ロナルドはふと目に入った光景に違和感を覚える。まだ昼間ではあるが
まさか真昼間から心霊現象か、と引け腰になり視線を外すよりも先に向こうが
日傘を傾け隠れていた顔が晒される。日に照らされる髪色は金、向けられた視線の先にある瞳は深紅。極めつけは耳の尖り。――吸血鬼だ。警戒を強めたロナルドを他所にその吸血鬼は近付いてくると、
「やあ、ファンです」
そう、にこやかに。そして極々自然な動作にて手を差し出してきたのだった。
「あ、どうも」
その行動に慣れていたロナルドも照れながら差し出された手に己のそれを重ねる。手が冷たい。さらりとした手のひらは上等な布のように滑らかだ。
「ってちが!! ……あんた日光大丈夫なのか?」
「もちろん。ダメだったらもう死んでいると思わないかい?」
「あ、ああ……まあ、そうか」
吸血鬼だろうと言外に含めて言えば当然のように肯定されまごつく。どうやら吸血鬼ではあるようだが、新横浜によく出るポンチなものと違いまとも――まとも、とは? とにかく一般吸血鬼のようだった。
「……不思議な子だね。あなたの周りにいる吸血鬼の中でも日光が平気な者なんて数少ないだろうに、武器さえ持たないとは」
そう言われて同居人の祖父を思い出す。まるで知り合いかのような口振りだ。同時に色鮮やかな唇が脳内を横切ったがすぐさま消しにかかる。
「その無防備さは年長者として心配だけれど、君が強いのも分かるから一応宣言しておこう。今日は買い物に来ただけだから特に何かするつもりはないよ。時間帯はともかく
「え! っああ、そんなつもりは……」
確かに最初警戒していたのは事実だ。吸血鬼だから、というよりは彼が注目されないのは既に何かしているのではないか――と考えたがゆえなのだが上手く答えられず、首を振った。
「それとも案内してくれるかい? 美味しい洋菓子店を探していてね」
傘の
結果的に頷いたロナルドに「
「調べてはみたんだけれど、いまいちよく分からなくてね。チェーン店だとどこにでもあるだろう? せっかくなら新横浜に来たことを感じたかったから」
「……人間用の洋菓子でいいんですか?」
新横浜は潤の言っている通り日本の中でも吸血鬼が多く在住していて、かつ人間と共存している地域だ。吸血鬼御用達の店も多い。だからてっきりそれ用のものを探しに来たのだと思っていたのだがどうやら違うらしい。
「ああ、僕はあんまり血の味が好きじゃないんだ。ここに来たのは最近の子は聖地巡礼、というものをすると聞いて……ほら、ファンだって言ったろう?」
そこまで言われて初めて、ロナ戦の舞台が
「会えるとは思っていなかったし、
真っ赤になったロナルドを微笑ましそうに見つめそう告げられたので、話を変えるのも兼ねて見せられた画面の中から行ったことのある店をピックアップして案内することにした。
傘を閉じた彼が己より身長が高かったことに驚いたが、同居人の吸血鬼やその父、祖父も高かったことを思い出してそういうものなのだろうと思い――彼の名は日本のものだったな、というのも思い出しやや混乱した。
「たくさん買っちゃった!」
「いいんで、……のか、俺のまで……」
店へ行くまで話している途中に敬語は辞めて気楽に話してと願われ慣れないながら言葉を言い直し、先程の店のマークが印刷された箱を持ちながら尋ねる。
「推しに貢ぐっていう文化もあるんだろう? お店から直接なら何か混入することもできないし、今の僕にはお礼っていう名目もあるし。君さえ良ければ受け取って欲しい。要らなければ誰かにあげてくれ」
「…………なら、ありがとう」
潤はすべて一種類ずつ、などという誰もが夢に見ながらも実現不可能な注文をし、どうやって持って帰るんだと心配していればどう考えても箱より小さい巾着の中へ店員が入れてくれた箱をぽいぽいと投げ込むという突っ込みが追い付かない奇行をかましてくれた。
そしてロナルドにどれが食べたい? と聞き、真意の分からぬまま答えると、それと合わせて店での人気トップ
「年寄りなんて若い子を可愛がることしか楽しみがないからねえ」
自分と然程変わらない年齢に見える男が言った言葉に改めて吸血鬼なのだと感じる。真昼間から歩く行動といい、人間の食べ物を食べる姿といい、〝推し〟だのなんだの話す様子といい――非常に人間臭かった。
「今日はありがとう。そうだ、今日の礼にこれを受け取ってよ」
「鈴……? いや、」
礼は既にケーキで充分だろ、と答える隙もなく畳み掛けられる。
「小さい風鈴かな。まあ
あ、それと――はい、名刺。下のはプライベート番号だから、吸血鬼のことで何かあったら連絡ちょうだい。あいつがどうにもできない案件は僕の方が得意だったりするしね」
ケーキの箱を持っている手とは反対の手へ丸く象られた組紐を手首にかけられ、同じ手に名刺を握らされる。紐に繋げられた風鈴が揺れるが、確かに音は鳴らない。
「迷惑だったらどちらも燃やしてくれていいから、ね」
一度受け取ってくれと言われれば押しに弱いロナルドにはそうするしか選択肢がない。
「じゃあ、」
「駅まで送ろうか?」
「……人扱いしてくれるの嬉しいなあ。でも大丈夫。それじゃあね。ありがとう、
今までの微笑とはまた違った快活な笑みを浮かべると、そこには何もないにも関わらずドアを通るようにして一瞬で彼の姿が消えてしまった。パントマイムや手品だと前置かれていても驚くくらい、自然に。
「…………夢?」
頬をつねったが、普通に痛かった。
「なあ、潤って名前の吸血鬼の知り合いいるか?」
「
「いや、
「潤? 日本の名前じゃないか。知らないな」
「そっか。お前んとこのじいさんと知り合いっぽかったんだけど……」
「
「いや明言はしてねぇけど……あった、これ」
「
「そっか。……チャイム? この時間に? お前何か頼んでたのか?」
「いや? にしても九条、くじょう、ねえ。こっちはどこかで聞いたような?」
「あれ、置き配……、え゛…………」
「……はあ、なるほど。吸血鬼御用達の食品企業の名前だったか。半分は人間用で半分は吸血鬼用とは随分と気に入られてるね」
「なあ、吸血鬼の〝可愛がる〟にお前を血液タンクにしてやるって意味あったっけ?」
「その人はお伽噺*1の魔女か何かか?」
お祭り騒ぎに乗じて読んだらハマりました。