アイと少女の、名もなき旅   作:沼海レン

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7.往古の軍旅

 

 古代の巨大戦闘艦に入り込んだ私とアイは、すぐに艦橋に辿り着いた。

 

「これが戦艦か」

 

 艦橋に漂う錆びついた金属の臭いが鼻をつく。艦橋前面は大きな穴が開いており、風が砂を艦内に運んでくる。

 

「これは?」

『どうやら航海日誌のようです』

 

 私は黒い板状の装置を手に取る。傷一つないところを見ると、ブラックボックス相当のものだろう。

 

「アイ、データ解析して」

『データ再現に成功しました』

 

◆◆◆

 

日付 A.D.2389.7.7

マルス級戦艦艦長 ジョン・ジョーンズ

 

 独立戦争開始から、どれほど経ったのだろうか。

 

 味方艦の損害も甚大だったが、それは敵である地球連合も同じ。開戦直後に駐留軍を全滅させたおかげで、戦争開始から数ヶ月で戦局は膠着状態となった。

 

 しかし、時間と共に彼らは圧倒的物量をもってして、強引にこちらの防衛線を破ってきた。

 

 第一要塞(パヴォル)が敵軍の手に落ちた頃には、絶対国防圏の縮小と本土への無差別爆撃が始まっていた。

 

 我が艦は、幸運にもどの海戦でも生き残り、マルス級戦艦が前世紀に建造されたこともあり、いつしか幸運艦と軍内では呼ばれるようになっていた。

 

◆◆◆

 

日付 A.D.2389.7.29

 

 第一要塞(パヴォル)に続いて第二要塞(メトゥス)も陥落した。その頃には、本星への核融合弾の投下が始まっていた。反逆者を全て排除するつもりなのだろう。これではまるで民族浄化(ジェノサイド)だ。

 

 そんな時、参謀本部から最後の出撃命令が出た。

 

 まだ兵の士気を保てているが、到底そんな作戦は艦長として、軍人として、そして人類の一員として許容しがたかった。

 

 太陽フレアの強力な磁気で推進系系統も動力系統も全てダメになった。今までの度重なる出撃で対電磁コーティングが剥がれていたのだ……財務部が渋るから……

 

 それにより、本艦は本星の重力に引っ張られ、落ちていった。

 

 幸運なのか、不幸なのか。不時着していた。

 

 外に出れば死ぬ。放射線と赤砂の嵐によって電子機器は使い物にならないし、生命維持装置もすぐに壊れるだろう。

 

 たが、一つだけ方法があるにはある。

 

 試作品ではあるが、身体の機械化や機械と肉体の接続等をするのだ。医療手術室で接続手術を試行した。問題は、その後すぐ起きた。

 

 交戦など無駄だ。鉄の塊相手に腕や足を無理矢理引き裂かれ、

 

「まさか……暴走したのか? いや、そんなはずは……」

「艦長、逃げてくださ……」

「おい、俺を置いていくなよ……! お前ら!」

 

 優秀な部下は私に逃げろと。みんなそう言った。残されてしまった私は不甲斐なく、艦橋へと逃げ込んだ。逃げ込んでしまった。

 

「はぁ……はぁ……! ピクス、隔壁を閉鎖しろ!」

『艦長権限を確認しました。隔壁を閉鎖致します』

 

 幸い、艦橋の制御装置と補助AI《ピクス》は機能していた。

 

「あれじゃ、まるで機械の獣じゃないか……」

『グガァァ!』

 

 艦内部のカメラ映像が映し出され、機械の塊が荒らしているのが見えた。同胞たちが機械にその身体が蝕まれ、獣と化していく。もう手遅れかもしれない。

 

機械災害(マシン・ハザード)、機械神経と生体神経の狭間で起こる摩擦や脳と補助AIの電気信号等によって自我を失い、自律が困難になる病とその関連災害……ですが、従来のものよりも深刻であると確認できます』

 

 機械災害(マシン・ハザード)、独立後から本国で発生している、機械義手や義足などが原因で理性を失う病。原因不明だがクラスタ感染も認められており、臨時政府も対応に手を焼いている。

 

 臨時政府は宗主国系企業が何か仕込んだ可能性を考慮し、安全保障の面から非宗主国系企業によって代替品の開発が進められていた。

 

「あぁ、身体全身の機械化(サイボーグ化)なんて聞いたこともない」

 

 機械災害(マシン・ハザード)はあくまでも精神汚染だ。今、扉の向こうで起きているのは精神だけでなく身体まで蝕まれている。

 

「ピクス、お前に除去できるか?」

『不可能です。私は未知の』

 

 即答だ。まあ、なんとなく察しはついていたので絶望感はあまりないが、希望もない。

 

「そうか」

『……それどころか、この艦橋も危ないでしょう。私がハッキングされる可能性もあります』

 

 《ピクス》の言う通り、この艦橋まで侵される可能性は十分にあった。そうなれば自分の命も危ない。

 

『ただ、あなたの保護であれば、私と接続することにより可能です。実行しますか?』

「ああ、頼む」

『了解致しました』

 

 旧式の義手に《ピクス》のケーブルが接続される。

 

「ああ、腕ガァッ……』

 

 一瞬の内に、知覚が、情報が、思考が、内的世界が広がる。《ピクス》と接続しているのが、感覚で分かる。

 

 なんだ、意識が——

 

◆◆◆

 

 

 日記はそこで途切れていた。恐らくは意識が途絶えたのだろう。

 

「艦長はどうなったのかな、遺体はどこにもないし」

『……艦長が"機械獣の王"の正体でしょう』

「あの艦長が?」

『はい、そうです』

 

 このマルスという戦艦の艦長、ジョン・ジョーンズ。彼が"機械獣の王"?

 

「どういうこと?」

『乗組員……他の機械獣と同じように、艦長は補助AI《ピクス》との接続によって自我の境界線が保てなくなり、機械獣と化した……あくまでも推測ですが、可能性は高いと思います。それに《ピクス》の演算装置で我々の動きを予測していたのなら、あの反応速度も辻褄が合います』

「なるほど……」

 

 アイの推測には納得できる、一定の合理性があった。

 

「動かしていたのは愛国心? それとも部下への愛?」

『それは……アイにも分かりません』

 

 なぜ、人はそこまでして、獣にまで堕ちても執着するのか。この疑問に答えなどあるのだろうか。考えても、進んでも分からない。

 

 やはり、執着できるもの。愛おしいと思えるもの。私の心から欠落した"ナニカ"とは、そのようなものなのかもしれない。




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