ワケアリ少女の進む道   作:猫耳の人

10 / 11




最悪の結果


第九話 兆候と爆発

 

「......」

 

控室で薬を飲み、個性を鎮めた私は現在、観戦席の一番上の通路に立ち、フィールドを見下ろしている。

今行われているのは一回戦第八試合、爆豪君と麗日さんの試合だ。と言っても、試合というにはあまりにも一方的なものだけど......

麗日さんがひたすら突進を続け、それを爆豪君が迎撃。麗日さんが触れる前に吹き飛ばしている。

 

「......無謀だな」

 

私は視線を上に移しながらそう呟いた。視界の先にあるのは大小さまざまな大きさの、大量の瓦礫。爆豪君の爆破で抉れた地面を麗日さんが個性で浮かせ、上空に待機させているんだろう。

けれど、その瓦礫で何をするつもりなのだろうか、いや......大方予想は着く。まとめて落とすつもりだろう。それしか用途がないだろうし。

 

攻撃の為か、それとも別の目的があるのか、いずれにせよ、自分諸共あの瓦礫の餌食になる覚悟での作戦だというのは間違いないだろう。問題はあの瓦礫を落とした上で何をするつもりなのか。

隙を作るため?爆豪君に対して、機動力も火力も劣る麗日さんが?ハッキリ言おう、無理だ。なら単純に攻撃のため?自分にも瓦礫が当たって、下手をすれば自分だけ倒れる可能性もあるのに?「勝ち」を目的とした攻撃として破綻している。

 

彼女は何がしたいんだろうか。

 

そう疑問に思いながら試合を眺めていると、ついに麗日さんが上空の瓦礫を落下させ始めた。様々な大きさの瓦礫が、フィールドに立つ二人目掛けて降り注ぐ。

会場の人たちは皆、降り注ぐ瓦礫に目を奪われているけど、私の視線は、瓦礫を落下させた直後に爆豪君目掛けて走り出した、麗日さん本人に向けられていた。

 

「......」

 

自分に個性を行使し、機動力を上げて爆豪君に手を伸ばす麗日さん。それに対して爆豪君は、麗日さんの方を見るでもなく、回避の体勢を取るでもなく、ただ無言のまま片腕を上げ、手に力を込めていた。

麗日さんの手が爆豪君に触れるか触れないかの距離に迫ったその時。突如、火柱とも思える巨大な爆発が発生した爆発と同時に凄まじい爆風が発生し、それに煽られた髪が暴れる。

発生した爆発は上空の瓦礫を全て巻き込み、麗日さんを吹き飛ばしながらすべての瓦礫を消し飛ばした。

 

「うるさ......」

 

あまりの爆音に顔を思わず顔を顰めながら、爆煙が晴れたフィールドに目をやる。すると、爆豪君の掌から僅かに黒煙が上がっているのが見えた。先ほどの爆発は爆豪君が起こした物らしい。

たった一度の爆発であの量の瓦礫を排除し、堂々とフィールドに立つ爆豪君。それに対して、震えながらフィールドに横たわる麗日さん。誰がどこからどう見ても、勝負は既に決していた。

 

「麗日さん......行動不能、二回戦進出、爆豪君──!」

 

ミッドナイト先生のアナウンスで、一回戦最終試合は幕を下ろされた。

 

「......」

 

思っていた以上にレベルの低い戦いだった。試合が終わって第一に頭に浮かんだ感想がそれだった。

爆豪君に関しては、慢心や警戒から来る序盤のテンポの悪さ。受けに回った時点で相手の術中にハマっていたし、本人はそれに気が付けていなかった。

「負けない」という絶対的な自信があるのならば、序盤からその機動力を遺憾なく発揮して戦えば、最後のあの爆破を使わずとも勝てていただろう。

 

麗日さんに関しては、全てに置いて雑さと弱さが目立つ戦い方だった。

爆破で生まれた瓦礫を利用するって考えはよかったと思う。けれど、その使い方が雑だった。小さな瓦礫を飛び道具にして間を潰したり、大きな瓦礫を盾にして距離を詰めたり......麗日さんの個性ならいくらでもやりようはあったハズだ。

 

だというのに、その豊富にある武器を全て流星群として利用し、態々自分の身を危険に晒してまで「物量でどうにかする」という作戦を取った。

 

だから、その作戦を上から火力でねじ伏せられた。

 

あれは捨て身なんかじゃない。「こうなって欲しい」という希望的観測の混じった、ただの無駄死にだ。

所詮は汚れた世界を知らない温室育ち。今まで戦いの「た」の字も知らなかったのだろう。今のを戦いと呼ぶには余りにもおこがましい、ただの見世物だ。

 

「......」

 

そんなことを考えつつ、私ボロボロになったフィールドを一瞥した後、試合の準備をすべく控室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が控室に到着してから程なくして、第二回戦が開始された。第一試合は轟君対緑谷君。控室のモニターでしばらく試合を眺めていたけれど、私は途中で見るのをやめた。理由は色々あったけど、一番の理由は大量の血が映っていたから。

 

泥仕合だったけれど、試合の内容自体は普通だった。轟君の氷結に対して、緑谷君は個性で自分の指を壊しながら相殺。そのたびに緑谷君の指から血飛沫が上がり、ひたすらそれが繰り返され、それが6回程繰り返されたあたりで見るのをやめた。

 

「ふーっ......」

 

試合を見るのをやめた私は、控室で心を落ち着かせていた。

怒りはまだ収まらない。けれど、怒りに任せて力を振るえば、確実に個性が暴走する。大衆の面前である以上、試合中に個性が暴走してしまえば、確実に私の望みが遠のいてしまう。それだけは絶対に避けたい。

 

そうして私が体を伸ばしつつ精神統一していると、ようやく第一試合が終了した。勝ったのは轟君。予想通りではあったけど、私が思っていたより時間がかかったみたいだ。

 

「......行こう」

 

試合が終わったことを確認した私は、モニターに映る修繕され始めたボロボロのフィールドを眺めつつ、控室を出てフィールドに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈No side〉

 

場所は変わり、試合を観戦している生徒達が居る観戦席の一角。

 

「......ん?」

 

長時間座っていたことで凝り固まった体を解そうと体を伸ばしたヒーロー科B組の男子生徒、もとい物間寧人は、観戦席上部の不審な光景を発見する。

 

「あれは......」

 

物間が発見したのは、フィールドに続く廊下に出られる観客席上部の出入口付近で、何やら不機嫌そうにヒソヒソと話している三名の普通科の女子生徒。

軽く辺りを見渡した後、その出入り口から何処かへ向かっていった。

 

それを目撃した物間は不信感と同時に違和感を覚える。

手洗い場ならば、態々上部の通路を使用せずとももっと近い場所にあるし、飲み物を買うにしても同じく、もっと近くにラインナップが同じ自動販売機が置いてある。

 

「......」

 

興味半分、疑心半分でその女子生徒達の後をつけるべく席を立つ。すると......

 

「物間?どこ行くんだ?」

「拳藤」

 

物間の動きに気が付いたB組委員長、拳藤一佳が物間に話しかけた。それを受けた物間はフンと鼻を鳴らし。

 

「なぁに、次に戦うA組の二人の無様な姿でも見に行こうかと思ってね」

「......私も行くよ。アンタだけだと面倒な事になりそうだし」

「面倒な事って何だい拳藤ォ!!」

 

そんな会話をしつつ、二人は出入口へ消えていった普通科女子の追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈魔嚙 side〉

 

誰も居ない静かな廊下に、私の足音だけが響き渡る。私はフィールドに向かいつつ、先ほどの事を思い出していた。

私を傷つけ捨てた、忌々しい元両親。思い返すだけでもはらわたが煮えくり返りそうだ。握っている拳に自然と力が込もる。

 

......いけない、少し取り乱した。

私は深く息を吐き、平静を保とうとしながら歩き続けた。しばらく歩き、T字に分かれた通路を曲がったその時。

 

「ねえ」

 

不意に、背後から声を掛けられた。

人の気配はあったけど、まさか声を掛けられるとは思っていなかったので、少し驚きつつも声のした方を肩越しに振り返る。するとそこには、私の事を睨む、それぞれ髪の色が違う女子生徒三人が居た。多分普通科の生徒達だろう。いったい何の用だろうか。

 

「あんたでしょ、魔嚙蒼って」

「......」

 

私の名前を口にする普通科の生徒。どうやら彼女らは私に用があるらしい。

......面倒だな......次が私の試合なんだから、要件があるなら手短にしてほしい。

私は無言のまま普通科の生徒を見つめ、次の言葉を待つ。すると......

 

「無視かよ......ホントムカつく。アンタさ、あたしらの事舐めてんでしょ」

 

頭をガリガリとひっかきながら、茶髪の女子生徒が私にそう吐き捨てる。

いきなり話しかけてきて、いきなり因縁吹っ掛けてきて......何が目的なんだろうか。用がそれだけなら私はもう行きたいんだけど。

私が彼女達を無視してフィールドに向かおうとしたその時。

 

「その態度も気に食わないけど、何よりアンタの顔が気に入らない。障害物競走の時もそうだ。全部見下したみたいな顔して、ムカつくんだよ」

「......」

 

後ろからそう罵声を浴びせてくる黒髪の女子生徒、個性が僅かに反応する。

......無視だ無視。彼女らは多分反ヒーロー科派閥の生徒。「1位だから」という最もらしい理由をつけて、不満を私にぶつけてるだけだろう。気にしなければどうってことない。そう思っていた。

 

「......あたし、ヒーロー科の受験した時あんたと同じ会場だったんだよね」

 

最後の一人、グレーの髪色の女子生徒がそう話し出した。

......だから何だと言うんだ。私が居たせいで落ちたとでも言うつもりなんだろうか。それを言って何になる。無意味な時間を過ごせるほど私は暇じゃない。私がその言葉を無視して歩き始めた瞬間......その女子生徒の口から信じがたい言葉が飛んできた。

 

「あんたが0ポイントヴィランを赤い腕でぶっ倒したのも見た。」

「......!!」

 

赤い腕を見た。その言葉を聞き、私は思わず足を止めてしまった。あの腕を見られていた。誰にも見られたくないあの腕を......

瞬間、私の心に黒い物が落ちる。不吉な予感、嫌な思考、負の感情......それらが一つになって、私の心を覆った。

 

「っ......」

 

心臓が跳ね、微かに呼吸が乱れる。

私は心臓部分を押え、必死に個性を抑え込もうとする。けれど......

 

「あんな「化け物」みたいな力があるのに何で本気を出さないんだよ。あたし等には本気出すまでもないってか?あたしらの事舐めるのも大概にしろよ!!」

「そもそも、アンタみたいな「化け物」がこの天下の雄英に居ること自体が相応しくないんだってわかんないの?」

「「化け物」のくせにでしゃばってんじゃねぇよ!!生意気なんだよ!!」

「......」

 

「化け物」、私は思わずその言葉に反応してしまう。

......あぁ、もう限界だ。私の邪魔をするぐらいならいっそ......

そう考え、僅かに圧を滲ませながら女子生徒達の方を振り向き、殺気を飛ばそうとしたその時。

 

「そこまで!!それ以上は見過ごせないよ!!」

 

突如、女子生徒達の背後から待ったをかける声が聞こえてきた。待ったをかけたのはB組の拳藤さんだった

予期せぬ登場した拳藤さんに驚き、女子生徒達はびくりと背筋を振るわせた。

 

「いやはや、せっかくの体育祭だというのに......随分と無粋な同期が居たものだねぇ」

「そういうアンタも似た様なものだよ。多少はマシだけど、正直似た者同士だと思うよ」

 

そう声が聞こえたかと思えば、今度は拳藤さんの後ろから物間君も現れた。どうやら二人できたらしい。

 

「それは心外だね、だけどまぁ......今後は気をつけるとするよ。それはそれとして、まずはこの状況をどうにかすることが先決だろう?流石に不愉快だよ、これは」

「き......急に現れてなんなんだよアンタら!」

 

先ほどの発言を聞かれたことに焦っているんだろう。物間君と拳藤さんが現れた途端に狼狽え始める女子生徒達。

二人はいったい何しに来たんだろうか。

 

「さっきの話、聞かせてもらったよ。試合前の人間を捕まえて因縁吹っ掛けるなんて......どういうつもりだい?」

「それは......こいつの態度が気に入らないから......」

「それはわざわざ試合前の魔嚙を捕まえてまでする事なのか?話を聞いてた限りじゃ、ただの言い掛かりだと思うけど」

「っ......」

 

拳藤さんの言葉を受けた女子生徒達は、反論しようとするが反論できず、しどろもどろになって言葉を詰まらせ始めた。

目を泳がせながらそう言葉を詰まらせていると、不意に、普通科女子の一人が逆ギレし始めた。

 

「そ......そもそもそいつがそんな態度取ってるのが悪いんだろうが!!全部下に見てるみたいな態度取りやがって!!」

「あたしらは悪くない!!そいつがそんな態度じゃなきゃそもそもこんな風に絡んでなんかなかった!!」

「そうだよ!!全部そいつが悪いんだ!!」

 

その言葉を皮切りに、全員で私を罵り始めた。

弱い犬程よく吠えるってのは本当らしい。私は騒ぎ立てる彼女達を一瞥してからその場を去ろうと歩き出す。けれど......

 

「アンタらそれは──」

「まあ落ち着きなよ」

 

逆ギレし始めた女子生徒達を鎮めようと拳藤さんが動き出した瞬間、今度は物間君が声を上げた。仲裁に入るように、私と女子生徒達の間に入り、話し始める。

 

「いくら彼女の事が気に入らないとはいえ、君たちのソレは、立派な誹謗中傷だ。君たちのその発言が、彼女にとっても君達にとっても取り返しのつかない事になったら......君達は責任を取れるのかい?」

「っ......で......でも......!」

「それに、彼女は君達に直接何かしたわけじゃないんだろう?それこそ拳藤の言う通り、ただの言い掛かりじゃないか」

「っ......!」

 

反論しようとする女子生徒を、物間君が正論でことごとく封殺していく。次第に女子生徒達は何も言えなくなっていき、最終的には黙ってしまった。

そうして女子生徒達を黙らせた後、今度は私の方を向き、私にも話を始めた。

 

「とはいえだ。彼女達にああ思われるという事は、君にも問題があるという事さ」

「......」

「素行もそうだし、何より他者に対する態度だ。今の君はいわば抜身のナイフ、触れるものを皆傷付け敵を作る。仮に君にその気がなくとも、周りは君の態度のせいで良い印象を受ける事はない。だから今回みたいな事になるんだ」

 

物間君は、諭すように私にそう話しながら拳藤さんの方へ歩いて行く。

......確かに、彼の言うことは正しいだろう。けど、私は今のままでいいと思っている。相手が敵になるなら勝手になればいい。それで突っかかってくるなら、私はそれを払うだけなんだから......

そう考えながら、私から距離を取った物間君の方を見る。すると、何やら意外そうな表情をした拳藤さんが物間君に話しかけているのが見えた。

 

「意外だね、アンタがA組の奴を気に掛けるなんて」

「なぁに、A組の連中にできなかった事を僕だけができたという箔が欲しいだけさ。あの爆豪君以上の問題児の素行矯正......A組の連中が手を焼いているのに、B組の僕が!それを成し遂げたんだ!あぁ......今から楽しみだよ......僕が為した偉業に跪くA組の姿ガッ!?」

「本人目の前に居るのにそういうこと言うんじゃないよバカ!!」

「......」

 

ヒートアップし始めた物間君の頭を軽く叩く拳藤さん。目の前で繰り広げられたコントの様なやり取りに困惑していると、今度は拳藤さんが私に話しかけてきた。

 

「まあでも......確かに物間の言う通りではあると思うよ。かく言う私も、最初にアンタの事を見たときは『威圧感丸出しで怖い』って思っちまったし」

「......」

「でもさ、同時にアンタの強さも目に映ったんだ。一人で何でもできちまうような圧倒的な強さ......それを見たとき、思わず見惚れちまってさ、『強くて綺麗だな』ってさ」

 

......綺麗だなんて言われたのは「あの時」以来だ。拳藤さんの様子から見ても、噓を突いていないのがわかる。

けれど、それは私の全てを知らないからだ。私の全てを知れば、どうせ彼女も私を醜いと罵るだろう。

そう考えつつも、私は拳藤さんに視線を向け、話を聞き続ける。

 

「私はさ、アンタの実力なら簡単にヒーローになれるんじゃないかって思ってる。でも、今のアンタじゃヒーローになっても悪く言われちまうんじゃないかとも思ってる。憧れちまった人が悪く言われるのは見たくないし......何より私自身が悲しいし嫌なんだ。」

「......」

「ヒーローを目指してるって事は、アンタにもちゃんと夢があるんだろ?ならさ、その夢は応援されながらするヒーロー活動と罵倒されながらするヒーロー活動、どっちの方が叶えられるかな」

 

私の夢......それを叶えるためには......

 

「......前者」

 

普通に考えればそうなる。認めはしないが、夢が「ヴィランになる」でもない限りは、応援されていた方が叶えやすいだろう。

 

「だろ?だからさ、急に変えろとは言わないけど......少しずつ変わっていけたら良いんじゃないかって私は思うんだ。そうすれば、きっと応援されるようなヒーローになれんじゃないかな」

「......」

「それにさ、悪く言われるより応援された方が嬉しいだろ?少なくとも私は応援された方が嬉しいよ」

 

私に微笑みながらそう話す拳藤さん。

それを見たとき、言い掛かりをつけられてキレそうになったことも、化け物呼ばわりされたことも、元両親と言い争ったことも......どうでもよくなった気がする。

 

「はぁ......わかった......善処するよ」

「......!!そっか」

 

私がそう言うと嬉しそうに顔を綻ばせる拳藤さん。その顔を見て、私はもう一度ため息を吐いた。なんだか毒気を抜かれた気分だ。彼女が何を思って私にああ語り掛けてきたのかが分からない。

......まぁでも、試合の前に余計な体力を使わずに済んだことは良しとしよう。

 

「もういいかな、そろそろ試合だし」

「ああ!そうだったね......ごめんな、足止めしちまって......試合頑張れよ!」

「......」

 

そう応援して私を送り出す拳藤さん。ますます分からない。彼女も私の素行については知っているだろうに......

なんて疑問に思い通つつも、私はフィールドに向かおうと歩き出した。

 

けれどその瞬間、私の耳に最も聞きたくない言葉が聞こえてきた。

 

「なんだよそれ......そっちだけ納得してハイおしまいかよ......ふざけんな!!そういうそういう所がムカつくんだよ!!夢の為に応援?手ぇ抜いてる奴がされる訳ないだろ!!そんな奴だ、どうせその夢も目標もちっぽけな物か身の程知らずの物なんだろ!!アンタみたいにサボってる奴なんかより何倍も努力してる奴が居るんだよ!!その程度の志でヒーロー科に居るんなら、その席心操に寄越せよ!」

 

 

 

────────は?

 

 

 

アイツは今、なんて言った?私の夢が、望みが、ちっぽけな物だと?

 

怠けている?努力をしていない?誰よりも自分の無力さを知っている私が?

 

......ふざけるな

 

お前達が一体何を知っている。汚れた世界も、地獄の様な苦しみも知らないお前達如きが......

 

「何も......知らないくせに......」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈No side〉

 

「おいアンタ!!それは流石に言いすぎ────」

 

自分のすぐ後ろから聞こえてきた言葉を流石に擁護できなかったのか、はたまた変わろうとしてくれた魔嚙に対しての暴言が許せなかったのか、その暴言を言い放った一人の女子生徒を咎めようと声を上げようとした拳藤。しかしその瞬間、何か青い影が拳藤と物間の間を通り過ぎ、拳藤の後ろに隠れていた女子生徒に飛来する。

 

その青い影......魔嚙は、物間と拳藤の間を一瞬にして過ぎ去って女子生徒に接近し、反応する暇も与えずに首を掴んで持ち上げ、壁に叩きつける。衝撃と苦痛に、思わず苦悶の表情を浮かべ、脚が地面に着いていないにも関わらず、女子生徒は変わらず魔嚙を睨み続けた。

 

しかし......

 

「放────ひっ......」

 

魔嚙の顔を見たその瞬間、途端に顔を青ざめさせ、涙を浮かべる怯えた表情に変化した。

髪の隙間から覗く狼のように鋭く、紫色の瞳を持った眼光から放たれる圧倒的な存在感と威圧感、そして、常人であればまず一生体験することがないであろう、ドス黒く濃密な殺意。

 

「藪を突いて蛇を出す」、あるいは「触らぬ神に祟りなし」、と言ったところだろうか。

いずれにせよ、この普通科の女子生徒は、彼女(魔嚙)にとって一番触れられたくない部分に触れたことに間違いはない。

 

「っ......魔嚙!!落ち着け!!そのままじゃ......!!」

 

あまりの衝撃に固まっていた一同だが、一早く復活した拳藤が、女子生徒から魔嚙を引き剝がそうと魔嚙の手を掴む。しかし、拳藤の力を持ってしても、魔嚙の手は離れるどころかビクともしない。

 

(なんて力......!!指一つ動かせない......!!)

 

拳藤があまりの力に驚愕していると......

 

「っ!?」

 

突如として、ゾワリと背筋を凍らせるような、得体の知れない恐怖を感じた。

恐怖の正体を探るべく視線を巡らせると、髪の隙間から覗く、妖しく輝く紫色の瞳と目が合った。瞬間、感じていた恐怖が畏怖へと変化する。

形容しがたいソレを感じた拳藤は、元来生物が持つ生存本能故か、咄嗟に魔嚙の手を放し、距離を取ってしまう。

魔嚙はそんな拳藤を一瞥し、直ぐに視線を外すと、怯える女子生徒を睨みつけながら、怒りのままにその口を開く。

 

「......お前達が私の何を知っている。他者を貶め、罵るしか能のないお前が」

 

首を握る手に力が入る。ギリギリと音を立て、万力の如き力が、獲物を弱らせるかのように女子生徒の首を徐々に締め上げていく。

 

「お前達に言われなくても、私がヒーローに向いていない事なんて嫌ってほど理解してる......だが」

 

その言葉と同時に、魔嚙の全身から更に強烈な殺気が溢れ出る。その場に居た全員が殺気をまともに浴び、一瞬「死」を錯覚させられ、体が硬直する。物間と拳藤の近くに居た普通科女子二人に至ってはその場でへたり込んでいる。

 

それ程までに強力な殺気だ、そんなものを一番近くで受けた女子生徒は、ガチガチと歯を鳴らし、涙を流しながら震えている。逃げられるものなら今すぐにでも逃げ出したいだろう。

けれど、魔嚙に捕まっている以上それは不可能だ。

殺気に怯える彼女達など知らぬといった様子で、魔嚙は言葉を続ける。

 

「私の夢は......望みは、お前達みたいな人間には、到底計り知れないようなものだ。私はこの望みを叶えるために、多くの物を失ってきた。だから......私の望みを否定することは私が許さない。温室育ちの劣等生(落ちこぼれ)風情が......私の願いを愚弄するな!!」

 

空間が揺れる。そう錯覚させる程の怒号が辺りに響き渡る。

いつもなら、何と言われようと、何と思われようと、先ほどまでの言葉を全て無視出来ていただろう。なら何故、今回に限って手が出てしまう程に激昂しまったのか。

 

単純な話だ、間が悪かったのだ。同じ空間に居る事すら嫌悪するあの元両親との悶着があり、魔嚙は非常に気が立っており、加えて個性も不安定になっていた。

いくら拳藤に毒気を抜かれたとはいえ、魔嚙に絡んできた彼女らは魔嚙の絶対に触れられたくない地雷を遠慮なく踏み抜いた。怒りを露にするのは当然のことだろう。

 

そんな地雷を踏んだ女子生徒の首を掴んでいる魔嚙の右手が、徐々に力を増していく。

 

「か────ひゅ────」

 

魔嚙が力を込めていくと同時に、女子生徒の首が少しずつ青くなり、うっ血していく。女子生徒は恐怖と苦痛がごちゃ混ぜになり、顔を青くし、涙を浮かべながら、首にかかっている手を必死に剝がそうと弱々しくもがいている。しかし、魔嚙の手は止まらない。

 

物間や拳藤は、魔嚙の為にも彼女の為にも、今すぐ彼女を助け出したいだろう。だが、魔嚙から発せられる、一学生が出していい物ではない異常なまでの殺気を浴びせられ、助けたいという思いを畏怖の感情が上回ってしまった。「敵わない」と、「動けば殺される」と、無意識に理解させられ、体が硬直してしまい、助けたくても助けられずにいる。

そのまま魔嚙の手が女子生徒の首を握り潰し、彼女の頭と胴体が泣き別れになってしまうと思われたその時。

 

「何をしているんだ!!!」

 

魔嚙の背後から怒りを孕んだ声が聞こえてくる。声の主を探ろうと魔嚙が振り返ると、そこには青筋を浮かべ、怒りに満ちた表情で魔嚙の元へ走ってくる飯田の姿があった。

それを見た魔嚙は、掴んでいた女子生徒を投げ捨て、地面に倒れ伏し、咳き込みながら首を押える女子生徒に駆け寄る飯田を一瞥する。

瞬間、先ほどまで発せられていた殺気は鳴りを潜め、畏怖という感情から解放された物間と拳藤もその女子生徒に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「痣になってる......早く保健室に!!」

「ひゅっ......ケホッ......」

 

魔嚙は彼女達を放っておき、そのままフィールドに向かおうと踵を返し、その場を去るべく歩き出そうとする。

だがその瞬間。

 

「待ちたまえ!」

「......」

 

飯田が魔嚙を呼び止めた。しかし、魔嚙は脚こそ止めるものの決して振り返らない。その様子にさらに腹を立てたのか、女子生徒を介抱していた飯田は立ち上がり、非難の視線を向けながら口を開いた。

 

「君は自分が何をしたのか分かっているのか!!同級生に手を上げたんだぞ!!下手をしたら死んでいたかもしれない!!そんな事をしておいて謝罪の一つも無いのか!!」

「......」

 

飯田が魔嚙にそう怒鳴ると、魔嚙は小さく振り返り、飯田達に対して絶対零度の視線を向け、威圧する。それを受けた飯田は本能的に一歩後退り、物間と拳藤はあまりの緊張感に冷や汗を流す。女子生徒達に至っては今にも意識を失ってしまいそうな程怯えている。

だが飯田はそれでも尚引かず、魔嚙に食い下がった。

 

「即刻彼女達に謝罪したまえ!」

「......」

 

食い下がってくる飯田に対して、魔嚙は何も言わず、ただ軽蔑と呆れを含んだ冷たい視線を向けるだけだった。数秒その視線を飯田達に向けた後、魔嚙は視線を外し、フィールドに向けて歩き始めた。

そんな行動を取ったことが気に入らなかったのか、飯田の怒りはさらに加速し、魔嚙に歩み寄る。そして

 

「待てと言っているんだ!!」

 

魔嚙の肩を掴み、強引に振り向かせようと力を込める、しかしその瞬間、腕が弾け飛ぶのではないかと感じる程の力で腕を振りほどかれた。腕に走る痛みに顔を歪めつつも、腕を振りほどいた張本人、魔嚙蒼を見る。目の前の魔嚙は軽蔑と怒りを含んだ瞳で飯田を見下ろし......

 

「気安く触れるな」

 

腹の奥底にズンと響くような、ドスの効いた声色でそう告げた。それと同時に、目の前の飯田一人に殺気をぶつける。思わず体を強張らせ、その場に縫い付けられたかのように動けなくなる飯田。個性を使われた訳ではない。ただ魔嚙の放つ殺気に気圧され、恐怖したのだ。「殺される」と錯覚してしまう程に......

 

魔嚙がその場から去り、殺気と恐怖から解放された飯田はハッとしたのち、拳藤、物間と共に普通科の女子達に駆け寄り、保健室まで連れて行く。

 

その最中、飯田は心の奥底からふつふつと湧いてくる怒りを感じていた。この怒りの正体は何なのだろうか、魔嚙の態度や行動に対しての怒りなのか、それとも、あれだけ息巻いていたにも関わらず、魔嚙に気圧されてしまった自分の情けなさに対する怒りなのか、はたまたその両方なのか......

 

いずれにせよ、飯田のこの怒りの元凶が魔嚙である事は確かだ。

同級生に暴力を振るっておきながら平然としていられる魔嚙を、飯田は許せなかった。必ず勝って謝罪させてやると、魔嚙の態度を改めさせようと心の内で決意し、飯田はフィールドへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は移り、バトルフィールド。

俯いていて顔が見えない魔嚙と、真面目な表情の飯田が、数十メートルの空間を挟んで対峙している。

 

『二回戦第二試合!!どっちもスピード自慢かァ!?魔嚙蒼対飯田天哉!!』

 

プレゼントマイクが場を盛り上げようと声を上げる。しかし、会場は静まり返ったままだ。無理もない。現在フィールドに立っている長身の女子生徒......もとい魔嚙蒼は一回戦、おおよそヒーロー科の生徒とは思えないような戦いを披露したばかりなのだから。

 

爆豪対麗日の時とは違った不穏な空気。何が起こるか分からず、A組生徒は爆豪を除き、皆一様に飯田の心配をしている。

そんな心配を他所に、フィールドに立つ飯田は息を一つ吐き、その真面目な表情を崩さにまま魔嚙に話しかけた。

 

「......B組の二人から事情は聞き、君が一方的に悪い訳ではない事は理解した......だが、手を出すのは流石にやりすぎだと言わざるを得ない。この戦いが終わり次第、先ほどの女子生徒達に謝罪に行きたまえ」

 

保健室で事の顛末を聞き、頭が冷えたのだろう。廊下で争った時よりも冷静な声色でそう告げる飯田。しかし、相変わらず魔嚙は何も話さない。

そんな魔嚙の様子に飯田は若干眉を顰めるが、深呼吸をして心を落ち着かせ、再び魔嚙に視線を向けた。

 

「......正直俺は、君が何を考えているのか分からない。だが、道を踏み外そうとしているクラスメイトを放っておく事などできない」

「......」

「クラスメイトを導くのも委員長の仕事だ。俺が君を正しい道へと連れ戻す」

 

俯いたままの魔嚙に対し、飯田はそう言い放ちながら体をほぐし始める。対する魔嚙はその場に立ち尽くし、全く動かない。準備運動も何もせず、ただそこにジッと立っている。飯田や観客席にいる人間の目には、その光景が酷く不気味に映った。

 

隙だらけのようで、その実全くと言っていい程隙が見えない。間合いに入ればただでは済まない。無意識下でそう思わせる程の「何か」が彼女にはあった。

そうこうしているうちに......

 

『準備は良いな!!第二試合!!START!!』

 

プレゼントマイクにより開戦の合図がなされる。最初に動いたのは飯田。

開戦の合図とほぼ同時に走り出し、凄まじい速度で魔嚙に接近していく。

 

(騎馬戦で分かった。悔しいが、速度は彼女の方が上......正面からやりあっても勝てない、ならば!!)

 

僅か数秒で魔嚙に接近した飯田は、そのまま魔嚙の顔目掛けて脚を振り上げる。飯田の蹴りが魔嚙の顔に当たるかと思われた次の瞬間、蹴りは当たることなく、飯田は急激に軌道を変え、魔嚙を飛び越えて背後に降り立つ。

 

(このまま場外へ押し出す!!)

 

最初の蹴りは目くらましとフェイント目的。蹴りで驚かせその隙に背後に回り場外へ......というのが飯田の作戦だ。

魔嚙の背後へ回った飯田が振り返り、魔嚙を押し出そうと腕を伸ばす。

 

しかし......

 

「!?」

 

そこに魔嚙の姿は無く、押し出そうと伸ばした飯田の腕は空を切る。

確かに先程までそこに居たはずなのに、一瞬目を離しただけで、魔嚙はその場から消え失せていた。辺りを見渡しても、魔嚙の姿はどこにもない。

 

(一体どこに......!!)

 

焦りを見せる飯田。しかし次の瞬間、強烈な悪寒が飯田の背筋を這い回る。

咄嗟に振り返る飯田。世界がスローモーションになっているとさえ錯覚する飯田の視界に映ったのは、眼前まで迫る魔嚙の靴だった。

 

「がっ!?」

 

いきなりの事だ、当然飯田が反応できるワケもなく、グシャリと嫌な音を立て、メガネを砕きながら炸裂する魔嚙の蹴り。それをまともに受けた飯田が地面をバウンドしながら吹き飛んでいく。

 

「っ......」

 

辛うじて意識を保てていた飯田は、自身の鼻からボタボタと流れる血を押えながら顔を上げる。飯田の視界に映るのは、遠くから冷たい視線で自身を見下ろしている魔嚙。まるで飯田が立ち上がるのを待っているようだった。

それを受けた飯田は、顔に走る痛みに耐えながら立ち上がり、苦悶の表情を浮かべながらも魔嚙を見やる。

 

(今......何が起きた......?)

 

痛みと吹き飛ばされる寸前の光景から、魔嚙に蹴られたのだという事は理解できた飯田。しかし、その直前に何が起きたのか、全く理解できなかった。否、理解したくないという方がが正しいかもしれない。なにせ魔嚙は、棒立ちだったにも関わらず、一瞬で飯田の視界から消え、正確に背後の回り、顔面に蹴りを入れたのだ。

 

瞬間移動でもなければ不可能だと言える芸当。だが、瞬間移動を持っていない魔嚙はそれをやってのけた。これが何を表しているのか......

 

簡単な話だ。魔嚙はあれ程の速度を、なんの準備も無しに出せてかつ、その速度を「完璧に」制御できるという事。

速さが自慢の飯田にとってそれは、魔嚙を「完全なる上位互換」と言わせざるを得ないような物だった。速度も、パワーも、正確さも、全てが魔嚙より劣っている。それを認識させられた飯田は、自身の無力さに歯噛みし、己を鼓舞する。

 

(俺は彼女より劣っている......だから何だと言うんだ......!ヒーローなら......天晴兄さんなら......緑谷君なら......!!こんな事では絶対に諦めない......!!)

 

未だ痛む鼻を押えつつ、飯田は魔嚙に向き直り、クラウチングの姿勢を取る。瞬間、飯田の脚からドルドルとエンジンを噴かせるような音が鳴り、マフラーから蒼炎が吹き荒れ始めた。その様子を確認した魔嚙は改めて飯田に向き直り、片足を引き、構える。

そんな様子も気にせず、飯田は自身の現時点での最高速度を持って、魔嚙に攻撃を仕掛け始めた。

 

「トルクオーバー、レシプロ......バースト!!!」

 

飯田は最初とは比べ物にならない程の速度で飛び出す。騎馬戦で使用した飯田の切り札......常人では反応する事すら難しい速度を出せる、文字通りの必殺技。

この切り札を今まで誰にも破られたことが無かった飯田にとって、魔嚙に初見で反応されたどころか、手痛い反撃まで受けたという事実は、相当にショックを受ける物だっただろう。

 

しかし、その程度で挫ける飯田ではない。反応されたのは一度きり、ならば連続で攻撃を仕掛ければ?反応できても反撃できなければ十分に勝ちの目はある。

その一心で魔嚙に肉薄し、渾身の蹴りを放つ。が、案の定初撃は回避されてしまう。

 

(エンジン停止まで約十秒!!時間はまだある!!足を止めるな!!)

 

蹴りが空振ったのも気にせず、魔嚙を視界に捉えたまま身を翻し、今度は速度と個性の勢いを乗せた回し蹴りを繰り出そうとする飯田、しかし......

 

(居ない!?)

 

見失わないよう視界に捉えていたハズの魔嚙の姿が一瞬にして掻き消え、瞬間、一秒も満たぬ間に、飯田の脇腹に魔嚙の蹴りが炸裂、激痛と衝撃に顔を顰めながら大きく吹き飛ぶ。

 

「げほっ......!!」

 

飯田の作戦や発想はよかった。実際、いくら強力な力を持っていようと、その力を発揮する場がなければ意味がない。ならばなぜ、飯田の作戦は失敗に終わったのか......理由はたった一つの単純なものだ。

 

それは、「飯田が魔嚙に対してこの作戦を実行するには弱すぎる」という事。

 

魔嚙の動きを止めたいのであれば、「魔嚙以上の速度で」、「常に正確に動き回れる」だけの能力を持っていなければ、作戦として成立しない。

自分より遅い奴に攻撃し続けられたところで、それ以上の速度に慣れている魔嚙にとっては意味をなさない。それどころか、相手が自ら間合いに飛び込んで来てくれるのだから、いくらでも攻めようがあるという事だ。

 

まさに飛んで火にいる夏の虫。魔嚙にとって、飯田は障害にすらなり得ないというわけだ。

 

「まだまだ!!」

 

三たび魔嚙目掛けて駆け出す飯田、しかし、既に飯田の視界には魔嚙は居ない。

 

「っ!!」

 

咄嗟に後ろを振り返りながら蹴りを放つが、飯田の蹴りは虚しく空を切った。

代わりに、飯田の腹部に強烈な魔嚙の蹴りが炸裂し、飯田は嗚咽と共に膝から崩れ落ちる。

そんな飯田の胸倉を持ち上げ、遠くに投げ飛ばす魔嚙。

 

本来ならば、飯田の方が背後を取れる立場にあるはずが、全く同じやられ方で、同じ相手に三度も背後を取られた。これほどまでに屈辱的な事はないだろう。

なにせ速度が自慢の人間に対し、言外に「お前は遅い」と言っているようなものなのだから。

 

「......」

 

飯田の前に立つ魔嚙は、眼下でうずくまる飯田を至極冷たい視線で見下ろすだけで何も言わない。そうして魔嚙は数秒間、遠くで飯田を見下ろしながら、飯田が立ち上がるのを待ち始めた。

 

魔嚙のその行動を見た飯田は、思わず苛立ってしまう。長所を上から叩きのめされた挙句、「お前などいつでもトドメを指せる」と言われているようで......

 

先程まで引いていた怒りに再び火が灯る。瞬間、飯田は怒りのままに飛び出し、魔嚙に対して蹴りを放った。

しかし、当然のように回避される。そこでまた背後を取られると予測した飯田は、勢いを殺さず、そのまま背後に向かって蹴りを放った。が、背後に魔嚙はおらず、蹴りが風を切る音だけが飯田の耳に届く。

 

「なっ!?」

 

完全に予測し、捉えたと思ったはずが、アテが外れた事に驚愕し、飯田は思わず声を上げてしまう。

攻撃を回避すれば、魔嚙は確実に背後に回ってくる。そう考え背後に蹴りを放ったが、そこに魔嚙は居なかった。ならば何処に......?と、そう疑問に思っていると、突然脚に衝撃を受け、バランスを崩して転んでしまう。何事かと顔を上げると、先ほどまで居た場所から一歩も動いておらず、飯田に脚をひっかけた魔嚙の姿があった。

反撃も、背後に回ることもしなかった魔嚙は、そこに立ったまま、飯田に対して軽蔑と侮蔑、その両方が入り混じったような冷たい視線を向けていた。

 

「っ......!!」

 

速度で上を行かれた上に、思考まで全て見透かされ、挙句脚を掛けられ、コケにされた。その事実が、飯田の怒りを加速させた。何としても攻撃を当ててやるという思いで魔嚙へ迫る飯田。

しかし、魔嚙には当たり前のように回避されてしまう。ならばもう一度と魔嚙へ攻撃を仕掛るが、また回避される。

 

攻撃が当たらないことに苛立ちつつも、飯田は諦める事なく、絶え間なく攻め続けた。攻撃し、回避され、また攻撃し、また回避され......数秒間そんな動きが繰り返された。奇しくもそれは、飯田が最も得意とする機動戦の動きであった。

速さで相手を追いつめ、意表を突き、勝利する......傍から見れば、攻めている飯田が、徐々に魔嚙を追いつめているように見えるだろう。

 

しかし、依然として飯田の攻撃は魔嚙に掠りもせず、体力と時間だけが消えていく。徐々に無くなっていく個性の制限時間と、攻撃が当たらないことによる焦り......追いつめられているのは飯田の方だった。

 

「......もういいや」

 

飯田が攻め始めて八秒ほど経過したその時、不意にそう呟いた魔嚙は、攻撃を回避しつつ、飯田から僅かに距離を取り、振り返った。

それと同時に、魔嚙は脚を振り上げ、蹴りの体勢に入る。

 

「っ!?」

 

それを見た飯田は驚愕し、咄嗟に思考を巡らせる。魔嚙の蹴りの威力は先ほどの攻防で痛い程理解している。故に、飯田としてはこのまままともに蹴りを受けるのは避けたかった。受ければ確実に致命傷となる。

回避か、防御か、停止か......数ある選択肢の中で飯田が取った行動は......迎撃だった。

 

怒りや焦り、プライド......様々な要因があったのだろう。ここで魔嚙に一撃入れることができれば、汚名を返上できると考えた飯田は、たとえ相打ちになっても、魔嚙に攻撃することを選んだのだ。

 

この行動を後悔するのは、今から数秒後の事である。

 

(ここで絶対に当てる!!)

 

迎撃の体勢に入った飯田は少しでも威力を上げるため、更にスピードを上げ、魔嚙に対し渾身の蹴りを放った。

それを見た魔嚙もまた、飯田に蹴りを放ち、二人の蹴りがぶつかり合う。

 

勢いの乗った太く鍛え上げられた脚と、細く長い、勢いの乗っていない脚。それだけを見れば、どちらが勝つかは明白だ。だが、現実は違った。

 

一瞬の攻防の末、決着。

 

勝利したのは、魔嚙だった。

 

魔嚙の脚が振り切られ、迎撃を行った飯田を、逆に場外まで吹き飛ばした。それと同時に、観客席と観戦席から小さな悲鳴とどよめきが巻き起こる。

 

「っ......!」

「......」

 

魔嚙に蹴り飛ばされた飯田は苦悶の表情を浮かべながら魔嚙を睨みつけ、魔嚙はそんな飯田を冷たい表情で見下ろしていた。

最初から最後まで上を行かれ、さぞかし悔しいだろう。しかし、負けは負けだ。飯田は控室に戻るべく、立ち上がろうと足に力を込めた瞬間、突如、脚に激痛が走った。

 

「!?」

 

余りの激痛に脚から力が抜ける。もう一度立ち上がろうとするが、痛みのせいで全く立ち上がれない。訳が分からず、なぜ立てないのかを確かめる為、飯田は自らの脚に目を向けた。

 

「なっ......!!」

 

その瞬間、飯田の目に信じがたい光景が飛び込んでくる。

飯田の脚が、脛から曲がってはいけない方向に曲がっていたのだ。脚の半ばから折れており、足の先が脱力したようにピクリとも動かない。それどころか、動かそうとするたびに耐えがたい激痛が走る。

 

「......」

 

そんな飯田に一瞬視線を向け、次いで何かを催促するようにミッドナイトに視線を向ける魔嚙。それに気が付いたミッドナイトはハッと正気に戻り、脚の折れた飯田を確認してから声を上げた。

 

「飯田君場外!魔嚙さん三回戦進出!」

 

その宣言を聞き届けた魔嚙は、担架で運ばれる飯田には目もくれず、相変わらずの無表情のままフィールドを後にした。

 

「......」

 

一人控室に歩く魔嚙は、先ほどの試合の前に飯田に言われたことを思い出していた。

 

『道を踏み外そうとしているクラスメイトを放っておく事などできない』

 

歯の浮くようなセリフだ。他の生徒であれば、あるいは救いになったであろうセリフ。しかし、魔嚙にとっては不快にしかならない物であった。

何も知らない人間が、知ったような口を利き、土足で心の内を踏み荒らしてくる。これほどまでに気分が悪くなるような事はないだろう。

 

「......人の道なんて、とうの昔に踏み外している」

 

飯田の言葉に答えるようにして呟かれたその言葉は、誰かに届くわけでもなく、かつて求めた救けの声のように、虚空の彼方へ消えていくのであった。

 

 




皆様どうも猫耳の人です
更新が遅れて申し訳ありません。なかなか納得のいく物にならなくて...
さて、いよいよ体育祭もクライマックスに差し掛かってまいりました。
次回、ついに体育祭編終了です。

体育祭編が終わり次第、また「無敵のヒーロー(仮)」の方も更新していきますので、読者の皆様には何卒楽しんで頂けると嬉しいです。

それでは、次回もお楽しみに...
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。