大学構内はやたらと賑やかだった。オープンキャンパスらしく、高校生や学生、それに案内役の教授や大学生とかがごちゃ混ぜになっている。
でも目的はひとつ、3Dプリンターだけだ。
だが深浦は見た目が派手で目立つ。
髪を白に染めていて、プラズマジェットの試験の時に着けた耳当てを首からかけているんだから。
「お姉さん、見学? 案内してあげるよ」
声をかけてきた学生はにやけ顔、俺は一歩引いて「あーあ」と思った。
深浦がどんな反応するかはかなりハッキリと想像がつく。
何色になるかは分からないけど、多分下卑た感じの色が見えているんだろうな。
もう深浦の顔がアレだ。
ガチギレの顔だ、初めて見たけど。
「失せろ、バカ学生が」
次の瞬間にはその学生の腕が極まっていた。
深浦の細い手が容赦なく捻り上げていて、男は情けない声をあげる。
……折るなよ、深浦。
「痛だだだだァァッ!?!?」
構内のざわめきが一瞬で静まる。
周囲の学生が目を丸くして後ずさり、次の瞬間には警備員が駆け寄ってきた。
「君! 何をやっている!」
深浦は眉一つ動かさず、腕を離す。
ナンパ男が地面に倒れ込んで呻いているのを横目に、涼しい顔で服の裾を直していた。
思わずため息をつく。
──哀れ、陽キャの極み大学生。
警備員に事情を聞かれている間も、深浦は眉一つ動かさず答えていた。
その手には、しっかりと推薦状が握られている。
「私はただ、この書類を提出しに来ただけです。──邪魔をされたので、排除した。それだけ」
目元に浮かんだ敵意は、正真正銘の「ゴミを見る目」だった。
悪意でも嘲笑でもなく、ただ「こいつクソだわ」と示す目だ。
というか、およそ真人間がする目じゃないな。
ナンパ男は顔を青ざめさせ、周囲の学生たちは思わず距離を取った。
「……なるほど、推薦状を持った来訪者に手を出したとなれば、正当防衛で間違いないな」
警備員が肩をすくめて事を収めると、深浦はゆっくりと目つきを元に戻した。
その瞬間まで、場を支配していたのは深浦の“ゴミを見る目”だった。
俺はため息をつく。
──やっぱこうなるよな、哀れ陽キャの極み大学生。
結論として、お咎めなしだ。
幸いというか何というかナンパ男は常習犯らしく、こういう高校生をハントしている系のやつだったらしい。
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「お前怒ったらああなるんだな」
「キモかった。まだ変な感じ、腕折れるなら折ってるよアレ」
まだむかむかしてるし、なんか胸んとこに残ってるんだよ、あの嫌な色。
星の数ほどいると思うけど見たくもない。
「折った事あるのか……?」
「流石に折るまでの力はないって。あ、でも私じゃなくて
「やめろよ!?」
「
少しだけ、うん、少しだけでいいんだ。
不快なのが大きかったけど、なんていうか、その、少しだけ怖かったんだ。
景色は白黒でも、存在と熱は背中越しに分かるから
とんっ
「おいおい」
「そのまま」
誰かの体温って、久しく感じていなかったな。
何だか、心地いいよ。
鼓動、少しだけ早いのが背中越しに伝わってくる。
「ん、もう大丈夫。ありがと」
「……そうか」
眼差しが、少しだけ緩くなってるのが分かった。
多分、真面に心開けてるの志条くらいだな、これ。
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工学部、ちゃんとしてるじゃない。
行く気ないけど、ここでシルフを治せたら結構捗ったかもしれないなぁ。
最新型の多素材プリンター、研磨機、レーザー式の切削装置、シュワブにもあったけど大体壊れちゃってたからいいねぇ。
さて見学終わり!
西宮っていう教授さん探そー。
[
[
ちょっと待ったぁぁぁぁああああああ!!
シルフ!! ストップ!!
咄嗟に打ち込んだ「stop」の1単語は届いたようで、シルフがやろうと準備していた物はすべて止まった。
恐ろしい、シルフは1秒もかからずに大学構内のメインノードを奪取して、即席で顔認証ワークフローを作ってしまったんだ。
実行許可を求めてきたのは偉いと思うけど、これがシルフの能力……
監視ドローンの時は全然違う、公共の場でもしもこんな物が勝手に実行されたら大惨事だよ……
「いい、シルフ? こうやって許可を求めてくるのはちゃんとしてるけど、あなたの能力は日本を転覆できるかもしれないんだよ?」
[
「だから、私達が要求した時と命が危ない時くらいしかやっちゃダメ。いいね?」
[
これで……よし……。
「シルフの事、知らないといけないな。世界をひっくり返せる力を持つ存在と関わるなら、責任は付き纏う」
「……そうだね」
誰にも気づかれてませんように……。
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で、西宮教授は意外と簡単に見つかった。
鳩に餌あげてる変な人だったけど、悪い人じゃなさそうだった。
色も落ち着いてる人だし、あのクソ学生みたいな下卑た色もない、ただの探求者みたいな、そんな感じ。
「光電気変換モジュールか……古くからある技術だけど進化はしているからね。推薦状の方も確認は取れたから、作って行ってかまわないよ」
いよっしゃぁぁぁぁぁぁああああ!
おっと、心の声は漏れないようにしないとね~優等生モード、オン!
「ありがとうございます。とても助かります」
「君の学校の方からも、成績が色々とおかしい生徒が来ると連絡を受けていたからね。うちのゼミ生を締め上げたと聞いた時はびっくりしたよ」
「うちの纏が済みませんでした」
「誰がアンタの娘になったって?」
「保護者枠のつもりなんだが」
「かみ合わない様に見えて、案外仲は良い方じゃないか。ゆっくりしていきなさい」
西宮教授はそのまま研究室から出ていってしまった。
ちゃ~んす、今のうちに作ってしまおう。
早速持ってきた端末をPCに繋いでデータを転送して設計ソフトに入れてっと、あとはプリンターを起動させて大体、1時間。
色んな樹脂系素材を使い分けて部品を丸ごと出力できるからこのプリンターってすごいのよ、高導電性樹脂とか半導体みたいな樹脂とかマジで色々使える。
暫く休憩、志条はその教授さんから借りた工学本を読んでいる。
集中してるなぁ、シルフの部品交換の時によく見る顔だ。
「ん? どうした?」
「いや何、集中してるなぁって。そんなに面白いの?」
「目を光らせる人はそれなりにいると思うが」
綺麗な灰色、だと思う。
灰色である事には変わりないけど、光沢のある灰色って感じかな。
もっと言うならシルバー、だと思う?
で、志条は読み疲れてしまって寝てしまった。
しかも私にもたれかかって。
あーあ、あとで私に弄られても知らないよ。
すぅ……すぅ……
こうしてよく見ると、堅物に見えるけどまつ毛長いんだよね、志条って。
少し細いし、慌てるとかわいいし、酔うと弱るし、細いくせに背中は大きいし。
からかいがいがあるし、シルフ治ったら一緒に行ってくれそうだし、人なのに嫌いになれないし。
……人嫌いな分、大丈夫だと思った相手には逆にチョロい。
……志条には絶対言わないけど。
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志条が起きたら案の定慌ててたけど、何だかからかう気にはなれなかった。
寝てていーよといって私はプリンターにすたすたと歩いてったけど、多分私は顔を見られたくなかったんじゃないかな。
それか、背中越しにでも感情の色を感じれるから顔を見る必要が無かったからなのかな。
肝心の部品は……流石大学の機材、綺麗に出来てる。
試しにシルフに写メで送ってみると……
[
[Mission complete]
シルフもokしてるから、完成!
ミッションコンプリートって、シルフもユーモアを覚えてきたのかな。
「出来たのか?」
「完成だよ。帰ろっか」
必要だったのはこのプリンターだし、さて帰ろう。
まだ眠たそうな志条の手首をつかんで引っ張って、そうしたら西宮教授がいた。
「おやもう帰るのかい?」
「部品完成したので、なる早で沖縄に帰ります。あと一つ、お聞きしたい事があります」
「何だね?」
「教授は、今の日本をどう思いますか?」
ちょっとした興味なんだ。
それとなく親とが他のクラスの人に聞いても「まぁいいんじゃない?」で済ませて来るからつまんかかった。
そりゃあ今の政権は前よりはマシになっているから、政治にうんざり系な人でも「いいんじゃない?」で済ませるのは分かる。
でも、こういう人だったらどう考えているのかな?
「そうだね……鎖国体制でも上手くやれているのは驚くべき事かと思うが、目を塞ぎ過ぎて困る事も起こるはずだ。君は、何故鎖国体制に入ったのかを知っているかい?」
「分かりません」
「実は私にも分からないのだよ。鎖国に踏み切るだけの理由はあるとは思うが、何故なのかが分からない。実際、それに触れようとして面倒な事になった友人を何人か見ている」
え……
「政府は何かを隠している。でも隠し事は大きいのならそれだけだと思うから、国民は知らないふりをしているのが現状だろう」
教授の灰色に、一瞬だけ濃い黒が差した。
それを見た瞬間、私の背中に冷たい汗が伝った。
(あ、これダメなやつだ。触れちゃダメな日本の闇みたいな感じ)
流石に引かないと……帰ろう。
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国外に何かある。
何かというのは分からないけど、私達はシルフ経由でチャットする事にした。
何だか言葉で会話していては危ない気がしたんだ。
『鎖国の理由が非公開にされているという事?』
『鎖国する事にした思想、理由、海外の状況、在日米軍の撤退、2110年のクーデター。クーデターは政権乗っ取り以外にもあったって事かな?』
[
シルフもデータ不足で、回答に困っているみたい。
シルフなら国のデータベースも荒らしまわれると思うけど、そんな危険な話を電子情報で格納しているわけはないと思う。
シルフが知らないという事は、シルフがオフライン時に起こった事なのかもしれないね。
『国外に出るまでは分からない、という事か』
『修理、急ごっか』
こうして、私達は沖縄に戻っていった。
東京都新宿区
防衛省
「ガンダムの捜索状況はどうなっている?」
「第21モビルスーツ小隊を沖縄・普天間に派遣し、調査を継続中です。その過程で、特筆すべき報告を預かっております」
統合幕僚長から受け取った書類を、現職の防衛大臣はじっと睨みつけた。
モニタには3秒で海上自衛隊の監視ドローンを乗っ取り、解析を長期化させる高度なAIの痕跡。
さらに、解析を試みた端末が「火を噴いた」──という衝撃的な報告も付されている。
「確かにこれは人間の仕業ではない。だが、このAIと“ガンダム”がどう結びつくのか、現時点では見えてこないな」
「まさにその点が、現地の部隊報告でも足りないと指摘されていました」
「──統幕長、仮にこの性能のAIが国内システムに侵入したら、この国は文字通り“停止”します。違うか?」
「サイバー科の解析でも可能性は高いと出ています。通常なら突破困難な監視ドローンの防御を、検知される事なく4秒で破る能力は現行防衛では対処困難です」
統幕長の声は冷静だが、目の奥には警戒が宿っている。
防衛省の執務室に、重い沈黙が落ちる。
誰もが端末の小さなログの一行一行に含まれた意味を噛み締めていた。
「統幕長、現時刻より、このAIの捜索も君達に命ずる。必要な人員は非番も含めて引き抜いて構わない。確保は考えるな、破壊するんだ」
「宜しいのですか?」
「仮に確保しても、人の手に余る。破壊するんだ」
水面下で国の危機が迫っている。
苦肉の策で安定を掴んだというのに、足元には強大で姿の見えない敵が潜んでいる。
統幕長が退室した後に大臣は背もたれに持たれると深く溜息をついた。
(そうだ……世界を知られる可能性がある。今はまだその時ではないんだ)
一息を付くとデスクの指紋認証キーを使って鍵付きの引き出しを開けると、1枚の冊子を取り出した。
第3次国外調査計画
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沖縄県名護市
「平和なもんだな」
「日本の端っこで隣国が近いというのに、中々なもんですね」
非番で市街の散策に出向いた伊坂は同じ隊の数名を連れて住宅街に足を運んだ。
22世紀でも伝統という物は消えず、特徴的な石壁と赤褐色の瓦の屋根はしぶとく生き残っている。
それでもこのうだるような暑さは生き残って欲しくなかったが。
「でも、基地の残骸は目につきますね」
「ああ。米軍さんの置き土産だ。ここは治安が悪いと有名で、ハンセンや辺野古の一部区画は地元の不良がたむろしていると聞いている」
「ハンセン……確か監視ドローンの配備があったのもあの辺だな」
「ハンセンの調査、やるべきでしょうか」
「不良の補導って名目なら警察の領分だ。だが放棄されて以降、本格的な内部調査はしてない」
伊坂は売店のアイスを一口かじり、棒を見る。
『アタリ』の文字、にやりと笑うと棒を折ってごみ箱に放った。
「ドローンでいい。ハンセン内部を軽く走らせてみよう」
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「ほらな、アイスのアタリは馬鹿にできないんだ」
ハンセンにドローンを飛ばして調査をすると、幾つかのコンテナが開けられていた。
ボルトカッターか何かで鎖が切られ、パーツが漁られていた痕跡と誰かが通った痕跡も見つかったのだ。
「見る限り何かの部品だな。区画情報分かるか?」
「恐らく、プラズマジェットエンジンの吸気管です」
「そして、ドローンの内の1機は落っこちたと」
伊坂がテーブルから拾い上げたドローンは回路が焼き切れていて、何の情報も取り出せないようになっていた。
「いるな、AIも。数十メートル以上の通信をしていたら問答無用でやられるようだ。ただ、有線や短距離通信とかは大丈夫そうだな」
「予備機は有線接続した機種でしたので、AIの攻撃は受けませんでした」
「攻撃できなかったんじゃないくて、しなかったのかもしれないけどな。将補に報告を上げて、明るいうちにハンセンの有人調査に入ろう」
[
「げ、マジか」
あー来てしまったかハンセンの調査予定が。
いずれ来るとは思ってたけどこうも早いのって自衛隊の人って切れ者?
「どうした?」
「バレるまで時間の問題。すでにハンセンにドローン調査を入れたみたいで、部品漁ったとこバレたみたい」
「多分監視ドローンも確認されたな。シルフ、変な通信とかは来てないか?」
[
「しれっと自衛隊通信を聞いているし……取り敢えず、大丈夫なのね。シルフ、万が一この付近で何か通信が行われてることを察知したら見てもいいから。自衛隊なら盗聴して情報収集して」
[
さて予定前倒しだ。
福岡土産の光電気変換モジュールは正常に動いて両腕キッチリ動いたし、足は奇跡的に切れてない!
そうとなったら……動かしてみよっか。
シルフのコックピットは2人乗りになってたから取り敢えず乗ってみよう。
でも何で2人乗り?
普通1人でしょ。
「深浦、手」
とか考えていたら志条が手を伸ばしてきた。
何だか変な感じだ。
白黒濃淡ワールドなのに、志条の姿だけに薄らとその色が見える。
チョロインな私の心は、志条の姿を有彩色で見えるようにしてくれたのかもね。
シートに座ってみると、いかにもな感じの操縦桿とフットペダル、スイッチ類がずらり。
モビルスーツの動作は、これで全部行う……訳ではない。
そうだよね、操縦桿とペダルとボタンだけで18mくらいのサイズの巨人を動かせるわけないよね。
だから、ムラクモは間接操縦システムが組まれている。
分かりやすく言うと、MSがパイロットのやりたい事を察して足りない動作を補ってくれるんだ。
例えば落ちているナイフを拾いたい時には、拾う動作をする前に「ナイフが落ちている場所に視界を向ける」とか「しゃがむ」とか「ナイフをつまむ」とかがある。
流石にパイロットでもそこまで細かく考える事は出来ないから、その考えきれない部分を機械が担当するんだ。
「シルフ、操縦システムの概要を」
[
間接思考……じゃない?
じゃあどういう事なの?
[
「……この辺は、手を出さなくてもよさそう。米軍のヤヴァイ技術がつまってそう」
「ブラックボックスの中身を見た気分だ。これ手を出したら米国が怒るな。これは演算速度だけじゃな出来ない。意図を抽出するアルゴリズムが異常なんだ」
「現行のAIで出来る?」
「無理に決まってるだろう。神経系と脳波スキャンとか色々組み込まないといけないはずだ。それに、秒間120フレームとなるとヌルヌル動く格闘ゲーム並に動けるという事だ」
何それスゴっ。
あ、でも肘から下をワイヤにしてあるからちょっと動作遅延が起こるかも……ほんの数フレームくらいは、遅延が……。
「実質訓練なくてもある程度は行けるのか」
「シルフ、シミュレータを構築できる?」
[
練習は、必要だ。
「やはり見つかりました。ハンセンに人が立ち入った形跡と、部品がいくつか紛失したようです」
「やはり吸気管か。それとマイクロ波発振装置。プラズマジェットエンジンの修理……モビルスーツだな」
ただ、指紋や毛髪といった痕跡は一切残されておらず、誰が持ち去ったのかは不明だという。
だが伊坂は一つ、気付いていた。
「民間人がモビルスーツ、あるいはガンダムに関わっている可能性がある。作っているのか、直しているのかは不明だが——」
伊坂は言葉を切り、端末を操作して画面を拡大した。
「至急、国土地理院と沖縄県庁に連絡を取れ。モビルスーツを隠せるような巨大な洞窟・空洞がないか探してくれ。それと、放棄された全ての旧在日米軍基地の有人調査申請を上に上げるんだ」
伊坂の目に、これまでにない危機感が灯る。隊員たちもそれを察して背筋を伸ばし、急ぎ県庁への報告に走った。
(もし本当に民間人が関わっているなら、ガンダムは既に野に放たれている)
ガンダムは一級の戦略兵器になり得る。幽霊のように静かに動き、領域を跨ぐ適応力を持つその機体は、旧世代のF-22やB-2が示したステルス概念をさらに昇華させた存在だ。国防の均衡を一瞬で塗り替えられる可能性がある。
ここで回収できれば、脅威を排しつつ、技術的に巨大な利得を得られる。
動け、今しかない──伊坂の決意は固かった。
次回、遂にシルフ起動です