─────放課後の校舎に、部活動の声と楽器の音色が混じり合って響いていた。
虹ヶ咲学園は今日もにぎやかで、廊下を歩くだけで誰かが「やあ」と笑顔を向けてくる。
けれど、俺─────桐生誠也は、そんな空気のど真ん中にいることがどうにも性に合わなかった。
いつものように机に突っ伏し、静かに帰り支度をしていると、背後からひょいっと声が飛んでくる。
侑「誠也くーん、まだ帰らないの?」
元気いっぱいの声。
振り返るまでもなくわかる
─────高咲侑だ。
幼馴染で、隣の家に住んでいて、昔からずっと一緒にいた。
誠也「……お前な、毎日毎日元気すぎるんだよ。帰る準備くらい静かにさせろ」
俺がそっけなく返すと、侑は口を尖らせる。
だけど、すぐににへらと笑顔を取り戻して机に手をついた。
侑「だってさ、誠也君が一緒に帰ってくれないと寂しいんだもん」
誠也「子どもかお前は」
侑「子どもじゃないよ!………でも、幼馴染だからいいでしょ?」
この調子だ。
何時も。
俺は顔をそむけるが、心臓の奥がじんわり熱を帯びていくのを止められなかった。
─────ほんと、こいつには敵わない。
─────帰り道。
校門を出ると、夕日がビルの向こうに沈みかけていた。
侑は俺の隣を小走りでついてくる。
侑「今日の部活も楽しかったなあ。やっぱりスクールアイドルっていいよね!」
誠也「またその話か。お前、本当に好きだな」
侑「うん! 私ね、みんなと音楽やってる時間が一番楽しいんだ。誠也君も、見に来てくれたらいいのに」
誠也「……興味ねえ」
そう言いつつ、実際は何度か足を運んでいた。
侑が必死に仲間を応援している姿を、こっそり校舎の陰から見ていた。
元気で、真っ直ぐで、時々空回りするけど全力で走っている。
そんな侑が、俺には眩しかった。
侑「ふふ、誠也君のそういうとこ、ずるいよね」
誠也「─────何がだ」
侑「本当は優しいのに、口では『興味ねえ』とか言っちゃうところ」
誠也「……!」
ドキリと胸が跳ねる。
見透かされている。
慌てて目をそらすと、侑は楽しそうに笑っていた。
─────夜。
机に突っ伏したまま、ふと幼い頃のことを思い出していた。
侑『誠也君、私ね、大きくなったら一緒にいっぱい音楽やりたい!』
誠也『……俺は別に。だけど、お前が困ったら助けてやるよ』
あの約束は、俺の心の奥にまだ残っている。
侑と一緒にいる未来。
ただその夢だけが、俺の進む道を支えていた。
けれど─────本人には、まだ言えない。
─────数日後。
廊下を歩いていると、侑が仲間たちと楽しそうに話している姿を見かけた。
キラキラした笑顔。
俺に向けられるものと同じはずなのに、なぜか胸がざわつく。
誠也「……チッ」
自分でも理由のわからない苛立ちが込み上げる。
声をかけようとしたが、足が止まった。
侑が別の誰かと笑い合っているだけで、俺はどうしようもなく苦しくなる。
侑「誠也君?」
気づいた侑が駆け寄ってきた。
俺はとっさにツンとした顔を作り、冷たく言い放つ。
誠也「……お前、いつも楽しそうだな。俺なんかに構う暇ないだろ」
侑は一瞬きょとんとした。
そして、少し寂しげに笑う。
侑「そんなことないよ。私にとって、誠也君は─────」
その続きを聞く前に、俺は背を向けて歩き出していた。
振り返る勇気がなかった。
もしあの笑顔に、俺が期待してしまったら。
ベッドに横たわり、天井を見つめる。
心臓がずっと落ち着かない。
誠也「侑……俺は、ずっとお前と一緒にいたいんだ」
声に出したところで、誰も聞いていない。
ただ、胸の奥に秘めた夢だけが、切なく疼いていた。