波動のない勇者 〜魔力ゼロの格闘家、異世界で拳を貫く〜 作:ゆでダコ
量は少ないですが、少しずつ投稿していきます。
朝の王都は、魔力の光に包まれていた。
空には浮遊灯が漂い、通りには魔法で動く清掃ゴーレムが静かに往来している。
リュウは訓練場へ向かっていた。道着姿のまま、腰に何も帯びず、ただ拳だけを頼りに。
昨夜はほとんど眠れなかった。
異世界に来てまだ一日。魔力がないという現実。
それでも、拳だけは裏切らない。そう信じていた。
訓練場は王都の外れにある広場だった。
魔法障壁で囲まれた円形の闘技場。観客席こそないが、周囲にはギルド関係者が数人立ち会っていた。
石造りの床には無数の傷跡が刻まれており、ここが実戦の場であることを物語っていた。
「リュウさんですね?」
声をかけてきたのは、若い剣士だった。
栗色の髪に軽鎧をまとい、腰には一本の長剣。
その瞳は穏やかで、どこか人懐っこい。
「俺が試験官のカイルです。よろしくお願いします」
リュウは軽く頭を下げた。
「……よろしく」
「緊張しなくて大丈夫ですよ。形式的な試験ですから。
僕と軽く模擬戦をして、戦闘能力を確認できれば、それで合格です」
「……魔法は使わないのか?」
「僕は剣士ですから、基本は物理攻撃です。
ただし、魔力強化は使います。身体能力を底上げする魔法ですね」
リュウは拳を握った。
魔力強化──この世界の常識。
だが、自分にはそれがない。
「……始めよう」
カイルは頷き、剣を抜いた。
魔力が剣に流れ、淡く光る。
その光は、リュウにとって未知の力だった。
「では、始めます!」
瞬間、カイルが踏み込んだ。
剣が横薙ぎに振るわれる。
リュウは一歩下がり、体を捻って回避。
その動きは、まるで風のように滑らかだった。
「速い……!」
カイルが驚く間もなく、リュウは踏み込む。
拳が一直線に伸びる。
正拳突き──だが、カイルは剣で受け止めた。
「重い……っ!」
剣が軋む。
魔力強化された剣士の腕が、拳の一撃で押されていた。
「これは……魔力なしで、ここまで……?」
リュウは言葉を返さない。
ただ、拳を構え直す。
カイルは距離を取った。
今度は縦斬り。
リュウは身体を横にずらして回避し、足刀蹴りを放つ。
蹴りがカイルの脇腹に命中。
鎧がきしみ、彼の体が一歩よろめく。
「……参りました!」
カイルが剣を下げ、手を挙げた。
ギルド職員が駆け寄る。
「試験終了です。リュウさん、合格です!」
周囲がざわめいた。
魔力ゼロの男が、魔力強化を使う剣士に勝った──それは、常識を覆す出来事だった。
カイルは笑顔で手を差し出した。
「すごいですね。あの拳……魔法じゃないのに、魔法以上の威力がある。
リュウさん、あなたは本物の格闘家です」
リュウはその手を握った。
「……拳は、魂を打ち込むものだ。技じゃない。意志だ」
カイルは目を見開き、そして頷いた。
「……いい言葉ですね。僕も、剣にそういう気持ちを込めたいと思います」
ギルド職員が書類を手渡す。
「初期ランクはCと認定されました。魔力ゼロでこの評価は、前例がありません。
リュウさん、これからの活躍を期待しています」
リュウは静かに頷いた。
「……依頼は、いつから受けられる?」
「今日からでも可能です。ですが、まずは装備を整えることをおすすめします。
道着だけでは、さすがに危険ですから」
リュウは拳を見つめた。
この拳が、どこまで通じるのか。
それを確かめる旅が、今始まった。
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その日の午後、リュウはギルドの装備庫を訪れた。
革製の防具、簡易の手甲、旅用のマント──最低限の装備を整えながら、彼は静かに考えていた。
「魔力がないということは、依頼の選択肢も限られる。
だが、俺には拳がある。それだけで、十分だ」
受付の職員が声をかけてきた。
「リュウさん、初依頼におすすめなのは、郊外の魔獣討伐です。
小型の魔狼が出ているようで、Cランクでも対応可能です」
「……受ける」
職員は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「では、明日の朝に出発ですね。準備を整えておいてください」
リュウは頷き、ギルドを後にした。
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夜。
宿屋の部屋で、リュウは拳を見つめていた。
炎が揺れる。窓の外では、王都の灯りが静かに瞬いている。
「……魔力がない。だが、それが俺の道だ」
彼は立ち上がり、構えを取る。
正拳突き。足刀蹴り。回し蹴り。
空気が震え、拳が風を切る。
「……波動拳」
その言葉とともに、拳に微かな“気”が集まりかける。
だが、まだ不完全だった。
「焦るな。力は、心に宿るものだ」
彼は椅子に座り直し、目を閉じた。
明日から始まる冒険。
魔力ではなく、拳で切り拓く道。
それは、誰も歩んだことのない道だった。