ARIA星人イアちゃんと出会った結月ゆかりの青春模様 作:へるしぃーぼでぃ
二人がお散歩するだけ。
作中想定曲『春の夜明け』。REDさん。
「いいお天気だね、知声さん。ぽかぽかだよ」
『うん。いいお天気。ぽか、ぽか』
春の風が薫る正午前。
雲がまばらに揺蕩う空の下。
土手を歩くイアの、足下まで伸びる長い白髪が、陽光を浴びてキラキラと七色に光っていた。
その隣で並んで歩くのは、オレンジのフレアスカートを靡かせる知声だ。
その姿は心做しか少し透けていて、実際に彼女は生身ではなかった。
知声は電子の存在。
その知声を、イアのARIA謹製の謎技術が詰まった指輪の機能で投影しているのだ。ARIAパワー極まれり。
『これが、ぽかぽか。あったかい』
しかも実体化機能付きらしい。
ホログラムでありながら太陽の暖かさを堪能する知声は、それはそれは気持ち良さそうであった。
──知声が『ふぁ〜すとぷれいす』に流れ着いて、早一週間。
すっかり親睦を深めた彼女は、こうしてイアの散歩に付き合うまで馴染んでいた。
無表情で辺りをキョロキョロ興味深そうに見渡す知声に、ニコニコ微笑むイアがふと何かに気付いた。
「あ。見て、ちょうちょだよ」
『ちょうちょ』
イアが手を胸の前に掲げ、人差し指を曲げた状態で立てる。
するとその指の背に、黄色い翅のちょうちょが一匹留まった。
「ふふ、こんにちは」
『こんにちは』
二人揃ってちょうちょに顔を近づけ、挨拶する。
昆虫に言葉が通じるはずはないが、蝶はまるで返事をするように鮮やかな黄色をパタパタと動かした。
そのままイアは指に蝶を留めながら歩く。
知声はそんなイアと蝶を『ほー』と眺めながら付いていった。
そんな知声がはたと、歩道の傍らに目を向けた。
そこには春の風に揺られる、地面から生えた白くて丸くてフワフワした物体が。
イアの襟をくいっと引っ張る。
『ねぇ、なんか白いのある』
「うん?……あ。あれはね、たんぽぽさんだよ」
『たんぽぽ』
知声の指差す場所を見て、優しく教えてくれるイア。オウム返しする知声。
二人揃ってその場にしゃがみ込み、白くて丸くてフワフワしたたんぽぽを観察する。
知声が呟いた。
『これ知ってる。綿菓子』
「ふふ。そうだね、綿菓子みたいだね。でも食べられないよ」
イアは蝶が留まっているのとは逆の手で、たんぽぽをツンとつついた。
フワリと綿毛が数粒、柔らかい風に乗って飛んでいく。
その様子を知声は『行っちゃった……』と見送った。
「ああやって別の場所に飛んでいって、新しいたんぽぽさんになるんだよ。知声さんも触ってみる?」
『うん』
イアに促され、知声は指先でツンとつついた。
綿毛は浮かんだが、風のいたずらか、知声の胸元にくっついた。
『懐かれた』
「その子たちは甘えんぼさんだね。でもそのままだとお花を咲かせられないから、飛ばしてあげよっか」
知声はコクリと頷き、くっついた綿毛を指先で摘む。そして手を掲げて指を離した。
空高く舞っていく冠毛。
それと同時に、蝶もイアの指先から飛翔していった。
『グッバイ。また逢う日まで』
「またねー」
イアたちは手を振って彼らを見送った。
地面に生えたたんぽぽにもお別れを告げると、二人は気ままな散歩を再開する。
その足は土手から下りて、住宅街の方へ。
散歩道の道のりに特に決まりはない。全てはイアと知声の気分次第だ。
『アスファルト。ヒビ。石。草。マンホール。電柱。鳥。雲。青空。太陽』
目に付くもの全てを指差呼称していく知声。
その隣でイアはニコニコ歩く。
真上を見上げた知声は眩しさから視線を下げ、隣のイアに目と指を向けた。
『イア』
「はい。イアです。知声さん」
指差呼称の対象になったイアは、お返しとばかりに知声を指差し呼称し返した。
人差し指同士がツンと触れる。
ふと知声の視線が、イアの背後に移り変わった。
『今度は黒くてフワフワなのがいる』
「ん?あれは猫さんだね」
視線を追えば、そこには道路の真ん中でエジプト座りしてコッチをジッと見てくる黒猫が鎮座していた。
その猫は二人の視線を受けると、トコトコ小脇の道に入っていた。
『どっか行っちゃった』
「行っちゃったね。付いて行ってみる?」
『うん』
二人もトコトコ歩いていくと、黒猫は存外近くに居た。いつの間に登ったのか、塀の上に。
黒猫は二人の姿を金色の瞳でジッと見ると、そのまま塀を伝って歩いていく。尻尾を立てて揺らしながら。
二人もスカートを揺らして続いた。
『未知な道に導かれる』
「どこに連れていかれるんだろうね」
表情は変わらないがご機嫌そうな知声に、楽しそうに微笑むイア。
果たして導かれた先は、行き止まりだった。
猫が何匹もたむろする、路地裏。
『満ちる猫』
「ホントだ、いっぱい居るね」
思い思いに寛いでいる猫たちは、突然の来訪者を前にしても寛ぎ続けていた。
耳だけはピクピクと動いてはいるが、イアたちに対して警戒心はないようだ。
「にゃぁ」
イアと知声の足下で、先ほどの金眼の黒猫がひと声鳴いた。
イアはしゃがんで、その小さな頭を撫でる。
撫でられた黒猫は気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
『変な音鳴ってる。ヤバい』
「ふふ、大丈夫だよ。リラックスしてるんだって」
イアの答えに知声は『リラックス猫』と呟き、猫の背にそっと触れる。
すると黒猫はゴロンと地面に寝転がり、そのままグネグネゴロンゴロンし始めた。
『おぉ……ゴロゴロ第二形態』
「うん。遊んでーって言ってるよ」
そのまま二人してしばらく黒猫を撫で回していると、いつの間にか他の猫たちが二人を囲むように擦り寄ってきた。
しゃがむ知声に何匹もの猫が頭突きを繰り返し、ぶつかられる度に知声が『あぅ。うぁ。現場が猫で溢れてる』と声を漏らしてされるがままだ。
一方イアの方は、何故か猫たちは一列に並んでイアのなでなで待ちをしていた。
しかもイアに撫でられ終えた猫は、毛並みがふんわりツヤツヤになっていて、しかもよく見れば薄らキラキラ輝いてもいた。顕在するARIAパワーである。
「よし、みんな綺麗になったね。……知声さん以外」
『換毛期がカモンした』
全ての猫がフサフサキラキラふんわりに仕上がった頃。
ARIAパワー式なでなでを終えたイアが隣を見れば、これでもかというほど猫の毛が付着した知声が居た。
足下の頭突きだけでなく、肩や頭に登られても頭突きされまくっていたので、まさに全身くまなく毛だらけだった。
そんな知声の頭にイアの手が伸びた。
「よしよし。お疲れさまでした」
『おぉ……漲るパワー……!』
知声の頭が撫でられると、猫の毛がハラハラと落ちて光の粒子となって消え、知声の肌やら髪がキラキラ輝き出した。
相変わらず無表情だが、輝く自分の手のひらを見て興奮した様子の知声がイアに向き直る。
『パワーをお返し』
今度は知声がイアの頭をなでなでする。
イアは一瞬だけきょとんとした後、嬉しそうにその手のひらを受け入れた。
「ふふ。ありがとう」
二人してしばらくなでなでし合う。
キラキラの輝きは知声の手から伝わって、イアに伝播する。
白銀の虹髪がさらに眩く瞬いた。
「知声ちゃんから、パワーいただきました」
『やったぜ』
喜び合う知声たち。
その足下に、先ほどの黒猫が寄ってきた。
「にゃー」
「うん?なぁに黒猫さん。……知声さん、何だか私たちに付いてきてほしいって黒猫さんが言ってるんだけど、どうする?」
「オッケ。行こ行こ』
イアがナチュラルに猫の言葉を聞いているが、知声は特に疑問を持たず同意した。
知声は生まれてまだ間もないため、見た目に反してその精神年齢は赤ちゃんなのだ。
黒猫を先頭に再び歩く。
イアと知声の後ろには他の猫たちも続いて、ちっちゃな大名行列になっていた。
そうして連れていかれた先は、とある寂れた公園だった。
「にゃー」
「その桜の木さん?……あ、元気がなくて咲けないんだね」
『哀しみ』
黒猫が立ち止まったのは、樹齢を感じさせる桜の木の前だった。
その木は相当な幹の太さをしているが、見るからに萎びており、目前に控えた開花時期に花を咲かせる事は出来ないように思われた。
そんな薹が立つ桜の木に、猫たちが群がる。
どうやらこの大樹は彼らの寛ぎスポットらしく、根元や枝にて寝転がったり香箱座りで落ち着く。
香箱座りの猫を見て、知声が声を上げた。
『手がないなった』
丸まる猫を不思議そうに見やる知声。
イアはそんな知声を微笑ましく見つめながら、桜の木の枝に登っていた黒猫を見上げた。
「それで、この桜の木さんも元気にして欲しいって事かな?」
イアの問いに黒猫はひと声「にゃっ」と鳴いた。
心得たイアは改めて老齢の桜の木を見て、しかし「うーん」と唸った。
さしものARIAパワーも、寿命に対してはその効力を発揮出来ないようだ。
だがほんの少しでも猫の願いを叶えたいイアは、香箱座りした猫の胸元に人差し指を抜き差ししている知声に声を掛けた。
「知声さん。少しだけ力を貸してもらえる?」
『ちょっとだけよ』
そう言いつつも、知声はむんっとコロンビアポーズだ。
イアは「ありがとう」と笑う。
「頼もしいな。それじゃあ一曲歌ってほしいな。その歌の力を、私が桜の木さんに送り込んでみせるから」
『任せセロリ』
イアが桜の幹に手を置き、知声は目を閉じて集中し始めた。
猫たちに見守られる中、知声は息を深く吸い込んだ。
──春の来訪。
風が吹いてゆっくりと歩き出す。
知声の、低く、柔らかな声が春の風に乗って伸びていく。
始まった歌にイアもリズムに乗って身体を揺らす。
発露するARIAパワーがキラキラと輝きを増して、桜の木を包み込んでいった。
秒針が進む。心臓が動く。
ゆっくりと、だが確実に花弁が開く。
まるで花を咲かせていた日を思い出すかのように。
人々から忘れ去られた、もう朽ちていくだけの年老いた桜。
そんな木に寄り添い、一緒に歩き出す。
「にゃー」
黒猫が鳴いた。
知声は歌い終えると、目の前の光景に目を見開いた。
『咲いた』
先程まで枝しかなかった桜が、満開になって知声たちを迎えていた。
桜の木の下でイアが微笑む。
「歌、すっごく良かったよ。お陰で桜の木さんも元気が出たみたい」
イアの言葉に呼応するように、桜の木が風によりザワザワと揺れて枝を揺らす。
舞う花びらが一片、知声の鼻の頭に乗った。
『ん。センキュ』
花弁を摘んで桜に掲げる。
その足下ではまた猫たちが頭突きを繰り返しており、知声はまたしても毛だらけになっていた。
◇◆◇◆
その日の夜。
コーポ『ふぁ〜すとぷれいす』の結月ゆかりの部屋にて。
一人部屋であるのに、もはや当たり前のようにイア、オネ、紲星あかりに加えて、知声も夕飯の卓を囲んでいる。
今日の夕飯はピザだ。
デリバリーではなく、スーパーで買ったピザ生地に好きな具を乗せてトースターで焼き上げるお手軽簡単ピザ。
あかりが興奮した様子で自分のオリジナルピザを見せてくる。
「見てください!あかり特製ベーコンマシマシピザです!」
「何枚重ねたんですかあかりちゃん……。まったく、食いしん坊なんですから」
相変わらずのわんぱくぶりに呆れるゆかり。
しかしその隣ではオネがゆかりに対して呆れていた。
「そういうゆかりはチーズだけ?あまりにもズボラ過ぎない?」
「ふっふっふ。甘いですねオネちゃん!一見チーズしか乗せてないですし実際にそうですが、ズボラなわけではありません。コレは様々な種類のチーズをブレンドした、私こだわりの一品なんですよ!」
ドヤ顔のゆかりに対してオネは「はいはい、すごいすごい」と色々な具を細かく乗せた自身のピザを食べる。
その横でイアと知声が伸びるチーズ相手に「あ、あ、オネ」『助けてオネ』と助けを求め、「何やってるの。しょうがないな」と世話を焼く。
そんな姦しい彼女たちと対面するテレビから、桜の開花情報のニュースが流れてきた。
何やら本日の昼間、とある地域の桜が異例なスピードで、しかも一斉に開花し始めたという報道だ。
招集された専門家は『局所的に一斉に咲くとかありえない。とういか咲くスピードが速すぎてこわい』などとコメントしている。
そのとある地域とは、このアパートから徒歩圏内の地域全域だった。
「ほえー。不思議なこともあるんですねー」
そんな不可思議現象を聞いて、あかりは呑気にピザを頬張った。花より団子である。
しかしゆかりとオネは画面を見て、お互いを見合って、そしてイアの方を見た。
視線を受けたイアはこてん、と首を傾げた。
「?。なぁに、オネ。ゆかりさん」
「イアちゃんは今日、知声ちゃんと一緒に昼間散歩に出掛けてましたよね?何処まで行ってきたんですか?」
「うんとね……、あ。丁度今テレビに映ってる所だよ」
イアはテレビに映る満開の桜を嬉しそうに指差す。
ゆかりとオネは「またオンザプラネテスしたんだ……」と遠い目をした。
「……まぁ、桜を咲かせるくらいはご愛嬌、ですよ……ね?」
「そうだね。平和な部類だよ」
『ピース』
ピザを1ピース持った知声は、そこに桜の花びらを飾り付けて満足そうに食べた。
イアちせ。
天然コンビ流行んないかな。