不審な侵入者(原作:シャーロック・ホームズ)
その日、私は彼と過ごした懐かしいベイカー街の部屋を訪れていた。
と言っても、私の結婚の為に彼と別れてから、そんなに日数も経ってはいなかったのだが。
私は、自分の活躍を公(おおやけ)にすることに消極的な彼を何とか説得しようと、彼との冒険の数々を記録したノートを持ち込み、熱弁を振るっていた。
そんな時、来客が告げられた。
来客は、私のノートに『黄色い顔』という題名で記録されている回想での依頼人だった。
「ホームズさん。ワトスン先生。
またしても御手を煩(わずら)わせます。
私の一家に新たな問題が起きたのです」
「お話を伺いましょう」
グラント・マンロー氏は語り始めた。
「私は前回お手を煩わせて以来、妻と新たに出来た娘とともに穏やかに暮らして来ました。
ところが、またしても妻の様子が変に成り始めたのです。
切っ掛けは、アメリカから送られてきた差出人の書かれていない手紙でした」
「どのような内容でしたか」
「それが何も書かれておらず、こんな物だけが入っていたのです」
彼が持参した物は、干からびたオレンジの種が5つだった。
私とホームズは顔を見合わせた。
「それで奥様は何と仰(おっしゃ)っていますか」
ホームズが先を促した。
「何かに怯えているのは確かです。
それなのに、私には
『貴方には関係ありません。心配なさる事では有りません』
と繰り返すばかりなのです」
ホームズは1つ溜息をつくと、私の方を振り返った。
「ワトスン君。君のノートが役に立ちそうだよ」
私は持参していたノートを開き、ホームズの活躍を描いた冒険の中から『オレンジの種5つ』と題した記録をマンロー氏に閲覧させた。
読み進めていくうちに、見る見る彼の顔色が変わっていった。
そして読み終わると、立ち上がって叫んだ。
「私が…私が、こんな奴らから家族も守れない様な弱い男だとでも思ったか!見損なうな!!」
それから、私たちに気付いて謝罪した。
「失礼。取り乱しました。
しかし有り難う御座います。これで決心がつきました。
この悪漢どもからは、必ず私が妻子を守って見せます」
そう言い残し、決意を決めた足取りで帰って行った………。
……。
…暫(しばら)く後、再び私がホームズを訪問していた時、旧知のレストレード警部が訪れた。
「ホームズさん。この事件自体は単純です。
しかし、被疑者が貴方の名前を出したのですよ」
何と、被疑者はグラント・マンローだった。
「ノーバリにあるマンローの屋敷に、白装束に白覆面の如何にも不審な人物が侵入しましてね。
屋敷の主がズドンとやったのです。
そのマンローは、何故か
『こんな事に成った理由はホームズさんに聞いてくれ』
などと言っていましてね」
私はホームズに促されてノートを開き『黄色い顔』と『オレンジの種5つ』の2つの記録を警部に閲覧させた。
そしてホームズが、2度目の訪問の際の顛末(てんまつ)を語った。
「成程。つまり、きゃつ等はきゃつ等の狂信に基づいて、マンロー氏の妻子を害そうとして返り討ちに遭(あ)ったと。
それならば、これは完全な正当防衛ですな」
しかし、何故かホームズは釈然としない様だった。
「遺体はまだ署に在りますか」
「一応、検死はしないといけませんから。しかし、もう解決しましたよ」
それでもホームズは、警察署に安置されていた遺体と対面しに赴いた。
そして、正当防衛が認められて釈放されたマンロー氏を見送ってから、ベイカー街に帰って来たが。
「やはり、あれはポーロックだった」
暫く考え込んだ後に、ホームズは語りだした。
「ポーロックって、あのポーロックか」
それは『恐怖の谷』という事件で、ホームズに警告の暗号を送ってきた人物だった筈だ。
「これはモリアーティ教授の報復だよ。裏切り者に対するね。
そして、僕に対する当てつけでもある。わざわざ、アメリカに手下の誰かを送ってね」
「だったらホームズ……」
「これ以上、あの善良なホップ商に何の余計な事をするまでも無い。
でもね、必ず最後には僕は教授に勝ってみせる」
ホームズは決意を固めていた………。
……。
…そのモリアーティ教授も、現在はライヘンバッハの滝壺に沈んでいる。
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