陽気なBGMと喧騒が場を支配する空間で、ガチャリガチャリと食器のぶつかり合うが響き、僅かな咀嚼音が耳を打つ。
少年は今現在、あの爆発頭の少年と一緒に、近場のファミレスで早めの昼食をとっていた。
「さっきは助けてくれてありがとうございました。……ガラの悪い二人に絡まれちゃって、一体どうしたものかと」
食事の手を止めて、少年は短く感謝を述べて小さく頭を下げる。
嘘だろうが世辞だろうがなんだろうが、感謝を伝えるのは大事だと、少年の姉妹や両親もよく言っていた。
「勘違いすんじゃねぇ。てめぇを助けたつもりなんざ一切ねェわ」
少年からの感謝を、しかし爆発頭の彼は軽くあしらう。
グツグツと煮えたぎる麻婆豆腐を口に運びつつ、彼はキッと少年を睨み付け、
「礼だ恩だなんて考えてンじゃねぇぞ。これ食ったらてめぇとはもうサヨナラだ」
と軽く釘を指してくる。
出会ってからおよそまだほんの一時間、けれども彼から少年への印象は随分と悪いようだった。
それもそのはず。少年は彼を食事に誘った際、何度も何度も断られ、それを何度も何度も執拗く誘い、やがて彼が根負けする形となって今に至るのだから。
彼からすれば、少し助けてあげた程度でここまで食らいついてくる少年は鬱陶しいことこの上ないだろう。
とはいえしかし、少年は彼に助けて貰ってから、なんだかイヤに胸が騒ぐ。
それが何故か――予想はある。
当たっていて欲しくは無いが、それでもどこか確信めいたそれが真実なのかを確かめるためにも、少年は必死に場を取り繕う。
「ご、ごめんなさい…こっちの自己満足に付き合わせてしまって」
少年が如何にも申し訳なさそうに頭を下げると、彼は少しバツの悪そうな顔をした後に小さく舌打ち、
「――コレ、テメェの奢りなんだろうな」
確認するような言葉と共に、少年に小さくひと睨み。
それに頷いて応じれば、彼は僅かに鼻を鳴らして視線を逸らし、マグマのようなそれをがっつき始めた。
「……」
豪快に口に運び、口いっぱいに詰め込んで無遠慮に咀嚼する。
彼はその見た目に反し、その所作は綺麗なもので、相応の育ちの良さが伺えた。
口に詰め込んだモノを咀嚼するための顎の動き、飲み込み上下する喉の動き、ほんのり滲む額の汗。
動作の一つ一つにいたるまで、爆ぜるような生気に満ちたその姿に。
少年の瞳は、不思議と彼のその姿だけを映し続け、気づけば視線が絡みついて離れなくなる。
ふいに彼の赤い瞳がギロリと射抜く。空気を裂くような視線に、少年はたちまち心臓を貫かれたかのように喉が詰まった。
「何ジロジロ見てんだ、キメェ」
乱暴に吐き捨てる声に、ようやく我に返る。 慌てて首を振って視線を逸らし、少年は彼に向かって曖昧な笑みを浮かべた。
「……あ、あぁいや。なんだか、美味しそうだなって」
それが、食べ物以外に何らかの意味を持っていたとしても。
それを明らかにすれば、きっとまた良くないことになる―――少年は、そんなことを、ずっと昔から理解していた。
◇
昼食を終えた後、二人は驚くほどあっさり解散した。
少年としては彼の名前くらい聞きたかったのだが、彼はそういった馴れ合いを好まなかったのか、もしくは少年は嫌われてしまったのか。
なんとか連絡先だけは聞き出せたが、それを足切りに、彼は名前を聞く余地すら与えずに足早に去っていってしまった。
しつこく誘ったのが問題だったのか、あるいは、少年に誰かを重ねているのか――なんにせよ、少年は彼から良い印象は持たれていないようだった。
「ただいま」
まだ少し早い時間、けれども季節故に沈みゆく太陽に晒される中で、少年は自宅の扉を開け帰宅した。
僅かに落胆した様子の少年が帰還を告げると、リビングから「おかえりなさい」と女性の声――姉妹の声が返ってくる。
少年は靴を脱ぎ、だらだらと荷物片手に家に上がる。
両親は今日は不在らしく、リビングでは少年の妹がソファの上で寝転び雑にくつろいでいた。
「なんだか今日はちょっと遅かったですね?」
「誰のせいだと思ってるんだ…はい、これ。お前が言ってたやつ」
頭の上下を反転して寝転びながら問いかけてくる姉妹に、少年は僅かながらのため息を吐く。
ついでに買ってきたモノ―――赤色の猫の人形。それを姉妹に渡すと、姉妹は勢いよく飛び上がって受け取る。
姉妹はそれを持ち上げて嬉しそうに見上げてくるりと大回転。
そして勢いそのまま、少年の胸に飛び込んで抱擁。
「ありがとなのです!!」
「どういたしまして。ほら、父さんと母さんに見つかったら何言われるかわからないし、さっさとしまってきな」
元気よく階段を駆け上がっていく背を見送り、蓮は台所へ。冷蔵庫を開け、ふと手に取ったのは豆腐。赤い香辛料を加え、気づけば鍋の中は鮮烈な色に染まっていた。
「あれ、珍しいですね。辛いもの、苦手じゃなかったです?」
「なんだか今日は、そういう気分なんだよ」
二階から降りてきた姉妹の言葉に、少年はあしらう様に返す。
少年の手元では、フライパンの上で真っ赤な麻婆豆腐が蓄えられていた。
普段は苦手だと言って敬遠するそれを作ったことに姉妹は不思議そうに首を傾げていた。
けれども少年に他意はない。
ほんとうに、そんな気分だったのだ―――なんてことはなく。
少年の脳裏には、彼の姿だけが焼き付いていた。
「なんだか嬉しそうですね。でもちょっぴり悲しそう……さては、好きな人でもできましたか?」
「バッ、はァ!?」
唐突に少年の図星に突きつけられた鋭い指摘、咄嗟に料理を作る手が止まり、少年はあからさまな動揺を見せる。
「いや、イヤイヤ。"被身子”じゃないんだから、そんな一目惚れだとか恋したとか、そんなんじゃ……」
「ワタシ別に一目惚れとか恋だなんて言ってません――図星ですね?」
「っ〜〜〜〜〜!!」
ニヤリと愉しそうに微笑む姉妹、してやられたと少年の顔は一気に赤らむ。
顔を真っ赤にして否定する蓮を見て、被身子は勝ち誇ったように笑いながら、そそくさと少年の手元にある麻婆豆腐をよそり「美味しそうですね」なんて口にする。
皿に盛った米と麻婆を口に運びつつ、姉妹――被身子は笑顔で、
「―――"蓮”の恋バナは珍しいのです。たっぷりお話、聞きたいなぁ!!」
こうなってはもう止められない――蓮と呼ばれた少年は、静かにため息をついた。
▽▽▽
「ふーん…チンピラ二人から助けられて一目惚れ、ですか。リアリストな蓮にしては随分とロマンチックな出会いですね」
「うるさいな、もう……」
赤味を帯びた頬を誤魔化すように麻婆豆腐を口に運び、その辛さに舌を出す。
「でも、珍しいのです」
蓮が辛く作りすぎたと後悔していると、姉妹は麻婆を運ぶ手を止めて小首を傾げた。
一体何故か、少年が問いかけるような視線を向ければ、姉妹は頬杖をつきながら、
「蓮はいつも受け身なのです。普段は自分からじゃほとんど話かけに行かないくせに、その爆発頭くんにはご飯誘えたんですよね?…不思議です」
それに連絡先を聞き出すなんて、と姉妹は素直に驚いた顔を見せる。
確かに、普段は人と関わろうとはしないが、それには理由があるのだ。決して、コミュ障だからということでは無い。決して。
実直が故に心を傷つける姉妹の言葉に血反吐を吐くような思いをしつつも、少年が言い返す。
「失礼だな。オレだって、やろうと思えば食事に誘うくらい…」
とまで言って、そこから先の言葉を濁す。
強気なことを言ったはいいが、普段そうやって人と関わろうとしないのは事実だった。
そんな蓮の姿を眺めながら、姉妹は小首を傾げる。
「それにしても初恋なんて…ってあれ、それほんとに初めて?前にも誰かを好きになったって言ってた気がします。ほら、小学校の……」
「そりゃ、まぁ……あるけど。でもあれは、恋ってよりかは…っていうか、別に恋なんてしてないし」
モジモジと言葉を濁しつつ、少年は過去の苦い思い出を思い浮かべた。
どれもこれも、まだ少年が幼く、無知であったが故に起きた過ち。
そのどれもを繰り返さないようにと、少年は今まで恋愛事や人との関わりを避けていたのだが――、
「でも、良かったのです」
「良かった?」
「ワタシはてっきり、蓮はこのまま友達も好きな人も作らずに生きていくのかと心配していたのです」
一安心したとばかりに息を吐く被身子。
謎に上からな目線に、少年は不満げに眉を顰める。
「余計なお世話だよ……っていうか、あの子がいたのは静岡でこっからすごく遠いし、そもそも名前すら知らない相手を友達だとか…好きって言っても、いやそもそも好きじゃないけど、結局男同士なわけだし……」
続々と言い訳を並べ立て、煮え切らない様子の少年に、今度は姉妹が痺れを切らしたように声を出す。
「色々と言って言い訳して、結局好きなんじゃないですか。…そんなにその子が気になるなら、次の日曜日、さっさと遊びにでも誘ったらどうです?」
「ぇ……急すぎないかな?」
「むしろ時間を置くよりかはいいと思うのです。変に時間が経っちゃうと、かえって気まずくなっちゃいます。鉄はあったかいうちに打てって、テレビでも言ってました!」
軽く言い切る姉妹の姿に、少年はそういうものかとどこか納得。
早速、親に与えられたスマホで連絡を図ろうとして―――、
「―――やっぱ無理!!!」
持ち前の
もし断られてしまったら、もし気持ち悪いと思われたら、もし本格的に嫌われてしまったら――、悪い想像は尽きない。
スマホをソファにぶん投げ、顔を手で覆い隠す少年の姿に、被身子は悪態をついて一言。
「遊びに誘うのが無理なら、いっそのこともう一回行ってみるのはどうです?もしかしたら、運良く会えるかもしれませんよ?」
「そんなこと言ったって……会えるわけ――、
――――会えた……」
初恋から凡そ一週間足らず。
まだ早い時間に、前に彼と出会ったあの街の中を歩いていると、――BOMB、と大きな音が響いた。
その音の出処、人気のない公園の中。
寒さを感じさせない装いで、朝焼けに燃える金髪の彼と目が合った。