そうと腕を振り上げていたが、その腕には複数の風穴が開いていた。

 

「端金しか持ってないじゃん。小娘だからってこういうこと考えたの?」

 

簡単に死体や室内を物色し、最後に依頼品だったガラス瓶を鞄に入れる。割れておらず中身の白い粉も無事だった。こういう商品は良い小遣い稼ぎになる。

 

「待ちやがれッ!」

 

獣のような怒声を受けながらバラックを後にする。

 

「今後ともご贔屓に」

 

わざとらしく笑みをつくり、恭しく頭を下げる。目の前の獣はまだ血肉の繋がったもう片方の腕で安物のピストルを構えていたが、その手から銃弾は響かなかった。代わりに響いたのは9mmパラベラム弾の連射音だった。

 

自分でつくった血の海を茫然と見下ろし、薄汚い血と硝煙の臭いを感じながら迷路のようなバラック群を歩く。開けた道路に着くと、外壁に寄せ雨水が当たらぬよう停めていた愛車のSR400に跨った。エンジンを掛けようと準備していると、自前の携帯電話に着信が入る。まだまだ貴重な携帯電話だが、いくつか仕事を進める中で偶然手に入れることができていた。

 

「おっ、繋がった。ベニーだ。いつもの買い物お願いしたいんだけど」

 

機械マニアからの依頼だ。

 

「どうも。どこで何買えばいいの?」

 

「今日はこの雨だし、急ぎじゃないから明日がいいな。あと君、前僕がパーツの名前言った後にすぐ忘れちゃったじゃないか。現地に着いたらラグーン商会に連絡してよ。電話越しで欲しいパーツを言うから」

 

電話だけじゃ限界があるんだよ、と頭を抱えてしまう。

 

「毎回頭が疲れるからさ、少しは色を付けてくれない?」

 

「その気持ちは汲み取りたいけどね。景気はそこそこってとこだから勘弁してほしいかなあ。代わりにまた仕事があったら振るからさ」

 

「あっそ、分かった。レヴィにもダッチにもよろしく」

 

わずかに赤みがかった薄茶色の頭髪を靡かせ、愛車を走らせる。

 

運び屋としてのもう一つの仕事を終わらせるためバイクを停め、指定されたゴミ箱に商品を入れ雇い主に連絡する。聞き取りづらいが、「ありがとう」と言っていると思う。最近丸ノコギリは頼んだばかりだっと思うが、今回の物は刃が全然違う……らしい。

 

運び屋と掃除屋の相性は大変良いようで、よい取引先になっていた。車は持っていないため運べる容量は限られているが。

 

今日の仕事を全て終えたことを確認して一呼吸おく。鼻の奥にはまだ血肉と火薬の臭いが残っている気がして、嫌な思い出が蘇る。

 

———

 

旧ソ連圏のある都市で生まれ、ゴミだらけの路地や廃工場跡で日々を生き抜いていた。顔も覚えていない両親は職も家も失い、いつの間にか自分一人になっていた。植物も残飯も虫も、何でも食べた。1980年代の東欧は混乱と貧困にまみれ、治安も大いに荒れていた。最小限の体力で活動できるよう、目立たない路地の端でじっと過ごすことが多かった。片隅から数え切れない人間を見聞きする中で、通り過ぎる人々がどのようなことを考え動いているのか、何となく分かるようになっていた。そのせいか路地裏や廃村などで起きる同年代や大人の諍いから身をかわすことができていた。争いの後、誰も居なくなった場所から使えるものは何でも使い生き延びた。

 

しかしソ連崩壊の混乱はうねりを増すばかりで強盗や略奪も明らかに多くなっていた。銃声を響き渡る日が続き、ようやく逃れた廃村で震えて過ごす日々が続いた。

 

ひもじい日々もまもなく、自分が逃げ込んだ廃村に銃を持った男たちが廃村の人間を一箇所に集めた。そのなかの一人の男が声を発する。

 

「出稼ぎに行かないか? アジアで仕事がある」

 

甘い言葉に希望を見出したナタリアは、迷わずその誘いに従った。嘘や罠だと思考することもなく、その集団の指示に従った。道具として扱われることを知ったのは、トラックの荷台に押し込まれ、乗った全員が数字で呼称された時だった。碌な食糧も与えられず、意識が朦朧としトラックが悪路で揺れるたびに意識を取り戻す日々が続いた。

 

目隠しされ、わずかに潮の香りを感じた。何回も感じた潮の香りは消え去り、またトラックに乗せられた。このときからは目隠しがなぜか外された。

 

何日経ったのかも分からない。商品の数は徐々に減っていた。売られたのではなく、動かなくなったから置いていかれるという光景を何回も見た。一人、そしてまた一人が荷台から蹴落とされたとき、トラックは急加速を始める。身体中を荷台のあちこちにぶつけながら耐えていると、銃声とともにトラックは横転した。その場の全員が混乱する中で銃撃戦が始まった。ただ死にたくないという想いからトラックの隙間に隠れて息を潜める。

 

怒声が響くなか少しずつ銃声は減っていき、いつの間にかあの廃村から自分たちを連れてきた男たちはたったの2人になっていた。商品はナタリアしか残っておらず、残りは皆死んでいた。

 

ナタリアは顔の無い遺体から奪い取った軽機関銃を見よう見まねに男たちへ構え、弾倉が空になるまで撃ち続けた。この時反撃として受けた銃創は腕や脇腹、脚にも色濃く残っている。

 

命からがら辿り着いたこの街で、親切にも治療してくれた闇医者はその数日後に殺され、自分はその闇医者の元住処で暮らしている。自分が原因で善人が死に、大いに泣いた。それだけでこの有様だったが、それでもこの街にとっては“そんなのは日常茶飯事”だった。名乗らず死んだあの医者の死から、この街の仕組みやルールを脳の皺が無くなるほど刷り込まれた。

 

命の恩人を殺した輩を許すことはできなかった。だから、医者を弔ったその足で仇を追い詰め、酔いに身を任せ三日三晩痛めつけ続けた。こいつにも家族がいるかも知れない、待っている人がいるかもしれない。でもそんなことを考えるのは無駄で、無駄だからこそ殺しが空っぽの人間にも生きる活力を与えてくれた。果てた肉塊を見下ろし、激しく嘔吐し、また酒を呷り、この繰り返しが生を実感させた。側から見れば報復と思われる命のやり取りだっただろうが、このフローがあるから今の自分がいるのだ。

 

この儀式を終えた後は荷物運びから市場での売り子、麻薬農家の手伝い、掃除、殺しまで何でもやった。今は運び屋とブローカー、その他諸々の雑用を引き受けながら小銭を稼ぎ命を繋いでいる。雨風の当たらない居場所があるだけでも恵まれているだろう。今では一定の信用が得られたのか、仕事に事欠くことはない。名前を出すのも憚られるような組織や人間からも依頼を受けているが、なるべく中立的な立場で居られるよう思考を回す独特の疲労感が増え続けているのは悩みのひとつだ。

 

———

 

「……よく生きてるな、私」

 

仕事を終え自宅のシャワーを浴び、髪を拭きながら今後の見通しを付け安物のウォッカを呷る。乾いた喉を潤すたびに多幸感に包まれる。

 

「明日はベニーの買い物して、イエローフラッグでも行こうかな。バオまた仕事くれればいいんだけど」

 

 

 

 

 

2

 

 

雨は日の出前に止んだようだが、泥濘が目立っている。愛車の整備を軽く終えた後に乗るのは気が引けるが、仕事はこなさなければならない。なるべく乾いた地面を選び、様々な機械の部品が並ぶ市場にたどり着く。ベニーに電話をかけるとすぐに繋がった。

 

「おはようベニー。着いたんだけど何買えばいいの?」

 

「うんおはよう。えっと品番はね、ちょっと待ってね——」

 

何に使うのか見当も付かない部品を、電話で指示を受けながら買い漁る。品番は同じでもパチモンがあるらしく、その特徴と合致しているか細々と確認させられる。余談だがこの馴染みある市場で交わされる商品名にはドイツ語やロシア語が使われていることが多くある。ロシア語はほぼ問題なく理解できるが、ドイツ語は生まれ故郷で覚えた基本的な言葉しか理解できない。

 

「じゃあ今から持っていくから」

 

「助かるよ。ダッチは出てるけどすぐ戻ってくると思う」

 

「分かった」

 

昨日の雨が嘘のように雲ひとつない空からジリジリと熱線が注がれる。空冷エンジンも爆発するんじゃないかと汗を拭いながらラグーン商会のオフィスへ向かう。昨日のクソ野郎共が死んだバラックの辺りが騒がしいようだったが、こんなものは日常茶飯事だ。妙な依頼、裏が取れない依頼は受けなくても暮らせるくらいに、この街からの信用をもっと得たいものだ。言葉の意思疎通がしやすかったり、同郷と言えば同郷だし、評判はさておきホテル・モスクワとは良い関係が作れればと思う。政府とか警察が居ても居なくても関係ない、力がある奴らが強いということは嫌と言うほど思い知った。だからこそ色々な力を使えるようになりたい。

 

狭い路地が続く近道を使い、ラグーン商会に向かっていると、昨日荷物を届けた依頼人が黒い袋を持って現れた。

 

「ぐウ、ゼン……ネ。キノウはアりがトう——」

 

「その格好、今日は出かけるみたいだけど気をつけてよ。あの時は本当に偶然だったんだから」

 

喉元に奇妙な機械を当てる、奇抜な格好の掃除屋は笑みを浮かべる。

 

「ちょウド、キのうノモのヲツかっタの——」

 

「その臭い本ッ当、酷いから。早く処理して。埋めるんだったらあの子にもよろしく言っておいて」

 

十中八九人体が入った袋をよそ目にラグーン商会へ急ぐ。掃除屋ソーヤーとの関係は今に始まったことではないが、偶然新参者の輩から命を助けて以来顔を合わせる機会は増えている気がする。これまで出会ったことがないタイプだが、一緒に居て気を遣わずに過ごせる数少ない人間だと思う。またね、と手を振ってその場を後にした。この路地を抜ければすぐにラグーン商会のオフィスがある。

 

「ご苦労なこった。話は聞いてる。まあ上がれ」

 

「……どうも」

 

まるで来る時間が分かってて、見計らったようなタイミングでオフィスの前にいたラグーン商会の切れ者に導かれオフィスに入る。自分の今の住処と比べると遥かに清潔だ。

 

「待ってたよナタリア。中身をさっそく見せてくれ」

 

目を輝かせる機械大好き人間のベニーに荷物を渡すと、ブツブツとパーツを物色しながら呪文のような独り言をこぼしていた。前は依頼したパーツが違うとかでクレームを受けたが、今回も正直自信は無い。早く確認を済ませてほしい、と考えながらその場で腕を組んで待っているとダッチからビールを渡される。

 

「お前昨日は散々だったみたいだな。餞別だ」

 

「それはどうも。耳が早いね」

 

「この街じゃ何かありゃすぐ聞こえてくるもんさ。どんな情報もいつ金になるか分からねえ。似たようなことして生きてんだ、分かるだろう?」

 

アメリカン・スピリットに火を灯すこの仏頂面からは何を考えているのかまるで想像がつかない。恐らく、ラグーン商会がこうして続いているのはこの人が居てこそだろう。別室からあくびをしながら現れたガンマンもまたその要因だと思う。ボリボリと頭を掻きながら悪態をつく女と目が合う。

 

「……レヴィ、ここで寝てたの?」

 

「仕事の前に気合い入れてたんだよ」

 

コキコキと首を鳴らしながらソファーに勢いよく座った戦闘狂に尋ねる。

 

「グレネードランチャーなんか普段持ち歩かないじゃん。なんかデカい仕事でもあるんでしょ?」

 

「そんなとこだよ。とっとと出てけ」

 

「そのランチャーの弾持ってきたの私だから気になっただけだって。そんなイライラしなくてもいいでしょ?」

 

最近依頼を受けてラグーン商会に運んだ弾丸が目の前でジャラジャラと置かれていれば、気になるに決まっている。

 

「チッ……ただ持ってきただけだろーが。詮索屋は—–」

 

「嫌われる、ね……ちょっと。ベニーまだ?」

 

今日のレヴィは機嫌が悪いようで、話しかけてからずっと自慢のカトラスをこちらに向けている。さっきの舌打ちは次はない、というメッセージだろう。

 

「ああ、ごめんごめん。確認は終わった。頼んだ物で間違いないよ。報酬はこれでいいかい?」

 

それなりの額を手渡されるとそそくさとオフィスを出る。打ち合わせか何か知らないが、余計なことは耳に入れたくない。ロアナプラでは身の丈に合った振る舞いが肝心だ。

 

イエローフラッグが開くにはまだまだ陽が高いが必要な買い物は済んでいるし、受けている仕事もない状態だった。

 

 

 

 

 

3

 

 

イエローフラッグが開くまでは、バイクの予備パーツを物色して時間を潰した。整備なんて素人当然だが、この街ならある意味何でも見つけられる。雑誌なんて世界中のどんなものでも流れ着くのではないだろうか。自動車整備に関する雑誌も例に漏れず簡単に手に入った。言葉は読めなくても雑誌の写真なんかを参考に見よう見まねで整備しているうちに、構造を少しずつ理解できるようになっていた。今日はゴミの混ざった泥を取るため念入りにエンジンの隙間を掃除したせいか、もうどの酒場も開いている時間になっていた。

 

あくびを抑えながら店の裏にバイクを置き、正面から店に入る。

 

「うわ、随分と荒れてる日に当たっちゃったか」

 

この酒場は荒っぽい人間が多い。他の酒場と違うのは扱う酒の種類だけではない。人が多い分情報も拾いやすい。酒を飲む金を稼ぐのと同義だ。もちろん危険もあるが、リスクを取らなければ実りもまた得られない。

 

「アブサンをロックで。そっちじゃなくてチェコの、そう、そっち」

 

「てんで分かりゃしねぇな。こいつ飲む奴ァお前ぐらいだ」

 

店主のバオはどうにも一言多い。

 

「貢献してるってことじゃん」

 

「だったらこっちのアブサンの方が嬉しいがね。儲けになんねぇ」

 

ある依頼で殺した人間の荷物から出てきたフランス産のアブサンを、飾りとしてついでにバオに売ったが、まだ蓋は一度も開いていないようだった。

 

「そっちも美味しいけど、こっちの方が効くから。まだ割れてなくてよかったねそれっ。ウケるなあ」

 

「オラオラどんどん飲んで貢献してくれやがれ」

 

グラスが空になるたびに酒を注がれる。何杯目か分からなくなると料金を吹っ掛けられるからちゃんと覚えておかないと。

 

「ああ……沁みるぅ……」

 

血気盛んな野郎共が暴れるおかげで店内は普段よりも熱気を帯びていた。その熱気のせいか酒もどんどん進む。氷もいつの間にか半分ほど溶けてしまっていた。

 

「ごめんバオ。氷を——」

 

店の入り口から新しい足音が聞こえ、つい意識を向けてしまう。振り返るとそこには見慣れたラグーン商会の3人と、黒髪の男がトボトボと連れられている。テーブルは荒れているせいか、カウンター席に向かってきた。掲げたグラスに氷が足され、別料金だと店主が吐き捨てる。

 

「今日の仕事って拉致だったの?中国人?」

 

ラグーン商会の面々が黒髪の男と話している中、タイミングをはかりダッチへ問いかける。

 

「仕事は状況によって変わるもんだ。いい線いってると思うがな。こいつは日本人だよ」

 

歯切れの悪い返事をした彼は電話のために席を離れていく。その背中を目で追うが、何か嫌な予感がする。隣でバカルディを水のように飲むレヴィたちもうるさいしこの一杯で今日は帰ろう、そう思った瞬間に彼女と目が合ってしまう。鼻の下を伸ばし口角を上げると彼女は高らかにボトルを振り上げる。

 

「おい傷だらけ!一杯奢ってやるよ!」

 

答える間もなくレヴィが私のグラスにバカルディを注ぎ始めた。

 

「——ちょッ!ふざけないで!」

 

別料金が上乗せされた緑色の酒が段々と薄くなっていく光景を見て私は大声を上げてしまう。

 

それを見てケラケラと笑うレヴィにこのクソみたいなカクテルをぶち撒けようと力を入れた瞬間、喧騒をかき消すほど大きな声が響く。

 

「イェア!楽しく飲んでるかクソ共?」

 

また酒の回った馬鹿が騒ぎ立てているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。この街で迷彩服を着て集団で連む連中はここ最近見ていない。

 

「あんな立派な武装して……ねえレヴィ——」

 

ほんの一瞬だったと思う。少し目を逸らしただけだったはず。しかし彼女は日本人を掴みカウンター裏へ飛び込んでいた。

 

「俺からの素敵なプレゼントだ、受け取れ!」

 

命の危険を感じたことは数え切れないほどあるが、まさに同じ感覚が全身を突き動かす。二人を追うようにカウンター裏へ飛び込むとイエローフラッグに爆音が響き渡った。

 

「どういうことなの、レヴィ!?」

 

口笛を吹きながらカトラスに装填する憎き女に尋問する。イレギュラーが起きる時は往々にして違和感がある。今この瞬間の場合、違和感はこの日本人だと断定できた。

 

「ンだぁ?知るかよ」

 

「知らんって、んなわけないだろこんなの!あれただのチンピラじゃないし、何より酒を弄んだ落とし前を——」

 

「おいお前らァ!何とかしやがれこん畜生がッ!!」

 

店主はテリトリーがメチャクチャにされたせいでご立腹の様子だった。

 

「……あー、もううるさい!どうにでもなれ!」

 

昨日に続いて今日もUZIに出番があるとは思わなかった。

 

一度深呼吸をしカウンター越しから声や気配を頼りに頭で目標を定める。煙が立ち込めているが関係ない。撃って、隠れて、装填して、これを繰り返す。視界には縦横無尽に立ち回るレヴィを姿が見えるが、獣の如く俊敏に目標を屠る様は、味方で本当に良かったとつくづく思わせてくる。

 

そうホッとしていると何やらダッチが叫び、日本人とレヴィも店の外で出ようと走り出していく。いつの間にか非戦闘員のベニーもいなくなっていた。相手方の目標は恐らくあの日本人だ。最近日本人に関する仕事や情報はほとんどなかったが、あのナリは良くも悪くも目立つ。あれがこの災害の原因だ。

 

「おいクソ共!日本人はもういねえよ!!」

 

しかしこちらを狙う銃弾は止まらない。貫かれる酒瓶とその中身が絶え間なく全身を濡らしていく。この状況で酔いが回ってきたかもしれない。

 

自分でも少しハイになっていたと思う。次に呼吸に意識が向いたのは、外から手榴弾の爆音が響き渡った時だった。海風か、熱気を冷やすような風を浴びるとバオが叫ぶ。

 

「クソ!クソクソクソ!!ふざけんじゃねえぞッ!!」

 

とっとと出て行くか、店を片付けるか、銃を突き付けられながら問われる。

 

「そんなホカホカの銃口向けないでほしいかな……小遣いはもちろんくれるよね?」

 

「うるせえとっとと片付けやがれ!」

 

 

4

 

「こりゃ誰の仕業だ」

 

ジャケットやアロハを身に付ける男たちは腐敗を始め異臭を放つ2つの死体に思わず鼻を塞ぐ。

 

「まあ役立たずだったが大事な頭数だ。ロシア人共か?三合会か?他のマフィア共か?それに警察共は何してやがった」

 

「アイツらは恐らくここまで来ませんよ。マシンガンの銃声が最近のスコールの日に聞こえた、と近くの住人から聞きました。誰も通報してないようで、それ以外は目立った情報は得られてません」

 

「9mmの薬莢ぐらいはこの辺じゃマフィアじゃなくても手に入れられる。銃だって最近はなぜかすぐ手に入っちまう。情報屋にでも——」

 

ルアクと呼ばれる男の胸元から着信音が聴こえる。陳と呼ぶ相手と長々と話している間にも腐肉へ蝿が蛆を産み落とし続けている。

 

「お前ら、仕事が決まった。船を出すぞ。この始末はこれからだ」

 

男たちは足早に事件現場を離れていく。息を潜めその様子を見ていたナタリアは掃除屋に電話をかける。

 

「前は運びの仕事ありがとね。私からも依頼があって、2つ分お願いしたいの。ビニール10枚くらいで足りるかな。まあ足跡付けないように持って行くから。うん、じゃまた」

 

先日自分が殺した人間を処分する必要があることに気づいたのは、運び屋として近くを通りすがった際にあの連中がバラック群に入っていくのを見てしまった時だった。

 

身なりや話し方、態度だけでただのチンピラだと考えていた自分の愚かさを噛み締めながら腐肉を刻みビニール袋に入れていく。これまで多くの人間と関わってきたが、危ないと感じる第六感のようなものはこのふたつからは感じ取れなかったのだ。思わずため息が出てしまう。

 

「テつだ、ウ」

 

しゃがんで小休憩を入れていると、背中に振動が伝わってきた。

 

「……出張までは私頼んでないよ」

 

お得意先の一人と、防護服のようなものを纏うもう一人へ伝える。

 

「マ、えノオ……れい」

 

「ソーヤーってお人好し、だよね。それで後ろの人は?仕事してる時のソーヤーと見た目同じだけど」

 

「ミナ、ライ。れンシュ……シてもラ、ウ」

 

「そこは筋が通るけど。ソーヤー別に来なくてよかったでしょ」

 

彼女は滅多に出かけているのを見かけない。ゴスロリというジャンルの服装はこの街では特に目立つ。仕事柄、命を狙われる可能性もゼロではないため簡単に外出してよいものかと疑問が浮かぶ。見習いが片付けの準備をする中、ソーヤーから一枚の手紙が渡された。

 

『買い物に付き合ってほしい。新しい服を見に行きたい。送迎を依頼したい。護衛も兼ねてる。分からない言葉があるかもしれないから通訳もしてほしい。』

 

「……まあ金出るならいいけど。私バイクだから、あんまり買い過ぎないでね。ちょっと手袋とエプロンとるから待ってて」

 

ソーヤーは頷くと、見習いに作業を始めるよう促す。私の使った手袋とエプロンも、無言ではあったが引き取ってもらった。真っ昼間でも薄暗い路地を抜けて、整備したての愛車に跨る。キックスターターに力を込め、エンジンの鼓動を感じアクセルを軽く捻ると、慣れない様子でソーヤーが後ろに乗り込んできた。

 

「じゃあ行こうか」

 

人を乗せて走ること自体はよくあることだ。この街でタクシーを使う場合、ぼったくりに遭う可能性も多いため、命知らずのバックパッカーや娼婦から一定の需要がある。この街に縛られた人間だからこそできる仕事のひとつだ。目的地に向けて今後の仕事について考えながら狭い近道を抜けていく。彼女の指定した露店は普段馴染みのある場所よりも幾分か遠いが、大通りに出たらもうすぐだった。ハンドルを握る腕の力を緩めながら大きく息を吐く。

 

しかし吐き続けていた息は見覚えのある集団を視界に入れたことで止まってしまった。

 

「やば——」

 

「そこのバイカー、ちょっと来なさいな」

 

エンジンの鼓動と心臓の鼓動が重なり合う。この町で生きていく以上、この人には逆らえない。平静を装い、彼女の近くにバイクを寄せる。周りの護衛の視線が酷く突き刺さる。

 

「ちょうどいいわ。あなたと…だあれその子?」

 

「仕事仲間です。送る途中で」

 

嘘はついていない。ソーヤーのことを赤裸々に話すわけにもいかない。こんな場所でもプライバシーは守る必要がある。電話口で誰かと話しているようだから尚更だ。

 

「あら、じゃあ別に大丈夫ね。……——今ちょうどナタリアが来てね。ええ、珍しいこともあるものよ。待たせたわね。お詫びってわけじゃないけど、面白いもの聞かせてあげる」

 

——目の前のビルが吹っ飛んだ。振動が爆音と共に全身に響き渡る。

 

初めて顔を合わせた時は顔の火傷の痕に勝手に親近感を持った。初対面の笑顔に騙された、そんなことを思い出した。英語よりも慣れ親しんだ言葉で彼女は話す。

 

「こんなものが見れるなんて運が良いわね。ロアナプラじゃ同志以外では数少ない同郷の誼よ。また何か仕事があれば声をかけてあげる」

 

「それは……どうも。では仕事に戻り——」

 

「近いうちに通訳かおつかいを“お願い”するかもしれないから、その時はよろしくね」

 

火傷痕を負う美女がナタリアに近づき、肩に手を置くと耳元で囁く。

 

「マニサレラカルテルに関連しそうな話があれば連絡しなさい」

 

何回か依頼を受けたことのあるコロンビアマフィアの名前を出され、これまで関わった奴らの顔を思い出す。最近は依頼が無いためその顔も段々と薄れつつあるが、イエローフラッグで顔を合わせれば一緒に酒を飲むこともある。

 

「あの——」

 

「意味が分からないなんて、言わないわよね?」

 

優しく肩に置かれていた手が果実を絞るかのような動きを見せると、バラライカが続ける。整えられた爪が傷痕に食い込むが、痛みが生じる程の力でもない。問答次第ではさらに深い傷を残せる余力があることは想像に難くない。

 

「……もちろん。あと肩痛いです」

 

「あらごめんなさいね、わざとじゃないの。ま、最近はナチ共の言語も分かるようになったみたいだし、上手くやっていきましょ?」

 

何でドイツ語に慣れてきたことを知っているんだ、と驚きを隠しつつなるべく作れる限界の笑顔で感謝の言葉を伝える。後ろに控える大男にも会釈し、カチカチに固まるソーヤーを宥めながらこの恐ろしい空間から離れることとなった。

 

その後はトラブルなくソーヤーからの依頼を済ませることができた。あのファッションセンスはよく分からないが、結局大量の衣服を買い込んだソーヤーを送り届けた際にはまた感謝の言葉をくれた。またね、と笑顔で手を振ったが、ドアの隙間から見えた掃除屋の作業場が見えると表情筋が死んでしまった。

 

 

 

 

 

5

 

 

地の果てだと思っていたが、今日のイエローフラッグは穏やかな様相を見せていた。まだあの魚雷艇で仕事をする日々には慣れない。満員電車に押し潰され上司に何度も頭を下げて媚びへつらう日々と比べるのは難しいが、自分自身で地に足をつけて生きている感覚は今の方が強い。

 

「とは言えこのアロハは……」

 

「あのホワイトカラー丸出しといい勝負じゃないか?」

 

ダッチが鼻で笑う。

 

「冗談はやめてくれ……」

 

「今日は俺持ちなんだ。もっと飲んだらどうだ」

 

「あんたらみたいな飲み方じゃすぐ倒れるよ」

 

レヴィもベニーもジュースを飲むようにバーボンを呷っており、ボトルごと頼むか、と上機嫌だった。居酒屋で培ったペースを超えると次の日はまともに動けなくなるのは目に見えている。

 

溜め息混じりにグラスに口を付けふとレヴィを見ると、眉間の皺が深くなっているのが見えた。

 

「薬漬け女はお呼びじゃねえぞ〜?」

 

「まだこの日本人とちゃんと挨拶できてなかったから」

 

後ろから女性の声が聞こえた。振り返ると、袖がない灰色のパーカーを着た女性が青緑色の液体が入ったグラスを片手に立っていた。腕や脚には痛々しい傷が目立ち、見ているこっちまで身体が痛みを錯覚してしまう。肩にかける、くたびれた鞄と小さなマシンガンが、ロアナプラの人間だと決定づける証拠になっていた。

 

「私はナタリア・コヴァリョーワ。お名前を伺っても?」

 

「岡……いや、ロックだ。水夫の見習いだよ」

 

「どうもロック、よろしく」

 

「ナタリアは顔が広い。自己紹介が出来てよかったな。こいつは何でも屋だ。この手の仕事をここで続けて長生きできる奴はそう多くない」

 

彼女のあどけなさが残る雰囲気からは全く仕事振りが想像できなかった。

 

「今後ともご贔屓に。レヴィも、ね」

 

薄いオレンジ色の頭髪を掻きながらレヴィの元へ歩き始める。

 

「ニヤつきやがって気色悪ィ——」

 

「お返し」

 

レヴィのグラスに彼女の酒が全て注がれる。誰が飲んでも不味いと言いそうな液体がグラス満タンに溜まっていた。

 

「……ほぉ、上等じゃねえか。今日はまだまだヤれんぞ?」

 

「あら、殴られると思ってたのに。やっと“待て”ができるようになったん——」

 

脚を組んで座っていたレヴィの片脚が蹴り上げられ、ナタリアがその脚を片手で受け止める。

 

「あんな銃撃戦に巻き込んでおいて、ごめんの一言も無しは酷いじゃない」

 

「あー……あれか、あんなのいつものことだろ。こんな小便みてえな酒はてめえが飲みやがれ」

 

この街にはまだまだ慣れないな、と冷や汗がこぼれる。あの蹴りは全く目で追えなかったというのに、それを受け止めて平然としてるこの人も大概だ。

 

「生きた心地しなかったんだよ?まったく……」

 

レヴィの脚を手放し、店を出ようとするナタリアが振り返る。彼女の青い瞳が自分を捉え、苦笑いを浮かべながら続ける。

 

「ごめんロック、そのアロハは似合わないかも」


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