深海で燃える愛、あるいは爆ぜるような恋   作: 燃える空の色

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1. 運命の出会い、あるいは宿命の始まり

 

 

 

 

 ――寒い、寒い冬のことだった。

 吐いた息は白く空気に溶け、肺の奥まで凍るような冷気が指先まで突き抜ける。

 そんな肌寒い冬の中。

 一人の少年が両手であったかい缶コーヒーを抱え、その熱に縋るように握りしめながら、誰もいない通りを一人歩いていた。

 

「寒いなぁ……」

 

 肩をすくめ、ぶるぶると身を震わせながら、何度も呟く。ずず、と鼻を啜り、少年は辟易とした顔で呟いた。

 

「全く……被身子のやつ、なんでったってこんなところまで……」

 

 ブツブツと、少年はここにはいない姉妹への不安を吐露する。

 その少年には双子の姉妹がいた。姉妹は普段は良い子ではあるのだが、本質的には好きなものを我慢できないヤンチャな女の子である。

 少年がこんな寒い中を出歩いていた理由は、そんな彼の姉妹が態々限定物の商品を欲し、彼に買ってこいと駄々を捏ねたからだ。

 そんなに欲しいなら自分で買いに行けばいいのに、などと返そうものなら、彼の姉妹はぷっくらと頬を膨らませて拗ねるに違いない。

 だからと言うことを聞いて、態々東京からこんなところ――静岡にまでやってきているあたり、自分は妹に甘い方なのだろうと自覚し若干のため息。

 シスコンとまで呼ばれるほどでは無いと思うが、とはいえ普通はここまで我儘を聞いたりもしないのだろう。

 自分以外の例をほとんど知らないので、確証は持てないが。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、少年がしばらく歩いていると、少年のスマホから可愛らしい通知の音が響く。姉妹からだろうか。

 少年がスマホを取り出し、画面を覗き込むその瞬間。

 

「いたっ」

 

 鈍い衝撃が額を打つ。思わず手をやると、目の前には二つの大きな人影があった。

 

「ア"ァ"!?おいガキ、てめ何してくれてんだァおい!!」

 

 耳を劈く怒号、少年は咄嗟に耳を塞ぎ、音の出処に視線を向ける。

 

「テメェ、ちゃんと前見て歩けやゴラ」

「舐めてんのか!?ア”ァ"!?」

 

 時代かぶれのあからさますぎるチンピラ二人が、高圧的な瞳で少年を睨みつける。

 片や岩のように硬い肌で全身を被った大男、片や全身から刃物を突き出したひょろ長人間。

 言動はただのチンピラでしかなくとも、今の時代、どんな"個性”を持っているかなんてわからない以上、断ろうものなら何されるかなんて分かったものじゃない―――少年は咄嗟に口元を両手で覆い隠しながら、こくこくと首を縦に降った。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 打って変わって、今度は人通りどころか、ネズミや虫以外の生物の気配を感じられないような汚らしい裏路地の中。

 少年は二人のチンピラに迫られるような形で、決して大柄とは言い難い身体を萎縮させていた。

 

「おうおう、ちったぁ金出せよおい」

「それか、手に持ったモン寄越してくれるだけでもいいんだぜ?まぁ、寄越さなくても結局全部貰っちまうけどなぁ」

 

 そんじゃあ最初から選択肢なんてないじゃないか、チンピラ二人の言動から滲み出す露骨な迄のゲス臭さ。

 今の時代、ヒーローの数が増えてきて、こういった不良は減ってきたと思っていたのだが……どうやらそうでもないらしい。

 少なくとも、こんなの二人が満足に生き残れる程度には、この辺りのヒーローは仕事をサボっているようだった。

 

「おい、なんか言ったらどうだ」

「ビビって声も出せねぇか?」

 

 大した意味もない熟考の間、禄に言葉を発さなかったのが気に食わなかったのか。

 二人のチンピラは苛立った様子で拳を構え、先程より強く威圧している。

 

 さて、どう対処すべきだろう。

 大声で助けを呼ぶか?いや、こんなところまで来て助けてくれる物好きなどそうはいないだろう。

 警察かヒーローに通報するか?安牌だが、問題はそれを目の前の二人に許されるかどうかという話だ。なら―――、

 

「―――仕方ない、これはもう、仕方がない」

「あ?てめえ、急に喋ったと思ったら何言ってっ……」

 

 これは、自己防衛だ。

 これは、必要なことだ。

 これは、決して異常な行いではない。

 これは、決して普通の行動だ。

 

 自分に言い聞かせるような思考。少年が両腕を上げ、二人のチンピラに伸ばそうと一歩踏み込む。

 色白で細身なその指先が、岩のように硬い肌と、空気を切り裂く刃に触れようとした―――その時だった。


 吐く息さえ凍りそうな冷えきった空気の中、その空気を切り裂くように、荒々しい声が響く。

 

 

「―――テメェら。雑魚一匹捕まえてナニしてんだ」

 

 

 小さく響く、確かな怒声。

 狭いコンクリートに反響して、怒鳴るでもないその声は静かに路地裏中に響き渡り、声がその場を支配する。

 聞いたことの無い声だ。

 確かな怒りを孕んでいるのに、確かな苛立ちを覚えているのに、どこか強い芯のある、だれも近寄らせない孤独感のある声だった。

 

 少年は思わず立ちどまり、その声の出処へと目を向ける。

 初めて聞く声だ、初めて見る顔だ。

 けれども、けれども確かに。

 

 冬の空気を焦がすかのような存在感と共に、こちらを睨みつける、切れ目で爆発頭の少年の姿――彼の、苛立つような視線と交差した。

 

「ックソ、あいつ折寺中ンとこの爆発野郎だ!おい行くぞ!!」

「あ、おい!!」

 

 その少年に気づくやいなや、チンピラ二人は負け犬もかくやとばかりに走り去っていく。

 後に残った方の少年は、ポカンとした様子でその背中を見つめていた。

 

「チッ」

 

 チンピラがその場を後にしたのを見届けた後、そんな少年を置いて、爆発頭の彼はどこかへ行こうと踵を返す。

 足早に立ち去ろうとするその背中。

 待って、少年は咄嗟に手を伸ばす―――、

 

 

「ボクと一緒に、ご飯食べに行きませんか!?」

「…………は?」

 

 その手を握り締め、少年が言い放った。

 

 彼の顔に浮かぶ、驚愕と困惑の混ざった色。

 整った顔立ちに浮かぶその色は、真っ白な雪景色の中で、異様な程に目を引いた。

 





 ―――それはきっと、初恋だった
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