波動のない勇者 〜魔力ゼロの格闘家、異世界で拳を貫く〜 作:ゆでダコ
王都の朝。
ギルド前の広場は、依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。
リュウとミリアは、次の依頼を選ぶために掲示板を見ていた。
「魔族の痕跡調査、また出てるね。今度は西の渓谷か……」
ミリアが呟いたそのとき、背後から低い声がかかった。
「また一緒になるとはな、リュウ」
振り返ると、長身の男が立っていた。
黒い外套に、背には重厚な戦斧。腰には片手剣も差している。
鋭い眼差しと、落ち着いた気配。
「……ガルドか」
リュウが短く言うと、男は口元をわずかに緩めた。
「魔狼討伐以来だな。あれから、動きは見ていた」
ミリアが目を丸くする。
「知り合い?」
「最初の依頼で一緒だった。斧使いだ。冷静で、腕も確かだ」
ガルドはミリアに視線を向け、軽く頭を下げる。
「ガルド。斧が主だが、剣も使う。君は?」
「ミリア。魔法使いです。よろしく」
「魔族の気配が濃くなってきた。俺も調査に加わる。構わないか?」
リュウは少しだけ頷いた。
「……力になるなら、歓迎する」
三人の歩みが、ここから始まる。
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依頼内容は、西の渓谷にて魔族の痕跡を調査する任務。
最近、周辺で魔力の揺らぎが報告されており、魔族の使い魔が潜んでいる可能性があるという。
馬車で二時間。
渓谷の入口に立った三人は、空気の異様さにすぐ気づいた。
「……魔力が濁ってる。自然の流れじゃない」
ミリアが杖を掲げ、魔力感知を行う。
空気が震え、杖の先端が淡く光る。
「魔族の残滓がある。使い魔か、偵察か……」
ガルドは斧を背から外し、地面に軽く打ちつけた。
「動きがあるな。足跡が新しい。三体、軽い個体だ」
リュウは拳を握る。
「……接近する。連携は任せる」
三人は渓谷の岩場を進み、魔力の濃い地点へと向かった。
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そこにいたのは、黒い皮膜に覆われた小型魔獣──“スレイド・インプ”。
魔族の使い魔で、素早く跳ね回り、毒爪を持つ厄介な相手だった。
「三体。囲まれるぞ」
ガルドが斧を構え、リュウは拳を構える。
ミリアは詠唱を開始する。
「《氷障壁》!」
魔獣の動きを遮るように氷の壁が出現し、一体を分断する。
残る二体が左右から跳びかかる。
リュウは地面を蹴り、左の個体に拳を叩き込む。
衝撃で魔獣が吹き飛ぶ。
「波動拳!」
構えから放たれた衝撃波が、もう一体の胴体を貫く。
魔力の霧が散り、動きが止まる。
その隙に、ガルドが斧を振るう。
分断された個体が壁を越えようとした瞬間、斧が振り下ろされ、岩ごと叩き潰された。
魔族の使い魔“スレイド・インプ”との戦闘が終わり、渓谷には静寂が戻っていた。
岩陰に散った魔力の残滓が、風に溶けて消えていく。
ガルドは斧を背に戻しながら、リュウに目を向けて言った。
「……やはり強いな。拳の一撃、前よりも研ぎ澄まされている」
リュウは拳を見つめながら、静かに答えた。
「……鍛え続けている。それだけだ」
ミリアは微笑みながら言った。
「二人とも、無駄がない動き。見てて安心できる」
ガルドは短く頷いた。
「連携も悪くない。三人で動く価値はある」
ミリアは杖を軽く振り、魔力の残り香を払う。
「でも、魔族の気配はこれで終わりじゃない。
この渓谷、もっと奥に何かいる気がする」
ガルドは岩場の奥を見つめた。
「……次は、もっと深い場所に潜んでいるかもしれん。
魔族は、群れで動くこともある」
リュウは拳を握り直した。
「なら、備えるだけだ」
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その夜、三人は渓谷の外れで野営をしていた。
焚き火の炎が静かに揺れ、風が草を撫でていく。
ミリアは魔力感知の術式を再調整しながら、ふと口を開いた。
「……魔族の動き、何か知ってるの?」
ガルドは斧の刃を磨きながら、少しだけ間を置いて答えた。
「一年前、南方の村が消えた。魔族の実験場だったらしい。
生き残った者はいない。村ごと、跡形もなく消えた」
リュウは拳を握った。
「……村が、消えた?」
「魔族は、ただ破壊するだけじゃない。
魔力の流れを歪め、土地そのものを変える。
次に狙われるのがどこかは、誰にもわからん」
ミリアは焚き火を見つめながら、静かに言った。
「……私の村は、まだ生きてる。エルゼン村。
あそこだけは、絶対に守りたい」
ガルドが少しだけ顔を上げた。
「……お前、エルゼンの出身だったのか」
ミリアは頷いた。
「ええ。だから、前回の調査も気になってたの。
村の周辺に魔族の痕跡があるなんて、放っておけない」
ガルドはしばらく黙っていたが、やがて低く呟いた。
「なら、なおさら動く理由があるな。
守るべきものがある者のほうが、強い」
リュウは拳を見つめ、静かに頷いた。
「……この拳が、届くように鍛えるだけだ」
炎が揺れ、夜が静かに更けていく。
三人の歩みは、確かに始まったばかりだった。