頭の上でけたたましい音が鳴り響く。布団から腕だけ出し、音の出所を探ると、騒音の主......目覚まし時計を捉え、勢いよく叩く。そうすると、騒音が止んだ。
「......もう朝か」
春、四月の頭のとある日の朝、相も変わらず誰も居ない家で目覚めた私は、窓の外を眺めながらそう呟く。
眩しい......受験の日もこんな快晴だったな......
枕元に置いてあるスマホには「6:00」と表示されている。それを見た私は、布団から出て洗面所に向かった。
「......今日からか」
新たな生活を前に、思わずそう呟いてしまう。
前回、雄英高校ヒーロー科の受験に臨んだ私だけど......結果から言ってしまえば余裕で合格していた。順位は10位と可もなく不可もなくといった印象。
まぁこんなこと話したところで、喜びを分かち合う人間なんていないけど。
「ふぅ......」
洗顔を終えた私は、洗面所から出てクローゼットを開け、中から「新品の」制服を取り出す。
グレーを基調とした赤いネクタイのブレザー......雄英高校の制服だ。
この制服は買ってから一度も袖を通してないし、開封もしてないからシワどころか埃すらついていない。
「......」
新品の制服を眺め、これから先の事を思い浮かべた。
新しい環境、新しいクラスメイト......普通の人なら、そんなことを思い浮かべてワクワクしたりするのだろう。でも私は違う。自分の体と個性を思い浮かべ、私はため息を吐いた。どうせ今までと変わらない。誰とも関わらず一人で過ごしていくんだ。
「......今更か」
変わらない事を今更考えても仕方がない、
私は自分にそう言い聞かせ、ちょっとローになってしまった気分のまま、荷物を持って玄関に向かう。靴を履き、立ち上がって誰も居ない家を振り返った。
「......」
当り前だが見送りの声は無い。これもいつもの事だ、気にすることはない。
私は踵を返して自宅を出た。少し歩き、周囲に視線を移す。
広がるのは見慣れない景色に、見慣れない人たち。皆からは一様に、緊張しているかのような鼓動が聞こえてくる。普段は聞こえないのに、極稀にこうして個性の力の一部が表に出てくることがある。「薬」飲んでおけばよかったかな......
そんなこんなで、歩くこと十数分、見たことのある大きな校舎が見えてきた。
「相変わらずでかいなぁ」
校舎を見上げながらそう呟く。
雄英高校。今日からお世話になる私の新しい学び舎。これから私の前に立ち塞がるであろう受難の数々を思い浮かべ、わずかに気分が沈んでしまう。
っと、いけないいけない、つい弱気になってしまった。この癖も直さないとな。
結局、どんなことがあっても私のやることは変わらない。私は私の目的のために、ただただ進んでいくだけだ。
「......頑張りましょっと」
そう小さく呟き、私は新たな学び舎に向かって歩き出した。
◇
「だいぶ時間かかっちゃった」
校舎の中に入った私は、広すぎる内部構造に早速迷子になってしまった。校舎内に張り出されているマップを頼りに、何とか自分の教室である1年A組の教室の場所を把握し、駆け足で向かう。
「......何あれ」
数分後、ようやく教室にたどり着いた私は、目の前の奇妙な光景にそう呟いてしまった。黄色い寝袋から這い出る全身真っ黒なロン毛の男、その男を見て固まっている新たなクラスメイト、でかい扉。情報量が多すぎる......
「早速だがコレ着てグラウンドに出ろ......ん?」
私が教室の前で固まっていると、目の前の全身真っ黒な男性が私に気付いた。
「ようやく来たか魔嚙、初日から遅刻とは......肝が据わっていて大変よろしい」
「すみません、道に迷ってしまいまして」
私の方を見ながらそう言い放つ目の前の男性、無気力そうな眼だ、だけど、何故か私はその無気力そうな眼に警戒心を持ってしまった。本能......なのかな、何となく嫌な感じがする。
そして......
「っ......」
私が警戒心を持ったことで、抑えが効かなくなる。内から溢れ出る物を抑えつけるように歯を食いしばる。
心の奥底で抑えつけていた物が、私の警戒心を持った事で「敵意」と感じたと判断し、排除しようと出てこようとする。
ダメだ......落ち着け......また「薬」飲まないと......
「まあいい、担任の相澤消太だ、とりあえずお前もコレ着てグラウンド出ろ」
そう言って私に見せてきたのは雄英高校のジャージ。話を聞くとそのジャージはどうやら机の中に入っているらしく、私はそれを取りに教室に入った。瞬間、教室中の視線が私に集まる。
ヤンキーみたいなツンツン頭の人、金髪のチャラそうな人、受験の時に会った透明人間さん。いろんな種類の人間が居る。その誰もが私に視線を向けている。居心地悪いな......
(早く出ていこう......)
私は自分の机の中からジャージを取り出し、荷物を持ったままそそくさと教室を出ていく。どうせこの後グラウンドで会うのは変わらないけど......少しでも人からの視線から逃れるべく、私は足早に「トイレ」に向かった。
◇
〈葉隠side〉
雄英高校、今日から私が通うことになった高校。
レスキューポイントの存在もあり、ギリギリで合格した私は今、自分の教室の前に立っている。おっきい扉だなぁ、バリアフリーなのかな?
そんなことを考えつつ、どんな人がいるのかワクワクしながら教室の扉を開けた私は、早速友達を作るべく、積極的に人に話しかけた。
「私葉隠透!これからよろしくね!!」
幸いノリのいい人たちが集まってたみたいで、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
そうして仲良くなった人たちと話していると、続々と教室に人が入ってきた。背に低いボールのような髪型の男子、カエルのような顔をした女子......そうしていろんな人が教室に入ってきて、教室には「19人」の生徒が集まった。
......でも、受験の時に救けてくれた綺麗なお姉さんが居ない。もしかして......そんな不吉な可能性が頭をよぎった直後......
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け、ここはヒーロー科だぞ」
突如、教室の外からそんな言葉が聞こえてきた。咄嗟に教室の外に視線を向けると、そこには黄色い寝袋に入った不健康そうな男の人がいた。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました、時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
寝袋から這い出ながらそう話す男の人。どうしよう、不審者かな、警察に通報した方がいいかな。なんて考えていると男の人が自己紹介を始めた。
「担任の相澤消太だ、よろしくね」
この人が担任......?まだ入学初日なのにもう不安でいっぱいになる。
そんな私の考えは当たってしまったようで......
「早速だがコレ着てグラウンドに出ろ」
寝袋から取り出した体操服を私たちに見せつけながらそう言い放った。私たちが混乱したように声を上げる。だけど相澤先生はそんなこと意に介さず、教室の外の何かに気が付いたように声を出した。
「ようやく来たか魔嚙、初日から遅刻とは......肝が据わっていて大変よろしい」
「すみません、道に迷ってしまいまして」
相澤先生の声の後に聞こえてきたのは、特徴的な低音のハスキーボイス。声は女性の物だ。
私はこの声を聴いたことがある。この声は......
直後、私の思考の答え合わせをするかのように、声の主が教室に入ってきた。
入ってきたのは背が高く、藍色のウルフカットで、鋭く綺麗な目をした、「男子の制服」を着た女の人。間違いない、受験の時に救けてくれたお姉さんだ。魔嚙さんって名前だったんだ......
教室に入ってきた魔嚙さんは自分の席を探すように視線を動かした後、自分の机から体操服を取り出してそそくさと教室を出て行ってしまった。
話しかけそびれちゃった。更衣室で色々話聞いてみよっと。そんな風に考えながら、私たちは女子更衣室に向かった。
更衣室にたどり着いた私たちは、皆で魔嚙さんに話しかけようと話しながら更衣室の扉を開けた。でも......
「あれ......?」
「おらんね......?」
更衣室には誰も居なかった。もしかして着替え終わったのかな......なんて考えるけど、魔嚙さんの荷物が無いからそもそも更衣室に来ていないという事を理解する。
どこに行っちゃったんだろう......そんな疑問が残りつつも、時間がないので急いで体操服に着替え、私たちは全員でグラウンドに向かった。
◇
〈魔嚙side〉
「ん......ふう」
トイレの個室、私は現在そこで着替えを行っている。下は余裕で入ったけど......上のシャツはギリギリだったから脱ぐのも一苦労だ。
さて、なぜ私が女子更衣室に行かず、こんなトイレの個室で着替えているのかというと......私の体が原因だ。
「......こんな体、皆に見せられないよね......」
自分の体を見下ろしながらそう呟く。視界に映るのは、大小様々な傷跡だらけの自分の体。
その内の一つを指で撫でると、傷跡特有のザラザラとした感触が伝わる。
見られたら引かれるだろうか、それとも軽蔑されたり、気持ち悪がられたりするだろうか。
「......どうでもいいか、そんな事」
どうせ仲良くする気もないし、裸を見られる事もないだろう。
私は沈む心を無視し、着替えを終えてグラウンドに向かった。
◇
「「「個性把握テスト!!?」」」
グラウンドにたどり着くと、相澤先生から開口一番に「個性把握テストをする」と告げられ、皆が一斉に声を上げた。
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ」
茶髪の女子生徒が相澤先生に詰め寄るが、たったの一言で一蹴し、どこか気怠そうな表情のまま、私たちに説明を始めた。
――曰く、雄英高校は自由な校風が売り文句、それは生徒だけでなく、先生達にも言える事らしい。つまりはこの行動は相澤先生の独断によるもの。でもそれも先生の「自由」なので、罰せられることはない......入試の時から思ってたけど、本当にめちゃくちゃな学校だな。
さて、肝心の個性把握テストについてだけど......簡単に言えば、中学までやっていた体力テストを個性アリやれとのこと。まずは自分の最大限を知る事。それがこのテストの目的らしい。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「......67m」
「じゃあ個性使ってやってみろ」
デモンストレーションという事で、教室で私に視線を向けてきていたツンツン頭のヤンキー......爆豪という生徒にソフトボールを投げ渡した。
「円から出なきゃ何してもいい、早よ」
相澤先生にそう言われ、爆豪君が円の中に立つ。大きく腕を振りかぶり、投擲の構えを取る。
それと同時に、彼の掌から、特殊な汗の臭いがし始めた。それに疑問を持った直後。
「死ねェ!!」
FABOOOOMB!!!!
暴言と共にすさまじい爆発が起きる。爆心地は彼の掌。そういう個性なのかな。
ボールは彼方まで飛んでいき、彼が投げてから数秒後に記録が出た。記録は「705.2m」。比較サンプルが無いから凄いのかわからないけど......多分凄い記録なんだろうな。
それはそれとして、なるべく彼には近づかないようにしよう。見た目と言い今の暴言と言い......多分誰彼構わず噛みつくタイプの人間だ。彼の人間性は私と壊滅的に相性が悪い。嫌な人と同じクラスになっちゃったな......
「なんだこれすげー面白そう!!」
「個性思いっきり使えるんだ!!流石ヒーロー科!!」
何人かがワクワクした様子でそう言った。いきなりお出しされた700m越えの記録、加えてのびのび個性が使えるというこの環境。そんな事実に興奮を隠そうともしない生徒一同、故に、人込みから外れて話を聞いていた私以外は、相澤先生の表情が変わったのに気が付かなかった。
「面白そう......か......ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
相澤先生のその言葉に、ようやく雰囲気が変わったことに気が付いた一同。わずかにヒリついた空気が辺りに広がる。流れるのは沈黙、その沈黙を破ったのは相澤先生だ。
「よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し......「除籍処分」としよう」
「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
除籍処分、つまりは学籍の抹消、その言葉を聞いた皆がまた騒がしくなる。
それもそうだろう、理不尽としか言いようがないその発言。嘘をついている様子も無いし、この人は本気でやるつもりだ。
でも、そんな横暴がまかり通ってしまうのがこの学校というわけだろう。
「生徒の如何は俺たちの自由――ようこそ、これが雄英のヒーロー科だ」
Plus Ultra この程度の壁くらい超えて見せろ。言外にそう伝えてくる相澤先生。
その言葉に顔を引き締める生徒一同。こうなった以上やるしかないと理解したのか、さっきまでのような腑抜けた雰囲気はもう無い。それに呼応するように、在籍を賭けた個性把握テストが今、幕を開けた。
最初の種目は50m走。決められた道を、個性を駆使してただ走るだけの簡単な種目。
これなら誰かに敵意を向けられることもないだろうし、皆と離れて動いてれば誰かと関わることもないだろう。
◇
他の人の記録を眺めながら待っていると、ようやく私の番が来た。一緒に走るのはマリモみたいな髪の男子生徒。チラチラと私の方......特に胸に視線が行っては顔を赤くして目を逸らす。こんな脂肪の塊の何がいいんだか......
チラリと横目で視線を送り、直ぐに視線を戻す。
『イチニツイテ、ヨーイ』
計測器のロボットが腕を上げたのが見えた。私は集中し、耳を澄ませて両手足に力を込める。
『ドン』
「!!」
スタートの合図とほぼ同時に、込められた力で地面を踏み切り走り出す。スタートダッシュは完璧。四つん這いにも見える程の低姿勢で走り、そのままの勢いでゴールまで駆け抜ける。結果は......
『3秒23』
「ふぅ......」
なかなか良い記録が出たんじゃないかな。個性は......うん、今は落ち着いてる。大丈夫、まだ動ける。私の4秒ほど後にゴールしたマリモ君を横目に、私は次の種目に向かった。
第二種目は握力か......あんまり力を込めすぎると個性が表に出てくるかもしれないし......昂らないようにほどほどに加減して......
「ふっ......」
測定器を握り、表示された数値を見る。結果は『62kg』。平均より少し高い程度の数値だった。その後の種目も個性が出てこない程度に加減して結果を出していく。
途中から相澤先生にすごく見られ始めた。髪の隙間からチラリと視線を向けると、先程と同じような無気力そうな眼で私を見ていた。でも、その眼の奥には確かにこちらを探るような意思を感じる。
多分個性を使って全力を出していない事がばれたんだろう。やりずらいなぁ......出来ればそっとしておいてほしい。
いや......ちゃんと全力を出してない私が悪いんだけどさ......
......私がおいそれと全力を出せないのにはちゃんとした理由がある。
でも、それを誰かに話した事はない。話してしまえば、拒絶されてしまうかもしれないから。
なら、初めから人と関わらないようにした方が都合がいい。私も周りの人も傷つかずに済む。
さて、肝心の個性把握テストだけど......今しがた私の番のハンドボール投げが終わったところだ。記録は180m。クラスの中では中間くらいの記録。
私は一息つきながら円を出た。次は50m走の時に隣にいたマリモ君の番......なんだけど、彼はここまでヒーローらしい記録を出していない。全力を出していない私が言えたことじゃないけど、彼はこのままじゃまずいんじゃないかな。
「緑谷君はこのままだとまずいぞ......?」
「ったりめーだ!無個性の雑魚だぞ!」
どうやらあのマリモ君は緑谷というらしい。
それにしても無個性......?だとしたら試験ではサポートアイテムでも使ったのかな......でもそれらしい物は持って無いし、本当に無個性なのかな......
なんて考えていると、緑谷君がボールを投げた。でも個性を使った様子は無い。記録は46m。普通の結果だった。いったいどうしたんだろうか。
「個性を消した、つくづくあの入試は合理性に欠くよ」
そう言いながら、首に巻いていた布で緑谷君を捕縛する相澤先生。
個性を消した......?まさかあの人......
「そのゴーグル......もしかしてあなたは......抹消ヒーローイレイザーヘッド......!」
私の予想は的中していたらしい。
抹消ヒーローイレイザーヘッド。その眼で見た人の個性を消すという、「個性」に作用する「個性」を持った特異なプロヒーロー。
本人のメディア嫌いもあってあまり表には出てこないことから「アングラ系ヒーロー」なんて呼ばれてる。だからさっきあの「眼」を本能的に警戒したんだろうな......そんな人がまさかこんなところで教師をやってるなんて......
一言二言話をした後、緑谷君を開放する相澤先生。何を話していたんだろう。
「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」
爆豪君緑谷君の事嫌いすぎでしょ......会話を聞きながら眺めていると、円の中に戻った緑谷君。何かブツブツ言ってるけど、遠すぎて聞き取り辛い。力の調整......オールマイト......?なんでここでオールマイトの名前が出てくるんだろう。
なんて考えていると......
SMASH!!!
「!?」
投擲と同時に発生した凄まじい風圧と音に一気に意識を引き上げられる。あれが緑谷君の個性......?すごいパワーだ。記録は705.3m。たったの10cmだけど、あの爆豪君の記録を抜いた。
そんなパワーがあるのに......なんで使わなかったんだろう。
そう疑問に思っていると......
「!!」
私の鼻がとある臭いを捉えた。臭いの出所は緑谷君の......紫色に変色した指。そこからポタポタと流れ出る赤い液体......血だ。
「っ......!!」
咄嗟に口を押え、込み上げる物を抑える。でも治まらない。
「はぁっ......!はぁっ......!」
息が乱れ、体が震える。
抑えが効かない。ダメだ、落ち着け、違う、出てくるな......!!
勝手に動こうとする体を辛うじて制し、踏みとどまってその場にしゃがみこむ。気を紛らわせるように歯を食いしばるけど、さほど効果は得られなかった。長くは持ちそうにない。どうすれば......
そう思った直後。
「魔嚙さん?」
「......!」
突然後ろから声を掛けられ、髪の隙間から後ろを覗く。そこには浮かぶ体操着......透明人間さんが居た。
「えと......大丈夫ですか......?具合悪そうですけど......」
顔は見えないけど、心配そうに私を覗き込む透明人間さん。話しかけられ、振り返ったことで視界から緑谷君の指が消え、気が一瞬紛れる。今だ。
「っ......!」
「うわっ!?」
透明人間さんを押し退け、荷物を置いてきた教室に走る。
「相澤先生すみません......!!」
「あ、オイ」
相澤先生に短くそう伝え、相澤先生の静止も聞かずに私はその場を走り去った。
◇
〈相澤side〉
俺が今年受け持ったクラスは1年A組、割り振られた生徒たちは問題児ばかりだが......その中でも特に問題があるのが......
緑谷出久、個性の制御が出来ておらず、個性を使えば一人救けて木偶の坊になるだけ......
全力でやれとは言ったが......それで動けなくなっちまえば本末転倒だ。やはり見込み無しか......
それよりも、俺は「アイツ」の方が気になる。
「ふぅ......」
俺の視線の先居るのは、大量のピアスを付けた背の高い生徒。そいつの名前は魔噛蒼。あの入試で0ポイントヴィランを倒したもう一人の生徒。
個性は「狼」。耳や鼻が良かったり、身体能力が高かったり......シンプルな「複合型」の個性だと内申書に書かれていた。そんな魔嚙について......いくつか気になる点がある。
一つ、動物系の個性、および複合型の個性を持つ奴は、少なからずその「個性の特徴」が外見に現れる。ギャングオルカやミルコなんかがいい例だ。
だが、「狼」という個性を持つにも関わらず、アイツにはそれがない。
二つ、「狼」というにはあまりにも力が強すぎる。個性を鍛えたという範疇には収まりきらない程の身体能力。ただの狼が、ましてやただの学生が、あの巨大なロボをたった一人で持ち上げる事など不可能だ。だが、アイツはそれをやってのけた。
三つ、魔嚙の交友関係と過去について
魔嚙蒼......中学では積極的に人と関わろうとせず、常に一人で居た......教師らがクラスメイトと交流させようとしたが、本人が拒否したためにことごとく失敗......修学旅行や学校祭なんかも欠席していたらしい。
学校生活についても色々言いたいが......それ以上に個性についてだ。
アイツが雄英に合格したとき、それと同時に「とあるプロヒーロー」から手紙が送られてきた。その手紙は魔嚙についてだった。確か内容は......
〈個性の関係で突発的に発作を起こすことがあります。その時はどうかよろしくお願いします〉
だったか......内申書にその類の事が書かれていなかった辺り、中学......少なくとも学校では発作を起こさなかったって事か。その手紙を送ってきたプロヒーローに、魔嚙について詳しく聞こうとしたが......「ノーコメントで」と断られてしまった。
誰しも秘密にしておきたい事はある、それに、拒否された以上、無理に聞こうとするのは労力を考えても合理的じゃないが......雄英が「公安からの指示で」、公安と連携して魔嚙について調べたらしい。プライバシーもクソもあったもんじゃ無いな......
情報共有という事で俺にもその情報が回ってきた。個性の事はともかく、個人の過去は生徒の個人情報だ。あまり気は進まなかったが......今後の業務に支障が出るのは合理的じゃないと判断し、俺はその情報について目を通した。
すると幾つも奇妙な点が見つかった。
魔嚙蒼......「旧姓」、鳴神蒼
両親はプロヒーローで、今期のヒーロービルボードチャート12位の、「稲妻ヒーローライデン」と、13位の「雷鳴ヒーローカンナリ」
どちらも「電気系」の個性の持ち主だ。加えて、どちらの家系にも、「狼」に関連する個性を持った血縁者はいない。
つまりアイツ......魔嚙蒼は、かなり珍しい「突然変異(ミューテーション)」だという事。
そんな魔嚙だが......現在はその両親と袂を分かっており、手紙を送ってきたプロヒーローの管理下で一人暮らしをしている。そのプロヒーローの苗字は「魔嚙」じゃないし、そもそもアイツ以外に「魔嚙」という苗字は存在していない。関係的には養子縁組だと思ってたんだが......どうやら違うらしい。
そして、魔嚙について一番気になる点がある、それが......
3歳から中学1年生に至るまでの経歴が「一切不明」なこと。
公安と雄英が連携して調査したんだ、ちょっとした情報でもあるのかと思ってたが......全く無かった。公安と雄英が連携してなお得られなかった情報......少なくともいい物じゃ無いってことは分かる。アイツの過去に何があったのか......本人もそのプロヒーローも話さないって事は隠しておきたい事なんだろうな。
そんな事を考えながら視線を魔嚙に移す、現在の種目はハンドボール投げ、ここまでもそうだったが......この種目も力をセーブして記録を出した。入試の時の力を使えばもっと良い記録を出せるだろうに......使わないって事はそこにも理由があるのか?
なんて考えた直後......緑谷が個性を使って記録を出した。だが腕全部をぶっ壊すような個性の使い方じゃない。指だけを使い、この後も動けるような負傷に抑えやがった。
「先生......!まだ......動けます......!!」
「こいつ......!!」
痛みに耐えながらもそういってくる緑谷、こいつは......思ってたよりやるみたいだな。前言撤回だ、こいつは見込みがある。
俺が内心でそう考えるのと同時に、視界外から激しい息切れが聞こえてきた。
息切れが聞こえた方に視線を移すと、魔嚙が人込みから外れた場所で口元を押え、息を切らしながらうずくまっていた。
何があったのか聞こうと動くが、直後すぐに魔嚙が立ち上がり、俺の方に走ってきて......
「相澤先生すみません......!!」
「あ、オイ」
俺に短くそう伝えて走り去っていった。今のが手紙に書いてた発作ってやつか......手紙を読んでいたから気をつけてはいたんだが......本当に突発的に起こすんだな......原因がわからない以上、後で色々聞かないといけないな......
俺は緑谷に突っかかっていった爆豪を捕縛しながらそんなことを考え、残りの種目をこなす生徒たちを見守った。
◇
〈魔嚙side〉
「はぁ......はぁ......」
走って教室に戻ってきた私は、荷物の中の薬を飲んで息を整えていた。
危なかった......あと少し遅かったら......
日に日に薬の効果が薄くなっている気がする......また飲む量増やさなきゃ......このままじゃいつか......
「うっ......おぇ......」
最悪の可能性、もしかしたらの未来を思い浮かべ、吐き気が込み上げてくる。
結局私は......
そんな考えが頭をぐるぐる回る。苦しい、目に涙がにじむ。しばらく自分の席でうずくまっていると......
「オイ、大丈夫か」
「......相澤先生......」
後ろからいつの間にか戻ってきていた相澤先生に話しかけられた。込み上げる吐き気を飲み込みながら振り返る。感情が読み辛い顔だ。そんな風に思っていると、私の背中をさすりながら相澤先生が個性把握テストについて話してくれた。
曰く、今の私の順位は15位で、残りの種目を今日落ち着いてからやるか、後日もう一度一から個性把握テストをするか選んで良いとのこと。相澤先生なりの気遣いなんだろうか。でも、もう一度チャンスが貰えるのならやらせてもらおう。
「......やらせて......ください」
「......わかった、とりあえず今日はもう帰れ。体調悪いんだろ」
「すみません......」
入学初日に遅刻に加えて早退......印象は最悪だろうな......
と言っても、皆とは積極的に関わることも無いだろうし、あんまり関係ないか......
着替える気力もないので、私は体操着のまま荷物をまとめ、相澤先生に付き添ってもらいながら帰路に着いた。
こんな調子で本当にヒーローになれるのかな......今のままじゃ、ヒーローになって認めさせるどころか......
そんな不安と鬱屈とした気分が残ったまま、家に着いた私は食事も摂らずに眠りについてしまった。
第二話、どうも猫耳の人です
この小説は楽しんでくれているでしょうか
あと三話後に「無敵のヒーロー(自称)」が再始動いたします、こちらもあちらも是非お楽しみに