波動のない勇者 〜魔力ゼロの格闘家、異世界で拳を貫く〜   作:ゆでダコ

1 / 8
閲覧ありがとうございます。
評価していただけると幸いです。


第一話「波動のない勇者」

神殿の空気は張り詰めていた。

ルミナリア王国の王・レオニスは、玉座に座り、神官たちの詠唱を静かに見守っている。

 

「魔王が異界より現れた以上、我らも異界の力を借りるしかあるまい」

 

魔王──数年前、突如として現れた異形の存在。

既存の魔法体系では太刀打ちできず、王国はじわじわと侵食されていた。

その出自が“異世界召喚”であると判明したとき、王は決断した。

 

「勇者召喚の儀を始めよ」

 

魔法陣が輝き、空間が歪み、やがてその中心に一人の男が現れた。

白い道着。赤い鉢巻。鍛え抜かれた肉体。

彼はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。

 

「……ここは……」

 

王が静かに口を開いた。

 

「ここはルミナリア王国。魔力の理に支配された世界だ。

お前は、我らの祈りに応じて異界より召喚された者──勇者の候補だ」

 

男は眉をひそめた。

 

「……異界?俺は……」

 

「我が国は今、魔王の脅威に晒されている。奴もまた、異界から召喚された存在だ。

ならば、我らも異界の力を借りるしかあるまい。

お前がその力を持つ者であることを、我らは願った」

 

「名を名乗れ。お前は何者だ?」

 

男はしばし沈黙し、ぽつりと答えた。

 

「……俺の名前は…リュウ」

 

王は目を細め、神官に合図を送る。

 

「魔力測定を行え」

 

神官が杖を掲げ、呪文を唱える。

だが、何も起こらない。

 

「……魔力反応、ゼロ。光魔法の適性は……皆無です」

 

王は静かに立ち上がった。

 

「……そうか。ならば、勇者の器ではない」

 

リュウは拳を握りしめた。

その手に、微かな“気”のようなものが集まりかけたが、彼はそれを抑え込む。

 

「魔力…とは何だ?」

 

神官が鼻で笑う。

 

「この世界では、魔力こそが力だ。魔法を使えぬ者など、ただの無力な異邦人に過ぎん」

 

王は言った。

 

「……お前に居場所はない。だが、法を犯したわけではない。

城を出て、己の力で生きるがよい。冒険者として登録すれば、金を稼ぐ手段はある」

 

リュウは静かに頭を下げた。

 

「……わかった」

 

兵士が銀貨の袋を渡す。

リュウはそれを受け取り、城門を後にした。

 

---

 

王都の石畳を踏みしめながら、リュウは歩いていた。

手には銀貨の袋。腰には何もない。道着姿のまま、異世界の街を一人で進む。

 

「……冒険者ギルド、か」

 

王の言葉を頼りに、街の中心部を目指していたが、すぐに違和感を覚えた。

建物の造りも、通りの構造も、日本とはまるで違う。

看板には見慣れない文字が並び、通行人の服装も異国そのものだった。

 

リュウは立ち止まり、周囲を見渡す。

市場の喧騒、馬車の音、魔法の光が灯る街灯──すべてが異質だった。

 

「……迷ったか」

 

彼は焦らない。

だが、目的地がわからないまま歩き続けるのは、無駄が多い。

 

通りの端に立っていた老人に声をかける。

 

「すまない。冒険者ギルドはどこだ?」

 

老人は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべて答えた。

 

「おお、ギルドか。ならば、この通りをまっすぐ進んで、三つ目の交差路を右じゃ。

そこから鐘塔が見えるはず。その隣がギルドじゃよ」

 

「……助かった」

 

礼を言い、リュウは再び歩き出す。

道に迷ったことよりも、自分が“異邦人”であることを改めて実感した瞬間だった。

 

やがて、鐘塔が見えてきた。

その隣に、重厚な木造の建物──冒険者ギルドがあった。

 

リュウは受付の前に立っていた。

木製のカウンターの向こうには、事務的な雰囲気の女性職員が座っている。

 

「登録希望ですか?」

 

「……ああ」

 

「では、氏名・年齢・出身地・職業をお願いします」

 

「名前は……リュウ。年齢は……三十前後。出身地は……日本。職業は……格闘家」

 

職員はペンを止めて、少しだけ首を傾げた。

 

「日本?……聞いたことありませんね。ただし、登録には一定の実力が必要です。

何か討伐の実績などがあれば試験免除ですが……」

 

「…実績はないな」

 

「では、試験を受けていただきます。明日、午前十時に訓練場へ。

試験官はDランク冒険者の剣士・カイルさんです。優しい方なので、安心してください」

 

リュウは頷いた。

 

「……わかった」

 

「ちなみに、冒険者ランクはSからFまでの七段階です。

試験の結果次第で、初期ランクが決まります。最低でもF、最高でCまでが初期認定可能です」

 

「……魔法が使えなくても、登録できるのか?」

 

「もちろんです。体術系の冒険者も多いですし、魔法に頼らない戦闘スタイルも評価されます。

ただし、魔力ゼロの場合は、依頼の幅が狭くなることは覚悟してください」

 

リュウは拳を握った。

その拳は、魔力ではない別の力が込められているように感じた。

 

「……力はある。それだけは、確かだ」

 

職員は少しだけ微笑んだ。

 

「では、明日の試験でお会いしましょう。健闘を祈ります」

 

---

 

夜。

リュウは宿屋の部屋にいた。

石造りの壁に木製の家具が並ぶ簡素な造り。窓の外には王都の灯りがちらほらと揺れている。

 

彼はベッドには座らず、部屋の隅に置かれた丸椅子に腰を下ろしていた。

暖炉の薪が静かに燃え、炎の揺らぎが壁に影を落とす。

 

拳を見つめる。

その手は、何度も鍛えられた跡が残る。拳の皮膚は硬く、節々には古傷が刻まれていた。

 

「……波動拳」

ぽつりと呟いた言葉は、炎の音にかき消される。

 

拳を握る。だが、何も起こらない。

あの“力”は、まだ眠っている。

 

「魔力がない世界……魔法がすべて……」

彼は目を伏せる。

 

異世界に来てから、まだ一日も経っていない。

だが、すでにこの世界の“理”は、彼の常識を覆していた。

 

魔力がなければ、無力。

そう言われた。

だが、拳は通じる。

肉体と精神を極限まで鍛えた者にしか扱えない“技”が、ここにも通用するかもしれない。

 

リュウは立ち上がり、部屋の中央に構える。

ゆっくりと正拳突きを繰り出す。空気が震え、拳が風を切る音が響く。

 

続けて、足刀蹴り。鋭く、正確に。

壁際の空間に向けて放たれた蹴りは、まるで見えない敵を斬るようだった。

 

「……まだ、やれる」

 

彼は息を整え、再び椅子に座る。

炎は静かに燃え続けていた。

 

窓の外では、夜の王都が静かに息づいている。

異世界の空気は冷たく、だがどこか懐かしい。

 

リュウは拳を見つめながら、明日の試験を思い浮かべた。

魔法ではなく、拳で証明する。

彼の瞳には、静かだが確かな闘志が宿っていた。

魔力がなくても、戦える。

この拳で、道を切り拓いてみせる──

 

そして夜は、静かに更けていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。