〈Nо side〉
「緑谷ダメだ......さすがに考え改めただろ......?」
「ケロ......」
「━━......!」
目の前の光景に、緑谷、蛙吹、峰田の三人は、顔を蒼くしてただただ震えて見ている事しかできなかった。
自分たちのために戦場へ飛び込んだイレイザーヘッドが、「脳無」と呼ばれた怪人に、一方的に蹂躙されているその光景を
腕は小枝のようにへし折られ、顔を何度も地面に叩きつけられている。体中から血を流し、血だまりに伏す担任の姿は、それを見た三人に強い絶望を与えた。
「死柄木弔」
「黒霧、13号はやったのか」
主犯格と思しきヴィランの横に、先ほど13号達を襲ったヴィランが現れた。
死柄木と呼ばれたヴィランが黒霧に問いかける。すると少し申し訳なさそうな口調で話始めた。
「13号は行動不能にできましたものの......散らし損ねた生徒がおりまして......一名逃げられました」
「......は?」
「逃げられた」、その言葉を聞いた瞬間、先ほどまで機嫌が良さそうだった雰囲気から一転、ため息を吐き、まるで癇癪を起した子供の用に首を掻きむしり始める死柄木。
「黒霧お前......お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ......流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ、あーあ......今回はゲームオーバーだ......帰ろっか」
踵を返し、帰ると呟いた死柄木。その言葉を聞いた三人の中に、わずかな希望と大きな疑問が生まれた。
「......?帰る?カエルって言ったのか今!?」
「そう聞こえたわ」
目的はオールマイトを殺すこと。だというのに、これだけの事をしてあっさり引き下がる。これで帰れば雄英の危機意識が上がるだけ。
(いったい何を考えてるんだこいつら......!)
緑谷が困惑しながらそう思考する。「今回は」と言っていたのを聞くに、また今回の様な事をするつもりなのだろう。ならば尚の事、今回で目的を達成しなければチャンスは無くなる。
ともあれ、これで退いてくれるのなら......その油断が命取りだった。
「けどもその前に......平和の象徴としての矜持を少しでも......」
戦場......特に、命が掛かった戦場では、一瞬の油断で命を落とすことになる。
ヴィラン達に自分たちの存在は気付かれていない。無意識にそう決めつけていた、だから、反応できなかった。
「へし折って帰ろう!」
先程まで黒霧の近くに居たはずの死柄木が、いつの間にか目の前にいる。あまりの速さに、接近を認識できなかった。
コンマ数秒の間を開け、ようやく脳が認識したときには、すでに死柄木の手が、蛙吹の目と鼻の先にまで迫っている瞬間だった。
緑谷が先程の光景を思い出す。死柄木に触れられたイレイザーヘッドの肘が崩れていく光景を。
瞬間、緑谷の脳が、蛙吹が塵になって崩れ去る光景を幻視させる。
触れられれば終わり、そう理解しているにも関わらず、体が動かない。
「思考」というプロセスを挟んだ時点で、もう反射で動くことはできない。スローモーションになった世界で、何もできず、ただクラスメイトが塵になっていく瞬間を眺める事しかできない。
死柄木の指先が、蛙吹の顔に添えられる、そのまま蛙吹が崩れ去ると思われたその時
濃密な殺気が、辺り一帯を覆い尽くした。
『!?』
ヴィランが襲撃してきた時とは違う、人間としてではなく「生物」としての本能に訴え掛けてくる、圧倒的な殺気。その殺気をヴィラン達も認識していたようで、蛙吹から手を放し、最大限の警戒心を見せて振り返った。
緑谷達も、それにつられて死柄木の視線を追う。視線の先に居たのは。
「魔嚙......さん......?」
幽鬼の如く、フラフラと歩きながら、緑谷達の元へ歩いてくる、魔嚙蒼だった。
その魔嚙を直視した瞬間、ヴィランを含め、緑谷達全員が動けなくなる。個性による攻撃を受けた訳じゃない。
殺気の源、魔嚙を見てからだ。本能が「アイツから逃げろ」と警鐘を鳴らしているにも関わらず、金縛りに遭ったかのように、体が動かない。
「っ......!脳━━」
死柄木が、己の脅威を排除すべく、震える声を荒げて脳無に指示を飛ばそうとする。
が、その瞬間、魔嚙の姿が掻き消え、死柄木が大きく吹き飛んだ。
その一瞬だけ、殺気に対する恐怖を驚愕が上回ったのか、反射的に吹き飛んだ死柄木の方を振り返る。すると、水難ゾーンの水面を水切りのように跳ねながら吹き飛ばされる死柄木が目に映った。
恐る恐る振り返る三人、視界に映るのは黒く細い脚。その脚を辿るように視線を上げていくと
「......」
そこにいたのは、無表情で、赤い瞳を持った魔嚙蒼だった。包帯で覆われた拳を握りしめているのを見て、死柄木を吹き飛ばしたのが魔嚙だと理解する三人。
ありえない
一連の光景を見て、三人の頭によぎった言葉だ。
なぜその言葉が頭をよぎったのか。単純な話だ。魔嚙が居た位置から、緑谷達が居た場所まで、少なくとも50m以上は距離が離れていた。魔嚙の50m走の記録は約3秒。
にもかかわらず、それだけの距離を3秒どころか1秒にも満たない速度で......文字通り一瞬で詰めてきたのだ。
先ほどの死柄木以上の速度、接近を認識できなかった。
あの時は本気じゃなかったのか。全力を出したらどれだけ速いのか。もしかしたら、そこらのプロなんかよりもよっぽど強いんじゃないか。なんて、畏怖にも近い疑問が、緑谷達の頭に生まれる。
が、それと同時に、僅かな希望が生まれたのも事実。
「魔......嚙さん......!!すぐにここから離れよう!!相澤先生もやられた!!でも魔嚙さんがヴィランの主犯格を吹き飛ばしてくれたおかげで隙が生じた!!今のうちに━━」
脳無に指示をする死柄木が居なくなった、逃げるなら今しかない。
魔嚙への恐怖を押し殺し、早口でまくしたてる緑谷、だが、当の本人、魔嚙は、その言葉に耳を貸さず、赤い瞳で緑谷達を一蹴してから踵を返し、フラフラとヴィラン達の下へ歩き始めた。
「な......待って!!危ないよ!!早く逃げないと!!」
「......」
焦る緑谷、まさか、先ほどの自分のように、策が通じたと、戦えるのだと勘違いをしているんじゃないかと考える。
口も態度も悪くとも、曲がりなりにも彼女もクラスメイトだ、クラスメイトが死ぬところは見たくない。その一心で緑谷は叫ぶ。
「一人じゃ無理だ!!せめてプロの応援を待った方が━━」
「......」
反応は無い、どうあっても戦うつもりなのだと理解する。彼女を止めることはできない、だが、クラスメイトが死ぬところは見たくない。ならばどうするか......
緑谷は意を決した表情を浮かべ、魔嚙へ言葉を投げかけた。
「......なら、僕も戦うよ」
「緑谷ちゃん......!?」
「オイオイ......何言ってんだよ緑谷ぁ!!」
「......」
緑谷の言葉に初めて反応を見せた魔嚙、立ち止まり、肩越しに緑谷に視線を向けた。
緑谷は、蛙吹と峰田が止めるのも気にせず、魔嚙に歩み寄りる。
「君が止まらないのは分かった......でも......だからと言って......君をここへは置いていけない」
「......」
「クラスメイトを見殺しにはできない、だから、僕も戦うよ」
魔嚙の目を見ながらそう発言する緑谷、その目には光が宿っている。
いくら魔嚙が一匹狼と言えど、彼女もヒーロー志望、爆豪ではないのだから、真摯に向き合えば、「一緒に戦おう」とまではいかなくとも、「勝手にすれば」くらいの返答は貰えると、利用価値のある道具くらいには思ってくれると、そう無意識に決めつけていた。
だが
「断る」
「え......」
返ってきた予想外の言葉に、緑谷は呆気にとられたような反応を見せる。
冷めたようにも見える表情のまま、再びヴィランの下へ歩いて行く魔嚙に、正気に戻った緑谷は、魔嚙の道を塞ぐように前に出て、慌てて声をかける。
「ま......待って!!一人じゃ危ない!!あの脳みそおっぴろげのヴィランは相澤先生も敵わなかったヴィランなんだ!!せめて━━」
「二人で戦おう」、そう提案しようとしたが、魔嚙の鋭い眼で睨まれ、言葉を詰まらせる。
魔嚙は視線を戻し、淡々とした口調で言葉を発し始める。
「ハッキリ言わないと分からないか、邪魔だ」
「っ......!」
「足手纏いは要らない、逃げたいのなら勝手にしろ。私の邪魔をするな」
魔嚙が目の前の障害物を退かすかのように、緑谷を振り払う。
「っ!?」
瞬間、緑谷の肩に激痛が走ると同時に、視界が逆さになる。何が起きたのか理解できず、フリーズしていると、背中に痛みと衝撃が走った。
そこで緑谷が、自分の身に何が起きたのかを理解する、魔嚙によって「退かされた」のだ。
魔嚙にとっては、目の前に飛んできた埃を掃うくらいのつもりだったのだろう。だというのに、緑谷は吹き飛ばされた。そこで緑谷は理解する、彼女と自分では、実力が違いすぎると。
思えば、先程の声には怒りも軽蔑も無かった。
最早自分達など眼中に無いのだと、道端に落ちている、少し躓きやすそうな石ころ程度にしか思っていないのだと、そう理解してしまった。
戦力外どころか、ハッキリとお荷物だと言われ歯噛みする。反論したいが、緑谷自身、個性をまともに使えないのは事実。故に、何も言い返せなかった。
「っ......行こう......二人とも」
「わ......わかったわ......」
「お......おう!!」
蛙吹と峰田に声を掛け、痛みに耐えながら相澤先生を担いぎ、その場を後にする緑谷。階段を上り、出入口へ向かう途中、魔嚙の方を振り返ってみるが、緑谷達に見向きもしていなかった。そのことに対し、怒りを感じているのか。何もできない自分に不甲斐なさを感じているのか。いずれにせよ、複雑な感情を抱きながら、緑谷達はその場を去っていった。
「ゲホッ......痛え......何だよあの馬鹿力......」
「大丈夫ですか、死柄木弔」
緑谷達との悶着終えた頃、吹き飛ばされた死柄木が黒霧のゲートによって戻ってきていた。
腹部を押え、痛みを堪えるように立ちあがる死柄木を、表情の読めない顔で見据える魔嚙。
「いきなり現れてなんなんだお前......」
「......」
殴られたことに腹を立てているのか、それとも獲物が逃げたことに対して腹を立てているのか、苛立った様子で魔嚙に問いかける死柄木。しかし、魔嚙はその赤い瞳を向けているだけで何も答えない。
「シカトかよ......ホンットムカつくなぁ......まぁいいや、アイツらの代わりにお前が死んでくれよ......脳無、あの女を殺せ」
「━━━━」
死柄木の指示を受けた脳無が動き出す。
目にもとまらぬ速さで魔嚙に肉薄し、その巨躯の黒腕を振るった。回避をするか防御をするか。死柄木は魔嚙の行動を予測していたが、予想外なことに、魔嚙は無抵抗のまま吹き飛ばされた。
凄まじい勢いで壁に激突し、土煙を上げる魔嚙。普通の人間であればミンチになっている勢いだ。
「ははは!!反応できずに死にやがった!!ざまあみろ!!」
高笑いしながらそう吐き捨てる死柄木。
しかし、数秒して、目の前の光景に何か違和感を感じた。あれ程の勢いだ、壁に衝突すれば大量の血飛沫が発生するはずだが、血が一滴も流れていない。
違和感はそれだけじゃない、考えてみれば、50m強の距離を一瞬で移動し、正確に標的を殴り飛ばせるというのに、脳無の動きに反応できないなんて事があるのか。
死柄木の中で違和感が膨れ上がり、不安に変換され、冷や汗が溢れてくる。もしかしたらまだ生きているのではないか、信じたくは無いが、万が一生きていたら......
「脳無!!そいつにトドメを──」
「トドメをさせ」、そう指示を出そうと脳無を見た時、死柄木は目を見開いた。
無理もない、何故なら、魔嚙を殴ったであろう脳無の左腕が、肩口からごっそり千切られていたのだから。
首が取れてしまうのではないかという勢いで魔嚙が吹き飛んでいった方向を見る、すると土煙がすでに晴れており......
「あー......あ?なんだよ、思ったより脆いじゃないか」
瓦礫を退かし、咥えていた脳無の左腕をペッと吐き捨て、コスチュームの汚れを手で掃いながら、無傷の魔嚙が現れた。
死柄木の中にあった不安が恐怖に変わる。なぜ、あれ程の威力の攻撃を受けて無傷なのか。オールマイト用に改造した、オールマイトに匹敵するほどのパワーを持った怪人の攻撃だというのに、傷はおろか、ダメージがあるようにも見えない。
焦る死柄木。こんなガキにすら通用しないのか、ガキ一人殺すことも敵わないのか......焦りは苛立ちとなり、首をガリガリとひっかき始める。
「匂いからして......今殴ってきた上裸の奴が一番強いんだろ?目的を考慮すると、さしずめそいつが対オールマイト用の切札......存外大したことないんだな」
そう呟きながら、腕に力を込める魔嚙、そしてそのまま、脳無に冷たい視線を向けながら......
「お前、もう消えていいぞ」
一瞬で脳無の懐に踏み込み、腹部目掛けて強烈な右ストレートを放った。
が......
「━━━━」
「あ?」
手応えの無さに僅かに声を上げる魔嚙。攻撃を受けた脳無は、吹き飛ぶどころかダメージを行けた様子が一切無い。妙な手ごたえを感じつつ、脳無が右腕を振り上げたのを見て、脳無の腹部を思い切り蹴り、その勢いで距離を取る魔嚙。
その様子を見た死柄木が、わずかに焦りを含んだ声で話し始めた。
「は......はは......!!そいつにはショック吸収の個性がある!!打撃は効かねえよ!!」
「へぇ、対オールマイトってそういう事か」
オールマイトの戦闘スタイルは、一貫して拳やチョップなどの打撃、打撃吸収の個性を持ち、オールマイトに匹敵するパワーを持っている。さしずめ対オールマイト用の人間サンドバッグと言ったところか。そして
「━━━━」
脳無がわずかに唸り始める、何をするつもりなのかと魔嚙が眺めていると、突如、魔嚙によって千切られた左腕の肩口が、グジュグジュと音を立てて蠢き始めた。
異様な光景に魔嚙がわずかに驚きを見せる、すると次の瞬間、脳無の左腕が再生を始めた。
ものの数秒で千切られた左腕の再生を完了させた脳無。再生が終わると同時に、死柄木が笑いながら声を上げた。
「別に個性が一つだけとは言ってないだろう......これは超再生だ......そうだ......何を焦る必要がある......脳無はオールマイトの100%にも耐えられるように作られてる......こんなガキ一人殺すのに何の問題もない......!!」
不安と恐怖が消えたのか、また上機嫌になり始めた死柄木、オールマイトの100%にも耐えられる肉体に加え、傷を即座に再生する再生能力、そして、オールマイトに匹敵するほどのパワーを持った改造人間、ただのヒーロー候補生を殺すなど、赤子の手を捻るくらい簡単なことだ、だが
「はは......」
目の前にいる奴は、少なくとも「普通」じゃない。
「なんだ、脆いと思ってたが......存外タフじゃないか、見直したよ」
「は......?」
死柄木は混乱した。なぜ、この状況でコイツは笑っていられるのか、目の前にいるのは、オールマイトですら手を焼くであろうヴィラン、絶望を前にして頭がおかしくなったのだろうか?それとも、本当に余裕があるのだろうか......
「打撃無効に超再生......まさに怪人!正真正銘の化け物だ!!」
両腕を大きく広げ、笑いながら言い放つ魔嚙。その言葉に続けるように
「お前みたいなの見てると......私はまだ真っ当に人間やれてるんだって思えるよ」
項垂れながらそう呟き、腕に力を込め始める。ギリッ......と、拳を握り締める音が聞こえる。前髪の隙間からチラリと覗く、赤く怪しい光、それを見た瞬間、ヴィラン達の背筋に悪寒が走った。
「じゃあ、ここからは......」
瞬間、魔嚙の姿が掻き消え、脳無の視界いっぱいに白い拳が映る。そして
「少し本気で行くぞ」
その呟きと同時に、辺りに響く、空気が破裂したと錯覚させるような破裂音。その音とほぼ同時に、ショック吸収を持っているはずの脳無が地面をバウンドしながら大きく吹き飛ぶ。
「は?」
「ショック吸収なんじゃなかったのか?吸収しきれてないじゃないか」
魔嚙がそう呟くと同時に、吹き飛ばされた脳無が魔嚙に向かって走り、再びその拳を魔嚙に振るわんと、右腕を大きく振りかぶった。魔嚙に迫る大きな拳、あわや魔嚙の顔面に命中してしまうかと思われたが
「遅い」
放たれた右腕の軌道を左手で逸らし、空いている右手で脳無の顔を地面に押し付け、仰向けに倒してしまう。
拘束から抜け出そうともがく脳無だが、想像以上に魔嚙の力が強いのか、ビクともしない。
暴れる脳無を拘束しながら、頭を押さえつけていた右手を放し、拳を作り、力強く握りしめる。
そのまま、その拳を脳無の顔面に思い切り叩きつけた。USJ全域に響き渡るほどの轟音を立て、脳無の頭を起点に、広範囲の地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、陥没する。頭は潰れなかったものの、脳が揺れているのか、指先一つ動かせていない。
「もうくたばったのか?まだ三発だぞ?しっかりしろよ、オールマイト用のサンドバッグ人間なんだろう?ならこの程度で壊れないでくれよ......まだ「発散」したりないんだからさぁ!!」
脳無の首を掴んで持ち上げ、怒号にも近い声を上げる魔嚙。空気がビリビリ震える。
「ここじゃ効率が悪い......もっと人目の無い広い所に行こうか」
魔嚙が一歩踏み込み、脳無を持った腕を大きく振りかぶり、USJの天井目掛けて投擲。その脳無を追いかけるように魔嚙も飛び上がる。地面を砕いたその跳躍は、如何に魔嚙の力が強いかを示していた。
跳びあがった魔嚙が体を捻り、ドロップキックの体制を取る。そのまま勢いを殺さず、脳無の腹部に強烈なドロップキックを放つ、投擲の勢いとドロップキックの威力が合わさり、さらに勢いを増し、頑丈であるはずの天井を易々と破壊するに至る。
空に投げ出される脳無と魔嚙、そこでようやく回復したのか、脳無が動き出す。
だが、空中では思うように身動きが取れないのか、ジタバタと手足を動かすばかり。しかし、それは同じく空に投げ出された魔嚙も同じこと
そんなはずがなかった
「潰れるなよ?」
まるでオールマイトのように空を蹴り、脳無の体に着地。足の「鉤爪」で自分の体を固定し、両手を合わせ、ダブルスレッジハンマーの構えを取り、脳無の顔目掛けてその拳を振り下ろす。グシャリと嫌な音を立てて地面に吹き飛ばされていく。脳無が地面に墜落すると同時に大きく土煙が上がる。木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ脳無がその威力の高さを物語っている。
脳無が墜落したのを見届け、空を蹴り、脳無に向かって突進を開始。空を切るように空中で回転し膝を曲げ、その膝を脳無の腹部に突き刺す。
「━━━━」
脳無から苦悶の声とも取れる呻き声が漏れた。魔嚙は脳無から飛び退き、包帯を取りながら呟き始める。
「潰れてないな。良いね、これならもう少し楽しめそうだ」
その呟きと同時に魔嚙の腕から包帯が取り払われ、鋭い爪を持った、その真っ赤な腕が露になった。
「ギアを上げるぞ、まだ壊れてくれるなよ......!!」
拳を握りしめると同時に、包帯によって抑え込まれていた腕が解放され、肥大化する。
腰を落とし、拳を構え、大きく振りかぶる。今の魔嚙が出せる最大威力のパンチ
抑制した状態ですらあの威力だ、抑制から解放されたその拳の威力は想像を絶する物だろう。
狙いは脳無の頭、魔嚙から放たれる殺気が膨れ上がり、研ぎ澄まされていく。
何も感じないはずの脳無の背筋に悪寒が走る。その悪寒の正体は
恐怖
生物が命の危機に瀕した時に感じる不の感情。
魔嚙に対し、脳無は恐怖を抱いているのだ。何も考えず、何も感じず、命令されたことだけを忠実にこなす、死を恐れぬ
それほどまでに、魔嚙蒼という存在が異質なのだ。
頭ではなく、生物の根幹、古来より生物の本能に刻まれた恐怖を呼び起こす程の殺気。
それは、一度死を体験し、改造されて死を忘れた脳無に、再び死の恐怖を思い出させる。「狩られる側」の恐怖を
思考ができない生物は、本能には抗えない。故に
「━━━」
逃走を選んだ。命令に忠実なはずの脳無が、「魔嚙蒼を殺せ」という命令を放棄し、逃げ出した。本能で理解したのだ。戦っても勝てないと、あのまま戦えば、確実に殺されると。
しかし
「オイオイ......」
飢えた獣に背を向けて逃げるのは、危険な行為である。
「逃げるなよ......せっかく血が滾ってきた所なんだからさぁ!!」
脳無の身体能力を持ってすれば、人間から逃走することなどたやすい事だろう。実際、逃げ出してから数秒で魔嚙から70m以上も距離を離すことができている。
しかし、相手は脳無自身を一方的に蹂躙し、死の間際まで追いつめた血に飢えた狼だ。普通に逃げて、逃げられるはずがない。
それを証明するかの如く、脳無は魔嚙によってうつぶせに押し倒される。
たった一度の踏み込みで、70m以上もの距離を一瞬で詰めてきたのだ。両腕を足で固定され、暴れることも、拘束から抜け出し、逃げることも敵わない。
詰みだ。
「まずは一発行くぞ!!」
魔嚙の拳が、脳無の頭に振り下ろされる。
身動きの取れない脳無に回避する術はない。抵抗虚しく、魔嚙の拳が脳無の頭に命中した。
瞬間、大地が砕け、常人ならば立っていることすら難しい程の地震が起こる。
先程までの比にならない程の威力、脳無はそれをまともに受けたのだ、生きていられるはずがなく。
「あ?チッ......もうくたばりやがった」
頭が潰れたトマトのように砕け散り、地面に赤いシミを作っていた。
魔嚙は舌打ちしながら立ち上がり、手に着いた脳や肉の破片を掃う。それと同時に、魔嚙の両腕が人間の物に戻る。
「まあいい、それなりに発散は出来た、帰るとしよう」
踵を返し、USJの出入口に向かって歩き出す。その時
「っ......ぁ......?」
魔嚙の頭に、一瞬の激痛が走り、僅かにフラつく。数秒して痛みが治まり、顔を上げる。
「あ......れ......私......なんで外に......」
前髪の隙間から覗く瞳の色が青に戻り、表情も、先ほどまで浮かべていた狂気的な笑みではなく、どこか不安げな表情に戻る。
飢えた獣は満たされた。故に、元に戻ったのだ。
「確か......火災ゾーンに飛ばされて......それから......」
自分の記憶を必死に辿る魔嚙、火災ゾーンに飛ばされてからの記憶が曖昧で、うまく思い出せないようだ。
「......もしかして......」
魔嚙が何かを探すように辺りを見渡す。すると、先ほど魔嚙自身が頭を潰した脳無が目に映った。それを発見した魔嚙は、「やっぱり......」と呟きながら再びUSJに向かって歩き出した。
頭の無い脳無、砕けた地面、そして外にいる自分、ここまで条件がそろえば誰だって理解できる。魔嚙自身も、この惨状を作り出したのが自分だと理解したようだ。
魔嚙は小さくため息を吐きながら扉を開け、USJの中に入ると、プロヒーロー達と警察が、相澤先生が撃破したヴィラン達を確保しつつ、反対側の出入口に生徒たちを誘導しているのが見えた。しかし、主犯格であるヴィラン二人の姿が見えない。どうやら逃げたようだ。
「......私も行かなきゃ」
腕に包帯を巻きなおし、階段を下りて反対側の出入口に歩いて行く。
道中は何事もなく、無事に出入り口に到着。扉が開いていたので、USJから出ると、クラスメイト達が警察から点呼を受けていた。居なかったのが魔嚙だけだったらしく、魔嚙の到着により点呼は終了。
ヴィランの残党が居ないかの調査の後、警察とプロヒーローの厳戒態勢のもと、雄英に戻ることになった。
◇
「......」
無表情で道を歩く魔嚙。
現在、魔嚙は帰路に着いている。あの後、魔嚙達は雄英に無事到着し、HRで二日ほど臨時休校になることを伝えられ、放課となった、クラスメイト達は皆、直ぐには帰らず、その場で話をしていた。そんなクラスメイト達を放っておき、魔嚙は誰かに見つかる前にそそくさと一人で帰ってきたのだ。
天下の雄英にヴィラン侵入。世間が荒れる事は間違いないだろう。
「......」
ふと、魔嚙は自分の手を眺める、何の変哲もない人間らしい手。しかし、魔嚙はその手で脳無の頭を潰した。
改造人間、既に死んでいる人間に対し、この表現は正しくはないのかもしれないが、魔嚙はその手で脳無を殺したのだ。
魔嚙自身、脳無が既に死人であるという事は、臭いで知ることが出来ていた。
だが、その手で人の頭を叩き潰したのは事実だ。気分が悪くなる、という事は無いが、この件のせいで、ヒーローへの道が閉ざされてしまうのではないかという不安が生まれる。
そしてもう一つ、曖昧な記憶の中、かすかに覚えていることがあった。
それが、緑谷を吹き飛ばしたこと。あの時の魔嚙は、目の前の邪魔な物を退かすくらいの感覚だった。だが、力の差のせいか、緑谷を吹き飛ばしてしまった。
暴走状態だったとはいえ、仮にもクラスメイトである人間に怪我をさせたのだ。彼、そして、彼と仲の良い友人に責められるかもしれない。
そこで不意に、訓練の時に言われたことを思い出した。
『今の貴女に、ヒーローを名乗る資格はありません!!』
「......何も知らないくせに」
ヒーローの資格がない。それは魔嚙自身が一番わかっている。
それでも、諦めるわけにはいかないのだ。自分の幸せのために、諦めてはならないのだ。
「......切り替えていこう」
過ぎたことを考えても仕方がない。既に確定した結果は変えられないのだから。
ならば、結果を悔やむよりも、その先に、綺麗で輝かしい未来が待っていると信じて進む他無い。
立ち止まっている時間など無い。魔嚙は決意を固め、また一歩、己の目的のために歩を進めた。
ストック全投稿終了!
こっからは同時進行だ!!頑張るぞぉ