アイと少女の、名もなき旅   作:沼海レン

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3.緋色の弾丸

 

「ここが武器庫……」

 

 武器庫は廃工場群のある場所から少し離れた場所に位置していた。角張った無機質な箱という印象を受ける建造物は錆びついた有刺鉄線に囲まれており、物々しい雰囲気も感じ取れた。

 

『ここから入れるようです』

 

 赤砂に埋もれたゲートをくぐり抜け、セキュリティ・ロックのついている扉に手を触れる。

 

「なんで開いてるんだろう」

 

 よく見ると獣の爪痕のような、引きちぎったかのような形跡があった。

 

『何者かがこじ開けた可能性が高いと推測』

 

 中へと入るとしっかりと武器弾薬もあり、質実としていた。

 

『まずは、レールの交換からですね』

 

 私が愛用しているレールガン《サンドスネーク》はクイック・チェンジ・レールシステム(QCR)という、摩耗したレールを交換する機構を持っている。

 

 私は摩耗したレールを新たなレールへと手慣れた動きで付け替える。カチッ、という部品どうしが噛み付く音が鳴り、私はある種の達成感に浸った。

 

「この動作は何度やっても楽しいね」

 

 機械獣を殺すため、過酷な環境を生き抜くための前準備だ。とても辛いことだが不思議にもこの一時は充足感で満ち満ちていた。

 

『次は弾倉の補充ですね』

 

 私はひんやりとした弾倉を掴み取った。冷えているのは、中に梱包されている冷却剤が有効な証だ。

 

3C(スリーシー)ってこれ?」

『はい、Type-W(タイプ−ダブル)でよろしいかと思います』

 

 使用弾は5.56mm.20MJ(メガジュール) / CCC、通称は3C(スリーシー)。その中のType-W(タイプ−ダブル)は機械獣に対して唯一の有効打となる、鈍い銀灰色に輝くのが特徴的な弾だ。

 

「あっ」

 

 弾倉を拾い上げた途端、足元が疎かになる感覚が襲う。そして、視点が急に地に堕ちた。床に漏れていた潤滑油に足を滑らせ、転倒したのだ。

 

「痛っ〜!」

『主よ、お怪我はありませんか』

 

 アイが心配そうな様子で浮き寄ってくる。人工知能だから真に心配しているのかは甚だ疑問だが、私にはそう見えた。

 肝心の怪我については幸いなことに、潤滑油で滑ったのですり傷などは無かった。

 

「私は平気。むむ……?」

 

 起きあがろうとして足元を見ると、灰銀ではなく緋色の弾が落ちていた。鋭い形状からして錆びた Type-W (タイプ−ダブル)だろうか。いや、よく見ると違う型番が書いてあった。

 

Type-W (タイプ−ダブル)ではなく Type-MM(タイプ−エムツー)……? だけど、この素材は……」

『データベース照合中……エラーを確認、未知の金属物質と判断』

 

 どうやら、赤銅や酸化した鉄でもないようだ。この未知の金属は一体なんなのか。なぜ、 Type-W (タイプ−ダブル)とは違う、別種を古代人は作成したのか。

 

 そんな疑問が浮かぶ私の頭が、湿った。慣れない湿っぽさは私の充足感を破壊した。

 

「ふへぇ?! うわ、最悪……」

 

 腑抜けた声と共に私の輝く白髪が酸味のある赤に染まり、物と心の両面で(はげ)しく厭悪した。

 

『天井に生体反応を確認』

「なんでアイ、気づけなかった?」

『詳細不明です。警戒してください』

 

 その生体はトマトを齧っていた。つまり、頭にあるのは、食べかけだったということだ。鼻をつくような臭いの唾液が混じっていて余計に最悪だ。

 

 というか、トマトを食しているということは——

 

「もしかして、温室ファームの扉を壊したのは」

『ええ、恐らくは"彼"でしょう』

 

 ずっしりと重く、天井から落ちてきた"彼"は私と同程度の体格、そして体は黒い鉄で……否、黒錆でできているのか?その人型生命は、ボロボロと黒片が剥がれ落ちていた。目や鼻、口に該当する部分はなく、その顔は黒くのっぺりとしており、不気味な容貌だ。

 

『トマト、ヨコセ』

「……ぐっ?!」

 

 黒錆の人が近づいてくる。その見た目からの恐怖ゆえに、咄嗟に私は交換したばかりのレールからタングステンの塊を射出した。

 

ガン!

 

 それは、黒き皮膚に衝突した。20MJ(メガジュール)分の衝撃だったが、傷一つつかない。

 

『イダイ"』

『主よ、直ちに離脱して下さい』

「なっ……! 機械獣の装甲皮膚よりも硬いというの?!」

 

 瞬時に距離を詰められる。生命の危険を感じ、身体が勝手に反った。黒き爪が頬を擦り、すんでのところで私は後ろへと退避した。

 

 速い。そして重い。黒い人の攻撃は機械獣のそれを上回っていた。しかし、攻撃は単調で回避は容易ではないが可能だ。

 

 可能だ。可能なのだが、レールガンの銃撃は悉く弾かれた。互いに有効打を与えられないのだ。

 となると、未知の Type-MM(タイプ−エムツー)を使う道しかないのか……?

 

 そんな戦略的思考を巡らせながら、近距離の格闘戦にならないよう補給箱などを盾に使って上手く立ち回り、稼いだ時間で Type-MM(タイプ−エムツー)を装填する。

 

「一撃で決める……!」

 

 照準なんて合わせる隙もない。それどころか、私は見なかった。いや、見えなかった。恐怖の暗闇が私の目を塞いだのだ。

 

『グガガァッ?!』

 

 よし、頭に決まった。

 

 そう私が安堵した途端、黒錆の体もボロボロと崩れ始め……否、してない。むしろ、再生が始まっており、失った頭部を取り戻していく。

 

「再生した?!」

『オマエ、コロス』

「がぁっ!!」

 

 端的な殺害予告と共に私の腹部に強烈な一撃が入ると私は体に力が入らなくなり、吐き気を催す。口に侵入した錆びた砂鉄がシャリシャリと音を立てた。

 

『主よ、その場から離れてください』

「分かってるよ……!」

 

 不快だ。あまりにも不快。

 

 私が蹲るなか、アイが薬品のような無色透明な液体を黒錆の人にかける。

 

『ガア"ア"ァ"ッ……ァァ』

 

 黒錆の人の、どんどんと体色が更に暗く、黒片と剥がれ、脆くなっていく。その呻き声も掠れていく。

 

『ゴロズ! ゴロズゴロズゥ"ッ!』

 

 だが、それでも完全な死には至らない。武器庫の外へ断末魔を喚きながら駆け出していった。私とアイも彼を追いかける。

 

「あれってなんで効いたの?」

『工業用の過酸化水素です。体組織の主成分が鉄であると推測したため、酸化が有効であると判断しました』

 

 歩きながら質問する私に、論理的な答えが返ってくる。古代人の知恵を借りた化学的な戦術、これは私には思いつかない打開策だった。

 

『ガア"ァ"ッ!ラ"ァ"ァッ……!』

 

 赤砂の世界で、黒く崩れ、呻き、苦しみながら轟かせる彼の最期の哮りが見えた。

 

 あれは、あれを、私は本当に倒せたのだろうか。そんな疑問が心に残った。

 





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