ありがとうございます、嬉しいので第2話です。
「えっと、これでいいのか?」
「多分。シルフ、志条のスマホに侵入できる?」
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「……どうなってんだよコレ」
「私達の端末は一旦シルフを経由して通信するの。修復を頼む代わりに電子的に守ってくれる」
「ダイジョブなんだよな?」
「あーもーしつこい。シルフの事信じるんじゃないの?」
……取り敢えず現状を説明する事にする。
シルフは確かに軍用機だ、米軍のFMS系には似ていたけど、NMS系にも似ていた。
あ、FMSは空軍系でNMSは海軍系の機体だ。AMSならアーミーで陸軍仕様だ。
日本だと汎用機という事でGPMSという型番を使っている。
古い資料に載ってたシュワブ配備のFMSの部品が結構使われていたから、大雑把な推測になるけど「シュワブの機体をベースにして在日米軍だけで改修された機体」じゃないかなというのが僕達の推測だ。
間違ってるかもしれないけど、今はそうしておく。
それにしてもガンダムとか聞いた事もないぞ、何かの系列機体という事か?
取り敢えず早速という前に、深浦にスマホを出すように言われてこれを入れさせられた。
もう深浦は入れていたみたいで安全性は担保されているそうだけど、聞くと「警察と自衛隊避け」らしい。
今の日本は水面下での監視が行われている。
ネットとかはより顕著で、職業適性診断とかはこのネット検閲の結果も反映させているらしい。
僕らの端末も普通に浅く監視されているようで、今までの通信履歴とかも将来の診断に使われる可能性があるそうだ。
その監視されている部分をシルフに中継してもらう事で、僕らが急に軍事系や工学系の物を調べ始めても「あれコイツ急にどうした?」と思われないようにするらしい。
深浦は日本を牢獄と言ってたけど、あながち間違いでもないかもしれない。
「はいok。こののスマホはもう監視を誤魔化せる」
「というかこれだとシルフが日本のネットに繋がるって事じゃないのか?」
「ん、あれ」
深浦が顎で示したのは一台の小ぶりなサーバーだった。
「シルフの通信をそのまま通すわけないでしょ。あれでプロキシ挟んで誤魔化している。もう1年経ったけど全然バレてない。まぁシルフはすごいからさ」
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シルフが自慢げにしている様に見えるのは気のせいか?
「じゃあ取り敢えず始めるか。何か月かかるか分からないが」
「卒業までには治したい。それで国外……どこか遠くに行ってみたいな」
「……国外って、どこに?」
「分からない。でも、狭苦しくないとこが良いね」
志条は工具を握ったまま、黙っていた。
「……俺は、まだ沖縄から出たこともないんだよな」
苦笑いのように言う。
視線はシルフの擦過傷の多い装甲に落ちていた。
「なら、いっしょに出ればいいじゃない。シルフならきっと連れてってくれる」
深浦はあっさり言って、胸の奥に少しだけ熱が宿るのを感じた。
携帯端末からバイブ音がして端末に目をやると、シルフが新たにメッセージを送って来ていた。
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「資材も人手も要るってわけか。……やっぱり現実は甘くないな」
僕は深く息を吐いた。
でも、その声に滲む色は、諦めじゃなくて灰色の中に小さな光――“期待”だった。
多分、深浦は見ているんだ。
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同日 神奈川県
戦略機動自衛隊横須賀基地(旧在日米軍横須賀基地)
元同盟国の物を接収して設営されたこの基地は、自衛隊のMS配備を進めるための足掛かりとして働き続けている。
凡そ夢物語で実現性も無いと言われている人型機動兵器は陸自の提案と防衛装備庁の実験により実現性が向上し、キャタピラや車輪を脱却した新時代の兵器となった。
水素プラズマジェットにより空を飛び、手持ち式の小銃を撃ち、滑空砲やミサイルの搭載すら可能としたこの兵器は各国で進んでいたMS開発を大きく引き離した。
AMS-062ムラクモ二式──現代日本の機械化歩兵であり、その配備は国家の均衡を一度揺るがし、政情の転換点を招いた機体だ。
バイザー式の複合センサーユニットから得られる情報はヘッドマウントディスプレイに統合表示され、弾薬や携行武装の切り替えを腕部で行う事が出来る事は現代の戦闘を大きく変化させた。
さらに従来型の兵器よりも臨機応変さを向上させる事となり、ムラクモの実践投入は従来型戦車や装輪装甲車を骨董品扱いにした。
10年前の初期型がロールアウトした時の性能で米軍が展開したモビルスーツ部隊を圧倒し、3度の侵攻を退けた日本を守り抜いたこの機体は熟練のパイロットが乗っている様で、滑走路に優しく着陸して歩行機動に入った。
車輪やホバーを補助装備とする事も出来るが、不整地踏破能力の高い歩行運動の方が何だかんだ需要があり、その機体も例外なく歩行で格納庫に入った。
肩部、腰部、脚部がロックで固定されバイザーの光が消えるとコックピットハッチが開き、1人の男が現れた。
「伊坂一尉、お疲れ様です」
「いつもの慣熟飛行だけどな。旧式よりも反応速度が上がっている、企業は良い仕事をしてくれたな。機体の方を頼む、あまり激しくは動かしていないが」
「と言って鋭角機動何度もしていたじゃないですか。スラスターが焼け付いてたら交換大変ですよ」
「頼む。多分大丈夫だ」
整備班に機体を預けると伊坂はパイロットスーツを脱ぎ、そのままの足で上官の元に向かった。
「伊坂一尉、入ります」
「入れ」
木目調のドアを開けると目付きの厳しい上官が執務机で書類の確認をしていた。
相川将補、この基地のトップであり、横須賀基地の全ての部隊を動かせるただ1人だ。
「訓練飛行の調子はどうだ?」
「機体反応速度、推進力にさらに磨きがかかり、より一層の訓練の必要性を感じる機体であります」
「初期型の投入から10年。改良を続けたこの機体には国土防衛と治安維持の全てが詰まっている。これからも頼むぞ」
「はっ」
「さて、いつもの儀礼は終わりだ。予定だが、君の部隊を普天間に移すことが決まった」
「普天間、でありますか」
相川は机上のモニタに浮かぶ航跡図を指でなぞりながら続ける。
「表向きは拠点防衛能力の向上だ。しかし裏向きの任務もある。そこは――深く詮索する必要はない。命令だ」
伊坂は目を伏せ、静かに応じた。
極秘任務という事に心の中で溜息をついたが、自衛官としての自分が姿勢を正してくる。
「自分は国を守る自衛官です。与えられた役目は果たします」
「頼む。防衛省からの指示だ。結果が出なくても、そこに『いた』という痕跡が残ればいい──それで十分な場合もある」
「政治、でありますね」
「政権が変わっても政治は生まれる。それに翻弄される戦力とは滑稽なものだが、今回の振り回されはこちらにも利がある。詳しくはその命令書を見てもらうが、米軍の忘れ物という事だけは、私の口から言わせてもらうよ」
命令書には極秘を示す赤い印字《TOP SECRET》が躍っていた。厚紙の表紙をめくるだけで、手に鉛のような重さが伝わる。
中には焼け焦げた写真が挟まれていた。
黒煙を背に、巨大な影が格納庫に丁寧に寝かされていた。
ピントは甘いが、確かに人の形をしている。
「UFO基地などと呼ばれていたエリア51で生まれ、どういう理由か駐日米軍基地に運び込まれた機体だ。当時、米軍はそれを──“
伊坂は言葉を失った。胸の奥に、説明できないざわめきが広がる。
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シルフが提示した制御系プログラムと睨めっこしながら私は微調整を続ける。
志条が部品交換をしてくれるが私にはそういう技能はない。
出来る事と言えば、大量に掻き集めた知識と何とか詰め込んだアビオニクスのコード作成技術を使って、部品交換しても安全に飛べるようにするくらいだ。
でも知識はあってもド素人だから、スーパーAIのシルフに手伝ってもらってる。
今は電圧の調整をしている。
プラズマジェットエンジンはガスを点火するのではなくマイクロ波を放射してガスをプラズマの状態にして、それを噴射する事で推進力を得ている。
今のムラクモはそれを水素でやっているけど、この機体はどうなんだろう。
志条に聞いてみたんだけど、アイツ没頭しちゃってたから今は待つ事にした。
一先ず志条が指定した電圧になる様にプログラム弄ったけど、もういいか?
「シルフ、検閲回避の方は?」
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「いいじゃん。志条、もういい?」
志条は油で黒く染まった手袋を外し、額の汗を袖でぬぐった。
損傷で焼き切れた配線を差し替えたばかりで、指先はまだ震えている。
「配線のショートは直した。けど、これ以上は部品が要るな。持ってきた分じゃ足りない」
「じゃあ拝借ツアーだね。廃品を拾うんだから泥棒じゃないからね」
志条は苦笑したが、私の胸の奥のざわめきと興奮は消えなかった。
間違いなく、自分たちは未知の機体を触っている。
確かに米軍系のパーツは使われているが、独自規格の推進機構や見た事も聞いた事もない機能も搭載されていて、聞けば聞くほど、志条がいじれば弄るほど異常性が湧き上がってくる。
「こいつは恐らく、技術実証機のような立ち位置にいたのかもしれない。見ろ、このプラズマジェットだが、水素を必要としない」
「じゃあ何使うの?」
「電力以外は何もいらない。厳密には、大気圏内なら電力だけで何とかなってしまう。ムラクモみたいに水素を補給しなくていいんだ。ガス流量の事を言わなかったのは、その部分がまだ分からなかったからだ」
「足りない部品は?」
「状態の良い配線と配管、マイクロ波発生装置。それだけあれば片足のジェット直せるし、動きが分かればもう片方もマイクロ波装置調整して大気用に調整できるかも。あるとすれば、廃品回収の業者かキャンプハンセンだ。無ければ最悪僕が前に直したヤツから取ればいい」
「じゃ、行こっか」
「いや早いな」
「シルフもそう言ってる。善は急げって。ていうかアンタ宿題やったの?」
「やば」
「……工業科って普通科の科目もやるんでしょ。今見るから」
「いいのか? というかそっちは終わったのか?」
「アレくらいなら秒殺よ」
私は志条のカバンを漁ってタブレットを引っ張り出すと志条にロックを解除させた。
セキュリティもザルな学校タブレットをポチポチ押していくとほら見つかった、宿題だ。
あー微分積分ね、やる意味ないだろって思ったけどシルフ直しで使ったからバカに出来ないんだよコレ。
「これなら教えられるかな。ほら座る。シルフ先生もいるからさっさと終わらせる」
「何かすまない」
「手を貸してもらってる謝礼みたいなもんだよ」
取り敢えず座らせてタブレット持たせて始めようか。
でも、これ第三者目線で見るとこれだいぶ変な光景なんだよね。
だってさ、モビルスーツの装甲に直に座って学生が宿題してるんだよ?
金属とコンクリの破片が散らばってて機械油の匂いと若干の金属の香りが雑多に散らばっているここで宿題とか、マジでおかしいよね。
でもまぁ、親となかなか時間の合わない私からしたら、ここで宿題して眠ったりもするのは日常だ。
夜勤で帰ってこない時とかは、たまにここで寝泊まりしている。
シルフのコックピットってバッテリー使えばヒーター機能も動くから、寒くは無いんだよ。
「ここ違う」
「あ、本当だ。反抗的なだけじゃないんだな」
「反抗するだけのバカじゃない。髪染めて校則と喧嘩もしたけど、成績で捻じ伏せてる。小さな反抗かな」
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シルフが無機質に口を挟んで来て、私は肩をすくめて笑う。
鉄と油の匂いが漂う格納庫で、数学の式を解いている。……やっぱりとんでもない光景だ。
でも、私とってはこの異様さが日常だった。騒がしい学校や家よりも、ここで数字と無機質な声に囲まれている方が、ずっと静かで心地いい。
ここに人を入れても、今は静かでいい。
志条もそういう人なのかもしれない。
(綺麗な無機質な色、かな)
今はバレないようにしておこう、静寂に色を持ち込んでも大丈夫だったって事は。
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志条を帰らせた私はシルフの上に寝転がってボンヤリとしていた。
積分に思ったより時間がかかってしまって、天候も怪しくなってきたのでお開きにしたんだ。
実際に部品取りに行くのは明日の夜、日が出ている時間帯は警察とかに見つかって面倒な事になってしまうから流石に出来ない。
もしも見つかったら全力ダッシュで逃げるか幻を見せればいいけど、多分警官さんの心壊しちゃうな……程々に怖がらせるくらいで。
「シルフ、貴方っていったい何者なの?」
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「貴方って、いつ生まれた機体なの?」
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「クーデターに間に合わなかった、か」
シルフの装甲が冷たい。
夏の蒸し暑さを和らげてくれる冷たさは私の肌に吸い込まれていき、何も感じないはずの機械から何かが伝わるような感覚に支配される。
シルフは無機質なAIだけど、こうやって会話を続けていったら感情を持つようになるのかな。
今だって、たまに私を気遣った文章を送って来るから、放し続けていったら人間みたいになるのかな。
まるで生きているみたいだ。
「何考えてるんだろ、私」
ドックに常備しておいたブランケットを羽織って、纏は眠りについた。
[Good night,Matoi]
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「お前そのまま寝ていたのかよ」
「流石にいったん家に帰ったよ。ギリギリ朝帰りになったけど、親にはバレてないし。志条も泊まれば? ブランケット置いてあるし」
「いや風邪ひくぞ夏でも。それより、今日貰ってくるんだな」
「リストは?」
「昨日のうちに纏めた。規格とかは揃えておくべきだ」
「そりゃそーでしょ。上手く動かなかったら下手したら大爆発よ」
いつもの昼休み、今夜の予定を話し合う私達の会話はいつもよりも言葉が少ないように見える。
シルフが正式に米軍モビルスーツと分かって、情報の漏洩の危険度がぐっと上がってしまったから、こういう人目がありそうなとこでは言葉を少なくして会話する事を心がけていく事にしたんだけど……正直話しずらい。
「……やっぱ話しずらい」
「詳しい事は夜に話しておくけど、資料の方はケーブルで送っておく」
そういうと志条は私の端末をケーブルでつないで直接データの転送をした。
何だかんだ言って志条もやる気なんだなと思っていると不思議と志条の灰色から光が零れたように見えた。
(……あれ? 何これ)
「深浦?」
「いや、何でもない。あと、
「モビルスーツ?」
「多分。ムラクモ二式だから、首都に近くて配備しやすいとこから来てるんじゃないかな」
「という事は府中か熊谷あたり、横須賀あたりもありそう。富士の部隊だったら最精鋭だからやっかいかも」
「うわぁ、敵出現。敵情視察する?」
「それはまだいいだろ。取り敢えずハンセンだ。それが無かったら、コートニーの方まで土日に遠出だ。沖縄の半分は廃墟かよってくらいには基地の跡地があるんだよな」
「瓦礫掃除して住めるようにした部分もあるけどね。あぁ暑っ」
うわ夏マジ許さん、カッターシャツの脱いで下の体操服だけになっちゃえ。
ボタンポチポチ外しちゃえ~
「……ちょっと待て普通に脱ぐなよ」
志条は思わず視線を逸らす。
「何、見てたの?」
口元だけ笑って、私は片眉を上げた。
別に誘ってるわけじゃないけど、自覚出来るレベルで私はそういう視線に無頓着な人だ。
ちょっと視線を下げると下着が汗で透けてしまってるけど別に何とも思わないし、多分後ろさえ向いてもらってたらその場で即着替えが出来るレベルには何とも思わない
私にはただの灰色の濃淡にしか見えないんだから別に気にならなくなっちゃったんだよね。
私が何着ていようが色彩の認識が出来ないから恥じらう理由が無いし。
むしろ、志条の反応と色がころころ変わるのを見るのがなんだか楽しいんだ。
「で、シュワブにないから見に行くんだよね」
「あ、ああ。ハンセンの方が敷地自体は大きいから期待はできる。機体は流石に退避させたと思うけど、補習用の予備パーツなら或いは」
「なら今夜ね。どうせ土日はやること無いんだし。帰宅部の強みはここで活かさないとね。取り敢えずボルトカッターかな、あと暗視スコープ、軍用の。それは何個かあったから貸したげる」
「おい待て、帰宅部ってそういう使い方するか!?」
「するの。私にとっては部活より有意義だから」
[
シルフの無機質なチャットが割り込み、二人の間に妙な間が落ちた。
「ほら怒られたぞ……」
志条が苦笑する。
「いいじゃん、AIが法律守るわけじゃないし。三原則も知ーらない」
私は悪びれもせず笑った。
だって成績の件除けば普通に自覚レベルの問題児だし。
あ、三原則って確かロボットだけだよね、ならシルフは関係ないよね。
よし、自由だ自由。
放課後。夜になれば格納庫へ潜り込む準備は整った。
ボルトカッター、暗視スコープ、簡易の牽引ロープ、そして志条がこっそり仕入れてきた防水コンテナ。
私は黒いスウェットの上にパーカーを羽織り、志条はリュックを肩にかける。
シルフは端末越しにモード表示を流しているだけだ。
「行くぞ、ハンセンは徒歩でも一時間半だ。バスを乗り継ぐより暗道を行った方が目立たない」
志条の声は慎重だが、確実に熱を帯びている。
暗がりを抜け、錆びたフェンスの隙間から現地へ忍び込む。
月明かりは薄く、暗視スコープ越しの世界は飽きるほど見たモノクロだけど、本当はダメなことをしているという事実が「見慣れないモノクロ」に変えていく。
瓦礫の上を慎重に歩くと、遠く海面に光るブイの紅い点が見えた──だが、それ以外に何かが不自然に沈んでいるのを志条が咄嗟に見つける。
微かに規則正しい点滅。
人が持つようなライトの軸とは違う。
「……あれ、監視ドローンじゃないか?」
志条の声が絞り出すように低くなる。
視界の端で、暗視に反応する小さな白い点がこちらをスキャンしている。
人工的で規則的な動き──監視ドローンだ。
「シルフ、貴方の力を見せて」
[
端末の画面に、今まで見たことのない無数のコードが流れ込んでいく。
冷たい灰色の光がディスプレイを覆い、ノイズが鼓膜を震わせる。
シルフが“友達”から“兵器”へと変わっていくのが、嫌でも伝わってきた。
「……3秒って速いな」
志条が喉を鳴らす。
「大丈夫。こっちは“灰色の世界”に慣れてるから」
私は笑ってみせたけど心臓は、灰色どころか真っ赤に弾ける勢いで打っていた。
その間も物凄い勢いでコマンドのような物が流れ続けていて、私の話し相手はその能力のほんの一部分を発揮し続けた。
そして3秒、successの文字が出ると怒涛のコマンドの嵐がぴたりと止まった。
[
志条、多分どう反応していいのか困ってるね。
シルフはAIである以前に軍用だ、だから民間のAIを片手でねじ伏せる程の演算能力を持っている。
私がアバウトに指示を出してもこういう時はどう行動すればいいのかを自分で考えて実行する事が出来るの。
……それに私は、一言も詳細な手段を言ってないよ。
「シンギュラリティ……」
「……そうかも」
いけないいけない、急がないと。
「よし、速やかに通過――」
画面の文字はそう囁いたように見えた。
志条は無言で私の肩を軽く叩くと、暗視ゴーグルを下ろして先導に回った。
月光は薄く、瓦礫の影が妙に長い。足元は不安定で、金属片が時折かすかに鳴る。
胸の奥がぎゅっとなるけれど、今は急ごう。
フェンスの切れ目を抜け、荒れた滑走路跡地を低く速く進む。
シルフが差し替えたダミー信号は、目の前を通る私達を捉える筈の監視網に過去を見せている。
つまり目の前にいるのに、向こう側には誰もいないという結果が表示されているわけで、奇妙な気分だ。
崩れかけた施設の中に錆びたコンテナが大量に並んでいて、1つは開いたままだった。
すかさずコンテナに貼り付けられたプレートを確認すると、さっそくお目当ての配線が並んでいた。
でも大量で私には判別がつかない、志条が前に出てざざっと目を通していく。
「107番107番107番……あった。これが10本と、あとは配管」
「じゃあこれね」
持ってきたボルトカッターで慎重にロックを切っていく。
金属を切る時「バチンッ!」って音が良くするけど、それも聞かれちゃマズい。
ゆっくりと、ゆーっくりと、ゆーーっくりと慎重に、切れた!!
「2509番2509番2509番……これだ! あとコイツ、マイクロ波発振器もあったぞ」
声もわずかに弾み、普段の落ち着いた灰色じゃなく一気に鮮やかな色に跳ね上がる。
私には部品そのものはただの鉄の塊にしか見えないけど、彼にとっては宝石みたいなんだろう。
「声、抑えて」
私は小声で注意した。
その直後、遠くの天井で錆びた鉄骨が「ギィ」と不気味に軋んだ。
志条は肩をすくめ、急いで収穫物を防水コンテナに押し込んだ。
「……残りあと何分だ?」
端末の画面に、シルフの冷たい表示が浮かんだ。
《b》[
私達は音をたてないようにとにかく慎重に走った。
錆びたフェンスの隙間を通り抜けて、瓦礫を乗り越えて、誤魔化しが効いているのをいいことに監視ドローンの光点に向かって舌を出してやったりもした。
暗視スコープから見える白黒の景色を辿り、クタクタの状態で何とか何時もの基地に戻ってくると、一気に肩の力が抜けて笑いが込み上げてきた。
ここは基地の奥深く、音は気にしなくてもいいんだ。
ひとしきり笑って咽て息切れしたところで、志条が口を開いた。
「まさかあんなに残してあったとは驚いたが」
「機体と重要書類以外は放棄!って感じだったかもしれないね。予備部品もっと拝借してこればよかったかもww」
「この手持ちコンテナじゃあこれが限界だ。真っ昼間に忍び込むのも無理だからまたちょこちょこもらってくる方がいいだろうな。これで大気依存プラズマジェットを直せる。大体は水素プラズマの応用で行ける筈だ」
「コードは何とか書くからそっちはお願い」
今日はもうクタクタだ。
もうそのまま眠ってしまおう。