波動のない勇者 〜魔力ゼロの格闘家、異世界で拳を貫く〜 作:ゆでダコ
朝のギルドは、依頼を求める冒険者たちで賑わっていた。
リュウは受付前に立ち、昨日の試験官だった職員から依頼書を受け取っていた。
「こちらが、リュウさんに割り当てられた初依頼です。
王都南東の森林地帯“黒樹の縁”にて、魔狼の群れが出没しています。
依頼ランクはC級。報酬は銀貨三十枚、素材回収分は別途加算されます」
リュウは依頼書を受け取り、目を通す。
魔狼──フェンリル種の亜種。群れで行動し、魔力感知能力を持つ個体もいる。
奇襲は困難。正面からの戦闘が前提となる。
「……問題ない。受ける」
「ありがとうございます。なお、今回は同行者が一名おります。
ギルド推薦の戦士──ガルドさんです」
その名が呼ばれた瞬間、背後から重い足音が響いた。
振り返ると、そこには巨漢の男が立っていた。
身長は二メートル近く。筋骨隆々の体に、黒鉄の軽鎧。
背には巨大な両手斧を背負っている。
「俺がガルド。斧使いだ。よろしく頼む」
声は低く、無駄がない。
リュウは一瞬だけ警戒したが、すぐに拳を握り直した。
「……リュウだ。拳で戦う」
ガルドはリュウをじっと見つめる。
その視線には、試すような色があった。
「魔力がないと聞いた。だが、昨日の試験は見ていた。
あの拳──悪くない。俺は魔法を使わん。肉体で戦う。
気に入ったら、背中は預ける」
リュウは頷いた。
言葉は少ないが、信念は感じられた。
「……なら、まずは任務で確かめる」
ギルド職員が地図を広げる。
「黒樹の縁までは、徒歩で半日ほどです。
魔狼は夜行性ですが、昼間でも警戒が必要です。
討伐対象は群れのリーダー個体を含む三体。
魔力感知能力を持つ個体には、魔法による奇襲が通じません。
近接戦闘が主軸となりますので、お二人には最適な編成かと」
リュウは地図を確認し、ガルドと目を合わせた。
「……行こう」
「応」
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王都を出て、二人は南東の森林地帯へ向かっていた。
道中は静かだった。ガルドは無口で、リュウも余計な言葉を発さなかった。
だが、沈黙の中にも、互いの歩調は自然と揃っていた。
「……お前、異界の者なんだろ」
ガルドがぽつりと口を開いた。
「そうだ」
「魔力がないのに、拳で戦う。
この世界じゃ、珍しい。だが、俺は嫌いじゃない。
魔法に頼る奴は、脆い。魔力が切れたら終わりだ」
リュウは少しだけ目を細めた。
「……拳は、切れない。鍛えれば、いつでも使える」
ガルドは笑った。
それは、初めて見せた表情だった。
「気に入った。お前の拳、見せてもらうぞ。魔狼相手に」
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黒樹の縁に到着したのは、午後を過ぎた頃だった。
森は鬱蒼としており、木々の間から差し込む光は少ない。
空気は湿っていて、獣の気配が漂っていた。
「……いるな」
ガルドが斧に手をかける。
リュウも拳を握り、気を集中させる。
草陰から、低い唸り声が響いた。
魔狼──灰色の毛並みに、赤い瞳。
三体が連なって姿を現す。
「来るぞ!」
一体が跳躍し、リュウに向かって飛びかかる。
リュウは回避し、拳を叩き込む。
顎に命中。魔狼が地面に転がる。
「一体目、沈黙!」
ガルドが叫び、斧を振るう。
二体目の魔狼が斧の一撃で吹き飛ぶ。
木が裂け、地面が揺れる。
「……最後の一体。リーダーか」
リュウは構える。
魔狼が唸り、魔力を纏う。
だが、リュウには関係ない。
彼は静かに構えを取った。
両足を開き、腰を落とし、両手を腰に構える──それは、彼だけの“型”だった。
拳に、僅かな気が集まり始める。
空気が震え、周囲の魔力とは異なる波動が生まれる。
「……波動拳」
特殊な構えから、両手を前に付きだし、集まった気が放たれる。
その手から放たれた衝撃波が、魔狼の胸を打ち抜き、吹き飛ばす。
静寂が訪れた。
三体の魔狼が、地に伏していた。
ガルドは斧を肩に担ぎ、リュウを見た。
その瞳には、ただの驚きではない。
未知なる力への疑問。そして、拳が持つ純粋な破壊力への尊敬。
「……やるな。魔力なしで、ここまでとは」
リュウは息を整え、拳を見つめた。
「……まだ未完成だ。だが、通じる」
ガルドは頷いた。
その表情は、試験のときとは違っていた。
少しだけ、柔らかくなっていた。
「背中、預けてもいいかもしれんな」
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討伐を終えた二人は、魔狼の素材を回収していた。
牙、毛皮、魔核──ギルドに持ち帰れば、追加報酬が得られる。
「……お前の拳、魔力がないのに、魔核を砕いた。
あれは、どういう理屈なんだ?」
ガルドが問う。
リュウは少し考え、答えた。
「……理屈じゃない。気を練り、拳に込め、放つ。
それが波動拳だ。魔力とは違う。だが、力になる」
ガルドは黙って頷いた。
その瞳には、まだ疑問が残っていた。
だが、それ以上は聞かなかった。
「……面白い拳だ。俺の斧とは違う。だが、悪くない」
リュウは拳を握り直した。
「……お前の斧も、悪くない。重くて、鋭い。
魔法に頼らない戦い方──俺は、好きだ」
二人は素材を袋に詰め、森を後にした。
夕暮れの空が、赤く染まっていた。