波動のない勇者 〜魔力ゼロの格闘家、異世界で拳を貫く〜 作:ゆでダコ
評価していただけると幸いです。
神殿の空気は張り詰めていた。
ルミナリア王国の王・レオニスは、玉座に座り、神官たちの詠唱を静かに見守っている。
「魔王が異界より現れた以上、我らも異界の力を借りるしかあるまい」
魔王──数年前、突如として現れた異形の存在。
既存の魔法体系では太刀打ちできず、王国はじわじわと侵食されていた。
その出自が“異世界召喚”であると判明したとき、王は決断した。
「勇者召喚の儀を始めよ」
魔法陣が輝き、空間が歪み、やがてその中心に一人の男が現れた。
白い道着。赤い鉢巻。鍛え抜かれた肉体。
彼はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
「……ここは……」
王が静かに口を開いた。
「ここはルミナリア王国。魔力の理に支配された世界だ。
お前は、我らの祈りに応じて異界より召喚された者──勇者の候補だ」
男は眉をひそめた。
「……異界?俺は……」
「我が国は今、魔王の脅威に晒されている。奴もまた、異界から召喚された存在だ。
ならば、我らも異界の力を借りるしかあるまい。
お前がその力を持つ者であることを、我らは願った」
「名を名乗れ。お前は何者だ?」
男はしばし沈黙し、ぽつりと答えた。
「……俺の名前は…リュウ」
王は目を細め、神官に合図を送る。
「魔力測定を行え」
神官が杖を掲げ、呪文を唱える。
だが、何も起こらない。
「……魔力反応、ゼロ。光魔法の適性は……皆無です」
王は静かに立ち上がった。
「……そうか。ならば、勇者の器ではない」
リュウは拳を握りしめた。
その手に、微かな“気”のようなものが集まりかけたが、彼はそれを抑え込む。
「魔力…とは何だ?」
神官が鼻で笑う。
「この世界では、魔力こそが力だ。魔法を使えぬ者など、ただの無力な異邦人に過ぎん」
王は言った。
「……お前に居場所はない。だが、法を犯したわけではない。
城を出て、己の力で生きるがよい。冒険者として登録すれば、金を稼ぐ手段はある」
リュウは静かに頭を下げた。
「……わかった」
兵士が銀貨の袋を渡す。
リュウはそれを受け取り、城門を後にした。
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王都の石畳を踏みしめながら、リュウは歩いていた。
手には銀貨の袋。腰には何もない。道着姿のまま、異世界の街を一人で進む。
「……冒険者ギルド、か」
王の言葉を頼りに、街の中心部を目指していたが、すぐに違和感を覚えた。
建物の造りも、通りの構造も、日本とはまるで違う。
看板には見慣れない文字が並び、通行人の服装も異国そのものだった。
リュウは立ち止まり、周囲を見渡す。
市場の喧騒、馬車の音、魔法の光が灯る街灯──すべてが異質だった。
「……迷ったか」
彼は焦らない。
だが、目的地がわからないまま歩き続けるのは、無駄が多い。
通りの端に立っていた老人に声をかける。
「すまない。冒険者ギルドはどこだ?」
老人は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべて答えた。
「おお、ギルドか。ならば、この通りをまっすぐ進んで、三つ目の交差路を右じゃ。
そこから鐘塔が見えるはず。その隣がギルドじゃよ」
「……助かった」
礼を言い、リュウは再び歩き出す。
道に迷ったことよりも、自分が“異邦人”であることを改めて実感した瞬間だった。
やがて、鐘塔が見えてきた。
その隣に、重厚な木造の建物──冒険者ギルドがあった。
リュウは受付の前に立っていた。
木製のカウンターの向こうには、事務的な雰囲気の女性職員が座っている。
「登録希望ですか?」
「……ああ」
「では、氏名・年齢・出身地・職業をお願いします」
「名前は……リュウ。年齢は……三十前後。出身地は……日本。職業は……格闘家」
職員はペンを止めて、少しだけ首を傾げた。
「日本?……聞いたことありませんね。ただし、登録には一定の実力が必要です。
何か討伐の実績などがあれば試験免除ですが……」
「…実績はないな」
「では、試験を受けていただきます。明日、午前十時に訓練場へ。
試験官はDランク冒険者の剣士・カイルさんです。優しい方なので、安心してください」
リュウは頷いた。
「……わかった」
「ちなみに、冒険者ランクはSからFまでの七段階です。
試験の結果次第で、初期ランクが決まります。最低でもF、最高でCまでが初期認定可能です」
「……魔法が使えなくても、登録できるのか?」
「もちろんです。体術系の冒険者も多いですし、魔法に頼らない戦闘スタイルも評価されます。
ただし、魔力ゼロの場合は、依頼の幅が狭くなることは覚悟してください」
リュウは拳を握った。
その拳は、魔力ではない別の力が込められているように感じた。
「……力はある。それだけは、確かだ」
職員は少しだけ微笑んだ。
「では、明日の試験でお会いしましょう。健闘を祈ります」
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夜。
リュウは宿屋の部屋にいた。
石造りの壁に木製の家具が並ぶ簡素な造り。窓の外には王都の灯りがちらほらと揺れている。
彼はベッドには座らず、部屋の隅に置かれた丸椅子に腰を下ろしていた。
暖炉の薪が静かに燃え、炎の揺らぎが壁に影を落とす。
拳を見つめる。
その手は、何度も鍛えられた跡が残る。拳の皮膚は硬く、節々には古傷が刻まれていた。
「……波動拳」
ぽつりと呟いた言葉は、炎の音にかき消される。
拳を握る。だが、何も起こらない。
あの“力”は、まだ眠っている。
「魔力がない世界……魔法がすべて……」
彼は目を伏せる。
異世界に来てから、まだ一日も経っていない。
だが、すでにこの世界の“理”は、彼の常識を覆していた。
魔力がなければ、無力。
そう言われた。
だが、拳は通じる。
肉体と精神を極限まで鍛えた者にしか扱えない“技”が、ここにも通用するかもしれない。
リュウは立ち上がり、部屋の中央に構える。
ゆっくりと正拳突きを繰り出す。空気が震え、拳が風を切る音が響く。
続けて、足刀蹴り。鋭く、正確に。
壁際の空間に向けて放たれた蹴りは、まるで見えない敵を斬るようだった。
「……まだ、やれる」
彼は息を整え、再び椅子に座る。
炎は静かに燃え続けていた。
窓の外では、夜の王都が静かに息づいている。
異世界の空気は冷たく、だがどこか懐かしい。
リュウは拳を見つめながら、明日の試験を思い浮かべた。
魔法ではなく、拳で証明する。
彼の瞳には、静かだが確かな闘志が宿っていた。
魔力がなくても、戦える。
この拳で、道を切り拓いてみせる──
そして夜は、静かに更けていった。