【魔法美容師(マジカルエステ)】を得た転生者は栄耀栄華の夢を見るか   作:好きな念能力は4次元マンション

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第3話

──念治が倒れてから6時間後。吉田医師の医局にて。

 

「念治くんの体を調べた結果ですが……」

 

 吉田医師は診断結果をリカバリーガールらへ説明する言葉に詰まる。

 この部屋には吉田医師以外にリカバリーガールと念治の父母──纏と治香がいる。

 纏と治香は念治が倒れたとの報せを聞いてすぐさまセントラル病院に駆け付け、憔悴した様子のリカバリーガールから既に事のあらましを説明されている。

 彼らが見たのは酷く衰弱した様子で、点滴を始め様々な機械を付けてベッドで横になっている意識の戻っていない念治の姿だった。

 ここに吉田医師以外に職員はいない。これは念治を様々な敵の脅威から守るため、詳細な『個性』や身体情報は機密性の高い情報となって秘匿されているためだ。このセントラル病院でも、念治の『癒し』について”強化”などの応用について知っているのは吉田医師のみである。

 

 吉田医師は3人を見やる。

 管に繋がれた念治を見てからというもの、ハンカチを目に当ててずっと泣きはらしている治香。泣きはらす娘を見て自責の念に駆られるリカバリーガール。その2人の背中を擦って落ち着かせようとしている纏は吉田医師に頷き、言葉の続きを促した。

 

「……異常、と言うほかありません。計測した念治くんの個性数値*1は並のプロヒーローを遥かに超え、トップヒーローに迫る数値になっています。

 通常、個性は身体の成長と共に伸びていくものです。念治くんはその点、個性だけでなくしっかりと体も鍛えて()いるのですが──」

 

 こちらをご覧ください、と吉田医師はパソコンの画面を示す。そこに映し出されていたのは曲線グラフだ。彼はさらに手慣れた動作で別の曲線グラフを2つ追加する。

 ちなみに、この部屋を始めセントラル病院のパソコンはすべて最新鋭・最高峰のクローズドネットワークで構成されており盗聴などの心配はない。

 

「先生、これは……」

「全国男子の成人までの身長の成長曲線と念治くんの成長曲線の比較になります」

「成長曲線……」

「ここをご覧ください」

 

 吉田医師は画面の一部を指さし、修善寺家一同はそこを食い入るように見る。グラフのY軸には身長が、X軸には年齢が記載されている。念治の曲線グラフでは、4歳までは平均身長より多少上だが、6歳頃から平均を下回り始め、現在の10歳では中央値を大きく下回っており、()()()()()()()()()()111cmを記録している。

 

「念治くんと同年代の子供の身長を表した中央値と平均値になります。

 平均値を下回っていること自体は問題ないのですが、中央値の成長比率と比べても念治くんは明らかに身長が伸びていない事がデータからわかります」

「念治が何か病気だったと言う事ですか!?」

「いえ。それについては全く問題なく健康体です。そも、昨今身長の平均や中央値などは個性の多様化によって形骸化していますので、これはあくまでも参考値です。

 今まではこの身長で念治くんの成長が止まったのだと解釈していました。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()している事になります。

 念の為伺いますが纏さん。同じ個性(オーラ)をお持ちですが、子供の頃こういった事象はありましたでしょうか?」

 

 纏は顎に手を当てて数瞬思案するも、首を横に振る。

 

「すみません。私には起こりませんでした……」

「他には何か気づいた事はございますか? なんでも良いのです。当時のご自身と念治くんとで違う所などを……」

「違う所……。強いて言うなら個性訓練の有無でしょうか。私は念治のように個性を四六時中、昼夜問わず鍛えるなんてことはできなかった。ごく普通に中学に入ってから独学で、でしたので」

 

 纏の言葉を聞いた吉田医師はやはり、といった表情を。リカバリーガールは悪い予想が当たってしまったという表情をそれぞれ浮かべた。

 

「先生、お母さん。何かわかったの!?」

「治香、私は……」

「リカバリーガール。ここは私からお話しします」

 

 居ずまいを正し、吉田医師は続ける。

 

「まず、念治くんの昏睡、その原因となった個性数値の異常な上昇……。これは先ほどリカバリーガールからお聞きした、念治くんが成功させたというラットの欠けた足の”再生”が原因とみて間違いないでしょう。

 念治くんの『癒し』は本来リカバリーガールと同様”自己治癒力の超活性化”ですから、彼自身の『癒し』の個性が強化──これはもう進化と言うべきでしょうか。小学4年生でこれが実現できるほどに彼の個性は強力に、かつ急速に成長したということです。

 そして、この急成長によって因子と身体のバランスが不安定となった状態で手術の補佐として10時間もの間、個性を連続使用……。途中桃色吐息(ピアノマッサージ)で何度か休息を取ってもらいましたが、これでは間に合わず体の許容上限(キャパシティ)を完全に逸脱したのでしょう。

 信じられないことに、この急激に成長した個性因子に念治くんの体が追いついていないのです。気絶したことや現在も意識が戻らない状態なのは体の防衛反応だと考えられます」

「じゃ、じゃあ私たちがこんなに早く個性訓練を受けさせたのが念ちゃんを苦しめて──」

「──それは違います」

 

 吉田医師はぴしゃりと言った。

 

「念治くんの体は自身の個性である『オーラ』を十二分に扱える素養がある体です。リカバリーガールもそれは承知していましたし、だからこそ念治くんの望みを叶え、万全の体制で個性訓練を行っていました」

「……そこで、念治の身長の話に繋がるわけですね」

 

 吉田医師は纏の言葉にうなずき、改めて3人に向かい合う。

 一瞬の沈黙の後、吉田医師は口を開いた。

 

「念治くんの『オーラ』……。その”性質”についてです」

「”性質”……」

「皆様、勿論私も幾度もお世話になっている念治くんのマッサージです。彼にマッサージをされた後、肌のハリや艶が増して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……いや、そんなまさか」

 

 ここまで散々念治の身体について話されてきた。ここまで言われれば、普段ならあり得ないと切って捨てるような選択肢まで頭に浮かんでくる。

 

「念治くんの『オーラ』は”クッキィちゃん”を介して特殊なローションに形を変え、様々な効能を付与することができると本人から聞いています。あの凄まじい美肌効果や体の隅々まで満たされる活力は、細胞分裂を抑止しながら、細胞そのものを癒し新しい状態のまま生命活動を維持する……。言うなれば、”老化を抑止する”力です。

 ローションを使用して”クッキィちゃん”でマッサージをすると”老化を抑止する”力が作用するのか、『オーラ』そのものに宿っているのかは定かではないですが……。我々を筆頭に美容マッサージを受けた人間はリカバリーガールのような既にご高齢の方を除き、皆一様に若い頃のような活力を獲得しています。そして、身長が伸びていない念治くんを見るに変化元である『オーラ』を纏っている間も同等か、それ以上の”老化を抑止する”力が働いているとみて良いでしょう」

「……」

「個性を発現してから念治くんが取り組んできた昼夜問わずの個性訓練……。それは皮肉にも自分の成長を阻害してしまっていました。念治くんに元々備わっていた自身の個性(オーラ)への耐性、その許容上限(キャパシティ)が大きすぎたために発見が遅れてしまった……」

 

 苦々しく顔を歪めた吉田医師から放たれた言葉に、修善寺家一同は口を閉じざるを得なかった。

 

 

────────────────────────

 

 

「これから、どうすればいいんでしょうか。念治はどうなるんでしょうか」

 

 治香はか細く震える声で吉田医師に問いかける。娘の悲痛な表情を見て、隣に座るリカバリーガールの顔色がどんどん悪くなっていく。修善寺家の3人を見据えて吉田医師は発言する。

 

「今現在、念治くんには個性因子の働きを鈍化させる抑制剤を投与しています。先程、当初に比べて因子の活動・活性化が大分落ち着いてきていると報告を受けていますのでそれを踏まえると、()()()()()()()()()()()……最低でも第二次性徴が始まり、今の個性数値に耐えられる体になるまで個性の使用は厳禁です。ただしこの間、抑制剤の投与を常にする必要がありますので、通常の生活は難しいでしょう。

 そして、今現在も成長と共に増大が予想される個性因子は念治くんの体が成長しきるまで負荷を与えるでしょう。今回同様に個性因子が急成長するような事が起きて、体が耐えられなくなれば──」

 

「────最悪の場合、命を落としかねません」

 

 ()()()()()()()()()ですが、と吉田医師は修善寺家の面々を見ながら付け加える。

 リカバリーガールの顔は、絶望からか土気色の様相を呈していた。

 通常、想定などできるはずもない、個性と体質が合致しているにも拘らず個性が急成長した事による身体へのダメージは、様々な要因が絡み合った末に起こった悲劇だ。

 しかし、念治自身が望んだこととは言え個性の訓練内容はリカバリーガールが考案したものだ。自身の指示した訓練によって、最愛の孫(念治)の将来の夢どころか人生すら脅かす事になってしまったという事実は彼女の心に深く突き刺さった。

 

 

「わ、私は、なんてことを…………」

「お母さん……」

「今お話ししたのはあくまでも最悪のパターンです。しかし、十分に考えられるものです。我々も最善を尽くして参ります」

「……はい。よろしくお願いいたします」

 

 吉田医師の言葉に、修善寺家の3人はお礼を言って頭を下げた。

 瞬間、纏は何かを察知したように目を見開き反応した。

 

「少しいいですか」

 

 纏が口早に吉田医師に問いかける。纏はいつの間にか、自身の個性である『オーラ』を纏っていた。

 

「はい、なんでしょうか」

「今、念治は意識不明の状態なんですよね?」

「……はい。まだ意識が戻ったと報告は受けておりませんが……」

 

 纏は目を閉じ、感覚を集中させた。

 

「念治の『オーラ』を感じました。多分、目を覚ましましたね」

 

 すぐに向かいましょう、と纏は言った。

 

 

────────────────────────

 

 

「……」

「起きたかい、念治」

 

 優し気な声に意識が浮上する。目を覚ますと、全身が凄まじい虚脱感に包まれている。

 

「あんた、手術が終わったとたんに倒れたんだよ。覚えてるかい?」

「ああ……、うん。思い出してきた」

 

 リカバリーガールの声を聞いて、だんだんと記憶が蘇ってきた。手術室で個性の使いすぎで倒れたのだ。

 体を起こそうとするが、全く言う事を聞かない。電動ベッドが起動して背もたれが起き上がり、リカバリーガールと側にいた両親に体を動かして貰った。俺の体には点滴を始め、心拍や生体情報を確認するためか、かなりの数の管が付いていた。

 

「念治が倒れてから、色々体を調べて貰った。……心して聞いておくれ」

 

 リカバリーガールは「全部おばあちゃんが悪いんだ」と前置きしつつ、俺の身体で起こっている事を()()説明した。小学生に直接聞かせるような話ではない、個性の使用不可や絶命の可能性まで全てだ。

 リカバリーガールが口先で誤魔化すより話す事を選んでくれたのは、俺の年齢に不釣り合いな思考力や精神力を踏まえての事だろう。

 もしくは、全ての不満や憤りを彼女自ら受け止めるためか。はたまたその両方か。

 

「──と、いう訳だよ」

 

 説明が終わり、室内は静寂に包まれた。俯いた俺の次のアクションを誰もが見逃すまいとしている。

 ボーっとする頭で何とか思考を回す。

 仰々しく俺の現状を話されたが、要は『オーラ』の影響で身体の成長が止まっているので使用を止め、俺の体が成長するまでここに入院するという事だ。

 

 正直、どれだけかかろうが『オーラ』が()()()()使()()()()()()()()()()()()

 そう思うのは、手術室で倒れた時、まだ全容を把握していない魔法美容師(マジカルエステ)の未知の”制約と誓約”を破ってしまったのかと思っていたからだ。

 意識的にだろうが無意識のうちにだろうが、”制約と誓約”を破ってしまえば恐ろしいペナルティが発生する。最悪の場合、念能力が使えなくなったり、死に至る事もある。

 

 現状把握している魔法美容師(マジカルエステ)の”制約と誓約”は以下の通りだ。

①具現化する際に行わせたい事をイメージして設定しなければ具現化できない

②この能力を使用している間、俺は攻撃を行えない

 

 これらは俺が能力を使用するに当たって、”これはできない”と感じ取ったものだ。類似としては、ネオン・ノストラードの天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)だろうか。あれもネオン自身は行った占いの結果を見ないようにしていた。「なるべく自分が関わらない方が当たる気がする」という台詞だったはずで、これが彼女の無意識の”制約と誓約”だろう。

 

 ……しかしそれにしても、大変なことになってしまった。自分の夢のために個性を鍛え、将来に備えていたのがアダになってしまうとは。体も相応に鍛えていたつもりだったが、筋力云々より純粋に体の成長不足が足を引っ張るなんて。確かに、小学校に上がった辺りで身長が伸びなくなっていた。しかし110cm台の身長なんてのはこの世界では特に珍しくも何ともない。前世であれば異常かもしれないが、ここは”個性”溢れる超人社会。吉田医師やリカバリーガールですら俺の”成長”──”老化”が止まっている事に気づかない訳だ。

 周りの人間は知らない事だが、念能力者の身体的成長が鈍化して全盛期の肉体を長く保つ事ができることは前提知識。()()()()()()()()()。若返りにしたって、そもそも魔法美容師(マジカルエステ)にはオーラを変化させた特殊ローションに美肌・若返りを始めとした様々な能力がそもそも備わっている。

 

 まあ、成長を止めてしまうほどの若返り効果というのは想定外だったが……。

 それも、クッキィちゃんの使用や毎日極限まで”纏”と”練”を繰り返していたのが悪かったのであれば、1ヵ月でも1年でも訓練を我慢して身体を成長させれば良いのだ。……正直、あまりにも低身長すぎて八百万を見上げる毎日だったので、これが改善されるほうが嬉しい。八百万は今年始めの身体検査で150cmは超えていたはずだ。まだ小学4年生だぞ? クラスで最も身長が高い。しかも飽きもせず休み時間の度に俺をテディベアなんかのぬいぐるみのように背後からぎゅうぎゅうと──すっぽりと収まって具合が良いんだろうが、愛玩動物じゃないんだぞ俺は。

 

 閑話休題。

 原作ヒロアカでは高校1年生の夏季から”個性伸ばし”訓練をしていた。つまり、個性の許容上限(キャパシティ)限界を超える訓練に耐えられるのが高校生くらいまで成長した体という事。

 しかし、俺もそれを忘れて個性訓練を行っていた訳じゃない。体調には細心の注意を払っていたし、監督者はあの”リカバリーガール”だ。万全を期していたのだが……体の許容範囲を超える速度での個性因子の成長。これを予測しろというのは土台無理な話だ。

 まあ、現時点で並のプロヒーローよりも個性数値が高いというのは不幸中の幸いだろう──

 

「──そっか。じゃあ、これからどうなるのかな。体の成長まで入院とか、リハビリ?」

「……念ちゃん」

 

 悲痛な面持ちの母が俺の手をそっと握る。側にいるリカバリーガールも同様の表情だ。

 

「個性使えなくなって自棄になったとかじゃないよ。話を聞いてると僕が無理言って手術の手伝い買って出たのがとどめっぽいし……」

 

 心配かけてごめんなさい、とリカバリーガールへと頭を下げて謝る。

 No.1ヒーロー・オールマイトに借りを作れたのは相当大きいアドバンテージだ。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ラットの足の”再生”、今はできなくても体が成長すれば反動なくできるかもしれない。そのために必要な努力は何だってする。ちょっと個性使えない時間があるからって、足踏みしていられないよ」

「念ちゃん!」

「念治……」

 

 にこりと笑みを浮かべる俺に、わっ! と泣き出し俺の腕に顔を伏せて泣く母。潤んだ目を隠すように拭うリカバリーガール。腕を組んで無言の父。三様の反応をしている。

 

「……吉田先生、どうでしょうか」

 

 父が吉田医師に俺の今後を問う。

 

「先ほど話に挙がった抑制剤ですが、今は緊急事態のため、念治くんの体格に合わせて効能が最大になるよう限界ギリギリの濃度で調整しています。これからは濃度を落として投与していきますが、しばらくはこの状態に体を慣らしていただくため、入院していただきます。

 そして慣れて充分に動けるようになった後はリハビリテーションを続け、同時に体を鍛えます。そして、体の成長に合わせて薬の投与間隔を長くしていきます。そうして、念治くんが二次性徴を迎え、自分の個性に耐えられる体になったならば、以降は個性を使用できるようになるでしょう」

 

 吉田医師は俺に顔を向けさらに言葉を続ける。

 

「再三の言葉になりますが、今念治くんの体は個性因子と体のバランスが不安定です。それに加えて個性の使用は一切できません。……思っている以上に厳しいものだよ、念治くん」

「覚悟はあります」

 

 俺は吉田医師に向けて真っ直ぐに言葉を伝えた。

 吉田医師は周りの両親とリカバリーガールを見た。両親たちも俺の覚悟を尊重してくれているのか、彼に向かって「よろしくお願いします」と口を揃えて言った。

 

「────わかった。ならば、私たちも全力でサポートするよ。念治くん」

「よろしくお願いします。吉田先生」

 

 こうして、俺の入院生活は幕を開けた。

 

 

────────────────────────

 

 

 2月上旬。

 入院生活3年に加え、経過観察2年という長い年月を費やし、俺は15歳になった。現在、中学3年生。原作開始が刻一刻と迫って来ていた。ちなみに俺の誕生日は4月4日。リカバリーガールと同じ日だ。

 入院中は抑制剤の影響でベッドから動くのすら無理になるほど体が重く感じる副作用に悩まされたが、中等部に上がる辺りで成長痛と共にぐん、と背が伸びた事が幸いして薬の投与間隔を長くできた。退院後も定期的にセントラル病院に通い、抑制剤の投与を続けた。

 運動が可能になってしばらくのある日、ヒーロー公安委員会の対人戦闘訓練に参加することになり、特に攻撃を避ける方法とカウンターについて学ぶことができた。防御方法を重点的に鍛えられたのは、治癒役である俺が万が一にも戦闘不能・死亡する事にならないようにという事だろう。

 

 入院している間もクラスメイトとの交流は続いていた。八百万が中心となって企画し、定期的にお見舞いに来てくれていたからだ。小学校、中学校と入院の間は定期的な見舞いという名の交流は続き、退院した後も八百万や見舞いに来てくれた友人とは他クラスになっても深い付き合いがある。

 

 入院生活自体はそこまで苦ではなかったが、個性が使えないことは思った以上に精神的ストレスで、特に苦しかったのは桃色吐息(ピアノマッサージ)が使えない事だった。 

 日常的に桃色吐息(ピアノマッサージ)で睡眠時間を削減して他の事をしていた俺にとって、”夜に寝なければならない”というのは何とも言えない不思議な気分だった。

 個性を持て余して(ヴィラン)になる──今までは馬鹿なことをするものだと鼻で笑っていたが、生まれ持った”個性(さいのう)”を発揮できずに日常生活を過ごすことがどれだけ苦痛なのかが身に染みて理解できた。

 個性が使えないこの数年間は念能力の修行もできなかった。でも、俺が何もしていなかったかと言うと勿論そんなことはない。”燃”の修行を行っていたのだ。

 

 ”燃”

 ハンターハンターにてウイングがゴン達に行った、念能力を知らない者に念を誤魔化すためのハッタリだ。

 しかし、ただのハッタリと思うなかれ。心源流の由緒正しい教えであり、自身の思い込みや覚悟の強さによって能力の強さが上下する念能力を鍛えるにはぴったりの精神修行なのだ。

 

「点」で目標を定める。

「舌」で目標を言葉にする。

「錬」でその意志を高める。

「発」で実際の行動に移す。

 

 これら4つを総称して”燃”。俺はこの5年間、念能力の修行の代わりに”燃”の修行を行っていた。

 

 そして現在。

 当初の予定より遅れたものの、俺の体の成長が個性に追いついた。身長は大きく伸びて153cmとなった*2。小学6年生の平均身長と同じ身長だ。声変わりも来て二次性徴真っ只中といった感じで、少し懐かしく思う。

 

『念治くん、準備は良いかい?』

「いつでもどうぞ」

『では、始めてください』

 

 ここは公安委員会・特別試験会場。

 目の前にはいつぞやのラットよろしく、片足と頭の一部の欠けた雑種犬。1年前に発生した田等院駅での(ヴィラン)事件に巻き込まれてしまったのだ。傷は塞がってしまっており、通常の治療では治らないだろう。

 この数日は個性使用の感覚を取り戻すべく、整体マッサージから桃色吐息(ピアノマッサージ)、公安所属ヒーローへの『治癒』まで行った。最初は手間取ったが感覚を思い出せばこちらのものだ。

 初めて行った他人への治癒は正直、犬やトカゲと大差なかった。むしろ、人相手には過去の症例や事例の論文やらが掃いて捨てるほど存在する分イメージ修行がし易く、実際に行った治癒は拍子抜けするほど簡単だった程だ。

 

「……クッキィちゃん」

 

 魔法美容師(マジカルエステ)のクッキィちゃんを具現化する。目的は当然、目前の犬の足の治癒。5年前に1回だけできた”再生”を行う。

 クッキィちゃんのシリンダーにオーラを充填。この5年間で更に蓄えた知識群から犬の犬種を特定──ゴールデンドゥードルだ──する。

 まるでルービックキューブの早解きのように高速で頭の中に欠損部位のパーツが思い浮かぶ。以前のように戸惑う事なく足を”具現化”できる()()がある。

 その確信通り、ゴールデンドゥードルの欠損した足はみるみるうちに白い繭に包まれた。

 

『念治くん、お疲れ様。あとはゆっくり──』

()()()()()()()()()()()()()()

 

 以前の”再生”の結果から10分は必要とみていたのだろうが、そんな時間は必要ない。”燃”の修行を経て向上したオーラ操作能力に、許容上限の上がった『個性』をもってすれば”再生”の効果を強化して、かかる時間を短縮するなど今の俺には造作もない事だ。

 そして10秒経ち、繭が解けると目の前には完璧に足が再生したゴールデンドゥードルの姿があった。

 

『なんと……!』

 

 俺はゴールデンドゥードルを撫で、部屋から退室する。これで()()は確定かな?

 

 

────────────────────────

 

 

「彼が自慢のお孫さんですか、リカバリーガール」

「ああ。私なんかには勿体ない程のね」

 

 この()()を監督していたヒーロー公安委員会・会長である守良紗華(もりよしさやか)*3はモニター越しに次世代のリカバリーガールを見ていた。

 

 リカバリーガールと同等かそれ以上の治癒能力に加え、欠損部位すら癒す破格の能力。いくら医療が発展したとしても、欠損した手足の再生などできない。せいぜい高性能な義手義足を着けるくらいだ。

 5年前、オールマイトがAFOを殺していてくれて本当に良かった。こんな個性が奴の手に渡ってしまっていたら、という”もしも”を想像するだけで身震いする。

 

「それで、どうだい。念治は合格かい?」

「ええ、勿論です。むしろ、彼にはどんな手を使ってでもいち早くプロヒーローになって貰わなくては困ります」

「公安委員長としての発言とは思えないね」

「公安委員長だからこそ、ですよ。リカバリーガール。オールマイトが少なからず弱体化している現状、念治くんのような『個性』は有用という言葉で足りないほどです」

 

 5年前のAFOとの決戦で負った傷に起因するオールマイトの弱体化。吉田医師や念治の懸命な執刀によって命を取り留めたものの、呼吸器官の半壊と胃の摘出による影響は如実に表れている。

 オールマイトを全盛期の肉体に近づけられる可能性のある『個性』は喉から手が出るほど欲しい。

 だからこそ、リカバリーガールにのみ適用されたこの特待生制度を引っ張り出してきたのだから。

 

 特待生制度。

 その昔、修善寺治与(リカバリーガール)という他に類を見ないほど強力な治癒個性の持ち主を雄英高校に入学させるために確立された制度。

 (ヴィラン)と戦闘する可能性がある以上、多かれ少なかれ戦闘できなくてはならないヒーロー科だが、ヒーロー公安委員会に認められた『個性』の持ち主は戦闘は重視されず、その『個性』のできることが重要視される。

 (ヴィラン)との戦闘ができるヒーローは掃いて捨てるほど存在するが、治癒個性の持ち主はそもそもが希少であり、今後の社会に必要不可欠だからだ。

 

 故にこの特待生制度。特待生は雄英高校の入試合格者人数40人に含まれない。文字通り”特別”なのだ。

 

 念治の『個性』が使えなくなったと報告を受けた時には動転したが、犬の足を再生して見せた彼の『個性』の素晴らしさたるや。

 

「なんにせよ、彼の今後が楽しみです」

 

 修善寺念治、特待生として雄英高校入学決定!

*1
出典は映画第1作目「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE 2人の英雄」より。デヴィット・シールドがオールマイトを機械で調べていた際、個性を継承したあと残り火となったOFAを指しての発言から。詳細がわからないため、発言の描写から当作品では個性因子の強度・濃度を表す言葉とする。

*2
母の治香は165cmで、父の纏は180cmある。

*3
名前は判明していないため独自設定

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