シルフ、それは風の妖精、風の精霊という意味であり、ほっそりとした優美な女性の姿で描かれる事が多いらしい。
だからなのだろうか、シルフはムラクモや米軍系とは異なり曲線を多用して形状が作られている。
さすがにもっと別の理由が……例えば空力とか、ステルスとか、もっといろんな理由があると思うけど、兵器色の強い銀色のボディには似つかわしくない曲線の機体は綺麗だと思う。
沖縄から離脱した僕達は、覚悟を決めて日本から消える事を選んだ。
国が管理する個人情報、その他データベースに残っている自分の情報を最低限回収し、その他不要な物を完全にきれいに消し去るようにシルフに頼んだんだ。
流石に全部消し去るのは気が乗らなかった。
いつか戻る時に備えて最低限は手元に残しておきたかったからだ。
所要時間は……20秒。
国のトップレベルのセキュリティを20秒で気づかれないように突破して回収してしまったシルフの能力は余りにも過剰な物だけど、深浦から聞いた「アドミニストレータ」の能力を聞いているから不思議と納得がいく。
「護衛艦にも引っかかってない。シルフが誤魔化しているのか?」
[
「……静かね」
深浦……いや、纏は落ち着いてきていると思う。
ずっと握っているのは気になるけど、時折存在を確かめるように強く握って来るから、優しく握り返している。
星が輝いている。
ムラクモみたいにヘッドマウントディスプレイだと感じれないこの輝きは、全周スクリーンのシルフならではだと思う。
「あと少しでEEZを抜ける。ざっと……3時間だ」
「シルフ、自衛隊の動きは?」
[
「恐らくシルフの能力を知っての事だろう。まだ日本の通信衛星が使える圏内にいるから、シルフの盗聴を警戒しているんだ」
流石だ、としか言いようがない。
国防特化の自衛隊の適応能力は凄まじいもので、あらゆる通信が傍受される可能性にぶち当たっても何とか対応してきた。
だが、アドミニストレータの能力が露呈した事でおいそれと近づけないだろう。
恐らくは、MS以外にも効果がある。
電子機器なら何でも、それこそ通信網の制圧やIFFの総書き換え、無人機のジャック、多分、何でも出来てしまう。
「戦いを終わらせる兵器」と纏は言ったけど、一歩間違えれば戦いをより激しくしてしまうんだ。
もっと準備するつもりだったけど、大急ぎで発進してしまったから色々と足りないものがある。
最低限の持ち出ししかしてこなかったんだ。
その時、視界上に人工の光が見えた。
[
心臓に悪い警報音で操縦桿に籠る力がさらに強くなった。
レーダー上には250m級の大型護衛艦とその周辺を円形陣で守り続ける6隻の護衛艦がいる。
まだMSがレーダーに映ってはいないが、こちらが目視でバレるのは時間の問題だ。
「来た……!」
「MS来る?」
「分からない。でも搭載護衛艦なら予備含めて6機、小隊規模が来ることは確実だ」
この機体で持ち出した武装は、米軍系MS用の短刀、ムラクモから奪ってきた小銃、そしてアドミニストレータ。
如何に自分の動きを体現すると言っても空中で喧嘩をした事はない。
だからといってアドミニストレータで範囲内のムラクモを落としたら問答無用で落下死してしまう。
Gがきつくなるけど、思い切り加速して振り切るしかない。
[
「フリップナイト?」
[
「流石に聞いてないよぞコレ!?」
「シルフ概要出して!」
何とか切り替えた纏が概要にざっと目を通していく。
案の定和訳もされていない物で僕にはちんぷんかんぷんだから助かる。
視界を後ろに向けられないから纏の顔は見れないけど、多分、驚いていると思う。
第9世代と言ってる時点で僕は分かった、バケモノだ。
「米軍製のドローンで最高速度がマッハ3.3……機体名がレイフ。サイズが5mもない。武器は……武器……志条いけるかも!」
「どういうことだ?」
「シルフ、フリップナイトの管制システムをサポートして!」
[
レイフ、知恵の狼とも呼ばれるその機体群は旧第7世代戦闘機の要求技術の1つであった無人機群に該当するものだ。
本来は有人機に随伴飛行してサポートをするのだが、フリップナイトはそれをMSに適応させて敵を無力化するための機体だ。
「敵味方の信号に反応来た。後ろから飛んで来る、レイフが3機!」
「有人じゃないから限界まで加速できるのか……どうする積もりなんだ?」
「レイフは撃墜するための兵器じゃないから、切り抜けられる」
ソニックブームを纏って猛追してきたレイフは戦場になり得る空域に展開し、シルフを中心にして旋回を始めた。
これも纏がレイフに指示を出して動かした結果みたいで、後部コックピットのタッチパネルを器用に操作して軌道を設定している。
まるでアニメに出てきた遠隔誘導端末だ。
いや、それそのものしれない。
「貴方が2人乗りのMSなのは、これが理由なのね。よし、行け!!」
纏が設定した軌道をレイフが物凄い加速でなぞり始めた。
こんな無人機で何が出来るんだと僕は訝しんだが、纏の声色が心なしか怯えていない。
空元気かもしれないと思ったけど違う、出来ると確信した声だ。
そしてそれが思ったよりもずっと正しい事に気が付いた。
レイフが機首を向けて護衛艦に向かって何かを撃ったような挙動を見せた。
しかしマズルフラッシュもレーザーも見えない、でも何かを撃った。
その瞬間、護衛艦のCIWSが奇妙な挙動を見せた。
照準がぶれ、何もいない方向に旋回したり、沈黙したり、故障を疑う挙動を見せたのだ。
「高出力の電磁場照射による電子機器の一時的障害の発生、レイフは力になってくれるよ」
驚いた。
21世紀に米軍が開発した高出力レーザーやマイクロ波の照射装置をフリップナイトという小型機に実装していたのか。
いけない、兎に角突っ切る事に集中だ。
纏もレイフを操作して護衛艦にデバフをかけながらシルフを追いかける軌道に調整すると一息を付いた。
誰も殺さない兵器なら存分に扱える。
誰も殺さない兵器を持つシルフなら、血を流させずに降りかかり火の粉を払える。
「レイフを集める、飛ばすよ!」
「分かった!」
纏がレイフを更に操作してドッキングさせた。
いや、意味が分からない、ドッキングってどこの冗談だ?
後腰部、背部、肩部のジョイントにレイフをドッキングさせると動作が少しだけ重くなったような感じになったけど、普通に飛んでいた時よりも推力が上がった。
なるほど、レイフの推力を上乗せする事でさらに加速できるのか。
レイフに実弾兵装が積まれていなかったのは、ある意味助かったかもしれないな。
「深……纏、飛ばすぞ!」
「……! 飛ばして!」
星空を紫に焼き、僕らは護衛艦隊を振り切っていった。
東京
首相官邸
「ガンダム・シルフ……ですか」
「キャンプシュワブを捜索した自衛隊が発見した資料に記載されていた名称です。それと、残されていたPC端末等のデータを確認しましたが、何者かにより破壊されていました。何とかデータの一片を回収しましたが、該当人物はこの国に存在しませんでした」
「どういう事ですか?」
「名前から日本国籍なのは確かですが、国民識別情報にも該当がなく、あらゆる個人情報に該当がありませんでした。ただ、その名前の人物が日本にいたという事実だけが残っていました」
絹本は頭を抱えた。
国民識別情報、昔はマイナンバーとも呼ばれていたそれは鎖国体制下による国民管理の重要性が高まった事でその権限を大きくし、今や国民一人一人の情報は日本有数のセキュリティで守られる情報となった。
それを、破られた。
一切のログも残さずきれいに、奪われた。
「……ガンダム・シルフに搭載されていると予想されたAIは、国家のデータベースにやすやすと侵入する事が出来てしまう。そして、我々がそれを感知する事は出来ない」
「我々のセキュリティは障子紙のような物、という事ですか」
「だが、ガンダムは恐らくこの国に戻る可能性は少ない。この『まとい』という人物が自分の個人情報を丸ごと奪って出ていったという事なら、わざわざこの国に戻ってもあらゆる行政サービスが受けられないという事になる」
「つまり、仮にガンダムの追跡をするなら、国外に向かうしかないと」
発動するしかない、絹本は大きく息を吐くと下令した。
「防衛大臣、第3次国外調査計画を実行してほしい。ガンダムとの交戦経験のある部隊を調査艦隊に組み込み、国外に向かって欲しい」
「分かりました。直ちに議会に通し、可決させます」
______________
2週間後、国会で第3次国外調査計画が正式に可決され、戦略機動自衛隊及び海上自衛隊の合同で調査艦隊が編成され、横須賀から普天間を経由して3度目の国外に向かって行った。
その艦上、赤城型MS搭載型大型護衛艦あかぎの甲板で、伊坂は潮風に当たっていた。
「ムラクモをシステム面でおじゃんにしてしまったから罰の1つは下ると思ってたが、まさかこうなるとはな」
「交戦経験のある部隊を上が欲しがったんです。新しいムラクモも電子攻撃対策を施していると言いますし、今度はそうはいきません」
「どこまで通用するかは分からん。今一度ハンドサインと近距離レーザ通信を徹底させろ」
「勿論ですとも。ですが、本当に国の外に出る事になるとは……」
「何で日本が鎖国したのか、知っておけよ」
伊坂は海の向こうの土地を見ながら目を細めた。
遠い過去を見ているのか、あるいは現実を見ているのか、分からない。
「なぁ、シルフのパイロットは、何で日本から出たんだろうな」
「それは……分かりません」
「閉塞感だよ。鎖国世代の前のやつほど、この現実はおかしいって事に1回は気付いている。でも、便利な時代だから目を背けちまってんだ」
「確かに便利な時代にはなっています。鎖国から数年で国内インフラが急速に整備されて、電力問題も強硬的な速度で改善されています。これで、国民の違和感は便利さで上書きされてしまった」
「外に目を向けなくなってしまったから、日本は殻に籠ってしまった。シルフのパイロットは、外を見て何を感じるんだろうな」
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台湾
海面を這う程の超低空飛行に切り替えた私達は、シルフの電力が尽きる前に余裕で台湾に辿り着いた。
……驚かないで、高高度飛行をしながら定期的にプラズマジェットを切って、滑空飛行に切り替える事で電力を節約していったんだ。
さらにさらに、飛んでいる時に夜が明けたので高高度飛行状態で装甲を使って発電してさらに航続距離延長して4割の余裕をもって台湾に到着したんだ。
で、台湾沿岸の大きめの洞穴にシルフを隠そうとしたんだけど、何か変だと思った。
その洞穴に、MSが隠されていたんだ。
米軍の機体じゃなくて、もっと別の機体。
志条が言うには、多分中国人民解放軍か中華民国国軍____台湾の軍隊の機体かもしれない。
「確か……殲兵-4だ。昔の冊子で見た」
「志条詳しすぎ。助かるけど」
複数のカメラが付いてるようなゴーグルを取り付けた頭部、装甲分割よりも強度を重視した感じの武骨な見た目、踵にタイヤが付いていて機動性も担保しているみたい。
確かに米軍系とは似ても似つかない、中国系だ。
「埃を被っていない、最近動かされた形跡もある。それに……ごく最近整備された跡があるな」
「軍事演習……じゃない」
「どうなってんだよ……」
志条から、不安な色が浮かんでいる。
殲兵-4の装甲に付着していた潤滑油の雫は、乾燥していなかった。
想像していた斜め上の出来事、いや、異次元の出来事が起こっているから不安になるのも分かる。
私は、志条の手を自分から握った。
大丈夫、私がいる。
「街を探してみよう。人はいると思うから」
「……そうだな」
いけない……チョロインが加速している。
でも、志条にだったら、良いかな。
そこから私は、シルフを上空で待機させる事にした。
シルフはMSであってAIであるから、自分で動いて飛行する事も出来るんだ。
私か志条が端末で呼んだらマッハで降りて来て私達を守ってくれる、シルフがそう宣言してくれたからシルフを信じて台湾の街に入ってみた。
日本国内のネットでは、海外の街に関する情報すらなかった。
シルフが国内のネットを洗いざらい本気で探しても見つからなかったから、自分の足とシルフが撮った写真を頼りにして歩くしかなかった。
幸いにも、台湾は日本に近い。
だから日本人が行きやすかったと思うから、日本語が聞こえる事もあるかもしれない。
私達はパイロットスーツを脱いで適当な服に着替えると、台湾の街に入った。
見たところ商店街に見えるが、廃れている部分が多い。
航空写真でも赤さびた鉄色が目立っていたから、真面に整備が行き届いていないんだ。
それに……街行く人の目が暗い。
負の色___明度が暗い色で満ち溢れていて、明らかにこの土地は変だと頭の中で警報音が鳴っている。
「あんた……日本人かい?」
急に流暢な日本語で呼びかけられて、私は息が止まった。
台湾に残っていた日本人なのか、それとも日本語を話せる台湾人?
恐る恐る後ろを振り向くと、やつれた女の人が立っていた。
白髪交じりで後ろにまとまった髪で、年齢は……60後半くらい?
でも、やつれてても他と色が違う。
明度の暗い負の色ではなく、兎に角生き延びようという意思がある。
でも、なりふり構わずという感じでもない。
「危険じゃない……貴方からは、そんな雰囲気が見えます」
「外国じゃあ日本人は珍しい。それにアンタは擦れてない。目立つから、来なさい」
その女性は私達を連れてどこかに行こうとした。
志条は私の腕を掴んで止めようとしたけど、分かるよ、志条。
この人は危険ではない。完全に安全という訳じゃないけど、良い色の人の枠には入るよ。
「大丈夫、なんだな」
「暗い色の中で頑張って生きようって感じの色だよ。付いて行ってみよう」
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「取り敢えず、入ってきなさい」
と言われて、ポンとタオルと着替えが渡された。
頭に「?」を浮かべているとその女性は苦笑しながらこう言った。
「あんたらすっごい汗臭いわよ。何してたかは知らないけど、女の子の方から入って来なさい」
途端に赤面、そのまま女性が指で示した風呂場に走った。
パイロットスーツをほぼ丸1日くらいで着ていたから汗だらけでおまけに夏だからもっと酷くなってしまった。
シャワーの水は冷たかったけど、気遣いは暖かい。
自分ではわからなかったけど、相当汗臭かったんだ、私。
自衛隊の機体を壊して、レイフの管制で護衛艦を麻痺らせて、台湾の不穏な空気を感じて、何かゴチャゴチャする。
私はそのまま蹲って、シャワーの水に打たれた。
それから数分後、志条にシャワーを交代してその女性にお礼を言うと、女性は何だか言いにくそうな顔と色をしていた。
見ちゃいけない物を見てしまった、って感じの色だと思う。
「シャワーありがとうございました」
「い、いいのよ。……アンタさ、パイロット、なのかい?」
「……パイロットスーツ、見たんですか」
「もっと上手く隠しなさい。危険だよ」
そう言うと女性は大きな袋を持って来て私達のパイロットスーツを押し込んで手渡してきた。
何でここまでしてくれるのか、私には分からなかった。
でも、何だか嬉しそうな顔というか、懐かしむような顔をしている。
「私はね、保原美紀というおばばでね。在台日本人の保護の手伝いをしてるんだよ。アンタ達みたいに日本から飛んできたのは初めてだけどね」
「保護?」
「……そうか、日本は外を知らんのか。じゃあ、私が知ってる限りの現状を、アンタらに教えておこうか。取り敢えず君の彼氏が出てくるのを待たんとね」
「かっ彼氏って!? そんな、そんなんじゃないです!」
ぼっと燃える感じがして頬を押さえた。
何をそんなに意識してしまってるんだ私!
志条は……志条は、私が心を許している唯一の人間で……唯一の……。
思い返せば、志条をからかう事は本当に少なくなった。
シュワブで色々やったり、船酔い志条を介抱したり、福岡で寄りかかれたり、手を握ってくれたり、思い当たる事は何だか多い。
でも、今はしまっておこう。
「志条は、私の2人目の親友です」
「アンタ、笑うとかわいいよ。あら、男の子の方もサッパリしたようで、じゃあ話をしようか」
________________
第3次国外調査艦隊
赤城型MS搭載型大型護衛艦 あかぎ
「今の俺達は世界の極一部しか見えていないし、現状も把握し切れていない。だが少なくとも中国、韓国、台湾は無政府状態となっている」
伊坂が語り始めたのは、世界の断片だった。
伊坂も政府も全貌を知らない、大小さまざまな情報の空白地帯が乱立する世界は、ここが箱庭の外側である事を強引に理解させようとしてくる。
「無政府状態って……統治はどうしているんですか?」
「国が機能していない以上、どこかの軍閥や有力者が一時的に統治している。それに、世界主要各国との通信も取れていないんだ。北米南米ユーラシア、オーストラリアに東南アジア、アフリカ、全部だ。第2次国外調査では、相当な規模の大艦隊が海を進んでいたという観測記録もあるが、以降は調査に及び腰になっていた」
「米国が存在しているかどうかも、もう怪しいという事ですか」
「南北戦争をもう一回やってるかもしれないが、それを知る術はもう持っていない。マスドライバーがあるとはいえ、資源や資金の問題で偵察衛星をポンポン飛ばす事も出来ないんだ」
___________
台湾 保原家
「世界が音信不通……無政府状態って……」
「これが現実。少なくとも東アジアはダメになっているね。もう海の向こう側を知る術はないね。そして、互いが疑心暗鬼になって紛争が絶えていない。夜も歩けないわ」
「ッ!?」
「アンタらはMSのパイロットなんでしょう? 何に乗って来たかは知らないけど、ちゃんと隠してあるでしょうね。機体1機見えているだけで皆ピリピリするわよ」
何だか納得がいった。
台湾に到着して見つけた殲兵-4が洞穴に押し込むようにして保管されていたのは、そういう理由があったからなのね。
アレが台湾の防衛戦力なのか紛争集団の持込品なのかは分からないけど、ハッキリした。
「上空待機しています。高度1万以上で」
「……驚いた。もう1人いるのかい」
「人って言っていいのかは分かりませんが……友達です」
「そんなに高い所にいるなら、大丈夫そうだね。今のこの地区はね、少年たちが自警団をしているのよ。プチMSを使って仕切ってくれているけど、この地区で暗い顔を見ない月は無いわ」
「……対抗勢力は?」
「自警団の子達が言うには、中国人民解放軍の残党かもしれない……らしいわ。散発的にゲリラを仕掛けている。そのゲリラも知らない艦隊に一部を制圧されて後が無くなり始めている」
まるで遊牧民みたいな艦隊だ。
地球の大陸は全て海で繋がっているから、海を通れば他の大陸に行く事が出来る。
子供が知ってる当たり前もこの時代では実行できないけど、それを実行している独立勢力もいるんだ。
「私が知ってるのは、まぁこれ位だね」
そういうと、保原さんはお茶を一口飲んで息をついた。
壊れた世界に浮かぶ箱庭国家日本、世界から目を背けた理由は何なんだろう。
国民を守る為? なら誠実に説明しろよ。
海外情報を国民から伏せているのは、凄惨過ぎたから?
ならクーデターを起こさなくてもよかったじゃないか、普通に政府が鎖国政策を実行すればよかったじゃないか。
「誰も世界の実情を完璧に把握していない。恐らく国連も……」
「潰れているでしょうね」
とどめをさすみたいに、現実がぶつかって来た。
心は、多分のけ反っている。
志条も、現実を受け止めきれない顔をしているし、そういう色もしている。
「纏、なるべく早めにここを離れた方がいい。保原さん、屋上お借り出来ますか?」
「構わないけど……どうするんだい?」
「上空待機中のシルフに呼び掛けて隠れられそうな所に降ろします。それで……すみません、居間もお借りします。雑魚寝なら慣れていますので」
「今日はもう遅い。夜出歩くのは危険だから、出るのは明日にしなさい」
____________
赤城型MS搭載型大型護衛艦 あかぎ
「レーダーに感。台湾方面より敵MS反応あり。熱紋照合」
「全艦第一種戦闘配置。機内待機の部隊を上げろ。他部隊の発艦準備も進めさせろ」
艦内に警報音と赤ランプが躍り、乗員は慌ただしく持ち場へと走っていく。
あかぎの周辺を固める護衛艦群はVLS発射管にミサイルを続々と装填していき、発射管ハッチを躊躇なく開いた。
あかぎ艦橋でもレーダーの反応音が周期的に響き渡り、艦長は厳しい顔を崩していなかった。
(やはり、やるしかないのか……!)
自衛隊は、過去の歴史では先制攻撃を行わない。
しかし鎖国下の日本を防衛し切る為には、その縛りは選択肢を狭めるだけに終わってしまう。
その判断が、日本に「先制的自衛権」という言葉を与えた。
それは言葉は違えど「実質的な先制攻撃」であり、過去の自衛隊から在り方を大きく姿を変える一因となっている。
この体制は箱庭を守る為の決断であり、互いの意思が聞こえない世界で日本が取った生き残る為の唯一の策だった。
「専守防衛なんて言葉はもう死んでる。今の俺達が持たされているのは“先制的自衛権”だ。敵を見逃せば……一瞬で殺されるんだぞ」
「待機部隊、電磁射出台に固定完了。発艦準備完了」
「熱紋及びプラズマ紋識別完了。元中国人民解放軍配備機体、殲兵-5、数7」
「本艦はこれよりッ……先制的自衛権の行使に基づき、敵MSの撃破を行う!! 発艦はじめ!」
台湾 保原家
「志条起きて!」
「……どうした」
「何じゃないって! 戦闘が起こってるんだよ!」
それだけで、僕の眠気が爆散した。
保原さんの家の居間で雑魚寝させてもらって、今は……2時、夜中の。
窓が閉まってても分かるくらいの轟音が響き、空気が焼ける匂いがしている。
嗅いだことがある、これはプラズマ炎の匂いだ。
「シルフは?」
「状況は把握しているけどまだ待機している。それと、日本の艦艇が台湾近海に展開しているらしいの」
「自衛隊がここまで追って来てるのか!?」
「もしかしたらそうかもしれない。兎に角保原さん起こして避難させよう。私達なら、これを終わらせられると思う」
まさか、戦いに足を踏み込むつもりなのか!?
ダメだ! 纏を守りたいのに、彼女は他人を守ろうとしている。
僕の現実と、彼女の心が、正面からぶつかり合っていた。
「分かってる!! でも、後悔したくないの……今も人が死んでるから、助ければよかったって後悔して、酷い色に染まりたくないの」
「それは……僕の心もか」
「地獄で互いの心を護らないと、私達は死んでしまうよ」
纏の目は正義感とかそういうのとはもっと違うように見える。
自分達の為、そこに周りの状況を変える事が引っ付いてきているだけで、自分達以外はついでにしか過ぎない。
そして、纏の隣に自分を置いている事が、僕を折った。
「本当にヤバいとなったら台湾から離脱する。誰も殺さずに止める、やるぞ」
その言葉を聞くや纏は走り出し屋上に上がると、端末に呼び掛けた。
「シルフ起動! 自立防衛をしながら私達を回収して!」
[