アイと少女の、名もなき旅   作:沼海レン

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4.虚構の鼓動

 

 黒錆の人の咆哮の残響が赤い砂を震わせるなか、私の頬から赤い血が流れ落ちた。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちが漏れる。傷自体はかすり傷だ。だがその些細な痛みが仄かに、だが確実に沁みた。

 

『観察完了。損傷レベル1、生命及び健康維持に問題はありません』

 

 アイの声はどこまでも平坦で、感情をただの数値として処理する。その温度のなさが、今は逆に救いだった。

 

ビーッ!ビーッ!

 

「今度は何?」

『警告。小型機械獣の大群を前方に感知、規模の拡大も確認』

 

 応急措置を受けていると、アイの無機質な声と警告音が砂漠の静寂を切り裂いた。

 

「なんで今……?」

『主よ、黒錆の人による高周波の咆哮に誘引された可能性が高いと推測します。逃げますか?』

 

 機械獣と黒錆の人の関係性は未知数だが、アイがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。

 

「いや、ここでやる。アイは左翼を焼いて。残りの処理は私がやる」

 

『了解しました。出力制限を解除し、攻撃シークエンスに移行します。レーザー光の収束を開始』

 

 アイは、内部機構から剥き出した多目的用レーザー装置を機械獣に向け、光の矢を放つ。砂の世界を白く焼いたそれは薄く広がり、急所を撃ち抜いていた。

 

「すんすん」

 

 その清浄な死を目にして、私は集中して気怠い鉄の匂いを嗅いでいた。

 

「ナイフでいいか」

 

 足元に落ちていたサバイバルナイフを拾い上げて間合いを詰める。金属部分が錆の赤さで少し染まっているが十分だろう。

 

『グルァァ!』

 

 鋭い爪と牙で私に刃向かってくる。ピチピチの極環境対応の防護密着スーツと言えども、機械獣の攻撃だ。当たれば破けてしまう。

 

「残念」

『ギャァ?!』

 

 しかし、機械獣の鋭い攻撃が私の細い体に弾かれた。いや、いなされた。

 

 その事実に機械獣が驚きの声を上げているが、もう遅い。隙間を縫って、胸部にあるリアクターにナイフを突き刺す。

 

『ぐガガガ……ァァっ!』

 

ナイフから指先に伝わる、動力炉の不快な震え。機械のくせに脈打つそれは、まさに虚構の鼓動だった。

 

 砂塵を舞い上げ、次々と襲いくる機械獣。

 

「生き残ってやる……私は、絶対に……」

『アイもそう思います』

 

 生存本能が私の剥き出しの闘争心を掻き立てた。

 

 私の肉体が世界と同期していく感覚がたまらない。赤く燃える日が地平線に沈み、世界の輪郭が紫に溶け出していく。

 

 太陽が消えた瞬間、砂漠は命を拒絶する極寒の冬へと変わる。吐き出す息が白く凍り、関節が軋む。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 がむしゃらにナイフを振るい、レールガンで反応炉をぶち抜く。その繰り返しに夢中だった。

 

「あっ」

 

 足元の砂が爆ぜた。 潜んでいた個体が、獲物の油断を突いて地底から躍り出る。 大顎を開き、私のことを飲み込まんとしている。体勢が崩れ、冷たい死が目の前に迫った瞬間、私の体は重力から解放された。

 

「ぇ……?」

 

 アイの背部から展開されたアームが、私の腕を強引に空中へと引き上げたのだ。

 

「アイ、ありがとう」

『いえいえ、主を助けるのはサポートAIとして当然です』

 

 眼下で、機械獣の鋭い牙が冷え切った虚空を切った。

 

 極寒の夜が、戦いで火照りきった体を冷ます。その冷たさで、感覚が《サンドスネーク》のクイック・レール・チェンジ(QCR)のように、精細(クリア)になっていく。

 

 空中で反転し、アイの肩を足場に跳躍した。 落下速度を乗せ、最後の一体の頭部へナイフを垂直に叩き込む。

 

『ガガァァ!』

 

 崩れ落ちる機械獣。レールガンも用いて、虚構の鼓動を止めていく。

 

「はぁ、やっと全部倒せた」

 

 砂漠に再び、静寂が戻った。

 

『主よ、バイタルサインの乱れを確認しました。速やかな休息を推奨します』

「分かってる……でも、今はこの光景を見ていたい」

 

 ただ朝日に照らされた機械獣の残骸を眺めていた。ただの遺骸だというのに、清々しささえ感じる。

 

『……なぜ、あのような危険な戦い方を?』

「分からない」

 

 アイがどこか戸惑うような色を帯びて問いかけてくるが、私にも分からない。

 

 黒錆の人との戦闘とは、何が違うのだろう。あの一方的な厭悪とは違う、この感覚。私から欠落した"ナニカ"はこれなのかもしれない。でも、 アイが教えてくれないこの胸の疼きこそ、本物の鼓動なのだとそう信じたかった。

 





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